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ウェルビーイング

ニューロテックで実現する9つのウェルビーイング

ウェルビーイング──それは単なる「健康」ではなく、心・身体・社会のつながりすべてが満たされた状態を指します。近年、このウェルビーイングの領域において「ニューロテック(ブレインテック)」が大きな注目を集めています。 脳波や神経活動を計測・解析・介入する技術は、これまで医療や研究に限られてきましたが、今では一般の私たちの生活にも少しずつ取り入れられつつあります。 今回は、私たちの心や体の健康=ウェルビーイングを高めるために、ニューロテックがどのような場面で役に立つのかを、9つのポイントに分けてお伝えします。 1. 精神的ウェルビーイングの向上 メンタルヘルスのケアがますます重視される現代において、自分の心の状態を“見える化”できるニューロテックは、有効なセルフケアツールとして注目を集めています。 たとえばアメリカの「Muse」は、ヘッドバンド型の脳波計と瞑想ガイドアプリを連動させたユニークなデバイスです。ユーザーが瞑想中に呼吸や思考が乱れていると「風の音」でフィードバックが与えられます。 具体的には、心が穏やかで集中している状態では風の音が穏やかになり、雑念が入ったり集中が途切れたりすると風が強まる、という仕組みです。これにより、ユーザーはゲーム感覚で自分のマインドフルネスの状態を把握し、より深い瞑想へと導かれるように設計されています。 インドの「Neuphony」やイスラエルの「Myndlift」などは、メンタルヘルスクリニックでも使われ始めており、医療と連携した脳波ベースの認知トレーニングも広がっています。 このように、ニューロテックを活用すれば、ストレスや不安を感覚ではなくデータとして理解できるようになります。自分の「今の状態」に気づき、整える習慣をつくることが、精神的ウェルビーイングの第一歩につながるのです。 参考:goodbrain「脳波デバイスmuse2」 2. 認知機能の改善と予防 集中力や記憶力、思考力などの認知機能は、年齢に関わらず私たちの生活に直結する重要な力です。近年、ニューロフィードバックや脳波トレーニングを活用した技術が、認知機能を鍛える手段として注目されています。 具体的には、専用の脳波センサーを装着し、画面上の課題に取り組むことで、集中力や反応速度といった認知機能をトレーニングします。トレーニング中の脳波はリアルタイムで計測され、「今、どれくらい集中できているか」が数値やグラフでフィードバックされるため、自分の脳の状態を意識しながら取り組むことができます。 また、加齢に伴う認知機能の低下は現代社会の大きな課題ですが、ニューロフィードバックは高齢者の認知機能維持や軽度認知障害(MCI)の予防的アプローチとしても期待されています。 このようなテクノロジーによる介入の利点は、薬物介入に比べて副作用のリスクが低く、かつ習慣として継続しやすい点にあります。週数回の短時間セッションを継続するだけでも効果が見込まれ、日常生活に取り入れやすいという利便性も支持されています。 3. ストレス管理とリラクゼーション 仕事や生活のプレッシャーによるストレスは、現代人の大きな課題です。そんな中、脳波を活用したストレス管理に注目が集まっています。脳波(特にベータ波やシータ波)は、緊張やリラックスの状態をリアルタイムで可視化できるため、自分の今のこころの状態に気づくことができます。 たとえば、デバイスを装着するだけで脳波の状態を測定し、ユーザーは自分が今どれだけリラックスしているか、あるいはストレスを感じているかを客観的に知ることができます。さらにそのデータに基づいて、デバイスが心地よい音楽を流したり、誘導瞑想の音声を提供したりすることで、より深いリラクゼーションへと導く設計がされています。 忙しい朝の準備中、昼休みのひと息、あるいは寝る前のひとときに、こうしたサポートを活用することで、知らず知らずのうちにたまっていた緊張をやわらげ、自然と心と体が整っていく感覚を味わうことができます。 4. 睡眠の質の向上 睡眠は、心身のコンディションを整えるうえで欠かせない時間です。そして脳波は、睡眠の質を測る重要な指標のひとつとされています。特に、深い睡眠時に現れるデルタ波や、リラックス状態に見られるアルファ波など、脳内の活動パターンを把握することで、自分の眠れている実感をより正確に捉えることができます。 近年では、頭に軽く装着するだけで脳波を測定できるヘッドバンド型の睡眠トラッカーが普及しており、就寝中の脳波を記録・解析することで、眠りの深さや途中覚醒のタイミングなどが翌朝に可視化されます。 AIによる分析と連動し、日々の睡眠パターンから「この日は早めに休んだ方がいい」「朝のこの時間が最もすっきり起きられる」といったパーソナライズされた睡眠アドバイスを受け取れるサービスも登場しています(例:株式会社S'UIMIN「InSomnograf」)。 このように、単に眠りの状態を知るだけでなく、その質を向上させるためのパーソナルな道筋を示してくれることで、日々の生活におけるパフォーマンス向上と、より豊かなウェルビーイングの実現に貢献しているのです。 5. 個別化されたウェルビーイング支援 脳の反応は、体質や経験、気分によって人それぞれ異なります。ある人にとってリラックスできる音楽が、別の人には逆に不快だったり集中力を妨げたりすることも珍しくありません。だからこそ、個人に最適化されたウェルビーイングのアプローチが求められており、ニューロテックはその実現に大きな力を発揮しています。 たとえば、イヤホン型脳波デバイスを装着して音楽アプリ「VIE Tunes Pro」を聴くと、リアルタイムで「どの音が自分にとってリラックス効果を高めているか」が数値で確認できます。