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論文紹介

お金が脳を守る?──ドイツの超高齢者調査が示した資産と認知症リスクの関係

日本を含む先進国では「人生100年時代」が現実のものとなりつつあります。その一方で、長寿は「認知症リスクの高まり」と表裏一体です。 統計によれば、80代の約15%、90代では3割を超える人が認知症を抱えており、100歳以上では実に6割以上にのぼります1。こうした状況を踏まえると、高齢化が進む社会において認知症は避けて通れない大きな課題だといえるでしょう。 では、認知症になるリスクを左右する要因にはどのようなものがあるのでしょうか。遺伝や年齢といった変えることのできない要因に加えて、生活習慣や教育歴、社会的なつながりなど、後天的に変えることが可能な要因も数多く報告されています。 さらに近年では、社会経済的な格差にも注目が集まっています。収入や資産の多寡が健康全般に影響を及ぼすことはよく知られていますが、脳の老化や認知症の発症とも深く関わっている可能性が議論されているのです。 平均86歳、943人のデータが語る認知症リスク この疑問に迫ったのが、ハンブルク大学医学部のAndré Hajek氏、Hans-Helmut König氏らの研究チームです。彼らは 「Wealth, income and dementia in Germany: longitudinal findings from a representative survey among the oldest old」(BMC Public Health, 2025年発表)という論文で、その成果を報告しました。 研究では、ドイツ西部ノルトライン=ヴェストファーレン州で実施された大規模な縦断調査のデータを分析しています。対象となったのは80歳以上の高齢者943名(平均年齢86歳)です。自宅で暮らす人から施設入居者まで幅広く含まれ、より現実に近い超高齢者像が反映されました。 追跡期間は約2年で、認知症リスクは広く使われている認知機能スクリーニング「DemTect」によって評価されています。さらに参加者の「月々の収入額」と「総資産額(貯金や不動産など)」も調べられました。 これらは単に多い・少ないで分けるのではなく、統計学的に全体を4つのグループに分ける「四分位」という方法が使われました。つまり、収入や資産が少ない層から最も多い層までを均等に区切り、それぞれのグループで認知症リスクにどのような差があるかを比較したのです。 結果:資産と認知症に強い関係 統計解析の結果はきわめて明快でした。資産が多い人ほど認知症のリスクが低いという強い関連が確認されたのです。 この結果は、参加者の年齢や性別、健康状態といった影響を統計的に取り除いたうえで、資産の違いによる認知症リスクを比較することで導かれました。分析には「ロジスティック回帰」という統計手法が用いられ、リスクの強さは「オッズ比」という指標で示されています。オッズ比が1より小さいほどリスクが低いことを意味します。 具体的には、資産が最も少ない層と比べると、下から2番目の層では認知症になるオッズが0.23倍となり、非常にリスクが低いことが示されました。同様に、資産がより多い層ではオッズが0.05倍と、極めて低いことがわかりました。 年齢や性別、健康状態といった他の要因を考慮に入れても、この傾向は揺るぐことはありませんでした。 一方で、月々の収入と認知症リスクの関係は、資産の影響を考慮に入れると相対的に弱く見えました。言い換えれば、『今どれだけの収入があるか』よりも、『これまでの人生でどれだけ資産を築いてきたか』の方が、認知症予防に対してより強い影響を与えている可能性が示されました。 富が認知症リスクを下げるメカニズム 研究チームは、この背景についていくつかの視点から解釈を加えています。まず注目されるのは「認知予備力(Cognitive Reserve)」という考え方です。 富裕層は教育や趣味、知的活動の機会に恵まれており、その積み重ねが脳に“余力”をもたらし、老化や病気の影響を受けにくくすると考えられます。加えて、質の高い医療や介護サービスにアクセスしやすいことも、認知症の進行を抑えるうえで有利に働く可能性があります。さらに、経済的不安が少ないことで慢性的なストレスが軽減され、それが脳への悪影響を抑えている点も見逃せません。 一方で、収入そのものは認知症リスクの低下と直接は結びつきませんでした。これは、分析に「資産」という要素を入れると、資産の影響があまりに強いために、収入の効果が見えにくくなってしまうからだと研究者は説明しています。 実際に資産を外してデータを再解析してみると、収入が高い人ほど認知症になりにくい傾向が一部で確認されました。つまり、収入にも一定の関係はあるものの、資産の持つ影響力の方がずっと大きいのです。 高齢社会政策への応用可能性 この研究の意義は、単に「お金持ちは認知症になりにくい」という話にとどまりません。著者らは「経済的不平等を是正することが、認知症の社会的負担を減らす有効な方策になり得る」と指摘しています。 高齢者の生活を支える資産形成や再分配政策は、医療費や介護費用の抑制といった経済効果だけでなく、人々の脳の健康を守る施策としても意味を持つのです。 日本もドイツと同様に超高齢社会に突入しています。老後の「脳格差」を生まないために、資産形成支援やセーフティネットの強化はますます重要になっていくでしょう。 経済的な余裕は、これまでの人生を豊かにするだけでなく、老後の脳を守る盾としても働いているのかもしれません。「資産格差を縮めることは、社会全体の認知症予防策にもつながる」と考えると、この研究は単なる学術的発見を超え、社会の未来に直結する大きな示唆を与えているといえるでしょう。 今回紹介した論文📖 André Hajek, Snorri Bjorn Rafnsson, Razak M. Gyasi, Hans-Helmut König Wealth, income and dementia in Germany: longitudinal findings from a representative survey among the oldest old BMC Public Health (2025). https://bmcpublichealth.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12889-025-24239-1

0.2秒の差が事故を左右する──ブレーキランプと脳の反応

