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ブレインテック

恋愛脳とは?特徴とメリット・デメリットを脳科学で解説!上手な付き合い方・やめ方も紹介

「恋は盲目」とはよく言ったもので、恋愛をすると世界がキラキラして見えたり、逆に相手のことで頭がいっぱいで何も手につかなくなったり…。そんな経験はありませんか?もしかしたら、それは「恋愛脳」の状態かもしれません。 そこでこの記事では、「恋愛脳」とは一体何なのか、その特徴やメリット・デメリットを、最新の脳科学の知見を交えながら分かりやすく解説します。ブレインテック(脳科学技術)が恋愛感情の理解にどう貢献しているのかについても触れていきますので、ぜひご覧ください。 ブレインテックについては以下の記事で詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/braintech/ 「恋愛脳」とは? – 物事を恋愛中心で考えてしまう状態 まずは「恋愛脳」が一般的にどのような状態を指すのか、そして脳科学の観点から見ると、恋に落ちたときに私たちの脳内で何が起きているのか、その基本的なメカニズムについて見ていきましょう。 一般的な「恋愛脳」の定義 何かに夢中になっている脳の状態 「恋愛脳」とは、特定の誰かに強く惹かれ、その人のことを考える時間が増え、日常生活の優先順位や価値観が恋愛中心に変化している状態を指す一般的な言葉です。 まるで脳が恋愛モードに切り替わったかのように、良くも悪くも恋愛に特化した思考や行動が目立つようになります。 これは病的な状態というわけではなく、人が何かに強く情熱を傾ける際に起こりうる自然な心の動きとも言えます。特に恋愛の初期段階では、多くの人が経験する状態と言えるでしょう。 【脳科学の視点】なぜ「恋愛脳」になるの? 脳科学の観点から見ると、「恋愛脳」とはどのような状態なのでしょうか。 恋に落ちると、私たちの脳内では様々な変化が起こっています。 まず、快感や多幸感をもたらす神経伝達物質であるドーパミンが活発に分泌されます 。ドーパミンは目標を達成した時や新しいことを学ぶ時にも放出されるため、恋愛相手のことをもっと知りたい、関係を進展させたいという強いモチベーションに繋がります 。 「会いたい」「声が聞きたい」といった抑えきれない感情は、このドーパミンの影響が大きいと考えられています。 また、愛情や絆の形成に関わるオキシトシンというホルモンの分泌も高まります 。オキシトシンは「愛情ホルモン」とも呼ばれ、信頼感や安心感をもたらし、相手との精神的な結びつきを強める働きがあります 。 これらの脳内物質は、脳の「報酬系」と呼ばれる部位(特に腹側被蓋野や線条体など)を活性化させます 。報酬系は、私たちが生きていく上で重要な行動(食事や睡眠など)をとったときに快感を感じさせ、その行動を繰り返すように促すシステムです。恋愛もまた、この報酬系を強く刺激するため、私たちは恋愛に夢中になりやすいのです 。 あなたも「恋愛脳」?主な特徴をチェック 「恋愛脳」の状態にある人には、いくつかの共通した特徴が見られることがあります。ご自身や周りの人が「恋愛脳」かもしれないと感じたときに、どのような点に注目すればよいか、具体的な特徴と、脳活動レベルでのサインについて解説します。 恋愛脳の人の一般的な特徴5選 ご自身や周りの人が「恋愛脳」かもしれないと感じたら、以下の特徴に当てはまるかチェックしてみましょう。 常に恋人がいる、または恋愛を追い求めている: 恋愛をしていない期間が短い、または常に好きな人や気になる人がいる。 恋愛が生活の最優先事項になる: 仕事や趣味、友人との予定よりも恋愛相手との時間を優先しがち。 感情の起伏が激しく、恋人の言動に一喜一憂する: 相手の些細な言葉や態度で天にも昇る気持ちになったり、反対に深く落ち込んだりする。 好きな人のためならフットワークが軽い: 普段は面倒くさがりでも、好きな人に会うためなら遠出も厭わないなど、行動的になる。 恋人を優先し、周りが見えにくくなることがある: 恋愛に夢中になるあまり、友人関係や家族とのコミュニケーションが疎かになったり、客観的な判断がしづらくなったりする。 【脳波・脳活動のサイン】好きな人を見たときの脳の反応とは? 実は、人が恋愛感情を抱いているときの脳の反応は、脳波や脳活動を調べることで垣間見ることができます。 例えば、fMRI/機能的核磁気共鳴機能画像法 を用いた研究では、恋人の写真を見ると、ドーパミンと関連の深い脳の報酬系(腹側被蓋野や尾状核など)が活発に活動することが示されています 。これは、好きな人を見るだけで「ご褒美」として脳が認識している証拠と言えるでしょう 。 一方で、恐怖や不安に関わる扁桃体の活動が抑制されたり、客観的な判断や社会的評価に関わる前頭前野の一部の活動が低下したりする傾向も報告されており、これが「恋は盲目」と言われる状態と関連している可能性が指摘されています 。 さらに、脳波(EEG)を用いた研究では、特定の刺激に対する脳の電気的反応を見るERP(事象関連電位)という手法が用いられます。オランダの心理学者サンダー・ランゲスラグ博士らの研究によると、恋愛中の人がパートナーの写真を見た際には、「LPP(Late Positive Potential:後期陽性電位)」と呼ばれる脳波成分が、友人や魅力的な見知らぬ人の写真を見たときよりも大きく現れることが分かりました 。 LPPは、関心が高い情報や動機付けの高い情報に対して持続的な注意が向けられていることを反映すると考えられており、恋愛対象への強い関心を示唆しています 。 このように、脳科学の研究は「恋愛脳」の状態を客観的なデータとして捉えようと試みています。 参考:熱愛中にドーパミン神経が活性化する脳領域を解明 -恋人を見てドキドキすると、前頭葉の2つの領域が活性化する-|理化学研究所 「恋愛脳」のメリット3選 – 恋がもたらすポジティブな効果 「恋愛脳」はネガティブな側面ばかり注目されがちですが、実は人生を豊かにする多くのポジティブな効果も秘めています。ここでは、恋愛がもたらす代表的なメリットを3つご紹介し、脳科学の視点からも解説します。 自分を高めようと努力する(例:美容、仕事への意欲向上) 好きな人に良く見られたい、釣り合う自分になりたいという気持ちは、強力なモチベーションになります。ファッションやメイクに気を使うようになったり、ダイエットを始めたり、あるいは仕事や勉強に一層熱心に取り組むようになったりするのは、恋愛がもたらす素晴らしい副産物です。 【脳科学の視点】ドーパミンによるモチベーション向上効果 これは、先述のドーパミンが関わっています 。ドーパミンは目標志向的な行動を促すため、「好きな人に振り向いてもらう」という目標が良い刺激となり、自分磨きへのエネルギーに変わるのです。 ポジティブになり、毎日が楽しくなる 恋をすると、世界が色鮮やかに見え、些細なことにも幸せを感じられるようになることがあります。好きな人のことを考えるだけで心が満たされたり、デートの予定を心待ちにしたりと、日々の生活にハリが出て、笑顔が増えるでしょう。 