複数の音楽を聴き比べながら脳波の反応を記録し、もっともリラックス状態を引き出すパターンを見つけていくといった使い方も可能です。 これまでのような、一律に良いとされるものを全員に当てはめるのではなく、自分の脳が本当に反応しているものを見つけて取り入れる、そんな「自分に合ったウェルビーイング」を、誰でも簡単に実践できるようになってきました。 参考:VIE「VIE Tunes Pro」 6. 精神的健康への新たな治療法 心の不調に悩む人が増えるなかで、薬だけに頼らないメンタルヘルスケアへの関心が高まっています。そうした中、脳に直接アプローチする非薬物的な手法として、ニューロテックが新しい可能性を提示しています。 たとえば、ニューロフィードバックは、脳波をリアルタイムに可視化しながら、特定の脳の状態(落ち着いている、集中しているなど)を自分自身でコントロールする練習を行う手法です。これは、認知行動療法のように思考や行動に働きかけるのではなく、脳の動きそのものに働きかけるという新しいアプローチです。 また、tDCS(経頭蓋直流刺激)という技術も注目されています。これは、ごく弱い電流を頭部に流すことで、特定の脳領域の活動をゆるやかに調整する方法で、不安感の軽減や意欲の向上、睡眠リズムの安定などを目的に使われています。 特に、抗うつ薬の効果が出にくい人や、副作用に悩む人にとって、こうした脳への直接的なアプローチは新たな選択肢となりつつあります。もちろんすべての人に万能な方法ではありませんが、医療機関と連携しながら、薬物療法と併用する形で導入されるケースも増えてきています。 7. 社会的つながりと協力の促進 「人とつながること」は、心の健康やチームワークの基盤として欠かせません。実はこのつながりの感覚にも、脳が深く関与しています。 近年、注目されているのが「脳の共鳴(シンクロニシティー)」という現象です。これは、複数の人が同じ体験をしているとき──たとえば一緒に音楽を聴いたり、同じ映像を見たりしているとき──に、脳波のパターンが似た形で同期するというものです。脳がシンクロすることで、自然と一体感や共感が生まれ、チームとしての結びつきが深まることがわかってきました。 また、イベントや教育の現場でも、音楽や呼吸・瞑想などを通じて共鳴を促す体験設計が注目されています。脳がつながることで、言葉を超えた理解や安心感が生まれ、これまで以上に協力しやすい関係が築かれるのです。 ニューロテックはこうした見えないつながりを可視化し、人と人との関係性をより豊かにするサポートも担っています。脳の動きに寄り添うことで、チームワークや共感を高める新しいコミュニケーションの形が、少しずつ広がりはじめています。 参考:VIE「VIE、NTT東・NTTデータ・ストーリーライン運営ライフパフォーマンスを 向上させる「Wellness Lounge」をニューロミュージックで拡張」 8. エモーショナルウェルビーイングの改善 私たちの感情は、出来事そのものよりも、脳がそれをどう受け取り、処理するかによって生まれます。不安やイライラ、落ち込みといった感情も、脳内の特定の領域や活動パターンに深く関係していることがわかってきました。 とくに注目されているのが、「音楽×脳」の組み合わせです。音楽はもともと感情を動かす力を持っていますが、そこに脳波の計測が加わることで、よりパーソナルでタイムリーな体験が可能になります。 たとえば、脳波データに基づいて、ユーザーの感情状態に最適な音楽を自動的に選曲し、提供してくれるようなシステムも考えられます。もしユーザーが不安を感じている脳波パターンを示せば、心を落ち着かせるようなゆったりとしたメロディを流したり、集中を促したい時には、適度なテンポの音楽を流したりする、といった具合です。 これにより、私たちは自分の感情の動きを客観的に認識できるだけでなく、脳の活動と連動した音楽の力を借りて、能動的に感情を調整し、ポジティブな状態へと導くことができるようになります。 9. 健康データを用いた予防的アプローチ ニューロテックは、「体調を崩してから」ではなく、まだ不調を感じる前の段階で自分の変化に気づくための手段として注目されています。心拍数、睡眠パターン、活動量、脳波といったデータは、今やスマートウォッチやウェアラブル脳波計などを通じて、日常的に取得できる時代になりました。 これらのデータは単なる記録ではなく、自分の体や心の“今”を知るヒントとして活用されています。たとえば、睡眠が浅くなってきたタイミングや、脳の緊張状態が続いている傾向がデータから見えてくれば、「ちょっと休んだ方がいいかも」「寝る時間を見直そう」といった行動のきっかけになります。 さらに、AIによる高度なデータ解析によって、ユーザーのライフスタイルや体質に応じたパーソナライズされたアドバイスが提供されます。自覚症状が現れる前に、小さな異変をキャッチし、生活習慣の改善へと導く──そんな予防のかたちにより、健康寿命の延伸や日々のコンディション向上にもつながっていくのです。 ニューロテックがひらくウェルビーイング ウェルビーイングは、科学の力で具体的に改善していける時代が来ています。特にニューロテックは、脳や神経系の状態を多角的に可視化し、私たち一人ひとりの“感じ方”や“思考のクセ”、“心と体のバランス”に合ったアプローチを提供してくれる存在です。 未来の自分を整えるために、神経の仕組みから生活を見直すセルフケア──その選択肢は、これからますます広がっていくでしょう。

ウェルビーイングを阻む10の社会課題