皆さんは車間距離を十分に取って運転しているでしょうか?前の車のブレーキランプが光ったとき、とっさにブレーキを踏めるかどうか――その僅かなタイミングの差が追突事故を招くことがあります。 実は0.2秒程度の反応時間の違いが、高速道路では数メートルの制動距離差となり、事故を防げるかどうかを左右すると言われます。では、前の車のブレーキランプを目にしたとき、私たちの脳はどんな反応を示し、どうすればより素早くブレーキを踏めるのでしょうか? 最新の研究では、その問いに脳波(EEG)で迫りました。ブレーキランプを見たとき脳内で何が起こっているのかを直接測定することで、より安全なブレーキランプ設計につなげようという試みです。「脳科学×交通安全」というユニークなアプローチから、思わず「なるほど!」となる新事実が明らかになりました。 ブレーキランプを脳はいつ認識するのか? 自動車の追突事故原因の多くは、前車の減速に気付くのが遅れることにあります。従来、こうしたブレーキ反応時間 (Brake Reaction Time, BRT)は、ブレーキランプが点灯してからドライバーがブレーキペダルを踏むまでの時間として測られてきました。 しかし、人間の反応速度には、多くの要因が影響します。ドライバーの年齢や運転経験、集中力だけでなく、足の位置や靴の重さといった細かな条件まで差を生みます。さらに、ブレーキペダルを実際に踏む動作にも時間がかかるため、ブレーキランプに「気付く」までの時間と「足を動かす」までの時間が混ざった形で測定されてしまうのです。 そこで研究者たちは、脳波を活用し、ブレーキランプを『あ、光った!』と脳が認識した瞬間をとらえるアプローチに挑戦しました。脳波は脳の神経活動によって生じる微弱な電気信号で、刺激に対する脳の反応をミリ秒精度で捉えることができます。 P3成分で分かる脳の認知タイミング 特に注目されるのが『P3成分』と呼ばれる脳波の特徴です。これは、人が「重要だ」と感じる出来事を認識した直後、約0.3秒後に頭の中に現れる電気的なピークで、認知のタイミングを示すサインとして知られています。 たとえば、突然の音や光に対して「ハッ」と気付いた瞬間、頭の中ではP3という電位のピークが生じるのです。このP3は、単なる反射ではなく「気付いてから動くまで」の橋渡しをする過程を映し出します。言い換えれば、ブレーキランプを『あ、止まらなきゃ』と脳が認識したタイミングを教えてくれる指標なのです。 研究チームは、ブレーキランプが点灯してから脳がそれを認識するまでの時間を「認知反応時間」と定義し、この指標を脳波P3を使って測定しました。こうすることで、ペダルを踏む動作に要する時間を含めず、純粋に脳が気付く速さだけを比較できるのです。 過去の調査では、電球式のブレーキランプよりLEDランプの方がドライバーのブレーキ反応が平均0.17秒ほど速いことが報告されていました。しかし、それらは主にペダル操作の時間を測ったものです。今回の研究では脳の反応そのものに着目することで、ブレーキランプ設計が人間の認知に与える影響をダイレクトに評価しようとしました。 実験方法:ブレーキランプとシミュレーターを使った脳波計測 この実験では、実際のブレーキランプ部品を使い、できるだけ現実に近い状況でデータが集められました。まず様々な車種のブレーキランプ10種類を用意し(うち2種類は電球タイプ、8種類はLEDタイプ)、室内に再現した運転環境で被験者に運転してもらいます。 被験者は運転席に相当する椅子に座り、前方スクリーンには高速道路を走行する映像が映し出されます。足元にはアクセルとブレーキのペダルを設置しました。被験者は映像に合わせてアクセルを踏み続け、前方に設置された試験用のブレーキランプが光ったら、アクセルから足を離してブレーキを踏むよう指示されました。 しかし、被験者がいつランプが点くかを予測して身構えていては、現実の「不意のブレーキ」に対する反応とは異なってしまいます。そこで研究チームは、ランプをランダムなタイミングで点灯させる一方で、フェイントとしてランプ点灯とは関係のない黄色いリング状のライトも点滅させる工夫を取り入れました。 被験者にとっては、いつ本当のブレーキランプが光るかわからない状態にすることで、「注意はしているが不意に現れるブレーキ」に近い状況を再現したのです。この間、被験者の頭には8チャンネルの脳波計が装着されており、ブレーキランプ点灯の瞬間をマーカーとして脳波データが記録されました。 そして、測定した脳波データからP3成分を解析することで、認知反応時間を割り出しました。P3は頭頂部で最も大きく現れるため、解析には頭頂部に配置したPz電極の信号が用いられています。 具体的には、各試行(ランプ点灯ごと)の脳波を重ね合わせて平均化し、刺激から数百ミリ秒後に現れる陽性波(P3)のピーク時間を検出しました。このピークのタイミングこそが、脳がブレーキランプを認識した瞬間を示しているのです。 光の違いが脳を動かす:LED vs 電球 こうして得られた脳の認知反応時間には、興味深い傾向が表れました。最大のポイントは、電球タイプとLEDタイプで明確な差が見られたことです。 脳波P3の潜時(=認知までの時間)の平均を比べると、どの被験者でも電球式ランプはLED式より遅いことが統計的にも示されました。中でも最も遅かったのはFord車の電球式ランプで、最も速かったHonda車のLEDランプとは約0.13秒の差がありました。 同じ車種で電球とLEDを比べても、たとえばフォード・フォーカスの電球ランプは同型のLEDランプより平均0.17秒遅れて脳が反応しています。脳波の解析によって、LEDランプの方が電球式よりも素早く脳に認識されることが裏付けられたのです。 図1:脳波P3潜時の平均値(±標準偏差)による各ブレーキランプの比較(橙色は電球式ランプ2種、青色はLEDランプ8種)。電球式は全ての被験者でLED式より認知が遅く、特にFord車電球ランプ(左端)は最も遅い認知時間となった。一方、LED同士ではランプ形状の違いによる差は小さい。実験では被験者22名のデータを解析し、電球 vs LEDの差は統計的にも有意と報告されている。 なぜLEDは電球より早く脳に届くのか LEDが優れている理由のひとつは、光源そのものの性能差にあります。白熱電球の点灯には、電球の種類やフィラメントの構造によって数ミリ秒から数十ミリ秒程度の遅延が生じます。これに対し、LEDは瞬時に点灯するため、この遅延がほとんどありません。LEDは立ち上がりの速さにおいて白熱電球よりも優れているという点は事実です。 要するに「光り始めが遅い・ボンヤリ光る」のが電球、「パッと光ってハッキリ見える」のがLEDという違いがあるわけです。そのため視覚的な刺激強度の点でLEDランプは有利であり、結果として脳が気付くまでの時間が短縮されると考えられます。 実験では、LED同士でも形状や明るさの違いによるP3潜時の差が一部見られましたが、残念ながら統計的に有意とは言えませんでした。研究チームによると、被験者がブレーキを踏む足を動かした際のノイズ(筋電や体動によるアーティファクト)が脳波に混入し、微妙な差の検出を難しくした可能性があるといいます。 しかし、電球 vs LEDという大分類では明確な差が出たことで、車両の安全性を向上させる上で、LEDランプの採用が有効な選択肢であることを裏付けています。事実、近年の車はほぼ全てブレーキランプがLED化されつつありますが、もし古い電球タイプを使い続けている車があれば、安全のためにも早めに交換した方が良いかもしれませんね。 運転熟練度と脳の反応、その関係とは 脳波データをさらに分析すると、ドライバーの経験や熟練度による違いも一部で見えてきました。被験者は運転経験の豊富なグループ(平均13年)と初心者グループ(平均4年)に分けられていましたが、LEDランプに対するP3潜時は初心者の方がやや遅い傾向があったのです。 統計的にも、経験者の方がわずかに速いという結果が得られました。有意水準5%でかろうじて差が確認され、両グループ内で遅めの反応を示した人たちに注目すると、経験者では約0.50秒、初心者では約0.55秒という差がありました。 一方で、電球ランプでは運転経験による差はほとんど見られませんでした。著者らは「電球は誰にとっても反応が遅いため、経験の影響が表れにくい。しかしLEDなら、そのわずかな差が現れるのだろう」と推測しています。経験を積んだドライバーほど、不意のブレーキランプにも素早く気付ける可能性が示された点は興味深い発見です。 脳波は運転の未来をどう変えるのか? この研究は、ブレーキランプ設計と脳の認知メカニズムを結びつけた先駆的な試みですが、今後の展開次第では様々な分野への応用が考えられます。 たとえば車両設計だけでなく、ドライバー教育や運転支援システムへの応用も考えられます。