愛情表現が豊かになり、行動的になる 好きな相手に対して、自分の気持ちをストレートに伝えたくなったり、相手が喜ぶことを積極的にしてあげたくなったりするのも恋愛脳の素敵な特徴です。愛情を感じ、それを行動で示すことで、より深い関係性を築くことができます。 「恋愛脳」のデメリット・注意点3選 – 知っておきたい落とし穴 恋愛の素晴らしい効果の一方で、「恋愛脳」が行き過ぎると、日常生活や心身のバランスに影響を及ぼすこともあります。ここでは、知っておきたい主なデメリットや注意点を3つ挙げ、関連する脳の状態についても触れます。 恋愛に依存しすぎて疲れてしまう、視野が狭くなる 四六時中相手のことばかり考えてしまい、他のことが手につかなくなったり、相手からの連絡がないと不安で仕方なくなったりと、恋愛に振り回されて精神的に疲弊してしまうことがあります。また、恋愛以外の世界への関心が薄れ、視野が狭くなってしまうことも。 【脳科学の視点】報酬系の過活動とセロトニン低下による依存リスク 恋愛による報酬系の過度な活性化は、時にギャンブルや薬物への依存と似たような脳の状態を引き起こす可能性が指摘されています 。また、恋愛初期には、精神の安定に関わるセロトニンのレベルが一時的に低下し、強迫的な思考や不安感を強めることがあるとも言われています 。これが「恋煩い」の一因かもしれません。 相手に合わせすぎて自分を見失う 相手に嫌われたくない一心で、自分の意見や感情を抑え込み、常に相手の顔色をうかがってしまう…。このような状態が続くと、自分らしさを見失い、無理がたたって関係が長続きしなくなることもあります。 友人関係や仕事など、他のことが疎かになりやすい 恋愛を最優先するあまり、友人との付き合いが悪くなったり、仕事や学業のパフォーマンスが低下したりするケースも見られます。バランスを欠いた状態は、結果的に自分自身を苦しめることにもなりかねません。 恋愛脳に疲れた…「恋愛脳」を少し休みたいときの対処法 恋愛も時にはエネルギーを使い果たし、休息が必要になることがあります。「恋愛脳」の状態に少し疲れを感じたとき、どのように対処すれば心のバランスを取り戻せるのか、具体的な方法とブレインテックの応用についてご紹介します。 恋愛以外のことに夢中になれることを見つける 趣味、スポーツ、勉強、仕事、ボランティアなど、恋愛以外で自分が心から楽しめることや達成感を得られることを見つけ、それに没頭する時間を作りましょう。脳の関心を恋愛以外の対象に向けることで、バランスを取り戻すことができます。 自分の感情を客観的に見つめ直す(例:日記をつける、信頼できる人に話す) 自分の今の感情や思考を紙に書き出したり、信頼できる友人やカウンセラーに話を聞いてもらったりすることで、客観的に自分を見つめ直すきっかけになります。感情を整理するだけでも、心の負担は軽くなるものです。 家族や友人との時間を大切にし、人間関係を広げる 恋愛相手以外の人たちとの繋がりも大切にしましょう。家族や気心の知れた友人と過ごす時間は、安心感をもたらし、精神的な支えとなります。また、新しいコミュニティに参加するなどして人間関係を広げることも、視野を広げ、気分転換に繋がります。 【ブレインテックの応用】感情の波を整えるヒント 近年、ブレインテック(脳科学技術)の分野では、感情のコントロールをサポートする研究も進んでいます。例えば、ニューロフィードバックは、自身の脳波の状態をリアルタイムで確認しながら、望ましい脳波パターンになるようにトレーニングする技術です 。 特定の脳波(例えばリラックス状態を示すアルファ波など)を増やすことで、感情の波を穏やかにしたり、集中力を高めたりする効果が期待されており、不安やストレスの管理に応用され始めています 。 また、非常に辛い失恋体験、いわゆる「ラブトラウマ症候群(LTS)」の症状緩和に、tDCS(経頭蓋直流電気刺激)という微弱な電流で脳の特定部位を刺激する技術が有効である可能性を示唆する研究も報告されています。 イランの研究グループが2021年に発表した研究では、感情のコントロールに関わる脳の領域(背外側前頭前野:DLPFCなど)をtDCSで刺激することで、LTSの症状や抑うつ感が軽減されたとしています 。これらはまだ一般的な治療法ではありませんが、将来的には心のケアの一助となるかもしれません。 参考:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022395624002796 ニューロフィードバックについてはこちらの記事で解説しています。 https://mag.viestyle.co.jp/neuro_feedback/ もっと積極的になりたい!「恋愛脳」と上手に付き合い恋を楽しむには? 「恋愛脳」は必ずしも悪いものではなく、そのエネルギーを上手に活用すれば、恋愛をより豊かで楽しいものにできます。ここでは、恋愛脳と上手に付き合い、ポジティブな側面を活かすためのヒントをご紹介します。 自分の魅力を磨き、自己肯定感を高める 外見だけでなく、内面も磨き、自分に自信を持つことが大切です。自己肯定感が高まると、心に余裕が生まれ、相手に対しても自然体で接することができます。 積極的にコミュニケーションの機会を増やす 気になる人がいれば、勇気を出して話しかけてみたり、共通の話題を見つけて会話を弾ませたりと、コミュニケーションの機会を積極的に作りましょう。 恋愛映画や音楽でポジティブな感情を高める(ただしバランスが重要) 恋愛をテーマにした映画や音楽に触れることは、恋愛に対するモチベーションを高めたり、登場人物に共感することで感情を豊かにしたりする効果があります。ただし、理想と現実を混同しすぎないよう、バランス感覚も大切です。 【脳科学の視点】オキシトシンを味方につけて安心感を育む 「愛情ホルモン」であるオキシトシンは、人との信頼関係や安心感を深める上で重要な役割を果たします 。信頼できる人とのハグやスキンシップ、心温まるコミュニケーション、あるいはペットとの触れ合いなどでもオキシトシンの分泌は促されると言われています。恋愛においても、相手との間に安心できる絆を育むことを意識すると良いでしょう。 恋愛脳を正しく理解し、自分らしいハッピーな恋愛をしよう 「恋愛脳」は、私たちを時には夢中にさせ、時には悩ませる、人間にとって自然でパワフルな脳の状態です。そのメカニズムを脳科学の視点から少しでも理解することで、自分自身の感情や行動を客観的に見つめ、より建設的に恋愛と向き合うことができるようになるでしょう。 恋愛脳のメリットを活かし、デメリットに賢く対処しながら、あなたらしいハッピーな恋愛を楽しんでくださいね。この記事が、その一助となれば幸いです。

国家戦略としてのニューロテック──国内外の支援・制度を解説

