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脳波

進路に悩んだ日々:研究者・堀口さんの興味を引き出した出会い

今回は、カナダのトロント大学で「頭皮で測定される脳波と皮質内の脳波の違い」について研究されている堀口さんにお話を伺いました。インタビューの前半では、堀口さんの研究に至るまでの背景やこれまでの研究成果などについて詳しくご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 前半記事 ▶脳疾患の原因を追究する:トロント大学・堀口桜子さんが語る「正確な脳波計測技術」 今回のインタビューの後半では、堀口さんのパーソナルストーリーに焦点を当て、大学での生活や現在の趣味、研究活動に関するエピソードなどについて伺いました。 研究者プロフィール 氏名:堀口 桜子(ほりぐち さくらこ)所属:トロント大学 物理学科 生物物理学専攻研究室:CAMH, Temerty Centre for Therapeutic Brain Intervention Neurophysiology Team研究分野:計算論的神経科学、EEG、信号源推定(source localization) 脳疾患の理解を目指して:一冊の本がもたらした脳への興味 まずは改めて簡単に自己紹介をお願いします。 現在、カナダのトロント大学の学部4年生で、物理学科に所属しています。専攻は生物物理学で、物理学の原理や法則を用いて体の中で起こる現象を理解する方法を学んでいます。また、今年からトロント大学のCAMH(Center for Addiction and Mental Health)にて研究学生をしています。取り組んでいる研究のテーマは「脳波データを用いた脳活動の解析」です。具体的には、頭皮で測定したEEG信号と脳皮質での活動との関係を探ることに焦点を当てています。 脳に関心をもつようになったきっかけについて教えてください。 中学生のときに読んだマーティン・ピストリウスさんの『Ghost Boy』という一冊が、脳に興味をもつきっかけとなりました。この本では、全身が動かず言葉も話せないのに意識ははっきりしている『閉じ込め症候群』を患った著者が、周囲に自分の思いを伝えられないもどかしさの中で過ごした壮絶な闘病の日々と、そこからの回復の過程が描かれています。 この本を読んだ当時、脳や神経の損傷によって引き起こされるさまざまな症状に対して恐怖を感じると同時に、脳が私たちの身体と心を司る中心であることを強く実感し、その複雑さと精緻さに大きな魅力を感じました。 また、祖父がアルツハイマー病を患い、症状が進行していく様子を身近で見ていたことも脳に関心を抱くきっかけとなりました。脳疾患を患った祖父が、かつて当たり前のようにできていたことが徐々にできなくなるだけでなく、性格が次第に荒れていき、周囲との関係性にも変化が生じる様子を目の当たりにし、脳の病気が本人だけでなく家族や周囲の人々にも深い影響を及ぼすものだということを実感しました。 それから、こうした問題に苦しむ人を少しでも減らすにはどうすればよいのかと考えるようになり、脳や神経に関連する疾患について調べていくうちに、現在の研究にたどり着きました。 大学の授業や研究活動以外に脳科学に関わる機会はありましたか? 高校3年生のときに、脳波を使って脳震盪を診断するというプロジェクトに関わりました。当時は新型コロナウイルスの流行により、対面で脳波を測定することができなかったため、プロジェクトは計画立案の段階で終了してしまいましたが、そこで初めて脳波の存在を目の当たりにしました。 大学入学後は、脳波関連技術を用いたロボットサークルに所属して、ニューロテック分野のコンペティションに参加したり、脳波や他の生体情報から集中度をはかるアプリを開発しようとしていました。 自分の興味を引き出してくれた高校の先生 大学入学以前に進路を決定する上で悩んだことはありますか? 高校以前は、明確にやりたいことが見つからず、そのことに悩んでいました。先ほどお伝えした通り、中学生のときに脳に対する漠然とした興味はもっていたのですが、その時点では進路決定に影響するほどではありませんでした。 そのため、高校1年生時点での文理選択では、自分の選択肢を狭めたくないという思いから理系を選択していました。 