ウェルビーイングとは「身体・精神・社会のすべての面で満たされ良好な状態」を指します。しかし、私たちの生活を振り返ってみると──長時間労働、心の不調、つながりの希薄さなど、「満たされている」とは言いがたい現実も多くあります。 この記事では、ビジネスパーソンや学生をはじめとする多くの方に向けて、ウェルビーイングをめぐる社会課題を整理し、それぞれが抱える背景と影響について解説します。 1.ウェルビーイングに対する社会的認識の不足 「ウェルビーイング」という言葉が注目されるようになったのはここ数年のことですが、まだまだ社会全体には十分に浸透していません。実際、NECソリューションイノベータが2024年に実施した調査によると、「ウェルビーイング」という言葉を聞いたことがある人は全体の28.2%にとどまっています。 出典:NECソリューションイノベータ「ウェルビーイング意識調査を実施しました」 社会的な認識が低いと、企業や自治体、学校などがウェルビーイングの取り組みを始めようとしても、十分な理解や共感が得られにくくなります。また、個人にとっても「自分のウェルビーイングとは何か?」を考える機会が少なく、漠然とした不安や不調を抱えたまま日々を過ごしてしまうことにつながります。 参考:NECソリューションイノベータ「ウェルビーイング意識調査を実施しました」 2.メンタルヘルスへの偏見とスティグマ 心の健康に関する偏見やスティグマ(社会的な烙印)は、いまだ根強く存在しています。たとえば、CareNetが紹介する調査では、うつ病の原因を「本人の性格の弱さ」によるものと考える人が約30%に上ることが明らかになっています。こうした誤った認識は、メンタルヘルス不調に対する社会的な理解を妨げ、悩みを抱える人が声を上げにくい空気を作り出しています。 ウェルビーイングの本質は、「心身ともに健康であり、自分らしく生きられること」にあります。それにもかかわらず、メンタルヘルス不調がタブー視される社会では、人々が安心して助けを求めることができず、結果として精神的な安心・安定が得られにくくなってしまいます。 メンタルヘルスについては、こちらの記事でも詳しく紹介しています。 https://mag.viestyle.co.jp/mental-health/ 参考:CarenNet「うつ病に関する理解とスティグマの調査」 3.社会的孤立とコミュニティの崩壊 人とのつながりが希薄になっている現代社会において、「孤独」や「社会的孤立」は深刻な課題として浮かび上がっています。内閣官房の国際比較データによると、日本の「社会的支援」(=困ったときに頼れる人がいるか)の指標は、世界で50位前後とG7諸国の中で最下位レベルに位置しています。 出典:内閣官房「孤独・孤立に関連する各種調査について」 つながりがない状態は、単なる“寂しさ”にとどまらず、心身にさまざまな影響を及ぼします。ウェルビーイングの核心には「人との良好な関係性」があり、誰かに受け入れられている、支え合えるという実感は、自己肯定感や心理的安定に直結しているのです。反対に、コミュニティが崩壊し、支援を受けられるつながりがなくなると、人は“社会の一員”という実感を持ちにくくなり、孤立によるストレスや無力感が蓄積します。 参考:内閣官房「孤独・孤立に関連する各種調査について」 4.ワークライフバランスの難しさ 仕事と私生活のバランス、いわゆる「ワークライフバランス」の実現は、いま多くの人にとって大きな課題です。特に日本では、長時間労働をしている人が15.7%と、OECD加盟国全体平均の10%を大きく上回っており、主要先進国の中でも高い水準です。 ワークライフバランスが崩れてしまうと、本来あるべき自己実現や人間関係の充実、休息や回復の機会が失われ、心身ともに疲弊した状態に陥りやすくなります。また、この問題は単なる個人の働き方の問題ではなく、職場の文化や社会の価値観とも深く結びついています。「長時間働く=頑張っている」という評価軸や、「プライベートを優先すること=怠けている」と見なされる風土が残る限り、個人が自律的にライフスタイルを整えるのは難しいのが現実です。 日本のワークライフバランスの現状については、こちらの記事でも紹介しています。 https://mag.viestyle.co.jp/worklifebalance-situation/ 参考:Expatriate Consultancy “The 7 Countries With the Worst Work Life Balance in the OECD” 5.教育と啓発活動の不足 ウェルビーイングやメンタルヘルスに関する知識や意識は、自然に身につくものではありません。しかし日本では、それらを体系的に学ぶ機会が非常に限られてきました。このように、若いうちから「ストレスとの向き合い方」や「助けを求めるスキル」「自分や他人の心の状態を理解する方法」などを学ぶ機会がなければ、いざというときに適切に対処することが難しくなり、結果として、自分の不調に気づかず無理を重ねてしまったり、周囲に支援を求めることに抵抗を感じたりする人が増えてしまいます。 また、職場でも同様の課題が見られます。多くの企業ではメンタルヘルス対策が制度として導入されてはいるものの、現場での理解や活用は進んでいない場合が多く、「不調を自己責任と捉える風土」や「休むことへの罪悪感」が根強く残っているという声も少なくありません。 6.健康格差と不平等 所得や学歴、住む地域の違いなどによって、手に入れられる医療サービスや健康維持の手段には大きな差が存在しています。たとえば、国立がん研究センターが行った国勢調査によると、教育歴ごとの死因別死亡率を推計した結果、教育歴が短い群で年齢調整死亡率がより高い傾向(男性で1.48倍、女性で1.47倍)が明らかになりました。 出典:国立がん研究センター「国勢調査と人口動態統計の個票データリンケージにより日本人の教育歴ごとの死因別死亡率を初めて推計」 このような「健康格差」は、身体的な問題にとどまりません。