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インタビュー

自分の“好き”に従い研究の道へ:『恋愛の脳科学』研究者・藤崎健二さんの背景と原点

今回は、京都大学大学院で「恋愛の脳科学」の研究に取り組まれている藤崎さんにお話を伺いました。インタビューの前半では、藤崎さんの研究に至るまでの背景やこれまでの研究成果などについて詳しくご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview05/ インタビューの後半では、藤崎さんのパーソナルストーリーに焦点を当て、幼少期の生活や現在の趣味、研究に関するエピソードなどについて伺いました。 研究者プロフィール 氏名:藤崎 健二(ふじさき けんじ)所属:京都大学大学院 文学研究科 博士後期課程研究室:阿部研究室研究分野:恋愛、対人認知、fMRI 就職か進学かーー背中を押したのは自身の経験と一冊の本 ── まずは改めて簡単に自己紹介をお願いします。 現在は京都大学大学院文学研究科に所属し、研究に取り組んでいます。学部時代は慶應義塾大学理工学部で、脳波や心拍などの生理指標の解析に取り組んでいました。その後、恋愛関係の維持や構築を支える脳の仕組みについて深く研究したいと思い、大学院から京都大学に進学しました。 ── 大学院への進学はいつから考え始めましたか? 大学3回生の冬頃から、大学院への進学を考え始めました。元々は大学卒業後に就職するつもりでしたが、就職活動を進める中で、自分の心の声に従って好きなことや楽しいと思えることを仕事にしたいと思うようになりました。そんなとき、学部時代に図書館で偶然手に取ったのが『人はなぜ恋に落ちるのか?: 恋と愛情と性欲の脳科学』という一冊でした。恋愛の脳研究を専門にする第一人者の研究に触れたことで、昔から関心のあった「恋愛のしくみ」について本格的に研究したいという気持ちが強まり、大学院進学を決めました。 ── 始めは研究者になることは考えていなかったのですね。研究テーマの根幹となる、恋愛のメカニズムへの関心はどういった経緯でもつようになったのでしょうか。 自分自身の恋愛経験が大きかったと思います。これまでの人生の中で、特定の相手に強く惹かれる経験を通じて、恋愛がもたらす多幸感や心の揺れ動きは、日常で経験する感情とは質的に異なる、非常に特別なものだと実感しました。そうした体験から、なぜ恋愛はこれほどまでに人の感情や行動に強く影響を与えるのか、その背景にある脳の働きについて関心を持つようになりました。 ── ご自身の経験が研究へのモチベーションだったのですね。元々考えていた進路を変更する上で、苦労されたことはありますか? 周りの友人のほとんどが大手企業の就職を目指す中で、別の道を選ぶのは不安もあり、勇気が要る決断でした。そんな中、幸いにも同じように研究の道を志す先輩方が身近にいて、その存在が自分の背中を押してくれました。 人生のモットーはイチロー選手への憧れから ── 子供のころは脳科学以外にどのようなことに興味を持っていましたか? 小さい頃から、生き物に強い興味がありました。幼稚園の頃は昆虫が好きで、「昆虫博士」と呼ばれていたこともあります。小学生になると犬を家に迎え、高校時代には海外の爬虫類などを飼育していました。今でもいろんな動物が好きですが、犬が1番愛おしいです。 ── 様々な生き物に関心をもち続けた半生だったのですね。子供のころからの興味が現在まで続いているとのことですが、他にも今の自分に影響を与えた出来事や影響を受けた人物はいますか? はい、元メジャーリーガーのイチロー選手から大きな影響を受けました。小学校から中学3年生まで野球を続けていたこともあり、当時からイチロー選手は馴染みのある存在でした。あるとき、読書感想文のために彼に関する本を読んだことをきっかけに、その生き方や考え方に深く共感し、自分も彼のように信念を持って道を切り開いていける人になりたいと思うようになりました。 ── 具体的にはイチロー選手のどのような姿に影響を受けたのでしょうか? 好きなことを徹底して追求する姿勢に、強く影響を受けました。イチロー選手が野球という好きなことに出会い、誰よりも打ち込んできたからこそ、あれだけの成果を残せたのだと思っています。その姿勢は、「好きなことや楽しいと感じられることを大切にしたい」という、私自身の価値観の原点となっており、大学院進学を決める上でも大きな指針になりました。 