ニューロテック——脳科学とテクノロジーが交差するこの領域は、近年、認知症の予防や精神疾患の治療といった医療応用に加えて、人間の認知機能や感覚の拡張を目指す技術としても、注目を集めています。 この急速な発展の裏には、研究者の飽くなき探究心だけでなく、もう一つの重要な推進力があります。それが「政策」と「資金」です。科学技術の進歩は、それを支える制度と財源なしには持続的な発展が難しく、特にニューロテックのような新興分野では、規制、倫理、産業構造との関係が複雑に絡み合い、民間単独では市場形成までの道のりが険しいのが現実です。そのため、国家戦略や公的資金の投入は、ニューロテックの発展において極めて重要な位置を占めています。 実際に、日本政府は「統合イノベーション戦略」や「ムーンショット型研究開発制度」のもとで、脳科学分野への本格的な投資を開始しています。AMEDやNEDOといった機関が研究費を供給し、地方自治体もスタートアップ支援や実証フィールドの提供に乗り出すなど、支援体制は多層的に広がっています。海外に目を向ければ、米国のBRAIN Initiativeや欧州のHorizon Europeといった国家的取り組みが、脳科学の産業化をけん引しています。 本記事では、こうした国内外の政策・支援制度を整理し、それらがどのようにニューロテックの市場形成に寄与しているのかを紐解いていきます。 参考:経済産業省「行政と連携実績のあるスタートアップ100選 スタートアップとの連携で社会課題の解決を」 国内編|なぜ日本は脳科学に投資するのか? ニューロテックや脳科学関連の技術が花開くには、長期的な研究と制度的な後押しが必要不可欠です。特に日本では、少子高齢化や認知症の急増、精神疾患の増加など、脳に関わる医療・福祉の課題が社会課題と直結しています。この構造的背景こそが、日本が国家戦略として脳科学への投資を強化してきた最大の理由です。 実際、日本ではこれらを支える公的支援体制が段階的に整備されてきました。2008年に文部科学省から始まった「脳科学研究戦略推進プログラム」は、日本の脳科学研究を大きく推進しました。このプログラムの終了後も、脳科学は日本の科学技術基本計画において、常に重点領域として扱われてきました。そして現在、その流れは「統合イノベーション戦略」や「ムーンショット型研究開発制度」、そしてAMEDの「脳とこころの研究推進プログラム」などに引き継がれています。 また、研究資金を実際に分配・執行する実働部隊として、AMED(日本医療研究開発機構)やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)といった機関が存在します。AMEDでは「脳とこころの研究推進プログラム」の名のもと、神経・精神疾患の解明に向けた大型研究が支援されてます。 一方、NEDOでは近年、AI・センシング技術などと連携し、医療・ヘルスケア分野における実用化を目指す技術開発の中で、ニューロテック領域への応用支援も進めています。NEDOの支援は、単なる研究資金提供にとどまらず、実用化や社会実装を意識した企業連携型の事業開発を特徴としており、出口戦略型の支援で、スタートアップから大企業まで幅広いプレイヤーが参画しています。 このように、日本における脳科学支援は、基礎研究・産業応用・社会実装を包括的に支える多層的構造を形成しつつあります。一方で、脳科学領域での実際の事業化・マネタイズにおいては、まだ制度的・倫理的課題が残るのも事実です。それでも、日本政府がなぜ脳科学に投資するのか——その背景には、「超高齢社会」におけるQOL(生活の質)の向上、医療費の抑制、新産業創出という国家的課題があるのです。 ▼こちらの記事もチェック https://mag.viestyle.co.jp/10-perspectives-on-well-being/ 海外編|米・欧・アジアの支援体制 ニューロテックが単なる技術トレンドではなく、国策レベルの戦略領域として位置づけられているのは、日本だけではありません。とりわけ、アメリカ・EU・イスラエル・シンガポールなどの国々では、脳科学や神経技術を未来社会の基盤技術と捉え、明確な政策方針と大規模な資金投入によって、支援の体系化が進められています。 こうした政策の特徴は、基礎研究から臨床応用・産業化までの“ステージ連携”を明確に設計している点にあります。ここでは、代表的な海外の国家的取り組みを紹介していきます。 米国:BRAIN Initiativeに見る長期的な基礎投資モデル 2013年、オバマ政権下で始まったBRAIN Initiative(Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies)は、脳の機能的マップを作成し、神経疾患の治療法開発に活かすことを目的とした国家プロジェクトです。 主導機関は米国国立衛生研究所(NIH)で、当初の10年間で数十億ドル規模の投資が行われ、2023年には「BRAIN Initiative 2.0」へと移行しました。このフェーズでは、データ共有・倫理ガイドライン・標準化の整備も含めた、脳科学インフラの構築にまでスコープが拡張されています。 特筆すべきは、BMI、神経刺激、イメージング技術といった神経工学系技術の研究が豊富に支援対象に含まれている点です。さらに米国国防高等研究計画局(DARPA)も、戦略的にニューロテック領域に投資を続けており、BMIを用いた義手制御や記憶支援技術の開発(Restoring Active Memoryプログラム)が実用段階に入っています。 欧州:EBRAINSと倫理中心の支援設計 EUでは、2013年から10年間にわたって実施された大規模プロジェクト「Human Brain Project(HBP)」が2023年9月に終了しましたが、その成果をもとにEBRAINSという研究基盤インフラが継承されています。 EBRAINSは、神経データの共有プラットフォームであり、ニューロシミュレーションやAI研究との統合を積極的に進める、欧州の脳科学共同体の中核を担っています。 現在のEUにおける脳科学支援は、「Horizon Europe」という研究・イノベーション枠組み(2021–2027)の中で継続されています。ここでは、神経変性疾患の診断・治療、個別化医療、脳とAIの融合といった領域が主要テーマとして採択されています。 特徴的なのは、研究資金の支給にあたり、倫理的・法的・社会的課題(ELSI)を重視している点です。AIやBMIの応用に対しては、国際ガイドラインの整備と並行し、研究段階からの倫理監査が義務化されており、社会的受容性(Social Acceptability)を前提とした支援体制となっています。 イスラエル・シンガポール:国家規模のR&D支援 イスラエルでは、政府主導でニューロテックを含むヘルステック分野への集中的投資が行われており、スタートアップも多数生まれています。特に軍事技術との転用性が高い領域では、脳波ベースの認証技術や、戦闘中の判断力や注意力の変化を測定するシステムの開発が進んでいます。 また、PTSDへの応用も進んでおり、ニューロフィードバックを活用した治療機器が米FDAの承認を受けるなど、臨床現場への実装も始まっています。 一方、シンガポールでは、政府研究機関A*STAR(Agency for Science, Technology and Research)が中核となり、傘下の研究機関を通じて、脳とAI、ニューロエンジニアリング、精神疾患のバイオマーカー探索などの領域で研究助成や共同研究を行っています。