どのようにしてその悩みを乗り越え、現在の進路に至ったのですか? 高校時代、先生が私の興味を引き出してくれたことで、「もっと学びたい」と思える分野に出会うことができました。たとえば、私が関心をもっていた分野を専攻している卒業生を紹介してくださったり、先ほどの脳波から脳震盪を診断するプロジェクトの立ち上げをサポートしてくださったりしました。 先生が私の関心を深めるために積極的に協力してくださったおかげで、将来について日常的に、しかも自分ごととして考える時間を多く持つことができました。 さらに、興味のある授業を履修していくなかで、改めて理系の進路で脳科学に関わっていきたいという思いが強まり、現在の進路を選択しました。 高校の先生との関わりを通じて、ご自身の興味の種を芽吹かせることができたのですね。 将来の不安はキックボクシングで吹き飛ばす 現在ハマっている趣味はありますか? もともと読書とドラマ鑑賞が好きで、2年ほど前からはキックボクシングとムエタイにハマっています。 キックボクシングとムエタイはどのような経緯で始めたのですか? キックボクシングは、母が家の近くにキックボクシングジムを見つけて、一緒に行こうと誘ってくれたことがきっかけで始めました。しかし、カナダではキックボクシングジムが見つからなかったため、代わりに同じように足を使った運動ができるムエタイを始めました。 ムエタイやキックボクシングを始めて、ご自身にプラスの影響はありましたか? 体を動かして、目の前のことに集中しなければならない時間を取るようになったことで、将来への不安を感じづらくなりました。 もともと、将来のことを考えて一日中悩み過ぎてしまうことが多かったのですが、昼からムエタイのジムに通うことで、頭をまっさらにして気持ちを切り替えるルーティンを作れるようになりました。 運動を通じて未来への不安を取り払う習慣を身につけられたのですね。それでは最後に、これから同じ領域に挑戦してみたい学生や若い研究者に向けて、メッセージをお願いします。 私の脳への興味が、偶然読んだ一冊の本がきっかけで始まったように、自分の興味のタネにいつ、どこで巡り合うことができるのかはわかりません。現在進路に迷っている人には、ぜひ常にアンテナを立てて、様々な可能性を視野に入れる柔軟性を大切にして欲しいと思います。 私も自分に舞い込むいろいろな機会を逃さないよう、毎日コツコツ努力することをこれからも大切にしていきます。 NeuroTech Magazineでは、ブレインテック関連の記事を中心にウェルビーイングや若手研究者へのインタビュー記事を投稿しています。 また、インタビューに協力していただける研究者を随時募集しています。応募はこちらから→info@vie.style

脳疾患の原因を追究する:トロント大学・堀口桜子さんが語る「正確な脳波計測技術」

脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。 本企画は、さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。 今回のインタビューでは、カナダのトロント大学で「頭皮で測定される脳波と皮質内の脳波の違い」について研究されている堀口桜子さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、堀口さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 研究者プロフィール 氏名:堀口 桜子(ほりぐち さくらこ)所属:トロント大学 物理学科 生物物理学専攻研究室:CAMH, Temerty Centre for Therapeutic Brain Intervention Neurophysiology Team研究分野:計算論的神経科学、EEG、信号源推定(source localization) 測定された脳波から真の脳活動を探る技術 現在取り組まれている研究について教えてください。 私の研究テーマは、脳波データを用いた脳活動の解析です。具体的には、頭皮で測定したEEG信号から脳皮質で発生した信号活動を推定することに焦点を当てています。 EEG信号と脳皮質での活動の差異を推定するために、どのような手法を用いているのですか? 