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朝型と夜型はどっちがいいの?平日の日本人は時差ボケ状態にある!?

「学習」というテーマで、パフォーマンスを向上させるためには睡眠が重要であると学びました。しかし、緊張する試験を控えていたり、楽しみなイベントがあると、なかなか眠れないという方もいるのではないでしょうか。 実は、睡眠に効果的な食べ物や飲み物があったり、ニューロフィードバックの介入を通して、睡眠の質を高めるなど、現在さまざまな技術が生み出されています。そこで、今回は「睡眠」について深掘りしていこうと思います。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm21/ 電車で居眠りをする日本人を見た海外の人の驚きの反応は? 日本ではバスや電車の中で、居眠りをしている人をたくさん見かけますよね。しかし、ヨーロッパでは、そのような公共の場で眠っていると「体調が悪い」と見られてしまうそうです。実際、海外の友人に「移動の電車で多くの人が眠っているけれど、日本人はみんなナルコレプシーなのか?」と聞かれたことがあります。 ナルコレプシーとは、十分な睡眠をとっていても、日中に眠気が襲ってきて、自分でも制御できずに眠ってしまう症状のことです。きっと日本では、電車で眠っていても、物を盗られたり、襲われたりする危険が少ないから、安心して眠れてしまう、という文化の違いだと思います。 しかし、日本には睡眠不足の人が多いのではないかという考え方もあります。睡眠が不足していると、日中帯のパフォーマンスが低下してしまいます。アルコールを飲んでいる時と同じくらい、脳の機能が下がるとまでも言われているのです。 ある研究者が、睡眠不足がどれほどのコストになっているのかを計算したところ、日本ではGDPの2.9%ほどが、睡眠不足によって失われているのではないかという結果になりました。これは他の国と比べても、かなり大きな数値で、日本人は睡眠不足の人が多いということがわかります。これを改善することで、日本は経済的にも、便益を享受することができると言われています。 朝型と夜型の人の違いとは? 睡眠不足を表す指標の一つに、睡眠負債と言うものがあります。いつ眠くなっていつ起きるのかというのは個人差がありますよね。それをクロノタイプと言うのですが、そのため一概に夜遅くまで起きていることや朝遅くまで寝ていることが良くない、とは言い切ることができません。 朝、学校が始まる時間が早すぎると思ったことがある人もいるのではないでしょうか。日本の学校の始業時間は、クロノタイプが朝型の人に合わせて、作られているのだと思います。イギリスでは、人によってクロノタイプが違うのだから、10時始業のように時間を遅らせたら良いのでは?と考えられ、実際に成績も上がったという成果があります。 大昔の狩猟時代に、朝に活動して夜に眠る人たちを、動物に襲われないように守ってくれていた人がいると思います。そのような人たちが今の夜型になっているのかもしれませんね!代わりに朝型の人たちは朝に活動して、今の夜型の人たちを守っていたのかもしれません。 飛行機に乗らなくても時差ボケしてしまう人とは? このように睡眠には個人差があるため、みんながみんな同じような睡眠リズムを持っているわけではありません。平日は6時に起きるけれど、休日は10時まで寝てしまう、というように、平日と休日で、起きる時間が変わる人もいるのではないでしょうか? このような本来寝ていたい時間との差を、ソーシャルジェットラグと言います。ジェットラグというのは、飛行機に乗って時差ぼけをしてしまうことを指します。そして、ソーシャルのせいで、平日はずっと起きていて、休日だけたくさん寝てしまうことにより、睡眠のリズムが平日と休日で変わってしまい、ラグが生まれるのが、ソーシャルジェットラグです。 日本の睡眠研究で、平日働いた後に、好きなだけ休日に寝てくださいと言うと、平日よりも睡眠時間が数時間ほど長くなる人も多くいるそうです。普通に寝ると、人は8.4時間ほど眠るそうですが、平日は7時間ほどしか寝ない人が多いため、そこの差で睡眠不足が生じてしまいます。 まとめ 私たち日本人は、他の国の人と比べても、睡眠不足の人が多いです。このような睡眠負債を抱えていると、日中のパフォーマンスが下がってしまったり、経済的な負担にも繋がってしまいます。睡眠不足は平日と休日の睡眠時間の差にも現れていて、睡眠不足の解消は、社会的な課題であると言うことができます。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/4FsfTfp2A0oNGH4jEdlaUl?si=vj_70I7YQGmfyTO74vHXFQ 次回 次回もコラムでは、『睡眠の質を高める意外なヒント』をいくつかご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm23/

メンタル不調を克服するためには?認知の歪みを治せる?