ASTARが支援する研究機関は、シンガポール国立大学(NUS)や南洋理工大学(NTU)といった主要大学と共同研究を進め、国立神経科学研究所(NNI)のような医療機関とも協力して、研究成果の臨床応用を加速させています。 制度が技術を育てる時代へ ニューロテックの社会実装には、長期的な研究支援、倫理的なガイドライン、産業化のための制度整備など、技術を超えた多層的な基盤が必要不可欠です。 本記事で見てきたように、日本ではムーンショット型研究開発制度やAMED、自治体レベルのスタートアップ支援など、脳科学やニューロテックを支える政策が段階的に整備されつつあります。一方、海外に目を向けると、米国のBRAIN InitiativeやEUのEBRAINSのように、研究から社会実装、倫理的制度設計までを網羅する包括的な枠組みがすでに機能していることがわかります。 こうした支援体制の根底にあるのは、「制度はインフラである」という認識なのではないでしょうか。道路や電力と同じように、科学技術の進展にも安定した下支えが必要であり、それがなければ個別の技術がどれほど優れていても、社会に根を張ることは難しい状況です。 今後、ニューロテックが医療、教育、産業の各分野に広がっていくなかで問われるのは、単に技術を開発できるかではなく、その技術を受け止める社会的・制度的な器を整備できるかという点にあるでしょう。研究資金の出し方、規制の設計、企業との接続、実証の場の提供──そのすべてが、ニューロテックの未来を決める鍵になります。

ニューロテック(ニューロテクノロジー)とは?ブレインテックとの違いや国内の最新動向を解説

私たちの脳が今どんな状態にあるのか――集中しているのか、疲れているのか、リラックスしているのか。そうした「脳の活動状態」を、脳波や神経活動などのデータを取得・解析することで正確に捉え、社会に活かすのがニューロテックです。 ニューロテックは、脳波や神経活動などのデータを取得・解析し、医療、教育、マーケティングなどさまざまな分野で活用されている注目の技術です。本記事では、ニューロテックとは何か、その基本的な仕組みや日本国内での動向、関連するテクノロジーとの連携までを幅広くわかりやすく解説します。 ニューロテック(ニューロテクノロジー)とは? ニューロテック(ニューロテクノロジー)とは、脳の活動を測定し、そのデータをもとに人の状態を分析・活用する技術の総称です。 人間の脳では、思考や感情、判断などのさまざまな働きが、電気的な信号として神経細胞の間を行き来しています。ニューロテックは、脳波や脳の血流、神経の反応といった情報をセンサーなどで取得し、それを解析することで、脳の状態を「見える化」したり、脳の情報を使って外部機器を制御したりすることを可能にします。 このような技術は、医療やメンタルヘルスの分野はもちろん、教育、スポーツ、マーケティング、UX設計など多くの領域で活用が進んでいます。 ニューロテックの基本的なしくみ ニューロテックの核となるのは、「脳の活動を測定し、それをデータとして活用する」という考え方です。先述した通り、人間の脳では、思考や感情が生まれるときに、神経細胞のあいだで微弱な電気信号がやりとりされています。こうした信号は、たとえば脳波や神経の反応といった形で体の外から捉えることができます。 この信号をセンサーなどの装置で取得し、コンピューターで解析することで、脳の状態を「見える化」したり、その情報を使って外部の機器を操作したりすることが可能になります。 このような仕組みの原点は、古くは20世紀初頭の脳波(EEG)発見にまで遡ります。そして、脳の信号を使って外部機器を操作するブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)の概念や初期の研究が、1970年代に本格的に探求され始めました。 当時は、主に医療やリハビリの現場での活用が中心でした。たとえば、身体の自由がきかない人が、脳の信号を使ってコンピューターや車椅子を操作する、といった応用が模索されてきました。 それから数十年のあいだに、AIやウェアラブルデバイス、クラウド技術の発展により、脳のデータをより手軽に、より正確に、多様な分野でニューロテックを扱えるようになってきました。 ブレインテックとの関係性について 「ニューロテック」という言葉は、最近では「ブレインテック」と呼ばれることもあります。一般的には、「ブレインテック」が脳科学とテクノロジーを組み合わせた技術全般を指す広範な総称として使われる傾向が強く、その中に脳活動の計測や解析といった「ニューロテック」の要素が含まれると理解されています。 より細かく見ると、 ニューロテック:脳から得られる信号をどのようにセンシングし、データ化し、実用的な形に変換するかといった、脳神経科学に基づいた技術的アプローチを中心に取り扱う分野 ブレインテック:ニューロテックを応用した製品やビジネスのことを指す場面が多く、より実用的・産業的な文脈で使われる傾向がある たとえば、脳波を測定するヘッドセットはニューロテックの成果であり、それを活用してメンタルトレーニングサービスを提供する企業は、ブレインテック業界の一部と言えるでしょう。 ブレインテックについてより詳しく知りたい方はこちらもご覧ください: https://mag.viestyle.co.jp/braintech/#toc3 なぜ今、ニューロテックが注目されているのか ニューロテックは決して新しい概念ではありませんが、ここ数年で急速に注目度が高まっています。その背景には、技術面の飛躍的な進化と、社会課題に対する新しいアプローチへの期待という2つの大きな要因があります。 AIやBCIの進化 ニューロテックの発展を支えている大きな要因のひとつが、人工知能(AI)やブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)といった周辺技術の進化です。 以前は、脳波を読み取るだけでも高度な専門機器や知識が必要でしたが、現在では小型で低コストな脳波センサーや、高性能な信号処理アルゴリズムが登場し、一般向け製品やサービスにも応用される段階に入りつつあります。 特にAIの進歩により、脳から取得したデータをリアルタイムに解析し、「集中しているか」「ストレスを感じているか」といった人の内面状態を高精度で推定できるようになってきたことは、ニューロテックの実用性を大きく押し上げています。 これにより、医療や教育だけでなく、マーケティングやUX設計など、より広範なビジネス領域への展開が可能になっています。 高齢化社会とメンタルヘルス ニューロテックが社会的にも注目されている背景には、高齢化やメンタルヘルスといった現代的な課題があります。 たとえば、認知症の早期発見や予防、うつ症状の兆候検出など、脳の状態をデータとして把握できることは、従来の問診や観察に頼っていた医療にとって大きな進化となり得ます。 また、働き方の多様化やストレスの増加といった現代のビジネス環境においても、従業員の集中力や疲労レベルを可視化して働き方を最適化するなど、ニューロテックの導入は実践的な課題解決につながる手段として期待されています。 これらの社会的ニーズに応える形で、今後もニューロテックの重要性はさらに高まっていくと考えられます。 