私の研究では、皮質の電気活動をより正確に再現するために、ソースローカライゼーション(source localization)という技術を使用しています。この技術では、脳内の電気活動が頭皮上でどのようなEEG信号を生じさせるかを数理モデルで表現し、実際に計測されたEEGとの誤差を最小にするように逆算することで、統計的に脳のどの部位がそのEEGを発生させたかを推定しています。 この方法を用いることで、脳波の信号がどの部位から発生しているかを特定することや、脳内で起こる様々な異常な活動を捉えることができると考えています。 EEG信号と脳皮質での活動には、どのような違いがあるのでしょうか? 脳波(EEG)は、脳の表面(脳皮質)で生じた電気活動が頭皮まで伝わってくる信号です。しかし、この伝わる過程で、ボリュームコンダクション(volume conduction)という現象によって、信号が弱まってしまったり、周囲に広がり、他の信号と混ざり合ってしまいます。そのため、実際に信号が発生した部位とは異なる位置で信号が記録されてしまうことがあります。つまり、頭皮で測定されるEEG信号は、脳の皮質で起こっている活動場所やパターンを正確に反映していない可能性があるのです。 このテーマを選んだきっかけや理由を教えてください。 兼ねてから脳のはたらきに対して興味をもっていたことと、研究成果が多様な脳疾患の分析に応用可能であることに魅力を感じたことから、このテーマを選びました。 加えて、脳波解析の技術に対する知見を深めることで、私の研究室が所属する研究センターの他のプロジェクトと連携できるのではないかと考えたこともこのテーマを選んだ理由の一つです。 この研究を通じて、研究室で行われている統合失調症やうつ病、依存症などの脳にかかわる疾患の診断や治療法の開発に携わることができる技術の開発に貢献することを目標にしています。 研究者ならば一度は感じる不安、それを乗り越えるためには 実験では被験者がどのような状態のときの脳波を測定するのですか? 実験に携わった数はまだあまり多くありませんが、主に健常者を対象に、タスクを行ったときの脳波とタスクを行うことを想像したときの脳波の測定を行っています。 たとえば、指を曲げたときに発生する脳波と指を曲げることを考えたときに発生する脳波を計測して、同じ脳波が見られるかといった実験を行っていました。 研究プロセスを進める上で、困難に感じたことはありますか? 現在の研究プロセスで直面している課題の一つは、自分が抱く疑問に対して明確な答えがまだないことに対する不安です。 大学の課題の物理の問題を解いているときとは異なり、脳の研究では調べてもすぐに全ての疑問が解決しないことが多く、「自分が進んでいる方向性は正しいのだろうか?」「これは何かに繋がるのだろうか?」といった不安が常にありました。 その不安とはどのように向き合ったのですか? 研究室の修士の先輩に相談したところ、この不安は研究者ならば誰もが一度は感じる悩みであるということを教えていただいたことで、研究には新しいことを常に学べる楽しさと、それに伴う不確実性がつきものだと受け入れることができました。 また、この不安を払拭するためには研究分野に関連する参考文献をたくさん読んで、知識を深めなければならないということも教わりました。 取り組んでいるテーマが新しい分野であったり、他の人が目を向けていないトピックである場合、直接自分の研究に関連する参考文献が見つからないこともあります。しかし、そのような場合でも、少しでも関連がある文献を探し、幅広い知識を蓄えることで不安は少しずつ解消できるそうです。 これからは、たくさんの論文を読み、さまざまな方々の話を聞き、異なる分野に触れることで、多くの知識を吸収し、研究を深めていきたいと思っています。 様々な人に支えられた経験を活かして これからどのように研究活動に取り組みたいと考えていますか? 自分の研究が他のプロジェクトにどのような影響を与えるかを考えつつ、様々な人と意見交換をしながら研究を進めたいと考えています。 私一人の知識だけでは、脳や物理に関する視点からしか研究を進めることができませんが、他分野を専門とする人の意見を取り入れることで、これまでにない新しいアプローチを見つけられると考えています。