また、直面する課題に対して原因の仮説を立て、検証し、改善へとつなげていくというイチロー選手の姿勢にも強く惹かれました。単に努力するのではなく、常に思考を巡らせながら自分を高めていくその在り方に、深い知性と探究心を感じました。 とはいえ、「修学旅行でも握力トレーニングを終えるまでは友達と遊ばなかった」という彼のストイックさについては尊敬しつつも、自分にはまだ難しいと思ってしまいます(笑) 研究は楽しい!ーーこれからの研究者に伝えたいこと ── 普段はどのように過ごされているのですか? 研究活動が生活のほとんどを占めています。その他には、研究室のリサーチアシスタント業務や、学部時代にアルバイトとして勤めていた会社からの委託業務などに取り組んでいます。 ── 研究やその関連活動が生活の一部となっているのですね。息抜きとして何か取り組んでいることはありますか? 今は料理にハマっています。昔から美味しい料理が好きで、学部時代は服と食べ物にバイト代を費やしていました。しかし、3年前に東京から京都に引っ越したことで美味しいお店と出会う頻度が減ってしまったので、節約も兼ねて自分で料理をするようになりました。最近はお肉やチーズの燻製料理にハマっています。 ── 最後に、これから同じ領域に挑戦してみたい学生や若い研究者に向けて、メッセージをお願いします。 研究に興味がある方には、「研究は楽しい!」ということをお伝えしたいです。アカデミアには自分の興味関心を探究できる世界が広がっており、大変なことも多いですが、この道を選んで本当に良かったと思っています。 少しでも関心がある方は、ぜひ勇気を出して、実際に研究をしている方の話を聞いてみることをおすすめします。近い分野でご活躍されている研究者の方々とは、研究に関する議論を深めたり、将来的に共同研究を行うなどのかたちでつながりを持てれば幸いです。 NeuroTech Magazineでは、ブレインテック関連の記事を中心にウェルビーイングや若手研究者へのインタビュー記事を投稿しています。また、インタビューに協力していただける研究者を随時募集しています。 応募はこちらから → info@vie.style

脳の働きから恋愛のメカニズムを探求する:京都大学・藤崎健二さんが語る「恋愛の脳科学」

脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。 本企画は、さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。 今回のインタビューでは、京都大学大学院で「恋愛の脳科学」の研究に取り組まれている藤崎健二さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、藤崎さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview06/ 研究者プロフィール 氏名:藤崎 健二(ふじさき けんじ)所属:京都大学大学院 文学研究科 博士後期課程研究室:阿部研究室研究分野:恋愛、対人認知、fMRI 始まりは身近な感情への興味ーー恋愛感情への関心から脳科学の研究へ ── 現在取り組まれている研究について教えてください。 私は、いわゆる「恋愛の脳科学」というテーマについて研究しています。具体的には、fMRIによって得られた脳活動のデータを解析することで「恋愛関係の構築や維持を支える認知神経メカニズム」の解明を目指して研究を進めています。 ── どのようなきっかけで恋愛と脳の関係に関する研究を始めたのですか? きっかけは、好きな人や恋人に対して抱くときめきや安心感といった特別な情動が、どのような仕組みによって生まれるのかを純粋に知りたいと思ったことでした。また、私は昔から人の行動や認知、感情、そして人格の基盤となる脳に強い関心を抱いてきました。恋愛における特別な思いも、脳の働きによって生み出されていると考え、脳神経科学の視点から恋愛を捉える研究に興味をもちました。そして、恋心や愛情のメカニズムを解明することが、人々のより良い関係を築く手助けになると考え、この研究に取り組むことになりました。 ── 一般的に恋愛感情や恋愛関係の在り方は個人によって異なると考えられますが、研究に取り組まれる上で「恋愛」はどのような感情として定義していますか? 私は、恋愛関係を「他者との親密で排他性を伴う関係」と定義しています。同性の親しい友人関係とは異なり、恋愛関係には親密さに加え、相手と特別なつながりを共有し、注意や感情、時間を相互に優先的に分かち合うという特徴があります。