日本におけるニューロテックの現状と企業の取り組み ニューロテック分野は世界的に注目を集めていますが、日本国内でもその研究や実用化に向けた動きが徐々に活発になっています。特にここ数年は、スタートアップを中心に脳波や神経データを活用した製品やサービスの開発が進んでおり、大学や自治体、企業との連携によって社会実装に向けた取り組みも広がっています。 ここでは、国内でニューロテックに取り組む企業の事例と、国・大学・民間が連携する支援体制の動向について見ていきましょう。 国内企業によるニューロテックの取り組み 日本国内では、AIや脳科学を専門とする企業が中心となり、ニューロテック技術の研究・開発を進めています。代表的な企業のひとつが株式会社アラヤです。アラヤは、独自開発のNeuroAI技術を活用し、脳科学や生体センシングに基づいたニューロテック領域の研究開発を推進しています。脳波やMRIによる脳データの取得だけでなく、心拍・呼吸・発汗などの生理的データも組み合わせて解析し、企業や研究機関の製品開発等を支援しています。 もうひとつ注目すべき企業が株式会社NeU(ニュー)です。NeUは東北大学と日立ハイテクのジョイントベンチャーとして設立され、NeUの取り組みは、研究や開発の初期段階にとどまらず、製品デザインやユーザーインターフェース(UI)の評価、広告クリエイティブの効果測定といった実用フェーズにまで広がっています。 そのほかにも、脳波を使ったメンタルトレーニングアプリを開発するスタートアップや、睡眠や感情状態をモニタリングできるデバイスを開発する企業など、多様なプレイヤーが現れつつあります。 参考: アラヤHP NeU HP 産官学が連携するニューロテック推進の動き 日本におけるニューロテックの研究・開発は、企業による取り組みに加えて、国の制度や研究機関による支援のもと、産官学連携によって進められています。 たとえば、内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」では、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)に関する脳科学研究が推進されています。ムーンショット目標1では、脳波などを用いた非侵襲型BMI技術の開発に取り組んでおり、運動機能に着目した脳機能アルゴリズムの開発などが行われています。 また、日本医療研究開発機構(AMED)も、医療分野における脳科学研究を支援しています。たとえば、AMED設立後の2015年からは「脳とこころの健康に関する研究開発」として、2018年からの「戦略的国際脳科学研究推進プロジェクト」などを通じて、ニューロテックの研究・開発が行われてきました。 このように、日本国内では多様な機関や制度が連携し、ニューロテックの基盤となる脳科学研究の推進が進められています。 参考: 内閣府HP「ムーンショット目標」 日本医療研究開発機構「脳科学研究戦略推進プログラム(脳プロ)」 ニューロテックとAI・XR・IoTの連携 ニューロテックは、他の先端技術と組み合わせることで、その可能性をさらに広げています。特に、人工知能(AI)、拡張現実(XR)、モノのインターネット(IoT)との融合は、医療、教育、産業など多岐にわたる分野で新たな応用を生み出しています。 AIとの融合がもたらす可能性 AIは、ニューロテックの分野で重要な役割を果たしています。たとえば、脳波や神経活動のデータをAIが解析することで、認知機能の状態を評価したり、神経疾患の診断や治療法の開発に貢献することが可能です。 また、AIを活用したブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)は、ユーザーの脳信号をリアルタイムで解析し、外部デバイスの制御を可能にするなど、リハビリテーションや支援技術の分野でも活用が進んでいます。 XRやIoTとの相乗効果 XR(拡張現実)とIoT(モノのインターネット)も、ニューロテックとの連携により新たな可能性を示しています。XR技術を活用することで、ユーザーは仮想空間での体験を通じて脳活動を刺激し、学習やトレーニングの効果を高めることができます。また、IoTデバイスと連携することで、脳波データや生体情報をリアルタイムで収集・解析し、個人の状態に応じたフィードバックを提供することが可能になります。 これらの技術の融合により、ニューロテックはより実用的で効果的なソリューションを提供できるようになっており、今後の発展が期待されています。 BCI / BMIについてより詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください: https://mag.viestyle.co.jp/brain-machine-interface/ ニューロマーケティングへの応用 ニューロテックは、医療や教育だけでなく、マーケティング分野でも注目されています。その代表的な応用が「ニューロマーケティング」です。 ニューロマーケティングとは、脳波や視線、表情などの生体データをもとに、消費者の無意識の反応を解析し、広告やパッケージ、店頭レイアウトの改善などに活かす手法のことです。 脳の状態を客観的に測定できるニューロテックの特性は、従来のアンケートやインタビューでは拾いきれなかった「本音」を可視化するうえで、大きな価値を発揮しています。 ニューロマーケティングについてより詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください: https://mag.viestyle.co.jp/neuromarketing/ これからの時代におけるニューロテックの役割 ニューロテックは、脳の状態をリアルタイムで「見える化」し、その情報をさまざまな分野に応用する技術です。医療や教育、マーケティングから、日常生活の質の向上まで、その可能性は広がり続けています。 技術的には、AIやBCI、XR、IoTとの連携が進み、脳とテクノロジーがより深くつながる社会が現実のものとなりつつあります。また、日本国内でも企業・大学・行政が連携し、社会実装に向けた取り組みが加速しています。 脳の理解と活用を深めるニューロテックは、単なるテクノロジーではなく、人間のあり方や社会の構造そのものを変えていく鍵になるかもしれません。今後の進展に注目が集まります。

変化する国内外のウェルビーイング市場環境