社会人として働くうえで、もしメンタル不調に陥ってしまったら、その後はもう働くことができなくなってしまうのでしょうか? 一度メンタルが弱ってしまうと「一生そのままだ」「働けなくなってしまう」と、思われがちですが、実はそれもスティグマの1つです。 実際は、本人の症状が軽くなれば働くことができ、たとえメンタルの問題を遺伝的に、環境的に抱えてしまっても、社会復帰は可能であるという話を紹介していきたいと思います。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm20/ 今のままではメンタル不調の人が職場復帰は難しい? これまでも何度か紹介してきましたが、メンタルに問題を抱えやすい人は、とても優秀な人が多いのです。だからこそ不調になりやすいという面もあるかもしれません。 このような優秀な人材が「病んでしまったら一生終わり」という社会は、働く本人にとっても、優秀な人材を失う会社にとっても、大変もったいない状況です。そこで、医学やテクノロジーが大いに役立つことが期待されます。 現代の医学やテクノロジーは、メンタルヘルスの課題に対する理解と支援を飛躍的に進めています。例えば、早期診断や適切な治療法の提供により、メンタルヘルスの問題を抱える人々が適切なサポートを受けることが可能です。また、テクノロジーを利用したメンタルヘルスのモニタリングやリモートカウンセリングなど、手軽に利用できるサポート手段も増えています。 さらに、職場環境の改善やメンタルヘルスへの理解を深める教育プログラムの導入も重要です。これにより、メンタルヘルスの問題を抱える人々が安心して働ける環境が整い、彼らの能力を最大限に発揮できるようになります。 優秀な人材がメンタルヘルスの問題を克服し、活躍し続けるためには、個々の努力だけでなく、社会全体でのサポート体制の整備が不可欠です。医学やテクノロジーの力を借りて、より多くの人が心身ともに健康で充実した生活を送れるようになることが望まれています。 ネガティブ思考を断ち切る新技術とは? この分野に関して、ニューロテクノロジーが1つの解決手段として注目されており、中でも、ニューロフィードバックを用いた科学的な認知行動療法が提案されてきています。実際に、鬱に対して効果があるというエビデンスもいくつか出てきています。 鬱が深刻な人の特徴として、「反芻思考」というものがあります。これは「私は無能な人間だ」といったネガティブな思考が、本人の意思に反して無限にループしてしまうことです。このような思考は脳の中で自動的に行われるため、本人が止めたくても止められないのです。 皆さんの中にも、落ち込んだ時にネガティブな考えが頭から離れなくなってしまう経験をしたことがある人もいるでしょう。このような反芻思考を止める訓練を、ニューロフィードバックを使って行うことができるようになってきています。 ニューロフィードバックについては、こちらの記事でも紹介しています。 https://mag.viestyle.co.jp/neuro_feedback/ 認知の歪みを矯正してメンタル不調を克服! 他にも、ニューロフィードバックを使って、認知の歪みを治せるのではないかという研究をしたチームがあります。 認知の歪みとは、例えば10人中全員があなたのことを「可愛い」と言ってくれているのに、自分だけは自分のことを可愛いと思えないような現象です。目に映る対象は全員同じはずなのにこのようなことが起きるのは、脳の認知能力に歪みがあるからだと考えられています。 この研究では、被験者に「建物の写真」と「怖い顔をした人の写真」を50%ずつ重ねて見せます。健康な人は建物を見ようと思えばそれが目に入り、人の顔を見ようと思えばそれも見えるように、建物と人の顔の両方を認識できます。しかし、ネガティブモードに入ってしまっている人は、ネガティブな情報しか捉えることができません。 これを矯正するために、被験者が建物を見ているときと人の顔を見ているときの脳活動を学習させると、脳の情報を読み取ることで、被験者が建物と人の顔のどちらに注意を向けているのかを解読できます。