香りが脳にもたらす影響を解明する:上智大学・山田崇暉さんが語る「嗅覚刺激と認知活動の関係
脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。 本企画は、さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。 今回のインタビューでは、上智大学大学院で「嗅覚刺激と認知活動の関係」の研究に取り組まれている山田崇暉さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、山田さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 研究者プロフィール 氏名:山田 崇暉(やまだ たかき)所属:上智大学大学院 理工学研究科 理工学専攻情報学領域研究室:矢入研究室研究分野:嗅覚刺激、脳情報デコーディング、ワーキングメモリー ゼロから構築した「香りと脳」の研究 ── 現在取り組まれている研究について教えてください。 外界からの刺激や人の心的状態と脳活動の関係を明らかにするため、脳情報デコーディングに関する研究を行っております。具体的には、被験者さんに香り環境下で課題に取り組んでもらい、香りと脳活動の関係を研究しています。 ── 「香り環境下で行う課題」はどのような内容を実施しているのですか? 実験の中である香りを提示して、その香りを嗅ぎながら被験者さんにN-back taskという認知課題に取り組んでもらいます。N-back taskは、画面に一定の間隔で次々に表示される数字を見て、現在表示されている数字がN個前に表示された数字と一致するときに、ボタンを押すなどして応答する認知課題です。 たとえば、3-back taskでは「5」「1」「4」と順に数字が表示されたあと、再び5が表示された場合、それは3つ前の数字と一致するため応答します。一方、それ以外の数字が表示された場合は応答しない、というような課題です。 この課題を行うことによって、被験者の短期記憶能力や集中力をスコア化します。その後、香りを提示した場合と提示しなかった場合の結果を比較することで、提示した香りを嗅ぐことが、タスクのパフォーマンスにどのように影響を与えるかを調べています。 ── 研究テーマを決定したあとはどのような作業から取り掛かったのですか? 私の研究は、誰かの研究を引き継いだものではなく、方針を1から自分で考えて組み立てなければならない内容であったため、まず関連する論文を読み込んで知識をつけるところから始めました。特に匂いと脳の関係が書いてある論文を重点的に読むことで、どのような匂いの提示が認知機能に影響を与えるのかを学びました。 他には、研究室に匂いを使ったマーケティングの研究をしている先輩がいたため、コンタクトを頻繁に取ることで、研究に関するアドバイスをいただきました。 香りで人の潜在能力は引き出せるのか? ── それでは、現在の研究プロセスで直面している課題や障壁について教えてください。 香りを扱う実験を行うため、その香りを被験者の方にしっかりと提示する必要があります。そのため、どのように香りを提示すれば良いかという部分であったり、実験中にその香りを長く持続させる方法だったりを模索しながら行っています。 ── 香りを長く持続させるために、これまでどのような工夫をしてきましたか? まず先行研究を参考にしながら、香料の使用割合を調整しました。 また、被験者の協力を得て予備実験を重ねることで、被験者が香りを確実に認識できる提示方法を検討しました。 加えて、N-backタスク(N = 0,1,2)において各フェーズごとに新たな香料を用意するべきか、それとも同じ香料の使用を継続すべきかを検討し、長時間同じ香料を使用すると香りが弱くなり、感知しにくくなることを考慮して、フェーズごとに香料を新しくする方法を採用しました。 さらに、香りの提示方法として、香料にお湯を注ぐことでより強い香りを発生させる工夫も行いました。 ── どのような成果を期待して研究を進めているのですか? 課題中に香りを提示することで、提示していないときよりも課題の正答率が上昇することや、注意力と関係があるとされている脳波成分「P300」に変化が生じることを期待しながら、実験に取り組んでいます。 社会課題を解決する、そのために必要なこと ── 山田さんの研究の成果は社会や業界にどのような影響を与えると考えますか? リラックスしたい時にはどの香りをかげば良いか、また集中したい時にはどのような香りを嗅げば良いかというように、様々な状況に応じて香りを使用することで人間が本来の能力を発揮できるようになると考えます。VIEでは音楽を使用して、集中やリラックスを促す研究を行っていると思いますが、香りを使用することでも同様の効果を得ることができるのではないかと考えます。 ── 具体的に応用できそうと考えられるような例はありますか? たとえば、自習室に集中力を向上させる香りを発するディフューザーを設置することによって、そこで勉強する人の集中力を向上させるといった取り組みができるのではないかと考えています。 この取り組みを実現するためには、人の集中力に影響を与える香りを突き止めることが重要であるため、私の研究の内容が関連すると考えられます。 ── 嗅覚刺激と認知活動に関する研究が、社会貢献に繋がる良い例ですね。では、このようにご自身の研究が実際に社会に影響を与えるためにはどのような要素が必要だと考えますか? 私の嗅覚刺激と認知活動の研究だけでなく、脳科学研究の内容が社会に影響を与えるためには、社会がその内容を信頼できるような実績や環境を作ることが必要だと考えています。 特にその研究に関連する文献の量や、その技術分野自体が社会にどう見られるかは、脳科学技術の社会実装を目指していく上で重要なポイントになるはずです。 逆に、脳科学自体が社会に広く認知され、その安全性が担保されていけば、今の研究や脳科学の様々な研究もいい方向に進んでいくと考えています。 インタビューの後半では、山田さんの研究者を目指すまでの経緯や学生に向けたメッセージについて伺いました。特に、これから研究の道に進もうと考えている学生さんには必見の内容となっています。ぜひ併せてご覧ください。 後半記事 ▶アニメから生まれた脳への興味:研究者・山田崇暉さんが取り組む研究のルーツ