働き方や価値観の多様化を背景に、ウェルビーイング市場は世界的に成長を加速させています。従来、心と体の健康を指す概念だったウェルビーイングは、いまや経営戦略や産業創出の中心的テーマとなりつつあります。その背景には、メンタルヘルス問題の深刻化や高齢化社会の進行、そして脳科学やニューロテクノロジーの進展があります。 本稿では、ウェルビーイング市場の変化と今後の展望について、ブレインテックに着目した視点からご紹介します。 脳科学×メンタルヘルス──「見える化」から始まるウェルビーイング支援 パンデミックを契機に、世界中でメンタルヘルスケアの重要性が改めて注目されるようになりました。働き方の変化や社会不安の高まりにより、孤独感の増加、ストレスの蓄積、意欲の低下といった問題が表面化し、ビジネスパーソンの生産性や企業の持続可能性にも影響を及ぼしています。こうした背景のもと、ウェルビーイングを支援する市場は国内外で急速に拡大しており、なかでも注目されているのが、脳科学の知見を活用した新しいアプローチです。 たとえば、脳波をリアルタイムで計測し、ストレスや集中度を可視化する技術は、近年急速に実用化が進んでいます。こうした脳波計測デバイスは、瞑想やマインドフルネスの効果測定や、集中状態の分析などに活用され、企業の健康経営の一環としても導入が進んでいます。さらに、AIを用いた脳波解析により、「どのような環境でパフォーマンスが上がるか」や「どの音楽がリラックスに貢献するか」といった個別最適化のアプローチも登場しています。こうした科学的アプローチは、従業員の主観に頼らずに、こころの状態を客観的に把握できる手段として期待されています。 認知機能ケアが日常へ──生活に溶け込む脳科学 また、近年では、認知機能を維持・改善するための技術にも脳科学が応用されるようになり、その広がりが注目されています。特に高齢化が進む日本においては、認知症予防や脳の健康管理が社会的な課題となっており、その解決手段としてニューロテクノロジーが注目されています。 その代表例が、ニューロフィードバックやデジタルセラピー(DTx)といった分野です。ニューロフィードバックは、脳波をフィードバックしながらトレーニングを行うことで、集中力や記憶力の改善、さらにはADHDやうつ病の緩和にも効果があるとされ、米国ではすでに一部がFDA認可を受けています。これに追随する形で、日本国内でも医療機関との連携や、保険適用を見据えた研究開発が活発化しています。 また、近年ではVRやAR、AI技術と連携した認知リハビリテーションも登場し、没入感のある環境で脳を刺激する手法が注目されています。このように、脳科学を活用したウェルビーイング支援の取り組みは、医療・介護の分野にとどまらず、教育現場や職場での学習支援、さらにはスポーツのパフォーマンス向上など、さまざまな領域へと広がりを見せています。 成長を続けるウェルビーイング市場と今後のビジネス機会 ウェルビーイング市場は、グローバルで見ても高成長を続ける分野です。Global Wellness Instituteの2024年の報告によると、世界のウェルビーイング関連市場は、2023年時点で6.3兆ドルに達しており、2028年には9兆ドルに拡大する見通しです(年平均成長率7.3%)1。なかでも、脳科学やAIとの融合によるソリューションは、他分野への波及効果も大きく、業界横断的な広がりを見せています。 出典:Global Wellness Institute たとえば、GoogleやAppleといったテック企業では、すでにウェルビーイング関連機能の開発に注力しており、スマートウォッチやヘルスケアアプリを通じて、ストレス、睡眠、集中度といった「脳と心」に関わる指標を、日常的に収集・分析できる時代が訪れています。 企業にとっては、こうしたデータを活用し、従業員のパフォーマンスを最大化する職場環境や、カスタマイズされた健康支援プログラムの設計が可能となります。実際に一部のグローバル企業では、眼電位や身体動作センサー、心拍データなどを活用して、「集中できる会議の時間帯の把握」や「リラックスできる空間デザイン」の実証が進んでおり、これは日本企業にとっても新たな競争力強化のヒントになるでしょう。 まとめ:ウェルビーイングを経営と社会の中心に ウェルビーイング市場は今後も、脳科学とテクノロジーを軸とした「見える化」と「最適化」によって進化を遂げていくことが予想されます。特に「脳」にアプローチすることは、私たちの行動・感情・判断の源に直接働きかける方法であり、医療だけでなく教育、働き方、まちづくりなど、あらゆる領域に影響を与える可能性を秘めています。 企業としては、単なる福利厚生やストレス対策ではなく、「科学に基づくウェルビーイング経営」をいかに早期に取り入れられるかが、これからの差別化要因となるでしょう。 ウェルビーイングと脳科学の接点を理解し、次の一手を見据えること、それこそが、持続可能で創造的な未来を築く第一歩になるのではないでしょうか。

自分の“好き”に従い研究の道へ:『恋愛の脳科学』研究者・藤崎健二さんの背景と原点

今回は、京都大学大学院で「恋愛の脳科学」の研究に取り組まれている藤崎さんにお話を伺いました。インタビューの前半では、藤崎さんの研究に至るまでの背景やこれまでの研究成果などについて詳しくご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview05/ インタビューの後半では、藤崎さんのパーソナルストーリーに焦点を当て、幼少期の生活や現在の趣味、研究に関するエピソードなどについて伺いました。 研究者プロフィール 氏名:藤崎 健二(ふじさき けんじ)所属:京都大学大学院 文学研究科 博士後期課程研究室:阿部研究室研究分野:恋愛、対人認知、fMRI 就職か進学かーー背中を押したのは自身の経験と一冊の本 ── まずは改めて簡単に自己紹介をお願いします。 現在は京都大学大学院文学研究科に所属し、研究に取り組んでいます。学部時代は慶應義塾大学理工学部で、脳波や心拍などの生理指標の解析に取り組んでいました。その後、恋愛関係の維持や構築を支える脳の仕組みについて深く研究したいと思い、大学院から京都大学に進学しました。 ── 大学院への進学はいつから考え始めましたか? 大学3回生の冬頃から、大学院への進学を考え始めました。元々は大学卒業後に就職するつもりでしたが、就職活動を進める中で、自分の心の声に従って好きなことや楽しいと思えることを仕事にしたいと思うようになりました。そんなとき、学部時代に図書館で偶然手に取ったのが『人はなぜ恋に落ちるのか?: 恋と愛情と性欲の脳科学』という一冊でした。恋愛の脳研究を専門にする第一人者の研究に触れたことで、昔から関心のあった「恋愛のしくみ」について本格的に研究したいという気持ちが強まり、大学院進学を決めました。 ── 始めは研究者になることは考えていなかったのですね。研究テーマの根幹となる、恋愛のメカニズムへの関心はどういった経緯でもつようになったのでしょうか。 自分自身の恋愛経験が大きかったと思います。これまでの人生の中で、特定の相手に強く惹かれる経験を通じて、恋愛がもたらす多幸感や心の揺れ動きは、日常で経験する感情とは質的に異なる、非常に特別なものだと実感しました。そうした体験から、なぜ恋愛はこれほどまでに人の感情や行動に強く影響を与えるのか、その背景にある脳の働きについて関心を持つようになりました。 ── ご自身の経験が研究へのモチベーションだったのですね。元々考えていた進路を変更する上で、苦労されたことはありますか? 周りの友人のほとんどが大手企業の就職を目指す中で、別の道を選ぶのは不安もあり、勇気が要る決断でした。そんな中、幸いにも同じように研究の道を志す先輩方が身近にいて、その存在が自分の背中を押してくれました。 人生のモットーはイチロー選手への憧れから ── 子供のころは脳科学以外にどのようなことに興味を持っていましたか? 