被験者が50%ずつの写真を見ているときに、「建物を見ている時の脳活動を起こしてみましょう」と指示されると、ネガティブな情報が頭に入ってきても、それを矯正することで、次第にニュートラルにその写真を見られるようになります。 そのため、50%ずつの写真を見ている時に、「建物を見ている時の脳活動を起こしてみましょう」と言われると、ネガティブな情報が頭には入ってきてしまうのですが、頑張ってそれを矯正して、だんだんニュートラルにその写真を見れるようになってくるのです。 このような技術は、世界の見方や心の特性をニュートラルに矯正する新しい手段として注目されています。例えば、醜形恐怖症や神経性痩症などの患者が自分自身に対する見方をニューロフィードバックで中立的に矯正できれば、本人の負担が軽減されるかもしれません。 また、復職を希望する人々が復職に対して持っている歪んだ考えをトレーニングで矯正することができれば、彼らが再び活躍できる可能性も高まります。こうしたプロジェクトを立ち上げることで、メンタルヘルスの課題を抱える人々に対するサポートがさらに充実することが期待されます。 まとめ メンタル不調を抱えた人が社会復帰できる可能性は十分にあります。メンタルヘルスの問題で「一生働けなくなる」と思ってしまうのは、スティグマの一つです。 優秀な人材がメンタル不調で働けなくなることは、本人にとっても、企業にとっても大きな損失です。しかし、現代の医学やテクノロジー、特にニューロフィードバックを活用した科学的な認知行動療法により、症状の改善や認知の歪みの矯正が可能になっています。 メンタル不調を抱える人々が安心して働ける環境を整え、彼らの能力を最大限に発揮できるようにするためには、社会全体でのサポートが不可欠です。これにより、メンタルヘルスの問題を克服し、再び活躍するための道が開けるでしょう。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/58Pu4n97RIH0RSET5HqzWQ?si=Zo83bhg6RNiRlrWws5-J2g 次回 次回のコラムでは、『生活の質を高める睡眠』についてご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm22/

大きな意思決定をするときに気をつけたいこととは?

意思決定には、進化の過程で生まれたものや日常の小さなものまで、さまざまな種類があります。大事な意思決定は、個人や会社の将来を左右することもあります。そのため、経営者や国の政策決定者などは、誤った判断による人命や経済的損失を避けるために、意思決定の知識を身につけることが重要です。 今回はそのような人たちに役立つ、より良い意思決定を目指すうえで重要な知見を紹介していきたいと思います。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm17/ M&Aの例題から見る意思決定のバイアス ビジネスの世界でよくある「企業買収」「M&A」は、かなり大きな意思決定の一つであると言えます。ここで皆さんにある問題を出したいと思います。 あなたはM&Aをしようとしている、ある通信事業者のCEOです。今の事業で会社を拡大をしてきたあなたは、最近のAIブームを見て、新興のAI企業の株式を100%取得しようと考えています。 その企業の価値を見積もった結果、現状は具体的に儲かっている事業はありませんが、革新的かつ汎用的な機械学習のアルゴリズムの開発に力を入れていることが分かりました。その事業が失敗すれば企業価値は0になりますが、成功すれば、株価は最高100円になります。無価値(0円)から100円になるまでの確率は、一定であると仮定します。 また、自社グループに新しく買収する会社が参入することで、事業シナジー面で評価が上がり、あなたの会社の企業価値は、1.5倍にはなることが分かっています。AIの会社を買収すれば、自分の会社の株価が1.5倍になることが確実である、ということです。 AIの会社の人たちは、どれくらい今の事業の開発がうまくいくのか、株価が0〜100のどこに落ち着くのかを知っている状況にあります。その価格よりも、あなたがオファーしてくれる価格の方が高い場合は、買収に応じてくれます。自分達の知っている自分達の価値よりも、高い価格であれば、オファーを引き受けるのは当然です。 