さらに、このような高いコミットメントを伴う関係は、他者との親密・性的な関係を制限する排他性を備えており、それが恋愛関係を規定する重要な要素の一つとされています。 「男女の友情」は脳科学的に実在するのか? ── 具体的に、どのように研究を進められているのか教えてください。 fMRI(機能的磁気共鳴画像法)という脳活動を可視化する技術を用いて、恋人に関する脳内での情報処理について研究しています。特に、報酬や快感に関与する「側坐核」と呼ばれる脳部位の活動に注目して、研究を進めています。 恋愛と脳の関連については、ドーパミンやオキシトシンという脳内伝達物質の話が有名ですが、これらの知見の多くはプレーリーハタネズミという一夫一妻の動物モデルの研究から生まれています。プレーリーハタネズミの研究では、側坐核でのドーパミンやオキシトシンの伝達や、関係の成熟に伴う側坐核の可塑的な変化が、パートナーとのいわゆる一途な絆の形成・維持に重要であることが示されています。同様に、ヒトでも側坐核において、パートナーに関する特別な処理が行われていることを示唆する研究はいくつかありますが、恋人と異性の友人を比較した際の側坐核活動の違いに関する知見は、これまで一貫していませんでした。 従来のfMRI研究では、脳を立体的に分割した「ボクセル」ごとに活動を測定し、特定の領域の平均的な活動の強さを評価する方法が主に用いられてきました。これに対して私の研究では、側坐核内の空間的な活動パターンそのものに着目し、情報処理の特徴をより詳細に捉える解析を行っています。 ── 人間のパートナーへの絆も側坐核で行われていると考え、従来よりも応用的な手法で側坐核の活動を測定したのですね。測定からはどのような結果が得られましたか? 測定と解析の結果から、脳活動パターン上では、異性の友人は恋人よりも同性の友人に類似していること、恋人と異性の友人の脳活動パターンは識別可能なことが判明しました。さらに、恋人に関する情報処理の特別さは交際期間に応じて失われ、次第に異性の友人に近いパターンへと変化する傾向が見られました。 ── では、失恋してしまったときの脳はどのような状態になるのでしょうか? 失恋後の脳は、渇望・苦痛・自己制御がせめぎ合う複雑な状態にあると考えられています。具体的には、報酬系が活性化し、拒絶された相手への強い渇望が持続します。同時に、身体的・情動的な痛みに関わる領域や、感情のコントロールを担う前頭前野も活動を示します。 こうした脳の反応は、薬物依存の離脱症状と非常によく似ているとされます。また、失恋後には抑うつ症状などが現れることもありますが、時間の経過とともに徐々に和らぎ、回復へと向かうことが知られています。 ── 脳活動と実際の恋愛活動は互いに深く影響し合っているのですね。 今後の展望と課題 ── 恋愛関係の科学的な理解は、様々な人間関係の問題に対して影響を与えると考えられますが、藤崎さんはこの成果が社会にどのような影響を与えると考えますか? 恋愛関係の複雑さはこれまで「感覚的」に語られてきた側面が大きいと思いますが、この研究の成果により、なぜパートナーは特別な存在なのか、なぜ時間が経つにつれてパートナーへの思いは移り行くのか、その一端を脳科学的に捉えることができると考えています。 上記の発見は学術分野においては、心理学・社会学・進化心理学といった幅広い分野での議論に新たな証拠を与えますし、社会的には、カップルセラピーなどを通した応用、将来的には恋愛関係に関する一般的理解の推進にもつながるのではないかと期待しています。また、恋愛や結婚は、多くの人の人生に深く関わるテーマであり、関係性の質は心の健康や幸福にも大きく影響します。とりわけ、夫婦関係のあり方は、夫婦自身の幸福だけでなく、子どもの発達にも密接に関係しています。私の研究は、こうした関係の仕組みを脳と心の両面から理解することで、より良い関係づくりを後押しし、人々の豊かな人生に貢献することを目指しています。 ── 今後の研究の方針について教えてください。 恋愛関係のあり方や恋愛スタイルには大きな個人差がありますが、脳の観点からこうした違いに迫る研究はまだ限られています。例えば、恋人との親密な関係を避けがちな人や、過度に不安になって相手を強く求めてしまう人といった愛着スタイルの違いが、脳のどのような働きの違いに由来しているのかを今後明らかにしたいと考えています。 さらに、「恋人に対して何かをしてあげるときと、友人に対して同じことをする場合では、異なる心理的メカニズムが働いているはずだ」という仮説に基づき、恋人への利他的な行動を支える脳のメカニズムの解明についても取り組む予定です。 ── どちらも人々の良好な恋愛関係を支える素敵な研究ですね。 インタビューの後半では、藤崎さんの研究者を目指すまでの経緯や学生に向けたメッセージについて伺いました。特に、これから研究の道に進もうと考えている学生さんには必見の内容となっています。ぜひ併せてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview06/