脳波を活用すれば、ドライバーが重要な信号を見落としていないか、その注意喚起がどれほど効果的かを客観的に評価できるのです。 また、ブレーキ以外の警報(車間アラートや歩行者検知アラームなど)についても、音や光のデザインを脳反応の観点から最適化できるでしょう。企業にとっては「人間の脳に響くUI/UX」を開発するヒントになるかもしれません。 さらに研究チームは、今後実際の道路環境で脳波計測を行い、ブレーキランプ認知の脳内プロセスを詳細に調べたいと述べています。 今回のようなシミュレーション実験では、被験者も「失敗しても事故にはならない」と分かっているため若干気が緩む可能性があります。リアルな運転状況であれば、より慎重になる分だけ、脳の反応も変わるかもしれません。 そのような生の脳データを集めれば、ドライバーの注意散漫やヒヤリハットの兆候を脳波から検知してアラートを出す、といった未来のニューロテック安全システムも夢ではありません。 今回紹介した論文📖 Ramaswamy Palaniappan, Surej Mouli, Howard Bowman, Ian McLoughlin (2022). “Investigating the Cognitive Response of Brake Lights in Initiating Braking Action Using EEG.” IEEE Transactions on Intelligent Transportation Systems, 23(8), 13878-13883research.aston.ac.ukresearch.aston.ac.uk.(オープンアクセス)

脳活動の共通パターンを探る──最新研究が見せた幾何学的アプローチ

「脳はどんな風に動いているのか」という問いに対して、これまで私たちは波形や数値で説明してきました。脳波計で測定すれば、ゆらめく線がモニターに映し出され、それをアルファ波やベータ波といったリズムで分類する方法が一般的でした。 しかし2024年9月に発表された研究が示したのは、もっと直感的で視覚的な答えです。脳の活動を多次元空間にマッピングすると、そこには共通して現れる基本の「型」が浮かび上がってきました。研究者たちはこれを「脳の動きを支える幾何学的な土台」と呼んでいます。 脳の活動を立体的に映し出す「スペクトルアトラクタ」 脳波には、アルファ波やベータ波などの周期的なリズム成分と、特定の周波数を持たない非周期的な背景成分(いわゆる1/fゆらぎ)が含まれています。従来の脳波研究では、これら周波数ごとの強さ(パワー)やリズムの同期性を分析し、脳の状態を探ってきました。 しかし、今回の研究チームは発想を転換し、脳波データの「形そのもの」を追いかけました。具体的には、まず脳波を周波数ごとに分け、それぞれの強さが時間とともにどう変化するかを取り出し、その動きを多次元空間に写し込みました。すると、点が集まって軌跡を描くようにまとまりが現れます。このまとまりは「アトラクタ」と呼ばれ、脳の活動を単なる波形ではなく立体的な形として表すことができるのです。 アトラクタとは、時間が経つにつれてシステムの動きが収束していく軌道のパターンのことを指します。たとえば振り子は最後に止まって一点に落ち着きますし、気象のような複雑な現象では蝶が羽ばたくような軌跡(ローレンツ・アトラクタ)が現れることがあります。では、脳波をアトラクタとして描くと、どのような形になるのでしょうか。図1がその結果です。 図1:EEGスペクトル・アトラクタの例(論文Figure 1より)(A) 若年層(黒)と高齢層(灰色)の平均脳波スペクトル。太い線は背景的な非周期成分を示す。 (B) 各周波数帯の強さ(色付き)と背景成分(緑)。 (C) 周波数ごとの強さの時間変化。 (D) 従来法で再構成した高次元アトラクタ(黒い軌跡)。 (E) 新手法(ETD)で主要成分に投影したアトラクタ。アルファ波や非周期成分はシンプルな軌道を描く一方、デルタ波やガンマ波は複雑でねじれた形になる。 このように脳波信号を「軌道=形」として表現することで、脳の状態を幾何学的に分析できるようになります。研究チームは、各アトラクタの形の複雑さ(次元数)を「幾何学的複雑度」と定義し、さらに異なるアトラクタ同士の形の類似性・予測関係を解析しました。 この解析には、収束的相互マッピングと呼ばれる手法が用いられています。難しい名前の手法ですが、簡単に言えば「ある軌道の動きから別の軌道をどの程度予測できるか」を調べるものです。こうした新しいアプローチによって、脳波の奥には共通する「型」のような動きが潜んでいることが見えてきました。 脳波の土台をつくるアルファ波と1/fゆらぎ 脳波と聞いて多くの人が真っ先に思い浮かべるのは「アルファ波」ではないでしょうか。リラックス時に優勢になる8〜12Hz程度の波で、「閉眼時に現れるα波」は昔から知られています。参考:脳波で変わる日常生活!アルファ波(α波)の科学的効果とは 一方で、近年注目されているのが、1/fに近い傾きを持つ非周期的な背景成分です。このゆらぎは、脳の興奮度や覚醒度といった状態と関連している可能性が指摘されており、新たな脳活動の指標として研究が進められています。 今回の研究では、この非周期成分とアルファ波が、脳波ダイナミクスを支える中心的な役割を担っていることが明らかになりました。 解析の結果、アルファ波と非周期的なゆらぎから描かれるアトラクタは、とてもシンプルな形をしていました。さらに、その基本的な形は他のすべての周波数帯にも共通して見られたのです。つまり、複雑に見える脳波の動きの奥には、アルファ波と非周期成分がつくる共通の「型」があり、それが全体を支えていることが分かってきました。 研究チームは、アルファ波と非周期成分を脳活動の中心的なダイナミクスと位置づけました。これらは常に揺らぎながら全体をまとめる土台のような存在で、その上に他の複雑な活動が積み重なっていくと考えられます。例えるなら、オーケストラで常に響いている低音のベースのようなもので、派手に主張するわけではないけれど、全体の調和とリズムを支えている存在です。 興味深いことに、従来の線形解析では周波数帯同士の相関はごく一部(例:アルファとベータ間)でしか強くありませんでした。しかしこの幾何学的アプローチでは、アルファ波と非周期成分が全ての周波数帯と強い結びつきを示すことが分かりました。 脳内の信号同士がどのように影響し合っているかを見る新たな指標として、この「幾何学的クロスパラメータ結合(異なる周波数帯同士の結合)」は非常に有望と言えるでしょう。 加齢がもたらす脳のシンプル化 では、この幾何学的コアは年齢によって変化するのでしょうか。研究では、20代前後の若年成人138名と、60代前後の高齢成人63名を対象に、安静時の脳波データが比較されました。 その結果、高齢者では若年者に比べてアトラクタの幾何学的複雑度が全体的に低下していることが明らかになりました。つまり、脳波の軌跡を表現するために必要な次元の数が減り、全体として脳の動きがよりシンプルになる傾向が見られたのです。 一方で、異なる周波数帯同士の結びつき(クロスパラメータ結合)は、高齢者の方が強まる傾向にあることも分かりました。その背景には、加齢に伴い、脳の機能的な専門性(分化)が低下することが示唆されています。 今回の研究で観察された、ガンマ波の活動パターンが他の周波数帯と似通ってくる傾向は、この加齢に伴う脳の機能変化の一端を捉えているのかもしれません。 この発見は、脳の加齢に伴う機能変化を新たな視点で捉えるものです。高齢になると情報処理が遅くなったり柔軟性が低下したりすると言われますが、その一因として脳のダイナミクスの多様性(複雑さ)が減少し、柔軟性が失われることが示唆されています。 