だからこそ、他の人との関わりを大切にし、自分の枠を超えていきたいと思っています。 また自分のプロジェクト以外の活動として、現在、大学で女子学生の理系進学を支援するメンターの役割を担っています。 私が研究の道に進むことができたのは、周りの人のサポートがあったからこそだと感じているので、今度は自分がこれから研究の道に進もうとする学生の背中を押したいと考えています。 そして願わくば、脳に関心をもってくれる人が増えて欲しいと思っています。 今後の活動に対する意気込みを教えてください。 現在研究に関しては、まだ明確な成果が出せていません。しかし、研究室に配属されてから最先端の研究に間近で触れることができ、研究に真摯に向き合う教授や多くの修士・博士学生と知り合うことができたことは、自分にとって非常にありがたく、実りのある経験となりました。 また、次々と新しいアイディアが議論され、プロジェクトが立ち上げられる現場にメンバーとして参加できたことは、脳に対する魅力を再認識するきっかけとなりました。 この一年間研究活動を通して得た経験をもとに、今後も脳に関わる道を進んでいきたいと強く感じています。 インタビューの後半では、堀口さんの研究者を目指すまでの経緯や学生に向けたメッセージについて伺いました。特に、現在進路決定に悩んでいる学生さんは必見の内容となっています。ぜひ併せてご覧ください。 後半記事 ▶進路に悩んだ日々:研究者・堀口さんの興味を引き出した出会い

ウェルビーイング時代に注目のニューロテックとは?国内外の注目企業・最新事例まとめ

私たちの暮らしや働き方が大きく変わる中、「心と体のバランスをどう整えるか」は、ビジネスパーソンから学生、子育て世代まで、すべての人にとって重要なテーマになりつつあります。そんな中でいま注目を集めているのが、脳の状態を見える化し、心のコンディションに働きかけるニューロテック(ブレインテック)の活用です。 最先端の脳科学とテクノロジーが、メンタルヘルスやライフバランスといった「ウェルビーイング」にどう貢献しているのか、国内外の最新事例をもとに、その広がりと可能性を探っていきます。 ニューロテクノロジーがウェルビーイングに注目される背景 メンタルヘルスやライフバランスへの関心が高まる現代、脳とテクノロジーを融合したニューロテック(ブレインテック)がウェルビーイング分野で大きな注目を集めています。脳波や神経の活動を測定・分析し、その情報をフィードバックすることで、ユーザーが自身の心の状態やパフォーマンスをより良く理解し、自己調整を促す技術は、これまで主に医療や研究の場で使われてきましたが、最近では私たちの生活の中にも少しずつ広がり始めています。 その背景には、世界規模でのメンタルヘルス課題と技術の進歩があります。世界保健機関(WHO)によれば、全世界で3億人以上がうつ病を患っており、日本国内でも約8割の人が何らかの悩みや不安を抱えて生活していると言われます。こうした背景に応える形で、ニューロテック企業への注目と投資も拡大しています。 たとえば、AmazonやGoogleなど世界的企業も、この分野の有望スタートアップの買収・提携に関心を示しており、市場拡大が加速しています。また日本政府においても、ムーンショット型研究開発制度にニューロテック関連プロジェクトを採択するなど支援を始めており、国内外でニューロテクノロジーの応用が一気に進んでいます。 参考:Zion Market Research, "Global Mental Health Technology Market Size, Share, Growth, Analysis, Report, Forecast 2024-2032," Zion Market Research 国内におけるニューロテック活用事例 日本国内でも、ウェルビーイング向上を目指すニューロテックの取り組みが活発化しています。いくつかの最新事例をご紹介します。 株式会社NeU(ニュー)  NeUは、東北大学と日立ハイテクの共同出資によって設立された脳科学ベンチャー企業です。2018年にはメンタルヘルス対策企業のウェルリンク社と提携し、働く人のストレス状態を可視化し、脳トレーニングやニューロフィードバックを通じて自己調整能力を高めることを支援する法人向けサービス『Best』を発表しました。 