そこで問題です。あなたはAIの会社に対し、一株あたりいくらの買収額を提示しますか? ボストン大学のMBAのコースの学生に聞くと、典型的な解答としては、以下のようになります。 そのAIの会社の、一株あたりの平均期待値は50円になるけれど、買収によって株価が1.5倍になるから、自社にとっては75円の価値があるため、大体50〜75円の間でオファーをするだそうです。 これは一見正しそうな答えに見えますが、実はこの問題では間違いなのです。ここでは買収先のAIの会社の立場が、私たちはバイアスによって見えなくなってしまっています。相手の方が情報を持っていて、彼らが自分達の知っている価値の価格以上でないと取引が成立しないというのがこの問題のずるいルールで、これを踏まえると、以下のような答えになります。 そのAIの会社の企業価値よりも、私たちが提示する価格の方が高くないと、そもそもこの買収は成立しません。そこで、買収が成立する価格の最小値=一番コスパ良く買収できる価格をX円として、株価は0〜X円の中で等確立に落ち着くとします。つまり、株価としての期待値は「0.5×X円」に収束します。 しかし、自社が買収することによって株価が1.5倍になるので「0.5×X円×1.5」となり、「0.75×X円」が最小の合理的なオファー金額となります。そうすると、現段階の条件では、この買収の25%は、確実に損をすることがわかるため、答えは「買収すべきではない」です。 この答えに辿り着く人は、会計士でも経営者でも5%ほどであり、難問と言えるでしょう。実際のビジネスの世界には、このように模範解答など存在しません。また、このような企業で意思決定を下す人は、今まで成功を収めてきた人が多いため、そのような人は自分の意思決定のスタイルを変えないというところも問題です。 実はこの問題を出した後に「人間は痛い目に遭えば、買収しないという結果に辿り着けるだろう」という仮説のもと、同じような企業買収の課題を20回やらせました。大体みんな60円ほどを提示するのですが、期待値としては25%損失することに気づけないのです。「何回やっても損するじゃん、答えは0円だ」と、正解に辿り着く人はおらず、失敗しても意思決定のバイアスから抜け出せなかったのです。 オークションは「勝者の呪い」 この問題で「100円という一番高い金額を出しておけばいいのでは?」と思った人はいませんか?実はこれも、”Winner’s curse”と言って、「勝者の呪い」と呼ばれる意思決定のバイアスの一つなのです。 これは、よくオークションで見られるのですが、オークションでは1番高い価値をつけた人が、その物を買い取ることができる仕組みですよね。しかし、冷静になって、その商品の平均的な価値は何かと考えてみると、例えばその場に100人の参加者がいたとしたら、100人が希望した価格の平均値が、その物の平均的な価値になります。 しかし、その平均値よりも高い値段で手に入れているということは、落札できたという点では勝者なのですが、結局は損をしているのです。決して悪いことではないと思うのですが、先ほどの例のように、バイアスに気づかずに繰り返してしまうと、損失のリスクが高まる結果になってしまいます。 まとめ 意思決定は、経営や政策において非常に重要な役割を果たします。今回は企業買収を例に、相手の立場に立って考えることができなくなると、過大なオファーをしてしまうことがある、ということをご紹介しました。 このようなバイアスには、良い面もあれば悪い面もあります。こうしたバイアスの存在を知識として留めておくことや、自身のバイアスに気づいて補正していくことで、意思決定の質を高めていきましょう。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/0pGIUSpDbkF0nGEjnAdyrQ?si=UzHkUxdSRj2SDL8r4ZdYBA 次回 次回のコラムでは、日本人が陥りやすい『メンタル不調』に関するお話をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm19/

世の中からメンタルヘルスの不調が無くならないのはどうして?