一方で、アルファ波や非周期成分といったコアの影響力が相対的に強まることは、脳が安定性を保とうとする一種の適応かもしれません。研究者たちは、この結果を「動的コア仮説」と呼ばれる考え方と関連づけています。これは、脳には統合と分化を同時に支える中心的な仕組みがあるという理論です。 今回の研究は、この理論を踏まえ、脳が発達や加齢に応じて、大きな枠組みから細かな構造へと形作られていく過程を説明する新しいモデルとして位置づけられました。 脳波の軌跡から見える意識のパターン では、この幾何学的コアと私たちの意識状態や思考の内容には、どのような関係があるのでしょうか。脳波の複雑さは、昔から意識の深さや種類と関わっていると考えられてきました。たとえば、覚醒しているときと眠っているときでは、脳信号の複雑さが大きく異なります。今回の研究でも、このつながりを裏付けるような興味深い結果が示されています。 被験者は別日に実施したfMRIセッションで、「ニューヨーク認知質問票」というアンケートに回答しており、自分の心が安静時にどんな内容(過去や未来のこと、ポジティブなこと・ネガティブなことなど)や形式(映像的か言語的か、曖昧かはっきりしているか)をさまよっているかを自己評価しました。 そのデータとEEGアトラクタの複雑度を照らし合わせたところ、ある周波数帯の複雑さだけが特定の思考内容と有意に関連していたのです。それはガンマ帯のアトラクタの複雑さで、これが高い人ほど「ネガティブな反すう的思考」傾向が強いことが示されました。 ガンマ波は集中や認知負荷と関係が深いとされますが、確かに悩み事などで頭がぐるぐるしているとき、脳は高速で複雑な活動をしているのかもしれません。逆に、マインドフルネス瞑想などで心が静まっている状態では、ガンマ活動が抑えられ、より低周波側が優勢になるという報告もあり、この結果は直感的にも頷けるものになっています。 他にも興味深い傾向として、高齢者では非周期成分アトラクタの複雑さが高い人ほど、ポジティブな内容や映像的な思考をしている傾向が見られました。一方、若年者ではそういった相関は明確でなく、年齢による違いも示唆されています。 これらの結果はまだ探索的な段階ですが、脳波の描く形からその人の内的な思考の傾向が読み取れる可能性を示しており、非常に興味深いポイントです。 まとめ:脳波の形に隠されたメッセージ 今回の研究は、脳波を「形」として読み解く新しい視点を示しました。アルファ波と1/fゆらぎが全体を支えるコアとして働き、加齢によりそのダイナミクスがシンプルになること、さらに脳波の形が思考の内容と結びつく可能性があること。どれも脳の奥深さを改めて感じさせる発見と言えるでしょう。 脳科学の世界ではしばしば、「意識とは脳内の統合と分化の産物だ」と語られますが、本研究はその考えを裏付ける幾何学的な証拠を提示したとも言えます。 もちろん、今回の成果は安静時のデータに基づいたものであり、因果関係や細かな仕組みについては今後の研究に委ねられます。それでも、古くから使われてきた脳波という手法に新しい視点を与え、脳の動きを形として「見る」試みに挑んだこと自体に大きな価値があります。 脳のリズムを単なる波としてではなく、奥に潜む形や構造として捉える発想は、これからの脳科学やニューロテックの可能性を広げていくきっかけになるかもしれません。 この技術は、将来的には意識レベルの評価や神経疾患の診断などに応用できる可能性も秘めており、ニューロテック分野に新たなインスピレーションを与える研究と言えそうです。 今回紹介した論文📖 Parham Pourdavood, Michael Jacob (2024). EEG spectral attractors identify a geometric core of brain dynamics. Patterns, 5(9): 101025. https://www.cell.com/patterns/fulltext/S2666-3899%2824%2900158-2

睡眠障害がホルモンバランスを乱す──最新研究で見る脳・ホルモン・代謝の深い関係

睡眠不足の翌日、つい甘いものに手が伸びてしまった経験はありませんか?夜更かしをした翌朝にイライラしやすかったり、お腹が空いてしょうがなかったりするのは、決して気のせいではないようです。 実は、睡眠とホルモンには密接な関係があり、睡眠の乱れが私たちの体内ホルモンのバランスを崩すことで、食欲やストレス、さらには代謝機能にまで大きな影響を及ぼすことがわかってきました。 2025年8月1日に発表された最新のレビュー研究では、睡眠障害が様々なホルモンの分泌リズムを乱し、それが肥満や糖尿病などの代謝疾患のリスクを高める仕組みを詳しく解き明かしています。「寝不足くらい平気」と思っていた人も、知らずに見過ごしていた「寝不足の代償」に、きっとハッとさせられるはずです。 眠れていない現代人、その実態とは? まず押さえておきたいのは、現代人の睡眠不足はもはや当たり前の状態になりつつあるという事実です。研究によれば、現在の人々の平均睡眠時間は100年前に比べて約1.5時間も短くなっていると報告されています。 実際に7時間未満しか眠れない「短時間睡眠者」の割合も、この数十年で約12%から24%へと倍増しているそうです。夜更かしや生活リズムの乱れ、スマホの普及など様々な要因で、多くの人が慢性的な寝不足状態に陥っているのです。 加えて、「睡眠障害」に悩む人も増えています。不眠症、睡眠時無呼吸症候群(いびきによる呼吸停止)、過剰な眠気に襲われるナルコレプシー、昼夜逆転の生活リズム障害、悪夢など、その種類は多岐にわたります。こうした睡眠障害を抱える人は世界的に増加傾向にあり、単なる個人の問題に留まらず社会全体の健康課題となっています。 問題は、こうした睡眠の乱れが、体全体に少しずつ悪影響を及ぼしてしまうことです。 最新の研究によると、慢性的な睡眠不足や睡眠障害は、体内で炎症を引き起こす物質を増加させ、結果的に糖尿病、肥満、メタボリックシンドローム(生活習慣病の集合体)などのリスクを加速させ、ひいては死亡率の上昇にもつながることが報告されています。 つまり、睡眠をおろそかにすると将来的な健康リスクがじわじわと高まっていく可能性があるのです。では、なぜ睡眠不足がこれほど健康に悪影響を与えるのでしょうか?その鍵を握るのが「ホルモン」です。 睡眠中に働くホルモンたち 人の睡眠は、「ノンレム睡眠(深い眠り)」と「レム睡眠(浅い眠り)」の2つに大きく分けられます。ノンレム睡眠は、脳波がゆっくりになる深い眠りで、脳も体もじっくり休ませる時間です。一方、レム睡眠は、夢を見ることが多い浅い眠りで、記憶の整理や感情の処理に関わっているとされています。 それぞれのタイミングで分泌されるホルモンも異なっており、この睡眠リズムがうまく機能することで、私たちの心身のバランスは保たれているのです。 眠りの深さで変わるホルモンの働き たとえば、深いノンレム睡眠に入ると副交感神経が優位になり、成長ホルモンが多く分泌されます。これは大人にとっても筋肉や細胞の修復・代謝を支える重要なホルモンで、特に眠り始めの90分間にピークを迎え、体のメンテナンスが行われます。 またこの時間帯には、ストレスホルモンコルチゾールの分泌も抑えられます。日中に高まったコルチゾールが、ぐっすり眠ることでリセットされ、朝に向けて自然なリズムで上昇していく──これが、目覚めのスッキリ感につながるのです。 一方、テストステロン(男性ホルモン)の分泌も、睡眠と密接な関係があります。テストステロンの血中濃度は夜間の睡眠中に徐々に上昇し、特に深いノンレム睡眠の期間中に分泌が促進されることがわかっています。