また、オフィス設置用に近赤外光(NIRS)を使った簡易脳活動計測器も提供しており、約5分間の本格的なニューロフィードバック訓練を通じて、ストレス耐性の向上や認知機能のアップを図るプログラムも組み込まれています。 社員一人ひとりの脳コンディションを整えることで組織全体の活力向上につなげる、「脳科学×健康経営」のソリューションとして注目されています。 参考:株式会社NeU「脳科学知見を活用した新セルフチェック&トレーニング「Best」を開発」 VIE株式会社(ヴィー) 神奈川県鎌倉市に拠点を置くスタートアップ・VIE株式会社は、イヤホン型の脳波計「VIE ZONE」の開発を手がけています。2025年5月からは、法人向けのニューロミュージック配信サービス「Neuro BGM(β版)」の提供もスタートしました。 このサービスでは、神経科学の知見と脳波データに基づいて開発された楽曲を、シーンや時間帯に応じて自動再生します。音楽の力で集中力とリラックスのバランスを整え、ストレスの軽減や生産性の向上、チームのエンゲージメント強化など、職場や店舗の環境改善が期待されています。 脳の状態に働きかける音楽によって、日々のパフォーマンスを自然に引き出す──そんな新しいアプローチが、企業のウェルビーイング経営を後押しする手段として期待を集めています。 参考:VIE株式会社「脳科学にもとづくオフィス・店舗向けBGMサービス「Neuro BGM(β版)」」 株式会社CyberneX(サイバネックス) CyberneXは、脳と社会をつなぐBCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)技術の実用化に取り組む企業です。長年にわたる脳情報の研究をもとに、リラックスや集中といった「こころの状態」を脳波で見える化する独自の技術を開発しています。なかでも、癒し効果を脳波で測定・分析できるツール「α Relax Analyzer」は、さまざまな分野で注目を集めています。 この製品は、AIによる自動分析機能「XHOLOS Brain Insight AI」を搭載しており、専門知識がなくても脳波データの理解や活用が可能です。さらに、個人ごとに最適な商材をレコメンドできるため、パーソナライズされた体験の提供や、ウェルビーイングの向上にもつながっています。 アロマ、音楽、食品など幅広い実証実績があり、リラックスという感覚を科学的に伝えるマーケティング支援ツールとしても広がりを見せています。 参考:CyberneX「α Relax Analyzer」 海外におけるニューロテック活用事例 海外でもニューロテックを活用したウェルビーイング向けサービスが次々と登場しています。代表的な最新事例をいくつか見てみましょう。 Flow Neuroscience(スウェーデン) Flow Neuroscienceは、自宅でうつ症状の改善を目指せる非侵襲型ヘッドセットを開発したスタートアップです。頭に装着するこのデバイスは微弱な電流(tDCS)を用いて脳を刺激し、連携するアプリでは行動療法に基づいたトレーニングプログラムを提供します。 薬に頼らずに脳の働きにアプローチする「デジタル脳刺激療法」として注目されており、利用者の約81%が3週間以内に症状の改善を実感したという報告もあります。現在は、英国の公的医療制度NHSでも試験導入が進められています。 参考:Exploding Topics. "20 Neuroscience Startups Accelerating Market Growth (2024)." Neurable(米国) もともとはVR向けの技術開発からスタートしたNeurableは、現在、脳波から感情や集中状態を読み取るヘッドホン型デバイス「MW75 Neuro」を開発しています。この製品は、イヤホンに内蔵されたセンサーが脳波を計測し、AIがその信号を解析することで、ユーザーの集中度やリラックス度など、特定の脳活動パターンに関連する状態をリアルタイムで推定することが可能です。 このデバイスにより、日々の行動や働き方を自分の脳の状態に合わせて最適化できることを目指しており、燃え尽き症候群(バーンアウト)の予防にもつながると期待されています。2024年には約1,300万ドル(約18億円)の資金調達にも成功し、働く人のメンタルヘルスを支え、生産性の向上に貢献する次世代デバイスとして注目を集めています。 