メンタルの課題は、周囲からなかなか理解されにくいものです。本人は周りが思っているほど容易に自分をコントロールすることができません。 では、そのような問題を抱えている人たちは、本当に「かわいそうで弱い人たち」なのでしょうか? 今回は、進化論的な話も交えながら、精神医学の知見について紹介していきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm19/ メンタルヘルスは遺伝的な問題? メンタルヘルスの問題を抱える人々にとって、自分の内面と周りからの見え方のズレは非常に辛いものです。 例えば、悩みを抱えながらも少しでも自分を好きでいられるように良い写真をSNSに載せると、「承認欲求の塊だ」「可愛いって言ってもらいたいだけなんでしょ」と批判されてしまうことがあります。 しかし前回もご紹介したように、メンタルヘルスの問題では、自己責任論を唱えられることが多いのですが、本人たちが好きで醜形恐怖症や摂食障害になっているかと言ったら、きっと違うと思います。 そのようなメンタルの問題は、性別や遺伝などの、私たちにはどうしようもできない生物学的なところで、抱えることが多いと分かっています。それこそメンタルの問題は女性のほうが発症しやすいのが事実です※。 女性として生まれたというだけで、発症しやすいことを自己責任論にしてしまうのは、少し違う気がしますよね。鬱でいうと、セロトニン関連の調節遺伝子が発症に関わっています。もちろん遺伝子だけで、メンタルヘルスの問題を語れるわけではありませんが、遺伝子も好きで選んで生まれてきたわけではないため、自己責任論は考えるべきところが多そうです。 また遺伝だけでなく、発症の一つの原因として環境も考えられます。ネグレクトや虐待などの、幼い頃のストレス経験があったりすると、メンタルヘルスの課題に直面しやすいと言われています。子どもは、決して自ら選んだわけではありません。メンタルヘルスを自己責任論にすることは、辛辣であると感じます。 ジェネティックな要因や環境要因など、本人が選べないところでメンタルの問題を抱えてしまうことは間違いなく存在します。本人が好き好んで甘えているわけではないという理解が、メンタルヘルスの問題に対する適切な対応の第一歩となるでしょう。 ※出典:Utilising quantitative methods to study the intersectionality of multiple social disadvantages in women with common mental disorders: a systematic review | International Journal for Equity in Health | Full Text (biomedcentral.com), 2024年10月16日参照 メンタルヘルスの問題は、人類の進化にとって重要なこと 以前、感謝やバイアスが進化の過程でどのように残ってきたのかについて紹介しましたが、一部の人々にとって生きにくさを生み出してしまっているメンタルの不調は、なぜ進化の過程で残ってきたのでしょうか? 大前提として、進化の過程でセレクションが起こる際、人間の幸せを最大化するようには進化の仕組みは作られていません。実は、人間の脳が高度に発達していくことと、メンタルヘルスの問題に直面することには関連があると考えられています。 ある研究によると、双極性障害の遺伝子を持つ人々は、持たない人々と比較して、言語能力や創造性が高いことが示されています※。特に、創造的な職業に従事する人々と精神疾患の間には、共通の遺伝的変異が存在することが明らかにされました。これにより、精神疾患と創造性が遺伝的に関連している可能性が支持されています。もちろん発症してしまうことで、その能力が一時的に落ちてしまうことはありますが、社交性の高さも評価されているのです。 また、前回もご紹介したように、メンタルの課題を抱えた人は、完璧主義傾向も高く、メンタル不調に陥るリスクは高いけれど、学業成績や認知能力が高いということが分かっています。 また、優秀な人ほど「インポスター症候群」と呼ばれる、自分の実力を認められず、まるで周囲を騙しているような感覚に陥る問題に直面しやすい傾向があります。対人スキルが非常に高い人に多く見られ、たとえば、元Facebookの最高執行責任者であるシェリル・サンドバーグもこの症状を抱えていたことで知られています。 このような課題を抱えている人々は、弱くてかわいそうな人ではなく、むしろ優秀で仕事ができる人々であることが多いです。彼らは完璧主義であり、努力家であるためにメンタルの問題を抱えやすいのです。 ※出典:New study finds proof that creativity and mental illness are genetically linked (sciencenordic.com), 2024年10月16日参照 まとめ メンタルヘルスの課題は、自己責任論に帰されがちですが、実際には自分の選択で避けることのできない遺伝的要因や生育環境の影響が大きいです。 また、そのような人たちは、優秀な人が多いというのが科学的に分かっています。日本人の5人に1人がメンタルヘルスの問題を抱えている現状が進化の過程で淘汰されずに残っているのは、これらの特性が人間や社会にとって有益な側面を持っているからです。 自信がないからこそ努力をし、努力しても結果が伴わないことで病んでしまう。このような苦しみがあるからこそ努力できる特性は、生き残るために必要な形質だったのです。メンタルの苦しみは人間の進化の一部であり、知的能力や社交性が高い人々が生き残る過程で、その裏にある心の脆さも一緒に残っているのです。 しかし、それをすべて受け入れるべきだというわけではなく、メンタルヘルスの課題から逃れるための手段や方法を探していくことは、私たちにとって非常に重要です。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/0DgOla9hehV0eC0ARmP2vU?si=RJWDwAzVTOSfC672L5BRTw 次回 次回のコラムでは、『メンタル不調を克服する方法』をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm21/

アニメの女の子の目が大きく描かれるのはどうして?進化の過程で引き継いだ「悲しいバイアス」

好きなアイドルグループのコンサートに行ったとき、何だか自分の推しのファンがやたらと目に入ってきて、みんなと推しが被っている気がする…というような経験はありませんか? 前回は意識に基づいた判断が、必ずしも正しい結果を招くわけではないということを学びましたが、この例のように、意識のうえで客観的事実とは異なる情報を上乗せしてしまう「バイアス」も、私たちの意思決定を歪めるものの1つです。 ありのままの世界を見ることができず、事実でないことに基づいて判断してしまうことは、わたしたちにとって大きなリスクに繋がります。そこで今回は、「なぜ人間はバイアスをもってしまうのか」について深掘りしていこうと思います。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm16/ オーストラリアのカブトムシが絶滅の危機に!?性選択のバイアス 以前「感謝」の回で、感謝の気持ちが時代を超えて残っているのは、感謝は人間関係の強化に役立つメリットがあるからという話を紹介しました。 バイアスは感謝とは異なり、ときにリスクを招きかねないものではありますが、感謝と同様に、進化の過程で残ってきたものであると言われています。 私たちの脳は、必ずしも自分や周りの人の幸せ、健康を最大化するものではありません。それらを犠牲にしてでも、自分の遺伝子を残すのに有利な形質であれば、進化の過程で残っていく仕組みになっているのです。これこそがバイアスが残っている理由であると考えることができます。 虫の例でいうと、光に引き寄せられるバイアスがあります。そのおかげで虫は飛ぶことができているのですが、その光が火であっても、虫はそこに行ってしまうため、命を落としてしまいます。進化の過程で生き残ったからといって、必ずしも良いものとは限らず、欠点のあるバイアスも存在するのです。 性選択のバイアスで面白い事例があります。オスとメスの進化的な競争の中で、側から見るとお互いアンハッピーに見える事例をご紹介します。 ゾウムシという虫は、オスの交尾器にたくさんの棘が生えています。それは交尾をすると、メスが命を落としてしまうほどです。 そのため、メスは対抗手段として、進化の過程で、交尾をしようとしてくるオスを、後ろ足で蹴り上げる力を強くしていきます。これを対抗形質と呼ぶのですが、メスが蹴る力を強めていくにつれ、オスもメスに蹴られても交尾器が抜けないように、どんどん棘を強くしていきます。結果として、お互いアンハッピーになってしまう、棘の形質なのですが、このような事例が知覚的なものにもあるのではないかと言われています。 あるとき、オーストラリアの生物学者が、高速道路を運転していたところ、捨てられていたビール瓶に、カブトムシがたくさん集っているのを目撃したそうです。よく見ると、それは全てオスのカブトムシで、ビール瓶に交尾を試みようとしていたのです。