病気が見つかっても金銭的・時間的な理由から通院できない、健康に配慮した食事をとる余裕がない、働きすぎても休めないといった状況は、心の健康や生活全体の満足度にも直結します。つまり、経済的に恵まれない立場にある人ほど、自分のウェルビーイングを保つ選択肢そのものが限られてしまっているのです。 参考:国立がん研究センター「国勢調査と人口動態統計の個票データリンケージにより日本人の教育歴ごとの死因別死亡率を初めて推計」 7.テクノロジー依存 テクノロジーの進化は、私たちの生活を便利にし、働き方や学び方にも大きな変化をもたらしました。しかし一方で、スマートフォンやインターネットへの過剰な依存が、新たなウェルビーイングの障害になりつつあります。 たとえば、こども家庭庁が2024年に発表した、青少年のインターネット利用状況に関する調査では、「インターネット利用をやめられない」と自覚している青少年が全体の39.5%にのぼることが報告されました。この割合は前年比で3.2ポイントの増加となっており、依存傾向が若年層に広く存在していることを示しています。 こうした依存傾向は、学業や睡眠、家族や友人とのコミュニケーションに影響を及ぼすだけでなく、孤独感や不安感を増幅させる要因にもなります。特にSNSやオンラインゲームは没入感が高く、現実の人間関係よりもバーチャルな世界に引きこもってしまうことで、心の安定が揺らいでしまうこともあります。 参考:こども家庭庁「令和5年度 青少年のインターネット利用環境実態調査」 8.環境問題との関連 気候変動や環境破壊といった地球規模の課題は、単なる「自然環境の問題」にとどまりません。近年では、これらの問題が私たち一人ひとりの心の健康、つまりウェルビーイングにまで深く関係していることが明らかになってきています。 BBCが紹介した国際的な調査(2021年)では、若者の約60%が「気候変動を非常に心配している」と回答し、そのうち45%がその不安によって「日常生活に支障をきたしている」と述べています。このような深刻な気候不安(climate anxiety)は、特に未来に対する責任や期待を背負いやすい若年層に広がっており、うつや不安障害のリスクを高める要因としても注目されています。 また、洪水や猛暑、大規模な自然災害といった気候由来の現象は、物理的な被害だけでなく、住居喪失や避難、経済的不安といったストレスも引き起こします。こうした環境要因によって精神的安定が脅かされることは、もはや一部の地域の問題ではなく、誰にとっても無視できない現実です。 参考:BBC “Climate change: Young people very worried - survey” 9.制度・政策面の不十分さ ウェルビーイングを社会全体で底上げしていくには、個人の努力や企業の取り組みだけでなく、それを後押しする制度や政策の整備が不可欠です。しかし現状、その基盤はまだ十分に整っているとは言えません。 制度面の不十分さがもたらす問題は、格差や孤立といった個人レベルの課題を「自己責任」で片付けてしまう社会の空気にもつながります。本来、誰もが安心して働き、学び、暮らせる環境を整えることは、公的な役割であり、社会全体の土台を強くするための重要な投資です。 ウェルビーイングを政策の中心に据えるという視点は、単に人々の幸せを目指すだけでなく、医療費の削減や生産性の向上、社会の安定にもつながる持続可能な戦略です。個人の幸福と社会全体の健全さを両立させるためには、制度や政策のあり方そのものを問い直す必要があるのかもしれません。 10. ジェンダーとウェルビーイングの不均衡 ウェルビーイングはすべての人にとって重要なテーマですが、現実には性別によってその享受の度合いや障壁が異なることが明らかになっています。たとえば女性は、出産や育児、介護といったライフイベントを理由に、就業の継続が難しくなるケースが多く見られます。 2021年10月~2022年9月に行われた調査によれば、「出産・育児のため」に離職した女性は14.1万人(女性離職者のうち4.6%)、「介護・看護のため」に離職した女性は8万人(同2.6%)にのぼっています。一方、同じ理由で離職した男性はそれぞれ0.7万人(0.3%)・2.6万人(1.1%)と、圧倒的に女性の割合が高くなっています。もあります。 出典:男女共同参画局「特集編 仕事と健康の両立~全ての人が希望に応じて活躍できる社会の実現に向けて~」 一方で、男性にも別のプレッシャーが存在します。「弱音を吐いてはいけない」「感情を見せるべきではない」といったステレオタイプが根強く残っており、その結果として男性の方がメンタルヘルスに関する相談行動をとりにくい傾向があるのです。実際、日本では自殺者の約7割が男性であり、支援へのアクセスにおいて性別による偏りがあることは無視できません。 出典:男女共同参画局「特集編 仕事と健康の両立~全ての人が希望に応じて活躍できる社会の実現に向けて~」 ウェルビーイングは、社会全体で育てるもの ここまで見てきたように、ウェルビーイングの実現には、心と身体の健康だけでなく、働き方、教育、地域とのつながり、社会制度のあり方に至るまで、さまざまな要素が関わっています。そしてそれらの多くは、個人の努力だけでは解決できない「社会の構造的な課題」でもあります。 だからこそ、私たち一人ひとりが「自分のウェルビーイング」を意識すると同時に、周囲の誰かのウェルビーイングにも目を向け、支え合える社会をつくっていくことが重要です。企業、教育機関、行政、地域コミュニティなど、あらゆる場で小さな変化を積み重ねることで、誰もが自分らしく、安心して生きられる社会に近づくはずです。 ウェルビーイングは、個人のゴールであると同時に、社会全体の成長の土台です。目には見えにくくても、そこに投資することは、未来への確かな一歩になるのです。

季節の変わり目、気づかぬうちに心が疲れていませんか?