十分な睡眠がとれないと、この分泌リズムが乱れ、朝のテストステロン値が低くなり、活力や筋力の低下につながる可能性があります。 このように、私たちが眠っている間、脳と体は休んでいるように見えて、ホルモンバランスの微調整という重要な仕事を黙々とこなしているのです。 睡眠と脳波の関係について詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。 https://mag.viestyle.co.jp/sleep-through-brainwaves/ 睡眠不足は太りやすい?食欲ホルモンと肥満の関係 「睡眠不足だと太る」という話は、科学的にも裏付けられています。その鍵を握るのは食欲ホルモンの変化です。 満腹を促すレプチンは脂肪細胞から分泌され、食欲を抑えエネルギー消費を促します。一方、空腹を知らせるグレリンは胃から分泌され、食欲を増進させます。通常はこの2つのバランスで食欲がコントロールされています。 しかし、睡眠不足になるとレプチンが減少し、グレリンが増加します。その結果、空腹を感じやすく満腹感を得にくい状態になり、特に高カロリーや甘い食品への欲求が高まります。実際、ある研究ではこうした変化が「ジャンクフードの誘惑」に負けやすくすることが示されました。 さらに大規模調査では、睡眠時間が1時間短くなるごとに肥満リスクが約9%上昇するという結果も報告されています。もちろん食事や運動も影響しますが、睡眠時間は体重管理において無視できない要因です。 内臓脂肪だけじゃない、肝臓にも迫る影響 さらに興味深いのは、睡眠不足が内臓脂肪や肝臓脂肪の蓄積にも関わっている可能性です。近年、「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)」は「MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)」と呼ばれるようになり、肥満や糖尿病と並ぶ代謝疾患として注目されています。 研究によると、慢性的な睡眠不足はインスリン抵抗性の悪化や脂質代謝の乱れ、さらに慢性炎症を通じて脂肪肝のリスクを高めます。具体的には、睡眠不足で増える炎症性サイトカイン(TNF-αなど)が脂肪を分解し、その脂肪が肝臓に蓄積しやすくなります。加えて、コルチゾールが高い状態が続くことで、肝臓に脂肪がたまりやすくなり、硬くなる(繊維化)リスクも上がります。 つまり、十分に眠れていないと、お酒を飲まなくても脂肪肝になる可能性があるのです。 いびきが糖尿病リスクを高める? 睡眠不足は血糖値のコントロールにも影響します。複数の研究で、睡眠時間が短すぎても長すぎても、2型糖尿病の発症リスクが上がるという「U字型」の関係が確認されています。 深いノンレム睡眠中は、副交感神経が優位になりエネルギー消費が抑えられ、血糖値は安定します。肝臓や筋肉は日中に使ったグリコーゲンを補充し、成長ホルモンの作用で脂肪酸を放出するなど、代謝の修復モードに入ります。 しかし、睡眠不足や睡眠の質の低下で深い眠りが減ると、この修復モードが機能せず、夜間でもコルチゾールや交感神経の活動が高まり血糖値が上昇します。高血糖状態が繰り返されることで、インスリンの効きが悪くなり(インスリン抵抗性)、糖尿病の発症リスクが高まるのです。 現実でも、睡眠時無呼吸症候群(OSA)では深い睡眠が著しく減少し、慢性的なコルチゾール過剰と交感神経の興奮が続きます。OSAの人は糖尿病の発症率が高く、特にいびきがひどい人や日中の強い眠気に悩む人は要注意です。放置すれば将来的に糖代謝の悪化や糖尿病につながる可能性があります。 睡眠不足は心臓にも悪い? 睡眠不足は、心臓や血管の健康にも大きく関わります。大規模な調査では、睡眠時間と心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患の発症リスクには「U字型」の関係があることがわかっています。 つまり、6時間以下の短すぎる睡眠や9時間以上の長すぎる睡眠に加え、慢性的な不眠や強いイビキ(睡眠時無呼吸症候群のサイン)も、これらの病気の発症リスクを高める傾向があります。しかもこの影響は、食事や運動に気をつけていても避けられない、独立した危険因子です。 その背景にはいくつかのメカニズムがあります。まず、睡眠不足によって交感神経が過剰に働き、ストレスホルモンであるコルチゾールが高い状態が続きます。これが血圧の上昇や血管の柔軟性低下を招き、慢性炎症を通じて動脈硬化を進行させます。 加えて、男性ホルモンのテストステロンや女性ホルモンのエストロゲンといった、血管保護作用を持つ性ホルモンの分泌リズムが乱れ、防御機能が弱まります。さらに、睡眠を誘発するメラトニンにも血管老化を防ぎ血圧を下げる作用がありますが、睡眠不足ではその分泌が減り、こうした保護効果が十分に発揮されなくなります。 このように、慢性的な寝不足や睡眠障害は、神経系・ホルモン・抗酸化作用という複数の経路を通じて、将来的な高血圧や心臓病のリスクを押し上げてしまうのです。 おわりに──「睡眠」は全身の健康を守る投資 睡眠不足や睡眠障害は、単なる「疲れ」や「眠気」だけでなく、ホルモンバランスの乱れを通じて、肥満、糖尿病、心臓病などの重大な病気のリスクを高めます。しかもその影響は、食事や運動だけでは完全に補えない、独立した危険因子です。 質の高い睡眠は、脳と体を修復し、ホルモンのリズムを整え、代謝や血管の健康を守る“全身メンテナンス時間”なのです。寝る時間を確保することは、未来の健康への最も確実でコストのかからない投資と言えるでしょう。今日からほんの30分でも早くベッドに入り、静かな夜を過ごすことが、10年後のあなたの体を守ります。 参考文献 Jiao, Y., Butoyi, C., Zhang, Q., Adotey, S. A. A. I., Chen, M., Shen, W., Wang, D., Yuan, G., & Jia, J. (2025). Sleep Disturbances and Hormonal Dysregulation: Implications for Metabolic and Cardiovascular Health. Nature Reviews Endocrinology, 21(8), 455–472. https://dmsjournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13098-025-01871-w

朝食を抜くと心はどうなる?デジタルデータが映す食生活とうつ症状の関係