その理由は単純で、茶色くて、光に反射して、突起のあるビール瓶の見た目が、メスのカブトムシによく似ていたからです。 道路に落ちているたくさんのビール瓶せいで、オーストラリアでは、カブトムシが絶滅の危機に瀕してしまうほどでした。このように、見た目だけでビール瓶に価値を見出して、交尾を試みようとするバイアスが、カブトムシたちにはかかっていたのです。 男性が女性を魅力的に思うポイントは「目」にあった!男性のバイアス では、人間にもオーストラリアのカブトムシと同じようなバイアスが、存在するのでしょうか? 日本のアニメや漫画では、女の子の目がかなり大きく描かれていて、それがなぜなのか、海外の研究者の間でも話題になっています。 人間の女性の目の虹彩を大きくしたり、目そのものを大きくしたり、さまざまな写真を並べて、男性にとって女性の目の大きさが、どれほど魅力的に感じる度合いと関わってくるのかを、確かめる実験をしたところ、虹彩が大きいことで、男性は女性を若く見て、繁殖可能なシグナルとして捉えるという結果が出ました※。 目の大きさ自体はあまり関係がないようで、人間のオスはカブトムシにとってのビール瓶と同じように、虹彩の大きなメスに対して、魅力を感じるようなバイアスがあるようです。 海外の研究でも、雑誌の表紙の女性の瞳孔を大きくするだけで、男性の購買率が高まるという結果が出ています。これは、私たちもオーストラリアのカブトムシを笑えない結果ですよね。 ※出典:Large irides enhance the facial attractiveness of Japanese and Chinese women - ScienceDirect, 2024年10月2日参照 女性は周期によって人の顔が変わって見える?女性のバイアス これと同じように、もちろん女性にもバイアスが存在します。進化の性選択の過程で、より異性に選ばれる形質の方が生き残っていく、というものがあります。その中でも、性内競争といって、より良いオスを捕まえるための、メスの中での競争があり、人間の女性はその競争を、水面下で行うことが多いということが分かっています。 具体的には、セルフプロモーションといって、「私はこんなに可愛くて、価値のある女よ」と、自分の宣伝をする戦略や、周りの女性を下げる戦術があります。 実は、女性のエストロゲンレベルの高い排卵期や、妊娠をする可能性の高い時期は、自分とは異なる他の女性が、異常に不細工に見えてしまうことがあるそうです※。周りの女性を下げるというバイアスがかかり、同じ人間でも見え方が変わってしまうのです。 しかし、そのバイアスを持っているからこそ、「私は他の女性よりも可愛い!」という自信をつけて、男性にアピールをし、生まれてきた子孫がいるのです。 このように、私たちはさまざまなバイアスを持っていますが、必ずしもそのバイアスが、私たちの健康や幸せに繋がるものではない、というのは何だか寂しいことですよね。 先ほどの性内競争に関して、女性の中でどれほど激しい競争に晒されているのかを確認するテストがあります。例えば、「自分より綺麗な女性を見ると、たまらなく辛くなるか」「とても魅力的な女性を見ると、粗探しをしてしまうか」などの質問に対して、「Yes」と応える女性は、とても激しい競争に晒されていて、摂食障害などのリスクが高まってしまうと言われています。 他の人から見たら、とても魅力的であるのに、自分ではそう思えずに「痩せなきゃ、可愛くならなきゃ」と思い込んでしまうのです。私たちは、バイアスのおかげで生き残ってきましたが、それを克服していくことも、未来の私たちには必要なことなのかもしれません。 ※出典:Fertile women rate other women as uglier | New Scientist, 2024年10月2日参照 まとめ 人間の意思決定には、多くのバイアスが存在します。バイアスは、悪いものとして扱われることが多いのですが、私たちが生きていくうえで、遺伝子を残すうえで、有利なものがバイアスとして私たちの脳に残っているのです。 しかし、バイアスが必ずしも健康や幸せに繋がるわけではないため、バイアスを認識し、適切な対策を講じることも重要です。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/2bktPtL097mUDwCdPt0y2G?si=Zfo4Y7O6QQK72vLkqhwcgA 次回 次回のコラムでは、『意思決定の質を高めるコツ』をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm18/

目には見えない心の問題、メンタル不調に陥りやすい人の特徴は?