「なんとなく気分が乗らない」「寝ても疲れが取れない」──そんな5月の不調、もしかすると季節のせいかもしれません。昼間は汗ばむのに朝晩は冷え込み、気づけば体調も気分も不安定。新年度の疲れも重なりやすいこの時期、私たちの心と体は、知らず知らずのうちに季節の揺らぎに影響を受けています。 なぜ季節の変わり目に心が揺れるのか? 脳科学の視点で見ると、私たちの脳は季節や気温、日照時間の変化にとても敏感です。特に関係が深いのが「セロトニン」と呼ばれる神経伝達物質です。これは「幸せホルモン」とも呼ばれ、心の安定や意欲に大きな役割を果たします。 日照時間が短くなると、このセロトニンの分泌が減り、気分の落ち込みや疲労感が増しやすくなることがわかっています1。秋から冬にかけて憂うつな気分になる「季節性情動障害(SAD)」がその典型です。 また、気温や湿度の変化は、自律神経のバランスを乱す要因にもなります。特に現代人は、冷暖房や不規則な生活リズムで、体温調節の機能が鈍りがちです。これが、だるさや頭痛、集中力の低下といった症状として表れることがあります。 小さな変化に「気づく」ことがウェルビーイングへの第一歩 こうした季節の影響を完全に避けることはできませんが、「自分ちょっと調子が落ちてるかも」と気づくことが、メンタルヘルスを守るうえでとても大切です。 人間の脳は、自分の感情や身体状態に気づく力──いわゆる内受容感覚(interoception)が高まると、ストレス対処能力も向上することが知られています2。これは、マインドフルネスや呼吸法、軽い運動などによって鍛えることができます。 つまり、季節の変わり目こそ、自分の「今」に目を向け、ほんの少し立ち止まってみるタイミングなのです。 季節の「揺らぎ」を味方にする3つのコツ 1. 日光を浴びる時間を意識する セロトニンの分泌を促すために、朝の光を浴びることは効果的です。10〜15分、外を歩くだけでもOK。これは睡眠ホルモン「メラトニン」のリズム調整にもつながり、夜の眠りが深くなることもわかっています。 2. 無理に「完璧」を目指さない 体調も気分も、日によって波があるのは自然なことです。今日はちょっとペースを落としてみよう、という柔軟さも大切です。ライフバランスを保つうえでは、仕事も休息も「やるべきこと」ではなく、「選べること」にしていく意識がカギになります。 3. 脳を温めるルーティンをつくる 脳は、心地よい繰り返しの中で安定感を得ます。お気に入りの音楽をかけてコーヒーを淹れる、寝る前に深呼吸を3回する──そんな小さなルールが、季節の不安定さを和らげてくれるのです。 季節を感じることは、心を整えること 季節の変わり目に感じる心のゆらぎは、ある意味で自然な現象です。それは、私たちの脳や体がちゃんと自然のリズムに反応している証拠でもあります。 最近では、季節の変化に対するストレス感受性を個人ごとに測る研究も進められており、パーソナライズされたメンタルケアの開発にもつながっています3。 最後に──ウェルビーイングは「揺らぎ」に寄り添うことから ウェルビーイングとは、いつも元気でハイパフォーマンスでいることではありません。調子のいい日も、ちょっとつらい日も、自分自身の状態に丁寧に寄り添ってあげられるかどうかが重要です。 季節の変わり目こそ、そんなセルフケアの感度を上げるチャンスです。大きな変化を起こす必要はありません。まずは朝の光を浴びる、少し立ち止まって深呼吸してみる──そこから、私たちの脳と心は少しずつ、季節に寄り添う準備を始めてくれるのです。

「朝、起きられない」は脳のSOS?──現代人の睡眠とメンタルヘルスを見直す