私たちにとって「食べること」は、毎日の楽しみであり、生活のリズムを整える大切な行動のひとつです。しかし、気分が落ち込んでいるときには、「なんとなく食欲がわかない」と感じることもあるのではないでしょうか。実際に、うつ状態にある人は、食事のタイミングや内容が乱れやすくなる傾向があるといわれています。 たとえば、朝食を抜いたり、夜遅くにドカ食いしてしまったりと、日々の食習慣に変化が生じやすくなります。こうした変化は、心の状態を反映している可能性があります。 では、うつと食習慣の関係を、主観的な感覚だけでなく、客観的なデータから確かめることはできるのでしょうか。この問いに対して、最新の研究が興味深い答えを示しています。 中国のある大学では、学生3,310人を対象に、約1か月間のキャンパス食堂の利用記録を収集しました。記録には、食事をとった時間帯や回数、購入したメニュー、支出額といった日常的な行動データが含まれています。さらに、期間の途中で実施した心理調査により、学生たちの抑うつ症状の程度を評価しました。 この研究では、日々の食事データと心理状態を突き合わせることで、うつ傾向のある学生がどのような食習慣を持っているのかを明らかにしようとしています。デジタル行動観察によって見えてきた、食生活と心のつながりに注目してみましょう。 うつ状態になると食習慣はどう変わる? 抑うつ状態になると、食欲が極端に落ちたり、反対に過食傾向が強まったりすることがあります。こうした症状は、精神医学の分野では以前から知られており、実際にDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版)でも「食欲や体重の変化」はうつ病の診断基準のひとつとされています。 また、朝食をとらない習慣がある人は抑うつリスクが高くなるという関連性も、これまで複数の研究で報告されてきました。加えて、夕方以降に活動や食事が偏る夜型の生活リズムも、メンタルヘルス上のリスクファクターと考えられています。 また、朝・昼・晩の3食を毎日きちんと食べている人は、将来的にうつ病を発症するリスクが低いという研究報告もあります。反対に、朝食を抜いて昼と夜だけ食べる生活は、体内時計(概日リズム)の乱れを通じて、心の不調と関連する可能性が指摘されてきました。 ただし、これまでの多くの研究は自己申告に基づいたものであり、実際の日常行動を客観的にとらえたデータは限られていました。今回紹介する研究チームは、そのギャップを埋めるために、日々の食事記録と心理状態をデジタルデータから分析し、抑うつと食習慣の関係をよりリアルに明らかにしようと試みました。 メンタルヘルスについて知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。 https://mag.viestyle.co.jp/columm20/ 電子マネーの記録から学生の食行動を読み解く この研究は、中国のある大学キャンパスで実施されました。ちょうどCOVID-19の感染拡大対策として、学生たちはキャンパス内で生活し、すべての食事を学内の食堂でとるという環境にありました。食堂での支払いには電子マネー機能付きの学生証が使われていたため、「いつ」「どこで」「何を」「いくらで」食べたのかという詳細なデータが自動的に記録されていたのです。 研究チームはこの膨大な電子記録を匿名化したうえで解析し、学生一人ひとりの日々の食生活パターンを客観的に抽出しました。分析では、1日あたりの食事回数、朝・昼・夕それぞれの食事時刻や食間の間隔、各食事での支出額、食べたメニューの多様性など、合計6つの指標が用いられました。 さらに、1日の食事の組み合わせ(たとえば朝昼晩の3食すべて/昼と夜のみ/朝と昼のみなど)を7つのパターンに分類し、各学生がそのどのパターンの日を何日送っていたかを集計することで、食習慣の規則性も評価しました。 こうした客観的な行動データと、調査期間の途中で行われた抑うつ症状に関する自己評価(自己記入式尺度)の結果を照合し、どのような食行動が抑うつの程度と関連しているのかが分析されました。 最終的に解析対象となったのは3,310人の学生で、そのうち約3割が「抑うつ傾向あり」と判定されました。内訳は、軽度の抑うつが916人、中等度以上の抑うつが172人、残りの2,222人は健常とされる対照群に分類されています。 朝食を抜く生活が、メンタルヘルスの乱れと結びついていた こうして得られたデータを分析した結果、食事パターンの乱れが抑うつ症状の程度と深く関係していることが明らかになりました。特に中等度から重度の抑うつ状態にある学生では、朝・昼・晩の3食を規則正しくとる日が少なく、多くの日で「昼と夜の2食だけ」で済ませている傾向が見られました。 統計解析の結果でも、毎日欠かさず3食をとる学生の割合は、中〜重度のうつ群では健常者のおよそ半分にとどまりました。一方、昼食と夕食の2食だけをとるパターンは、軽度の抑うつ群で有意に多く確認されました。 つまり、抑うつの程度が重くなるほど朝食を抜く日が増え、1日の食事回数そのものも減っていく傾向があることがわかります。実際、重度の抑うつ群では平日・週末の両方で朝食をとる頻度が健常者よりも明らかに低く、朝食をまったくとらなかった日が多く記録されていました。 一方で、軽度の抑うつ状態にある学生では朝食の頻度自体は健常者とほぼ変わらないものの、1日のうち昼と夜だけで済ませる日がしばしば見られ、食事のリズムがやや崩れている様子がうかがえました。 うつの兆候は「いつ何を食べるか」にも表れていた さらに、食事をとる時間帯にも大きな違いが見られました。抑うつ傾向のある学生は、食事のタイミングが全体的に不規則で、日によってばらつきが大きくなる傾向がありました。特に昼食や夕食の開始時刻には大きな変動があり、食事と食事の間隔も一定しないことが多かったのです。 わかりやすい例として、1日の最初の食事(=朝食または昼食)の時間が、抑うつ傾向の強い学生では平均して健常者より2時間遅かったというデータがあります。これは、朝食をとらずに昼過ぎになってようやく食事をとるという生活が常態化していたことを示しています。 また、食事の内容にも注目すべき差がありました。抑うつ度が高い学生ほど、食べるメニューの種類が少なく、つまり日々の食事の多様性が低い傾向が見られました。一方で、夕食にかける金額は高くなるという特徴もありました。 簡単にまとめると、「うつ傾向のある人は朝食を抜きがちで、夕方にまとめて食べる」傾向が強いということです。こうした偏りのある食生活は、昼間に食事をとれなかった分を夜に補っている可能性や、夜になると過食しやすくなる心理状態(いわゆるナイトイーティング症候群)とも関連していると考えられます。 食行動のパターンで重度の抑うつを推測できるか? 興味深いことに、研究チームは収集した食習慣データを使って、抑うつ状態を客観的に検出できるかどうかの分析も行いました。具体的には、機械学習の手法のひとつであるサポートベクターマシン(SVM)に、各学生の食行動パターンを特徴量として学習させ、健常者と抑うつ傾向のある学生を分類させるという試みです。 その結果、食事パターンの情報だけをもとに、重度の抑うつ状態かどうかを約67%の精度で予測することに成功しました。決して完璧な精度とは言えませんが、日常的な行動データからメンタル不調の兆しをとらえられる可能性を示した点は非常に意義深い成果です。 一方で、軽度の抑うつ状態については予測精度が53%とほぼ偶然と同程度であり、分類は難しかったことも報告されています。これは、症状が軽いうちは食習慣の乱れも目立ちにくく、機械学習モデルでも検出が困難だったためと考えられています。 逆に、症状が重くなると食事パターンの崩れも顕著になるため、アルゴリズムでもより明確な信号として検出されやすかったと推測されています。 考察:見えてきた朝食の意義とデジタル活用の可能性 今回明らかになった「朝食抜き・夕食偏重」という食生活のパターンは、なぜ心の健康に影響を及ぼすのでしょうか。その背景には、私たちの体内に備わっている生理的なリズム(概日リズム/サーカディアンリズム)と、ホルモン分泌のサイクルが深く関係しています。 私たちの身体は、24時間の周期で動く内部時計をもち、そのリズムは睡眠や光、そして食事のタイミングによって調整されています。なかでも朝食は、体内時計に「1日のスタート」を知らせる重要な合図です。朝起きて朝食をとることで、昼と夜の切り替えがスムーズに行われ、代謝や気分のバランスも整いやすくなります。 しかし、朝食を抜いてしまうと、こうした体内のリズム調整スイッチが押されないままになってしまいます。その結果、内部時計がずれ始め、1日を通しての心身のリズムが乱れてしまいます。