参考:Neurable公式HP InteraXon(カナダ) InteraXon社が提供する「Muse」は、瞑想によるマインドフルネス習慣をサポートする脳波計測ヘッドバンド型デバイスです。ヘッドバンドを装着し、専用アプリと連携することで、リアルタイムに脳波を解析しながら瞑想の深さや集中度をフィードバックしてくれます。脳の状態に合わせて、自然音やガイド音声が変化するため、自分の内面の変化に気づきやすく、初心者でも続けやすいのが特長です。 ユーザー調査によれば、77%がストレス管理がしやすくなり、78%がよりリラックスできたと実感しており、ストレス軽減・集中力向上・情緒安定といった多面的なウェルビーイング効果が報告されています。 参考:Muse (InteraXon Inc.). "Benefits of Muse." Muse. ニューロテックがもたらすウェルビーイングへの寄与 ニューロテックは、心と体の状態を“見える化”し、自分に合ったセルフケアを可能にする技術として、ウェルビーイングの向上に大きく貢献しています。ストレスや集中力といった主観的な感覚を客観的なデータとして捉えることで、早期の気づきや予防的なケアがしやすくなりました。 さらに、個人の脳の状態に合わせて音楽や瞑想、行動プログラムをパーソナライズできる点も魅力です。近年ではデバイスの小型化・簡易化が進み、こうした技術が日常生活の中に自然に取り入れられるようになっています。 「感じ方」や「思考のクセ」といった内面にアプローチできるニューロテックは、働き方や暮らし方を見直すきっかけを与えてくれる、新しいセルフマネジメントの手段として注目されています。

アニメから生まれた脳への興味:研究者・山田崇暉さんが取り組む研究のルーツ

今回は、上智大学大学院で「嗅覚刺激と認知活動の関係」の研究に取り組まれている山田さんにお話を伺いました。インタビューの前半では、山田さんの研究に至るまでの背景やこれまでの研究成果などについて詳しくご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 前半記事 ▶香りが脳にもたらす影響を解明する:上智大学・山田崇暉さんが語る「嗅覚刺激と認知活動の関係 インタビューの後半では、山田さんのパーソナルストーリーに焦点を当て、幼少期の生活や現在の趣味、研究に関するエピソードなどについて伺いました。 研究者プロフィール 氏名:山田 崇暉(やまだ たかき)所属:上智大学大学院 理工学研究科 理工学専攻情報学領域研究室:矢入研究室研究分野:嗅覚刺激、脳情報デコーディング、ワーキングメモリー 週に1度は面談:教授と学生の距離が近い研究室 ── まずは改めて簡単に自己紹介をお願いします。 私は現在、上智大学大学院の理工学研究科理工学専攻情報学領域に所属しており、博士前期課程の2年生として研究活動を行っています。 取り組んでいる研究のテーマは「外界からの刺激、および人の心の状態と脳活動の関係の解析」です。具体的には、「嗅覚刺激は人間の認知活動のパフォーマンスを向上させるか」という問題を研究しています。 ── 研究を始めるにあたってどのようなことを勉強しましたか? まずは、研究室の勉強会を通じて脳科学分野の知識を身に着けていきました。具体的には、「メカ屋のための脳科学入門」や「史上最強カラー図解 プロが教える脳のすべてがわかる本」、「脳波解析入門 Windows10対応版: EEGLABとSPMを使いこなす」といった本を全員で読み進めていました。 そして、研究を1から組み立てるためにひたすら論文を読み続けました。その過程で、香りと脳の関係について記述されている論文を読み、どのような香りを被験者に提示すればよいかを学びました。 ── 基礎知識は勉強会で、応用知識は論文を読むことで学んだのですね。勉強会は研究室の習慣行事として行われていると思うのですが、その他に研究室の中でのユニークな習慣があれば教えてください。 週に1度、教授が朝9時から夕方にかけて研究室メンバー全員と面談を行っているところがユニークだと思っています。内容は、研究のことはもちろん最近の調子や近況報告などのプライベートな話もしています。 ── 教授と学生の距離が近い研究室なのですね。 