「アラームを何度止めても起きられない」「ベッドから出るのが億劫」──そんな朝のつらさ、誰しも一度は経験があるのではないでしょうか。けれど、それが毎日続いているなら、単なる「夜型生活」や「気合い不足」では済まないかもしれません。 実は、朝起きられない背景には脳の疲労や睡眠の質の低下、そしてメンタルヘルスの不調が関係していることが近年の研究で明らかになってきました。睡眠不足や慢性的なストレスが、脳内の前頭前皮質(意思決定ややる気を司る領域)の活動を低下させ、朝の起き上がるという行動自体を困難にする可能性があるのです。 なぜ「眠ったはずなのに疲れが取れない」のか 睡眠の質を決めるのは、単なる睡眠時間ではありません。2024年に発表された研究では、深いノンレム睡眠の間に、脳内の老廃物を排出する「グリンパティック系」と呼ばれる脳の掃除機構が活性化することが確認されました1。この作用がうまく働かないと、起きた瞬間から脳がどんよりしたままになってしまいます。 また、現代人は就寝直前までスマホを見たり、SNSで刺激を受けたりすることで、交感神経が優位なまま眠りに入ってしまうことも多くあります。その結果、浅い眠りになり、睡眠の回復力が損なわれるのです。 脳が「目覚める」ための3つのアクション では、どうすれば「起きられる朝」を取り戻せるのでしょうか? 脳科学と心理学の観点から、すぐに実践できる3つのアクションをご紹介します。 1. 朝日を浴びる 目覚めたらまずカーテンを開け、朝日を浴びましょう。光が目に入ることで、体内時計をつかさどる「視交叉上核」が刺激され、セロトニン(心の安定を保つ神経伝達物質)の分泌が促されます2。これが自然な目覚めのスイッチになるのです。 2. 起きた直後に軽いストレッチを 寝たまま深呼吸→ゆっくり手足を伸ばす→起き上がって肩回し、といった簡単な動作だけでも、脳に「活動モードだよ」と伝える効果があります。実際、軽い運動がドーパミンやエンドルフィンといった気分を上げる神経物質を促すことが分かっています3。 3. やさしい朝習慣を取り入れる たとえば、好きな音楽を流す、温かい飲み物を飲む、アロマを焚くなど、「自分にとって心地よい刺激」を朝に取り入れることで、脳が「今日も頑張ろう」と前向きになれる土台ができます。こうした小さな工夫が、朝の気分を大きく左右します。 「朝起きられない」は、ライフバランスを見直すチャンス 朝起きられない日々が続くのは、生活リズムや働き方そのものが、自分の脳や身体に合っていないサインかもしれません。最近では、「睡眠の質を高めることで心身のバランスを整える」というスリープウェルネスの考え方が広がりつつあります。たとえば、自分の体内時計(クロノタイプ)に合わせた生活リズムの見直しや、働き方の柔軟化がその一例です。 欧州の一部企業では「夜型の社員に合わせて始業時間を選べる制度」や「シエスタ(昼寝)制度」を導入するなど、社員の自然なリズムを尊重する動きが出てきています。 日本でも、「睡眠改善を通じて生産性を上げる」ことを目的とした健康経営の取り組みが、徐々に広がりつつあります。自分の脳と身体の声をきちんと聞くこと、それが結果としてパフォーマンス向上にもつながるのです。 おわりに──無理して起きるより、「整えて起きる」を 朝、起きられないとき、「自分はダメだ」と思わずに「もしかしたら脳が休息を必要としているのかも」と一歩立ち止まることも大切です。 脳科学とウェルビーイングの視点から見れば、朝のコンディションは気合いではなく、整える工夫で変えられます。今日の朝がうまくいかなかったとしても、明日の朝を少しだけ気持ちよく迎えるためのヒントは、たくさんあります。 朝の過ごし方を見直すことは、メンタルヘルスとライフバランスを整える第一歩です。少しずつ、自分に合った「整える朝」を探してみてはいかがでしょうか?