言い換えれば、朝食を抜くという行動は、身体全体を夜型へとシフトさせてしまう可能性があるということです。 このリズムの乱れは、具体的な生理機能にも影響します。たとえば、通常は朝に高くなり、日中にかけてゆるやかに下がっていくはずのストレスホルモン(コルチゾール)の分泌が、朝食を抜くことで高止まりしてしまう場合があります。また、血糖値のリズムが不安定になりやすく、脳内のセロトニンなどの神経伝達物質にも悪影響を与える可能性があります。こうした影響は、気分の落ち込みやストレス耐性の低下といった、心の不調につながるリスクを高めると考えられています。 実験的にも、食事時間が不規則になるとポジティブな感情を感じにくくなり、喜びや快感を得づらくなることが示されています。今回の研究で見られた「朝食を抜き、夕食に偏る」というパターンは、まさにこうした概日リズムの乱れが現実の生活にどう現れるかを示したものと言えるでしょう。 つまり、朝しっかりと食事をとって心身のスイッチを入れることが、メンタルヘルスの観点からも大切である理由が、こうした背景から見えてきます。 メンタル不調のサインを食事のログから見つけ出す さらに注目すべき点は、このような日々の変化をデジタル技術によって客観的に捉えることができたという点です。今回の研究では、食習慣のデータが「デジタル・マーカー」として、メンタルヘルスの状態と関連づけられる可能性が示されました。これは、ニューロテック領域における行動データの活用に新たな道を開く成果です。 これまで、うつ状態の評価は主に本人の自己申告や質問票によって行われてきました。しかしそれでは、症状がかなり深刻になるまで周囲が気づけないことも少なくありません。本研究のように、日常のなにげない行動──たとえば「朝食を食べたかどうか」といった記録から、本人すら気づいていないメンタルの変化をとらえられるようになれば、早期の支援や介入につなげることができるかもしれません。 実際、大学のキャンパスという閉じた環境で、学生たちが毎日何気なく行っていた「食堂でカードをタップする」行動が、心の状態を映し出す重要なヒントになっていたという点は非常に示唆に富んでいます。 「朝食とうつ」の関係を深く知るには、さらなる研究が欠かせない もちろん、こうしたアプローチには課題もあります。まず、今回の機械学習モデルの精度はまだ高いとは言えません。特に軽度の抑うつ状態を見分けることは難しく、今後の技術的な向上が求められます。行動パターンが大きく崩れる重度のケースでは検出しやすい一方で、変化が微細な軽症例では見逃されやすくなる傾向があります。 精度を高めるために、食事の情報だけでなく、睡眠や運動、スマートフォンの利用履歴など他の生活データを組み合わせることも考えられますが、それにはプライバシーの管理や誤検知への対応など、新たな課題も生じます。 さらに、今回の研究は中国の特定の大学で得られたデータに基づいているため、他の国や文化、年齢層でも同様の傾向が見られるかどうかは、今後の検証が必要です。食習慣は地域やライフスタイルによって大きく異なるため、それぞれの環境に応じたデータの蓄積が求められるでしょう。 そして最後に、この研究結果が示しているのはあくまで関連性であり、因果関係ではないという点にも注意が必要です。つまり、「朝食を抜くことがうつを引き起こす」のか、それとも「うつ状態にあるから朝食を食べられない」のかは、はっきりとは言えません。おそらくその両方が影響し合っていると考えられます。 それでも、今回の研究は規則正しい食生活がメンタルヘルスの維持に寄与する可能性をあらためて示してくれました。今後、前向きな介入研究などによって「朝食をとる習慣」がうつの予防や改善につながることが明らかになれば、「朝ごはんを食べよう」というシンプルなアドバイスが、科学的にも根拠あるメンタルケアの第一歩になるかもしれません。 今回紹介した論文📖  Zhu, Y., Zhang, R., Yin, S., Sun, Y., Womer, F., Liu, R., ... & Wang, F. (2024). Digital Dietary Behaviors in Individuals With Depression: Real-World Behavioral Observation. JMIR Public Health and Surveillance, 10(1), e47428.https://publichealth.jmir.org/2024/1/e47428

共通のコミュニティが脳をつなげる?──脳波から紐解く集団意識

スポーツ観戦中、自分と同じチームを応援する相手とプレーの見え方や盛り上がるタイミングがぴったり合って「気が合うな」と感じた経験はありませんか? その「気が合う感覚」は、単なる気のせいではないかもしれません。2025年に発表された最新研究によって、同じ集団に属している人同士では、脳波の活動が同期する可能性が示されたのです。 今回は、『EEG synchronisation reveals the impact of group identity and membership duration on social cognitive bias』という論文をもとに、「集団意識(group identity)」が、私たちの脳と認知にどのように影響するのかを解き明かしていきます。 「同じ集団」の人とは、脳活動も似る? 人は、自分がどの集団に属しているかによって、出来事の受け止め方や感情の動きが変わる傾向があります。これを「社会的アイデンティティ」と呼び、自分が所属する「内集団」には肯定的な感情を抱きやすく、対立する「外集団」に対しては否定的になりがちです。 たとえば、同じプレーでも、自分の応援するチームが得点したときは喜び、ライバルチームなら「運が良かっただけ」と感じるような現象がこれにあたります。 こうした主観の偏り、つまり「認知バイアス」は、近年の神経科学の研究により、感情や報酬の処理に関わる脳活動にも表れることがわかってきました。しかし、これまでの多くの実験は、短く単純な映像や課題を用いたものが中心で、実際のスポーツ観戦のように複雑で変化の多い社会的な状況で、脳がどう反応するかは、十分に解明されていませんでした。 このような背景のもと、今回の研究は「集団意識」や「ファン歴」が、現実に近い状況での脳活動にどう影響するのかを探るために行われました。 実験:脳波から読み取る「ファンの一体感」 野球ゲーム観戦中の脳波をリアルタイムで測定 研究の対象となったのは、阪神タイガースとオリックス・バファローズ、それぞれの熱心なファンたちです。研究チームは、各チームから16名ずつ、合計32名を招き、プロ野球スピリッツ2019というゲームを用いて自動生成された試合映像を視聴してもらいました。実際の試合映像ではない理由は、すでに見たことがある映像に対する既知効果を排除するためであり、ゲーム映像であっても、リアルなグラフィックや実況、歓声などによって、十分に臨場感のある観戦体験が再現されました。 映像は、阪神が勝つ試合、オリックスが勝つ試合、そして引き分けの試合の3パターンが用意されており、それぞれが約26〜33分の長さです。試合の内容は6回表から始まる構成で、その前半の流れは冒頭に30秒間の静止画像で要約されました。参加者は、4メートル先の大型スクリーンを一人ずつ観戦し、その間の脳波を測定しました。 視聴自体は個別に行われましたが、分析では、同じチームを応援する者同士のペア(内集団ペア)と、異なるチームのファンのペア(外集団ペア)を比較し、それぞれの脳波の類似度が検討されました。また、各参加者のファン歴も記録され、そのうち短い方の年数をペアの「所属歴」として設定し、ファン歴の長さが脳活動に与える影響についても分析が行われました。 