現在、日本では5人に1人が、うつ病などのメンタルヘルスの不調に悩んでいると言われています。こうした人々に共通する特徴のひとつに、完璧主義であり、非常に優秀である点が挙げられます。高い理想を掲げ、それに向けて努力を惜しまない一方で、その過程で心が疲れ切ってしまうことが多いのです。 今回は、社会問題化しつつあるメンタルヘルスの問題について深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm18/ メンタルヘルスに問題を抱える人は優秀な人が多い? みなさんは「醜形恐怖症」という言葉を耳にしたことがありますか? これは、自分の顔や体に対して過度に否定的な認識を持ち、自分の欠点ばかりが気になってしまうことで、精神的な苦痛を引き起こすメンタルヘルスの不調の一種です。自分の外見に対するゆがんだ自己評価が原因となり、日常生活にも大きな影響を与えることがあります。 この症状を抱える人々を調査すると、完璧主義であり、非常に優秀な人が多いという傾向があることがわかっています※。彼らは学業や仕事においても非常に高い成果を上げることが多いようです。摂食障害のある人々にも似た傾向が見られ、理想を追求するあまり、過度に努力し続けた結果として発症することが少なくありません。 現在、日本では5人に1人が何らかのメンタルヘルスの不調に直面しているとされています。では、なぜ職場や社会において、こうした症状がなくならないのでしょうか? その原因について、詳しく掘り下げていきます。 ※出典:大学生における身体醜形懸念に対する完全主義の影響 (jst.go.jp), 2024年10月16日参照 「おいしいごはんが食べられますように」からみる日本の社会問題 2022年に芥川賞を受賞した高瀬隼子さんの「おいしいごはんが食べられますように」という本を、みなさんは読んだことがあるでしょうか?少しネタバレになりますが、この本はメンタルヘルスに問題を抱えた女の子の話です。 その子は会社で、周りがどんなに忙しくても、絶対に定時で帰ることができます。「早く帰っていいからね」「難しい仕事はやらなくていいよ」と上司から言われているのです。 しかし、その状況に周りの人々はモヤモヤした感情を募らせていきます。その女の子も、自分だけ早く帰ることに罪悪感を感じているため、家に帰ってケーキを作り、それを会社に持ってきて配ったりしています。しかし、周囲の人々は「こんなに難しいケーキが焼けるなら、仕事をしてほしい」と思い、その感情が次第にエスカレートしていき、ケーキを女の子の机に捨てるなど、さまざまな事件が起きていきます。 この本では、メンタルヘルスに問題を抱えた人に対して過剰に多様性を受け入れる対応が、かえって分断を生んでしまう状況が描かれています。 メンタルヘルスで悩んでいる本人はとても辛い思いをしていますが、心の中で起きている問題のため、外部の人にはその不調が理解されにくいです。メンタルヘルスの不調は、外からは見えない点が他の病気と大きく異なる部分です。 例えば、風邪を引いたり骨折したりした場合は、その症状が目に見えてわかるため、「かわいそう」と思いやすいですが、メンタルの症状は理解することが困難です。周りからは「可愛いのにどうして?」「痩せてるからいいじゃん」と思えても、自分ではそう思えず、お互いに理解し合えないところが、メンタルヘルス特有の課題のように感じます。 鬱は甘え?分断を生む「スティグマ」とは 「鬱は甘え」という言葉を聞いたことがありますか?メンタルヘルスを理解しようとしていても、心の中では「甘えではないか?」と周囲の人々や本人が感じてしまうことがあるようです。 なぜメンタルがそのように思われてしまうのか、様々な要因が考えられています。 1つには、メンタルヘルスの問題は目に見えないため、自己責任論になりやすいという点があります。見た目には分からないため理解されにくく、周囲からだけでなく本人も「メンタルの不調は自分の甘えだ」「歪んだ自己認識による自己責任だ」と感じてしまいます。このような現象を「スティグマ」と呼びます。 スティグマが存在することで、周囲の人々が本人に期待しなくなり、難しい仕事を与えなくなったり、本人も「自分は問題を抱えている」と感じ過ぎてしまい、その結果として能力が下がってしまうことがあります。それでは、メンタルヘルスに不調を抱えた人は本当に何もできなくなってしまうのでしょうか。この点については、次回のコラムでご紹介したいと思います。 まとめ 鬱や双極性障害など、さまざまなメンタルヘルスに関わる疾患は、非常に身近な存在になってきています。日本でも5人に1人が人生の中で関わることになる問題であり、みなさん自身や周りの人々がそのような課題に直面する可能性は大いにあります。 しかし、これほど当たり前の存在であるにもかかわらず、メンタルの問題はいまだに分断を生み出してしまいます。見た目には分からないという点や、メンタルヘルスへの理解不足から、本人の甘えや自己責任論に結びつけられがちなのです。このようなスティグマが存在することで、本人も自信を失い、悪循環に陥ることがあります。 メンタルヘルスへの理解と支援が広がることが重要であり、スティグマをなくし、誰もが適切なケアを受けられる社会を目指すことが大切です。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/03MRfGDsfa09meDNVlrNSM?si=FyD_l_bjSg6stqsvvsr7QA 次回 次回のコラムでは、精神医学の知見から『メンタル不調』についてさらに深堀していきます。 https://mag.viestyle.co.jp/columm20/

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