研究と筋トレに情熱を注ぐ東京大学・井上大地さん:『融合身体』研究者のパーソナルストーリー

今回は、東京大学大学院で「融合身体」の研究に取り組まれている井上さんにお話を伺いました。インタビューの前半では、井上さんの研究に至るまでの背景やこれまでの研究成果などについて詳しくご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview01 インタビューの後半では、井上さんのパーソナルストーリーに焦点を当て、幼少期の生活や現在の趣味、研究に関するエピソードなどについて伺いました。 研究者プロフィール 氏名:井上 大地(いのうえ だいち)所属:東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学研究室:Cyber Interface Lab(葛岡・谷川・鳴海研究室)研究分野:HCI、融合身体 研究へのきっかけと歩みーー脳波から融合身体へ ── まずは簡単に自己紹介をお願いします。 はい、現在は東京大学大学院の情報理工学系研究科で学んでいます。学部時代は、人間の脳とコンピューターをつなぐBCI(Brain Computer Interface)に関する研究を行っていました。大学院に進んでからは、HCI(Human Computer Interaction)の分野にフィールドを広げて、その中でも「融合身体」という学習手法を中心に取り組んでいます。 ── もともとは脳科学への関心が入口だったんですね。「融合身体」というのは、どのような研究手法なのでしょうか? 簡単にいうと、VR空間の中で教師と学習者が1つのアバターを共有しながら動かす仕組みです。たとえば、学習者が腕を動かす際、教師の動きも合成されてアバターに反映されるので、自分一人では得られない「上手い動きの感覚」がまるで補助輪のように体験できるんです。運動スキルを学ぶ際に、とても効果的だと考えています。 ── それは面白いですね。井上さん自身の原点についても教えていただけますか? 幼少期はどんなふうに過ごしていたのでしょう。 とにかく好奇心が強くて、山で遊んだり工作をしたりしていました。コガネムシの羽を拾って観察し、同じような羽を自作してみたり(笑)。それを自由研究として提出したこともあります。生き物全般が好きで、動物園に行ったらカバの絵をずっと描き続けるような子どもでしたね。 VIEインターンでの挑戦――視野を広げた日々 ── 学部時代にはVIEでインターンをされたそうですが、そのきっかけは何だったのでしょう? 「脳」に関連する研究や事業に携わっている企業を探していたときに、ちょうどVIEの活動を知ったんです。興味を持ってすぐにメールで連絡したところ、オンラインでお話をする機会をいただいて、そのままインターンとして採用してもらえました。 ── インターンでは、具体的にどんなプロジェクトに参加されたんですか? 大学3年生の頃から約1年間、イヤホン型脳波計の実験や、サウナでの脳波計測、さらにはラスベガスでの技術検証など、本当に幅広いプロジェクトに関わらせていただきました。学問の世界だけでは得られない視野が広がったのを感じます。 研究と趣味の相乗効果で未来を切り拓くーーベンチプレス150kgへの挑戦 ── ここからは、研究の裏側や私生活について伺いたいと思います。 井上さんの研究室はどんな雰囲気ですか? とても自由で個性豊かですね。料理が好きで味覚の研究をしている先輩がいたり、息抜きにはダーツや麻雀、Nintendo Switchで遊んだりもします。私自身は留学先のイタリアで学んだ「アペリティーボ」という文化を取り入れて、夕方にみんなで軽くお酒を飲む時間を作ってリフレッシュするようになりました。新しい習慣を柔軟に取り入れられるところが魅力だと思います。 ── すごくオープンな雰囲気なんですね。井上さんは研究以外で熱中していることはありますか? はい、今はトレーニングにハマっています。就職活動が一段落した1年ほど前から本格的に始めて、今ではベンチプレスで130kgを挙げられるようになりました。