Fig. 1. 参加者は、没入感のある体験が得られるよう、大型スクリーンで野球の試合映像を観賞しました。この図に示されたスクリーンは、複数の画像を合成したものです。図中では実験室の様子をわかりやすくするために明るい照明が使われていますが、実際の実験中は映像を見やすくするために部屋を暗くして行われました。 脳波の同期を測る2つの指標 本研究では、人と人の脳波がどれほど同じように反応しているかを調べるために、PLV(位相ロッキング値)とr(パワー相関)という2つの指標が使われました。 PLVは、映像や音といった刺激に対して、脳波のタイミング(=位相)がどれだけそろっているかを示すもので、注意や知覚など外部刺激への反応の一致をとらえます。 一方、rは脳波の強さの変化が他の人とどれだけ似ているかを示し、感情の動きや興奮度などの内面の状態の共通性を反映します。 この2つを組み合わせることで、外的な刺激に対する脳の反応と、内的な感情や覚醒の同期の両方をとらえることができ、より立体的に脳のつながりを理解することが可能になります。 Fig. 2. EEG同期指標を算出するためのプロセスを表す。まず、2人の被験者の脳波からバンドパスフィルタを通して特定の周波数の信号(アルファ波、デルタ波、シータ波)を抽出する。抽出した信号から周波数の特徴と、大まかな波形情報を分離して抽出し、被験者同士のそれぞれの信号の同期度をPLVとrで表す。 結果:同じチーム同士の脳波はより深く「共鳴」する 内集団では中心頭頂部におけるアルファ波の位相が同期 脳波の解析によって、同じチームのファン同士では、脳波の一種であるアルファ波(8~13Hz)の位相が高く同期していることが明らかになりました。この結果は、ファン歴の長さとは無関係に確認されました。アルファ波の位相は、注意や知覚の処理に関わるリズムとされており、特に外部刺激に対する初期の視覚処理や空間認識に関係があると言われています。 つまり、この結果から集団への所属歴に関係なく、「自分はこの集団の一員だ」という意識(社会的アイデンティティ)はどこに注目するか、何を見るかといった認知の向け方に影響を与えていると考えられます。 内集団のアルファ波の強さは所属歴の影響を受ける 興味深いことに、内集団では、ファン歴が長いほどアルファ波の強さが同期していることが明らかになりました。 今回の実験で見られたアルファ波の強さは、脳がどれくらい「目を覚ましているか」や「落ち着いているか」といった状態を表していると考えられます。特に、自分の意志で注意を集中させたり、感情に反応したりするときに、アルファ波の出方が変わることが知られています。したがって、この結果は集団への「帰属感」が、場面ごとの興奮状態や感情的な反応の一致に関係していることを示しています。つまり、長く同じチームを応援してきた人同士は、試合のどこで盛り上がるか、どこに注目するかが自然と似てくるのです。 所属歴が長くなるとデルタ波とシータ波の類似度が減少 一方で、アルファ波とは対照的に、より低周波であるデルタ波やシータ波の位相同期は、ファン歴が長くなるほど弱まる傾向が見られました。これらの周波数帯は、P300と呼ばれるより深い注意処理に関わる脳波成分に関連しているとされています。 この結果は、グループの違いにかかわらず、ファン歴が長くなると「注意が向くきっかけ」が人それぞれに多様化することを示唆しています。たとえば、経験豊富な野球ファンは、ホームランのような誰もが注目する場面だけでなく、選手の細かな動きや表情といったより繊細な要素にも目を向けるようになり、その違いがデルタ波やシータ波の位相同期に影響を与えているということが考えられます。 同じチームのファンでも、ライトなファン同士は感情の盛り上がりがそろいやすく、脳波の同期も高くなる一方で、コアなファン同士では、それぞれが独自の視点を持つために脳波の動きが多様化し、同期はやや弱まるという、まさに「人間らしい認知のクセ」が可視化された結果といえます。 所属歴が長くなると視野が広がる? さらに、前頭部のアルファ波の位相同期では、内集団・外集団の区別に関係なく、ファン歴が長い人ほど実況音声などの聴覚情報に注意を向けていた可能性が示唆されました。 脳の前頭部では、「聴覚N1」という聞いた音に対して脳が反応するときに出る信号が現れます。この信号は、アルファ波に近い周波数帯で観測されるため、前頭部のアルファ波の位相同期は、被験者の聴覚刺激に対する反応に関連していると考えられます。 したがって、この結果からファン歴の短い参加者は、主に映像に注意を向けていたと考えられるのに対し、ファン歴が長い参加者は、映像と実況の両方に注意を向けていた可能性があります。 その結果、実況に対する脳の反応がより似通い、聴覚に関係する脳波(前頭部アルファ波)の同期が強くなったと考えられます。 Fig. 5.(a) 散布図は、3つの電極位置(Fz、Cz、Pz)および3つの周波数帯域(デルタ、シータ、アルファ)ごとに整理されています。統計的に有意な効果はアスタリスク(* p < .05)で示されています。(b) アルファ帯域におけるCzおよびPz電極でのPLV(位相ロッキング値)の分布を示しており、ペアの種類(内集団と外集団)の違いが分かりやすくなるように設計されています。赤線と青線は、それぞれin-groupおよびout-groupの中央値を表しています。 Fig. 6. 強さの同期度の結果を表す。散布図は、3つの電極位置(Fz、Cz、Pz)および3つの周波数帯域(デルタ、シータ、アルファ)ごとに整理されています。統計的に有意な効果はアスタリスク(* p < .05)で示されています。"pair cat."および"fan hist."は、それぞれ「ペアの種類(内集団/外集団)」と「ファン歴(fan history)」を表す略語です。 「つながっている」と感じる感覚の正体 この研究は、スポーツ観戦というリアルな状況の中で、私たちが人と人との間に生まれる一体感や共通の関心が、実際に脳波の同期という形で裏づけられることを示しました。同じ出来事を見ていても、人は自分が属している集団や、そこにどれだけの時間関わってきたかによって、脳の処理の仕方そのものが変わってしまうのです。 このような「脳の共鳴」は、スポーツに限らず、日常のさまざまなコミュニケーションや集団行動のなかで起きている可能性があります。今後、社会的アイデンティティや認知バイアスに関する神経科学的な理解を深める上で、大きな手がかりとなる研究だといえるでしょう。 🧠 編集後記|BrainTech Magazineより 自分と同じチームを応援する人と「わかる!」「それな!」と感じる瞬間。その共鳴感覚は、どうやら「脳活動レベル」でも起きていたようです。 ただの気のせいではなく、脳波が共鳴することで「つながっている」と感じる。 この研究は、私たちの「好き」や「所属意識」が、感情だけでなく脳の働きそのものを通して人と人をつなぐという、見えないけれど確かな「共感の回路」を示してくれました。 📝 本記事で紹介した研究論文 Sanada, M., Naruse, Y. EEG synchronisation reveals the impact of group identity and membership duration on social cognitive bias. Sci Rep 15, 23719 (2025). https://doi.org/10.1038/s41598-025-08191-z

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