小さい頃から、生き物に強い興味がありました。幼稚園の頃は昆虫が好きで、「昆虫博士」と呼ばれていたこともあります。小学生になると犬を家に迎え、高校時代には海外の爬虫類などを飼育していました。今でもいろんな動物が好きですが、犬が1番愛おしいです。 ── 様々な生き物に関心をもち続けた半生だったのですね。子供のころからの興味が現在まで続いているとのことですが、他にも今の自分に影響を与えた出来事や影響を受けた人物はいますか? はい、元メジャーリーガーのイチロー選手から大きな影響を受けました。小学校から中学3年生まで野球を続けていたこともあり、当時からイチロー選手は馴染みのある存在でした。あるとき、読書感想文のために彼に関する本を読んだことをきっかけに、その生き方や考え方に深く共感し、自分も彼のように信念を持って道を切り開いていける人になりたいと思うようになりました。 ── 具体的にはイチロー選手のどのような姿に影響を受けたのでしょうか? 好きなことを徹底して追求する姿勢に、強く影響を受けました。イチロー選手が野球という好きなことに出会い、誰よりも打ち込んできたからこそ、あれだけの成果を残せたのだと思っています。その姿勢は、「好きなことや楽しいと感じられることを大切にしたい」という、私自身の価値観の原点となっており、大学院進学を決める上でも大きな指針になりました。 また、直面する課題に対して原因の仮説を立て、検証し、改善へとつなげていくというイチロー選手の姿勢にも強く惹かれました。単に努力するのではなく、常に思考を巡らせながら自分を高めていくその在り方に、深い知性と探究心を感じました。 とはいえ、「修学旅行でも握力トレーニングを終えるまでは友達と遊ばなかった」という彼のストイックさについては尊敬しつつも、自分にはまだ難しいと思ってしまいます(笑) 研究は楽しい!ーーこれからの研究者に伝えたいこと ── 普段はどのように過ごされているのですか? 研究活動が生活のほとんどを占めています。その他には、研究室のリサーチアシスタント業務や、学部時代にアルバイトとして勤めていた会社からの委託業務などに取り組んでいます。 ── 研究やその関連活動が生活の一部となっているのですね。息抜きとして何か取り組んでいることはありますか? 今は料理にハマっています。昔から美味しい料理が好きで、学部時代は服と食べ物にバイト代を費やしていました。しかし、3年前に東京から京都に引っ越したことで美味しいお店と出会う頻度が減ってしまったので、節約も兼ねて自分で料理をするようになりました。最近はお肉やチーズの燻製料理にハマっています。 ── 最後に、これから同じ領域に挑戦してみたい学生や若い研究者に向けて、メッセージをお願いします。 研究に興味がある方には、「研究は楽しい!」ということをお伝えしたいです。アカデミアには自分の興味関心を探究できる世界が広がっており、大変なことも多いですが、この道を選んで本当に良かったと思っています。 少しでも関心がある方は、ぜひ勇気を出して、実際に研究をしている方の話を聞いてみることをおすすめします。近い分野でご活躍されている研究者の方々とは、研究に関する議論を深めたり、将来的に共同研究を行うなどのかたちでつながりを持てれば幸いです。 NeuroTech Magazineでは、ブレインテック関連の記事を中心にウェルビーイングや若手研究者へのインタビュー記事を投稿しています。また、インタビューに協力していただける研究者を随時募集しています。 応募はこちらから → info@vie.style

機械学習で進化するMI-EEG解析──脳波×AIの最新研究まとめ

頭の中で手を握る動作を思い描く──それだけでも、脳は小さな信号を発しています。その微細な脳波を正しく読み取ることで、人は「考え」を機械に伝えることができるかもしれません。 このような仕組みはMotor Imagery EEG(MI-EEG)と呼ばれ、いま世界中の研究者たちが開発競争を繰り広げている分野です。 今回は、MI-EEGの技術の広がりと、その歩みを追った2024年発表の論文 「Enhancing motor imagery EEG signal decoding through machine learning: A systematic review of recent progress」をもとに、近年注目されている機械学習と脳波技術の融合によって、どのように「考えるだけで伝わる世界」が実現に近づいているのかを、わかりやすくお届けします。 MI-EEGの仕組みと課題 MI-EEGとは、ある特定の運動を思い浮かべたときに脳波に現れる、特有の変化=パターンを読み取り、「右手を動かそうとしている」「足を動かそうとしている」といった想像内容を解読する技術です。 この脳波のパターンは、脳の運動をつかさどる領域(運動野)の活動によって生じます。たとえば右手の動きを想像すると、左脳の特定のエリアが反応し、そこに特徴的な脳波の変化が表れます。この変化を検出することで、思い描いた動作を推定し、機器の操作などに応用することができるのです。 ところが、こうしたEEG信号は非常に微弱で、まばたきや筋肉の動きなどのノイズに埋もれやすく、個人差も大きいという厄介な性質があります。そのため、従来の非侵襲的なBCI(Brain-Computer Interface)では、せいぜい「はい・いいえ」といった単純な意思しか読み取れないという限界がありました。 さらに、脳波の出方には人それぞれ違いがあるため、脳波を判別するモデルは利用者ごとに一から調整し直す必要があり、これも実用化における大きな壁のひとつとなっていました。 加えて、脳波は波の強さ(振幅)やリズム(周波数)といった特徴が、時間や体調によって変化する非定常な信号です。必要な脳の信号よりもノイズが目立ってしまうことも多く、信号対雑音比(SNR)が低いという特性も、安定した解析を難しくしていました。 MI-EEG解析における機械学習・深層学習の進化 こうした課題を打破しつつあるのが、近年の機械学習(ML)、とりわけ深層学習(ディープラーニング, DL)の技術です。実は、BCI分野では以前から機械学習によって脳波のパターンを分類する研究が行われてきました。しかしその多くは、EEGデータをモデルで扱うために、「どの周波数帯に注目すべきか」「どの脳の部位が反応しているか」といった特徴を見極めて選び出す作業(特徴抽出)や、それをもとに分類モデルを動かすための細かなパラメータ設定が欠かせませんでした。 これらの工程には、豊富な知識と経験が必要で、システム構築には多くの時間と手間がかかっていたのです。 しかし2017年頃から、状況が大きく変わり始めました。BCI Competition IVやPhysioNetなど、複数の被験者による運動想起タスクの脳波を収録した、大規模なオープンデータセットが次々と公開され、これを活用して高性能な深層学習モデルが脳波解析に本格的に導入されるようになったのです¹。 深層学習の強みは、生の時系列データから自動で意味のある特徴を学習できることにあります。従来は専門家が行っていた周波数帯の選択や空間フィルタの調整といった作業を、モデルが自ら学びながら処理してくれるようになりました。 