次の目標は150kgですね。 ── 130kgは本当にすごいですね。どれくらいの頻度でトレーニングされているんでしょうか? 週に3〜4回くらいですね。大学のジムが使えるので、研究室に通う日はそのままジムにも立ち寄ってトレーニングするようにしています。 ── なるほど。研究の合間を縫って、かなり本格的に取り組まれているんですね。最後に、今後の目標や展望について教えてください。 最近は生成AIをどう活用できるかに興味があります。特定の分野の論文を大量にインプットさせて、まるで専門家と議論しているかのような対話ができないかと考えているんです。受動的に本を読むだけじゃなく、AIとのやり取りを通して主体的に学ぶスタイルを試してみたくて。あとは筋トレも続けて、ベンチプレス150kgを目指したいですね(笑)。

VRでアバターを共有する新時代の学習体験:東京大学・井上大地さんが語る「融合身体」の可能性

脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。 さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。 今回のインタビューでは、東京大学大学院で「融合身体」の研究に取り組まれている井上大地さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、井上さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview02 研究者プロフィール 氏名:井上 大地(いのうえ だいち)所属:東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学研究室:Cyber Interface Lab(葛岡・谷川・鳴海研究室)研究分野:HCI、融合身体 融合身体との出会いと背景 ── 井上さんが現在取り組まれている「融合身体」について、まずは概要をお伺いしたいです。そもそも、どのようなきっかけでこの研究テーマを選ばれたのでしょうか? 学部時代に祖父母が認知症を患ったことをきっかけに、幅広い世代の人がより感覚的に操作できるデバイスに興味を持つようになりました。最初は脳波を利用して人間の脳とコンピューターを繋ぐBCI(Brain Computer Interface)に関する研究をしていましたが、人間とコンピューターとのつながりをもっと詳しく追求したいと思い、修士では人間とコンピューターの相互作用を扱うHCI(Human Computer Interaction)にフィールドを移しました。その中でも、VR技術を活用して教師と学習者がひとつのアバターを共有する「融合身体」という新しい学習手法に可能性を感じ、今の研究に取り組んでいます。 ── 祖父母の認知症をきっかけに、『もっと直感的に扱えるデバイスが必要だ』と感じたそうですが、具体的にどのような経験がBCIへの関心につながったのでしょうか? 私が大学の2~3年生だった頃、祖父母が相次いで認知症を患い、日常生活を自力で送るのが徐々に難しくなっていったんです。両親がサポートに行っていたんですが、それでも日常的に支援が必要な状態でした。たとえば、物の置き場所を忘れてしまったり、スマホの操作がうまくできなくて困ったり……。 そんな姿を見ているうちに「何か、本人がもう少し自分で動きやすくなる仕組みはないのかな」と考えるようになりました。でも、高齢者にはスマホ操作も難しいですよね。一方で脳波を使ったBCIなら、頭の中の信号を直接読み取ることで操作できる可能性がある。まさに次世代の技術ですし、「実際に実用化されれば、より直感的に使いこなせるはずだ」とワクワクしたんです。 ── 確かに、脳波で操作できれば画面をタッチしたり小さな文字を読んだりする手間がなくなりますよね。まさにその出会いが、「直感的に扱える技術を極めたい」という気持ちに火をつけたわけですね。 もともと医学部志望だったということもあって、人間の脳には強い関心がありました。でもBCIは、人間とコンピューターをダイレクトにつなぐ技術ですから、まさに私の興味ど真ん中だったんです。祖父母の状況を目の当たりにして、「操作が苦手な人でも直感的に動かせる方法はないのか」と考えるうちに、BCIの可能性をとことん追求したいと思うようになりました。 VR空間でひとつのアバターを操作する不思議な感覚とは? ── では、ここからは「融合身体」について詳しくお聞きしたいと思います。