ウェルビーイング市場拡大の背景──働き方と暮らしを変える次世代テクノロジー

世界的に注目を集める「ウェルビーイング市場」。その拡大の背景には、消費者の価値観の変化や企業の取り組み姿勢の変化、そしてテクノロジーの急速な進化があります。 本稿では、こうした要素がどのように絡み合い、ウェルビーイングという概念が経営や社会の中心へと進化してきたのかを解説していきます。 「モノよりコト」── 消費者の価値観の変化が市場を動かす ウェルビーイング市場が拡大してきた背景を考える上で、まず見逃せないのが消費者の価値観の変化です。 これまで、健康といえば「病気にならないこと」と捉えられることが一般的でした。しかし、パンデミックによって生活や働き方が大きく揺らぎ、心の安定や自分らしさ、人とのつながりといった「多面的な幸福」への関心が急速に高まりました。 特にZ世代では、「モノを持つこと」より「体験」や「心地よさ」を重視する傾向が強まっています。2025年3月に18〜29歳の男女を対象に実施された、ReBear合同会社とOshicocoによる合同調査では、最も高額だった支出として「旅行・レジャー」や「推し活」が上位を占め、住宅や車は下位に来る結果となりました。 出典:株式会社Oshicoco「【Z世代の常識】モノ消費からコト消費へ!ReBearとOshicocoが「決済手段と消費行動の多様化」について合同調査を実施」 調査対象の半数以上が「体験型消費にお金をかけたい」と答えており、コト消費志向がより顕著になっています。 こうした価値観の変化を背景に、「睡眠の質を測る」「マインドフルネスを習慣化する」「脳や心を整える」といったサービスへの関心が高まり、ウェルビーイング関連市場の成長を後押ししています。 参考:株式会社Oshicoco「【Z世代の常識】モノ消費からコト消費へ!ReBearとOshicocoが「決済手段と消費行動の多様化」について合同調査を実施」 福利厚生から経営戦略へ──変化するウェルビーイングの位置づけ 続いて注目すべきは、企業によるウェルビーイングへの取り組みが大きく変化している点です。 かつてのウェルビーイング施策は、社員の健康診断やメンタルヘルス講座といった、いわば福利厚生の一環として実施されていました。しかし、長時間労働やメンタル不調による離職、労働生産性の低下といった課題が顕在化する中で、社員の心身の健康状態が企業活動全体に大きな影響を与えることが明らかになってきました。 その結果、現在では社員の健康は単なる自己管理の問題ではなく、企業のパフォーマンスや競争力を左右する「経営資源」として捉えられるようになり、ウェルビーイングは戦略的な取り組みへと進化してきています。 たとえば、Googleでは、社員の集中力やストレス軽減を重視したオフィス環境の設計を進めるほか、マインドフルネスプログラム「Search Inside Yourself」を導入することで、心の健康と生産性の両立を図っています。 また、Microsoft Japanでは、社員の働き方を可視化する「MyAnalytics」を活用し、会議時間の最適化や作業負荷の分析を行うことで、ウェルビーイングの向上とパフォーマンス改善に取り組んでいます。このように、社員の心身の状態を可視化し、働く環境や制度に活かす取り組みは、従来の福利厚生の枠を超えて、経営全体に組み込まれる戦略的な施策へと変化しています。こうした動きは、「健康経営」として注目され、企業価値の向上にもつながると期待されています。 脳や心の状態を「見える化」するテクノロジーの力 ウェルビーイング市場が拡大する中で、テクノロジーの進化が与える影響も見逃せません。 脳波センサーやバイタルデータ解析、AIによるストレス推定など、ニューロテクノロジーの進化は、これまで曖昧だった「こころの状態」を定量的に把握することを可能にしました。 たとえば、集中力が高まる音環境や、リラックスに適した照明条件をAIやセンシング技術が提案するサービスも登場しています。 VIE株式会社が開発した「VIE Tunes Pro」では、“なりたい状態の音楽”を選曲することで、集中やリラックスといった状態を、脳科学で証明された音楽(ニューロミュージック)からサポートする体験が可能です。さらに、その時の集中度やリラックス度を、脳波計を用いて数値化し、自身のパフォーマンスの最適化に活かすことができます。このような脳の状態に応じた音環境のパーソナライズは、働く時間や休息の質を高める新たなアプローチとして注目されています。 また、アイリスオーヤマは、働き方改革の一環として、オフィスにおける照明環境の最適化に取り組んでいます。同社の東京アンテナオフィスでは、色温度を変化させるLED照明を導入し、時間帯や業務内容に応じて照明の色や明るさを調整することで、社員の集中力やリラックス効果の向上を図っています。 このように、脳や感覚に寄り添った環境づくりを支えるテクノロジーの進化が、日常の中でのウェルビーイング実践を後押ししています。 今後は、こうした“パーソナライズド・ウェルビーイング”の需要がさらに高まり、業種や世代を問わず活用の場が広がると見られています。 参考:アイリスオーヤマHP「働く人のウェルネスを高めるWELL認証とは?」 「脳と心」の市場は社会インフラに進化するか ここまで見てきたように、脳や心の状態を可視化するテクノロジーは、個人のウェルビーイング向上だけでなく、企業の経営戦略や教育・福祉の現場にも活用され始めています。 かつては医療や研究の専門領域だった「脳と心」に関するデータが、いまや日常の中で活かされる時代へと移り変わりつつあり、脳科学やニューロテクノロジーの進展が、人々の暮らしそのものを支えるインフラとしての役割を担い始めているのです。 たとえば、集中しやすい空間設計や、ストレスに気づく仕組み、孤立を防ぐ見守りなど、生活のあらゆる場面で「脳と心の状態に応じた支援」が組み込まれていく未来は、決して遠くないかもしれません。 それは、単にテクノロジーの導入を進めるということではなく、「人がよりよく生きる」ための社会設計の一部として、脳と心に向き合う姿勢が問われる時代が来ているとも言えます。 