この技術によって、MI-EEGのように複雑でノイズの多い信号でも、より柔軟かつ高精度に脳波を読み取ることが可能になってきました。 ¹ Hossain, K. M., Islam, M. A., Hossain, S., Nijholt, A., & Ahad, M. A. R. (2023). Status of deep learning for EEG-based brain–computer interface applications. Heliyon, 9(3), e14029. 主な深層学習モデルとMI-EEGへの応用 具体的に、近年のMI-EEGデコーディングで活躍している深層学習モデルや手法には、以下のようなものがあります。 CNN(Convolutional Neural Network:畳み込みニューラルネットワーク) 脳波には、「どの場所の電極で信号が強く出ているか」といった空間的な分布や、「どの周波数の信号が目立つか」といった周波数の特徴が含まれています。こうした情報を自動で見つけ出せるのが、CNNという深層学習モデルです。 このモデルは、もともとは画像認識の分野で活躍してきたモデルで、画像の中から形や模様を見分けるのと同じように、脳波の形や波のリズムを見つけ出せるのが特徴です。 実際、従来用いられていたCSP(共通空間パターン)+LDA(線形判別分析)といった機械学習アプローチに比べ、 CNNベースのモデルは、より柔軟に複雑な脳波パターンを扱うことができ、特にうまく脳波で意思を伝えられなかった被験者でも、分類精度が向上したという報告もあります²。 ² Hameed, I., Khan, D. M., Ahmed, S. M., Aftab, S. S., & Fazal, H. (2022). Classification of motor imagery EEG using deep learning increases performance in inefficient BCI users. PLOS ONE, 17(7), e0268880. RNN(Recurrent Neural Network:再帰型ニューラルネットワーク) 脳波のように「時間とともに変化するデータ」を扱う場面では、RNNという深層学習モデルが使われます。RNNは、過去の情報を記憶しながら現在の情報を処理できるのが特徴です。 たとえば、ある動作を思い描いたとき、脳波には一瞬だけでなく、時間の流れに沿って特徴的な変化が現れます。RNNはこのような時系列のパターンを捉えるのが得意で、「いつ、どんな変化があったか」といった情報を生かして分類を行うことができます。 このおかげで、静止画のような断片ではなく、時間の流れに沿った変化として信号を読み取れるようになり、より安定した分類が可能になりました。 転移学習(Transfer Learning) 転移学習では、あらかじめ多くの脳波データを使って学習させたモデル(ベースモデル)を使い、それを新しい利用者やタスクに合わせて、少ないデータで効率よく調整することができます。 たとえば、「右手を動かす想像」といった共通の脳波パターンをすでに学習済みのモデルがあれば、新しい人の脳波を少しだけ読み込むだけで、その人専用のモデルをすばやく作ることができるのです。 これにより、大量のデータを用意したり、毎回ゼロから学習し直したりする負担を大幅に減らすことができ、特にデータが取りにくい医療・福祉現場などでの活用にも期待が高まっています。 このように機械学習、とりわけ深層学習の導入によって、MI-EEG信号の解読精度は飛躍的に向上しました。実験室レベルでは、頭に装着した電極から得られる脳波だけで「右手」「左手」「両足」など複数種類の運動想像をかなりの精度で分類できるようになってきています。 たとえば、EEGNetというモデルは、とてもコンパクトな構造のCNNとして設計されており、データ量が限られている場面でも、高い精度で動作することが特徴です³。少ない学習データでも安定して使えるように工夫されていて、実際に多くの研究で活用が広がっています。 ³Lawhern, V. J., Solon, A. J., Waytowich, N. R., Gordon, S. M., Hung, C. P., & Lance, B. J. (2018). EEGNet: A Compact Convolutional Network for EEG-based Brain-Computer Interfaces. Journal of Neural Engineering, 15(5), 056013. MI-EEG技術を社会に届けるために乗り越えるべきこと 深層学習によってMI-EEGの解析精度は大きく向上しましたが、それを活用した応用システム(MI-BCI)として実用化するには、まだ乗り越えるべき課題も残されています。 たとえば、装着が簡便な簡易EEGデバイスでは、高性能な研究用システムと比べると信号品質が高くないため、日常利用にはノイズ対策が重要になってきます。またアルゴリズム面では、ユーザーが長時間使っても都度再学習しなくて済むような、高い汎用性や継続的学習の仕組みが求められています。 幸いなことに、こうした課題に対しても研究は進んでおり、脳波データを増強するデータ拡張手法や、異なる個人間でモデルを融通するドメイン適応技術、他の生体信号と組み合わせたハイブリッドBCIなど、様々なアプローチが提案されています。まさに人間の脳と機械をつなぐ架け橋として、MI-EEG技術は機械学習との融合によって日々アップデートされているのです。 近い将来、例えばリハビリテーションの現場で患者さんが頭で思い描くだけでロボットスーツを動かし、運動機能回復を助ける――そんな光景が当たり前になるかもしれません。ブレインテック最前線のMI-EEG×機械学習の進化から、これからも目が離せません。 🧠 編集後記|BrainTech Magazineより MI-EEGと深層学習の組み合わせは、これまで読み取りが難しかった脳の信号をより正確に扱える技術へと押し上げています。 実用化にはまだいくつかのハードルがありますが、個人ごとの違いやノイズの多さを乗り越えるための工夫も進み、MI-EEGは実際に使える技術へと着実に近づいています。 BrainTech Magazineでは、こうした研究の進展とその社会実装への動きを、これからも丁寧に伝えていきます。 📝本記事で紹介した研究論文 Hameed, I., Khan, D. M., Ahmed, S. M., Aftab, S. S., & Fazal, H. (2023). Enhancing motor imagery EEG signal decoding through machine learning: A systematic review of recent progress. Biomedical Signal Processing and Control, 84, 104960.

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