名前からしても不思議な印象がありますが、そもそもどのようなシステムなのでしょうか? 融合身体というのは、VR空間の中で教師と学習者が1つのアバターを共有し、同時に動かせる仕組みです。たとえば、学習者が腕を動かすときに、教師の腕の動きも合成されてアバターに反映される。すると、学習者は自分の実力以上に「上手く動いている感覚」をそのまま体験できるんです。 画像の引用元:https://ieeexplore.ieee.org/document/10049764 ── なるほど。いわば自転車の補助輪のように、教師の動きが支えとなってくれるわけですね。実際にその状態で練習すると、どんなメリットがあるのでしょうか? フォームの感覚を体で直感的に覚えやすくなるんです。視覚や言語だけで説明されるより、「こう動けばいいのか!」と実際に体験できるので、習得スピードが上がるという利点があります。たとえばスポーツや楽器演奏のように、細かなタイミングや力加減が大事な分野では、この「リアルタイムで上手い動きを体感できる」というのが大きな強みですね。 ── 確かに、言葉だけの説明だとピンとこないことが多いですから、実際に優れた動きを感じ取れるのは画期的ですね。 今後の展望と課題ーースポーツからリハビリまで広がる可能性 ── それでは最後に、融合身体の将来的な応用や課題についてお尋ねします。スポーツやリハビリなど、さまざまな分野での応用が期待できるとのことですが、井上さんが特に注目しているのはどの領域でしょうか? 今のところ、一番わかりやすいのはスポーツのスキル習得だと考えています。ゴルフやテニスなど、正しいフォームが重要な競技で、遠隔地にいても指導者の動きそのものを体感できれば、場所を選ばずに効率的に練習できると思います。またリハビリの現場でも、セラピストと患者さんが同じアバターを動かすことで、患者さんが動作のイメージをつかみやすくなるかもしれません。 ── とても面白いですね。一方で、まだ研究の初期段階だからこそ課題も多いと伺いました。具体的には、どんな点がボトルネックになっているのでしょうか? 一番大きいのは、「どうして融合身体で学習者のスキルの上達が促進されるのか」というメカニズムが明確ではないところですね。VR空間で“うまく動けている気分”を味わうこと自体が学習を後押しするのか、それとも実際に教師と学習者の身体的な動作が融合していることに意味があるのか……。この因果関係をはっきりさせないと、異なる運動や別の分野に応用するのは難しいんです。 ── 確かに、基礎的なメカニズムが解明されていないと、体系的に広げていくのは簡単ではありませんね。でも今後の発展が本当に楽しみです。では最後に、これから同じ領域に挑戦してみたい学生や若い研究者に向けて、メッセージをいただけますか? まずは「好奇心」を何より大切にしてほしいですね。HCIやVRの研究は、技術の進歩だけでなく、人間の心理や行動を深く理解することが非常に重要なんです。社会の課題を解決する着想は、意外なところからふと生まれることも多いので、自分自身の経験や視点を活かしていくのがポイントになると思います。 たとえば、「ゲームが大好きだからもっと面白い仕組みを考えたい」という動機が、そのまま研究テーマになることもありますし、些細な興味がこの分野の大きなブレイクスルーにつながることもあります。ぜひ自由な発想を持って、このエキサイティングな世界に飛び込んでみてほしいですね。 インタビューの後半では、井上さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview02

「わかりそうで、わからない」に惹かれて——脳科学者・出利葉拓也さんが語る“好き”と“苦悩”の原点

今回は、慶應義塾大学で記憶や学習の研究に取り組まれている出利葉拓也さんにお話を伺いました。インタビューの前半では、出利葉さんの研究に至るまでの背景やこれまでの研究成果などについて詳しくご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview03 インタビューの後半では、出利葉さんのパーソナルストーリーに焦点を当て、幼少期の生活や現在の趣味、研究に関するエピソードなどについて伺いました。 研究者プロフィール 氏名: 出利葉 拓也(いでりは たくや)所属: 慶應義塾大学 環境情報学部 政策・メディア研究科 博士課程研究室: 牛山潤一研究室研究分野: 学習・記憶・脳波 脳科学の研究を志すきっかけとなった原体験 ── いつ頃から脳に興味を持ち始めたのでしょうか? 