脳と心の市場が社会の基盤に組み込まれていく──。その兆しはすでにあちこちに現れており、今後のウェルビーイングのあり方を考えるうえで、避けては通れないテーマとなっていくでしょう。 まとめ:今、ウェルビーイングは「選ばれる理由」になる ウェルビーイング市場拡大の背景を読み解くと、私たちの生き方や働き方、そして何を大切にするかという価値観が、これまでとは大きく変わり始めていることが見えてきます。 企業にとっては、従業員の定着や採用力、ブランド価値向上に直結する要素として、ウェルビーイングの本質的な取り組みが求められています。テクノロジーを活用し、「自分の状態を知り、整える」ことが可能になった今、私たちの暮らしと仕事の質は大きく変わろうとしています。 次回は、ウェルビーイングの推進を支える具体的な国・自治体の支援体制に焦点を当てていきます。

変化する国内外のウェルビーイング市場環境

働き方や価値観の多様化を背景に、ウェルビーイング市場は世界的に成長を加速させています。従来、心と体の健康を指す概念だったウェルビーイングは、いまや経営戦略や産業創出の中心的テーマとなりつつあります。その背景には、メンタルヘルス問題の深刻化や高齢化社会の進行、そして脳科学やニューロテクノロジーの進展があります。 本稿では、ウェルビーイング市場の変化と今後の展望について、ブレインテックに着目した視点からご紹介します。 脳科学×メンタルヘルス──「見える化」から始まるウェルビーイング支援 パンデミックを契機に、世界中でメンタルヘルスケアの重要性が改めて注目されるようになりました。働き方の変化や社会不安の高まりにより、孤独感の増加、ストレスの蓄積、意欲の低下といった問題が表面化し、ビジネスパーソンの生産性や企業の持続可能性にも影響を及ぼしています。こうした背景のもと、ウェルビーイングを支援する市場は国内外で急速に拡大しており、なかでも注目されているのが、脳科学の知見を活用した新しいアプローチです。 たとえば、脳波をリアルタイムで計測し、ストレスや集中度を可視化する技術は、近年急速に実用化が進んでいます。こうした脳波計測デバイスは、瞑想やマインドフルネスの効果測定や、集中状態の分析などに活用され、企業の健康経営の一環としても導入が進んでいます。さらに、AIを用いた脳波解析により、「どのような環境でパフォーマンスが上がるか」や「どの音楽がリラックスに貢献するか」といった個別最適化のアプローチも登場しています。こうした科学的アプローチは、従業員の主観に頼らずに、こころの状態を客観的に把握できる手段として期待されています。 認知機能ケアが日常へ──生活に溶け込む脳科学 また、近年では、認知機能を維持・改善するための技術にも脳科学が応用されるようになり、その広がりが注目されています。特に高齢化が進む日本においては、認知症予防や脳の健康管理が社会的な課題となっており、その解決手段としてニューロテクノロジーが注目されています。 その代表例が、ニューロフィードバックやデジタルセラピー(DTx)といった分野です。ニューロフィードバックは、脳波をフィードバックしながらトレーニングを行うことで、集中力や記憶力の改善、さらにはADHDやうつ病の緩和にも効果があるとされ、米国ではすでに一部がFDA認可を受けています。これに追随する形で、日本国内でも医療機関との連携や、保険適用を見据えた研究開発が活発化しています。 また、近年ではVRやAR、AI技術と連携した認知リハビリテーションも登場し、没入感のある環境で脳を刺激する手法が注目されています。このように、脳科学を活用したウェルビーイング支援の取り組みは、医療・介護の分野にとどまらず、教育現場や職場での学習支援、さらにはスポーツのパフォーマンス向上など、さまざまな領域へと広がりを見せています。 成長を続けるウェルビーイング市場と今後のビジネス機会 ウェルビーイング市場は、グローバルで見ても高成長を続ける分野です。Global Wellness Instituteの2024年の報告によると、世界のウェルビーイング関連市場は、2023年時点で6.3兆ドルに達しており、2028年には9兆ドルに拡大する見通しです(年平均成長率7.3%)1。なかでも、脳科学やAIとの融合によるソリューションは、他分野への波及効果も大きく、業界横断的な広がりを見せています。 出典:Global Wellness Institute たとえば、GoogleやAppleといったテック企業では、すでにウェルビーイング関連機能の開発に注力しており、スマートウォッチやヘルスケアアプリを通じて、ストレス、睡眠、集中度といった「脳と心」に関わる指標を、日常的に収集・分析できる時代が訪れています。 企業にとっては、こうしたデータを活用し、従業員のパフォーマンスを最大化する職場環境や、カスタマイズされた健康支援プログラムの設計が可能となります。実際に一部のグローバル企業では、眼電位や身体動作センサー、心拍データなどを活用して、「集中できる会議の時間帯の把握」や「リラックスできる空間デザイン」の実証が進んでおり、これは日本企業にとっても新たな競争力強化のヒントになるでしょう。 まとめ:ウェルビーイングを経営と社会の中心に ウェルビーイング市場は今後も、脳科学とテクノロジーを軸とした「見える化」と「最適化」によって進化を遂げていくことが予想されます。特に「脳」にアプローチすることは、私たちの行動・感情・判断の源に直接働きかける方法であり、医療だけでなく教育、働き方、まちづくりなど、あらゆる領域に影響を与える可能性を秘めています。 企業としては、単なる福利厚生やストレス対策ではなく、「科学に基づくウェルビーイング経営」をいかに早期に取り入れられるかが、これからの差別化要因となるでしょう。 ウェルビーイングと脳科学の接点を理解し、次の一手を見据えること、それこそが、持続可能で創造的な未来を築く第一歩になるのではないでしょうか。

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