中学・高校の頃から興味を持っていました。当時は勉強しようとしてもなかなか集中できなくて、本当に苦しい時期でした。「なぜ自分の脳なのに、思うようにコントロールできないのか?」という問いが常に頭にあって、市販されている学習法の本を読んでも納得できる答えが見つからなかったんです。そこで、「これは自分で調べるしかない」と思い始めたことが、脳科学に関心を持つ大きなきっかけになりました。 ── 大学では最初は理工学部に入学されたとのことですが、環境情報学部(SFC)へ編入されたのはどうしてですか? 理工学部での学びは大学側からカリキュラムが決められていて、課題も多く、ものすごく忙しかったんです。まだ自分の研究テーマが定まっていない段階でやらなくてはいけない作業が多すぎて、「これでいいのかな?」という違和感をずっと抱えていました。そこで、より自由度の高いSFCへの編入を決めたんです。 SFCには「研究会」という制度があって、教授からアドバイスをもらいながら、各自が思い思いのテーマで研究を進められます。研究会には1年生から参加できて、自分に合わなければ辞めることもできるので、自分のやりたいことを探すにはぴったりだと思いました。 ── SFCに編入されてからは、どんな研究会に所属していたのでしょう? 大学2年の秋頃から、神経科学やスポーツ科学などをテーマに扱っている牛山先生の研究会に参加していました。当時は集中力に興味があり、「集中力を測るならゲームがいいのでは?」と考えて、ゲーム中の脳波を計測する研究をしていたんです。最近になって、同じ研究室の博士課程の同期と「もう一度この研究をちゃんとやってみよう」と話が盛り上がっていて(笑)。スマブラをプレイしているときの脳波を、20~30人分ぐらい計測していますね。 研究室でのユニークな文化と学び ── 牛山研究室には、どんな特徴や文化があるのでしょうか? 牛山先生の研究室では「まず手を動かせ」という教えがあります。研究を始めると、「このテーマは面白くないかも」「先行研究があるんじゃないか」など、あれこれ考えすぎてしまうんですが、そうしているとキリがないんですよね。だから「まずデータを取ってみる」ことを大切にしています。それから「データをよく眺めなさい」も大事なポイントで、アルファ波やシータ波など計算後の値を見る前に、元の波形をひたすら観察するんです。5~6時間ぶっ通しで脳波を見続けて、気づいたら寝落ちしていたこともありました(笑)。 ── 研究に関連した面白いエピソードはありますか? 2023年の大晦日に、論文が『Scientific Reports』に採択されたのですが、そのとき友達と年越しキャンプのため山奥に行っていて、携帯が圏外だったんです。翌日、銭湯で電波がつながった瞬間にメールを開いたら、先生からお祝いのメッセージが届いていて。「あ、あけおめの連絡かな?」と思ったら、実は論文アクセプトのお祝いだったという(笑)。そんなこともあって、僕にとってはすごく気持ちのいい年始になりましたね。 幼少期の興味と現在の趣味 ── 子どもの頃は、どんなことに興味を持っていたのでしょう? 小学生の頃は科学が好きで、とくに恐竜の化石に惹かれていました。恐竜ってもうこの世にはいませんが、研究を通じてその姿に近づけるところがロマンだなと思うんです。「わかりそうで、わからない」——そんな存在に惹かれるタイプですね。 ── 現在、研究以外でハマっていることはありますか? スプラトゥーン3に熱中しています。1年くらい前に始めたんですが、もう合計で1300時間くらいやってますね(笑)。ゲームは新しいスキルを習得していくプロセスそのもので、どうやって上達するのかを自分で体感できるのが面白いところです。 未来への展望と若手研究者へのメッセージ ── 今後の研究や活動について、どのような展望を持っていますか? 最近はAIがどんどん進化していて、仮説の提案やデータ分析の一部がAIに代替されつつあります。でも、私自身は「研究の過程そのものが楽しい」という想いが強いんですよね。何がAIに置き換えられて何が残るのか、その行方を見守りつつ、自分はこの楽しさを大切にしながら脳科学を探究していきたいと考えています。

「自分の脳をコントロールしたい」——苦悩から生まれた若き研究者・出利葉拓也さんの挑戦

脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。 さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。 今回のインタビューでは、慶應義塾大学で記憶や学習の研究に取り組まれている出利葉拓也さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、出利葉さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview04 研究者プロフィール 氏名: 出利葉 拓也(いでりは たくや)所属: 慶應義塾大学 環境情報学部 政策・メディア研究科 博士課程研究室: 牛山潤一研究室研究分野: 学習・記憶・脳波 記憶と学習のメカニズムに迫る ── まずは、現在取り組まれている研究について教えていただけますか? 私は、記憶や学習の脳メカニズムに着目した研究を進めています。とくに学習能力に個人差があるのはなぜなのか、その要因を探って、どうすれば改善できるのかを調べることに強い興味があるんです。具体的には、脳波や行動データを解析しながら、学習効率を高めるための新しい方法を模索しています。 ── 学習能力の個人差に注目する背景には、どのような経験があったのでしょうか? 実は私自身、中学・高校の頃に学習面で苦労したことがありました。勉強量はさほど変わっていないはずなのに、なかなか成績が伸びないという壁にぶつかったんです。そのときに「学習を司る脳の仕組みを理解したい」と強く思ったのがきっかけですね。 また、大学時代には塾講師のアルバイトで多くの生徒と接するうちに、いくら頑張っても成果が出にくい子どもたちがいることを目の当たりにしました。「同じだけ努力していても、なんでこんなに結果が違うんだろう」と疑問を抱くようになり、そこから学習の脳科学を深く研究したいと考えるようになりました。 脳波を活用した学習改善の試み ── 具体的には、どのようなアプローチで研究を進めているのでしょうか? 私は「思い出すのにかかる時間」という行動データを膨大に集めて分析することで、脳の状態を間接的に解析する手法を開発しました。本来なら脳波を計測するには高価な機器が必要ですが、この方法を使えば、スマホやPCを使うだけで簡単に脳波の一部を計測することができるんです。 出利葉さんの論文:https://www.nature.com/articles/s41598-023-51128-7 ── それはとても興味深いですね。その結果は、社会や日常生活にどのように活かせそうでしょうか? たとえば、学習アプリの利用データ(学習時間や正答率、回答の速さなど)を解析することで、その人の脳の使い方がある程度可視化できるかもしれません。そうなれば、一人ひとりに合わせた効果的な学習のアドバイスを行えるようになるんじゃないかと期待しています。 今後の展望と課題 ── 研究をさらに深めていくうえで、現在どんな課題に直面されていますか? 一番大きいのはやはりデータの蓄積ですね。脳波を使った研究は、大量のデータが必要とされます。でも私が個人で集められるデータには限界があって、時間的にも金銭的にも負担がかかります。そこが大きなハードルになっていますね。 ── なるほど。膨大なデータをどう集めるかは確かに重要ですね。その解決策としては、どんなことを考えていらっしゃるんでしょうか? 現在は、YouTubeで発信活動をしながら「脳波を測ってみたい」という方々を募ってみようと試みています。実際に脳波を計測する体験を提供して、そのデータを研究にも使わせてもらうというサイクルを実現できれば面白いんじゃないかなと。うまくいけば、研究とサイエンスコミュニケーション、そしてビジネスの流れがうまく回る形にできて、脳の解明も加速するんじゃないかと思っています。 出利葉さんのYouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/@deriba-brain ── まさに新しい形の「共創」ですね。それでは最後に、脳科学を志す学生や若手研究者の方々へメッセージをお願いします。 脳科学はまだ分かっていないことが本当に多い分野です。だからこそ、自分の研究次第で新しい視点や可能性を切り開くことができる、とても魅力的な領域だと思います。自分自身の好奇心を大事にしながら、一緒に脳の謎に挑んでみましょう! インタビューの後半では、出利葉さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview04/

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