小さい頃からの好奇心と兄の影響が進路決定に — 子供のころはどのようなことに興味をもっていましたか? 小学生の頃からクラブや部活動を通じて、野球、サッカー、ハンドボール、バスケ、陸上 といった様々なスポーツに興味を持って取り組んできました。興味があることはとにかく取り組んでみるという性格だったので、結果的に幅広い種類のスポーツに打ち込んできました。 他には、当時はアニメが好きで様々な作品を観ていました。特に中学生のときに見た、VR機器を脳に装着して仮想世界の中で生きる物語を描いたアニメ『ソードアート・オンライン』は、現在の自分に強い影響を与えており、このアニメを見たことをきっかけに、脳と機械をつなぐ技術に興味を持ち始め、BMI1や脳情報の解読を主題としている現在の研究室を選択しました。 — 好奇心と行動力を兼ね備えた学生時代だったのですね。『ソードアート・オンライン』は、脳科学に興味を持つ人の間でよく話題になる作品なのでしょうか? 研究室の先輩もこのアニメを見たことで脳の研究に興味をもったと言っていました。またインターネット上では、情報系に触れるきっかけとなったアニメとして取り上げられることもあるので、自分の研究室で取り扱っている「脳科学×情報」の分野の研究者には、このアニメの影響を受けている人が少なくないと感じています。 — 多くの研究者の進路に影響を与えたアニメなのですね。それでは、様々なスポーツやアニメに興味をもっていた当時の自分に影響を与えた人物はいましたか? 小さい頃から兄の影響を受けてきました。兄は目標に対してコツコツと努力しながら結果を積み上げていくタイプの人間で、その姿を見て自分も兄のような人間になりたいと感じていました。 努力の姿勢以外にも兄から受けた影響は多く、陸上に関しては兄が大会に出場する姿を見て面白そうと感じたことで始め、研究テーマを決めるきっかけとなったソードアート・オンラインも兄の薦めで見始めました。 好奇心と行動力は今も健在!47都道府県制覇まであと5県 ── 現在ハマっている趣味はありますか? クラシックギターと旅行にハマっています。 クラシックギターは10年間続けており、最近は「マチネの終わりに」という映画の劇中歌としても登場した「大聖堂」という曲を練習しています。 旅行は国内外様々なところに行っているのですが、国内に関しては学生中に全ての都道府県に訪れたいと考えており、現在残すところあと九州の5県となりました。 ── とてつもない継続力と行動力ですね!山田さんがこれまで旅行で訪れた場所で、一番良かったと思う場所があれば教えてください。 山口県の萩という海沿いの街が印象的でした。そこは街全体が世界遺産で、時間がゆっくり流れていると感じるような穏やかで心地の良い場所でした。 同じくらい印象的だった場所として、青森でふらっと入った居酒屋が強く記憶に残っています。その店は特別何か変わった点があるような居酒屋ではなかったのですが、店主がとても面白い人で、そこに来る他の客と仲良くなって一緒に飲むというスタイルを取っていました。そのような飲み方は初めてであったため、とても新鮮で衝撃を受けました。 ── どちらも旅行の醍醐味と言える素敵な経験ですね。最後に、これから同じ領域に挑戦してみたい学生や若い研究者に向けて、メッセージをお願いします。 脳科学はまだまだ未知のことが多い分野だと思います。だからこそ、様々な視点や発想で研究を行っていけることがこの分野の面白さだと思います。 今後、脳に関する研究が発展することで、アニメのような世界がいつか現実になる日が来ると信じています(社会実装するには様々な問題があると思いますが、、)。 面白そうだなと思ったり、脳に少しでも興味があったりしたら、ぜひこの分野に飛び込んでみてほしいです。きっと夢中になれるようなものがたくさん転がっていると思います。 NeuroTech Magazineでは、ブレインテック関連の記事を中心にウェルビーイングや若手研究者へのインタビュー記事を投稿しています。 また、インタビューに協力していただける研究者を随時募集しています。応募はこちらから→info@vie.style

香りが脳にもたらす影響を解明する:上智大学・山田崇暉さんが語る「嗅覚刺激と認知活動の関係

脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。 本企画は、さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。 今回のインタビューでは、上智大学大学院で「嗅覚刺激と認知活動の関係」の研究に取り組まれている山田崇暉さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、山田さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 研究者プロフィール 氏名:山田 崇暉(やまだ たかき)所属:上智大学大学院 理工学研究科 理工学専攻情報学領域研究室:矢入研究室研究分野:嗅覚刺激、脳情報デコーディング、ワーキングメモリー ゼロから構築した「香りと脳」の研究 ── 現在取り組まれている研究について教えてください。 外界からの刺激や人の心的状態と脳活動の関係を明らかにするため、脳情報デコーディングに関する研究を行っております。具体的には、被験者さんに香り環境下で課題に取り組んでもらい、香りと脳活動の関係を研究しています。 ── 「香り環境下で行う課題」はどのような内容を実施しているのですか? 実験の中である香りを提示して、その香りを嗅ぎながら被験者さんにN-back taskという認知課題に取り組んでもらいます。N-back taskは、画面に一定の間隔で次々に表示される数字を見て、現在表示されている数字がN個前に表示された数字と一致するときに、ボタンを押すなどして応答する認知課題です。 たとえば、3-back taskでは「5」「1」「4」と順に数字が表示されたあと、再び5が表示された場合、それは3つ前の数字と一致するため応答します。一方、それ以外の数字が表示された場合は応答しない、というような課題です。 この課題を行うことによって、被験者の短期記憶能力や集中力をスコア化します。その後、香りを提示した場合と提示しなかった場合の結果を比較することで、提示した香りを嗅ぐことが、タスクのパフォーマンスにどのように影響を与えるかを調べています。 ── 研究テーマを決定したあとはどのような作業から取り掛かったのですか? 私の研究は、誰かの研究を引き継いだものではなく、方針を1から自分で考えて組み立てなければならない内容であったため、まず関連する論文を読み込んで知識をつけるところから始めました。特に匂いと脳の関係が書いてある論文を重点的に読むことで、どのような匂いの提示が認知機能に影響を与えるのかを学びました。 他には、研究室に匂いを使ったマーケティングの研究をしている先輩がいたため、コンタクトを頻繁に取ることで、研究に関するアドバイスをいただきました。 香りで人の潜在能力は引き出せるのか? ── それでは、現在の研究プロセスで直面している課題や障壁について教えてください。 香りを扱う実験を行うため、その香りを被験者の方にしっかりと提示する必要があります。そのため、どのように香りを提示すれば良いかという部分であったり、実験中にその香りを長く持続させる方法だったりを模索しながら行っています。 ── 香りを長く持続させるために、これまでどのような工夫をしてきましたか? まず先行研究を参考にしながら、香料の使用割合を調整しました。 また、被験者の協力を得て予備実験を重ねることで、被験者が香りを確実に認識できる提示方法を検討しました。 加えて、N-backタスク(N = 0,1,2)において各フェーズごとに新たな香料を用意するべきか、それとも同じ香料の使用を継続すべきかを検討し、長時間同じ香料を使用すると香りが弱くなり、感知しにくくなることを考慮して、フェーズごとに香料を新しくする方法を採用しました。 さらに、香りの提示方法として、香料にお湯を注ぐことでより強い香りを発生させる工夫も行いました。 ── どのような成果を期待して研究を進めているのですか? 課題中に香りを提示することで、提示していないときよりも課題の正答率が上昇することや、注意力と関係があるとされている脳波成分「P300」に変化が生じることを期待しながら、実験に取り組んでいます。 社会課題を解決する、そのために必要なこと ── 山田さんの研究の成果は社会や業界にどのような影響を与えると考えますか? リラックスしたい時にはどの香りをかげば良いか、また集中したい時にはどのような香りを嗅げば良いかというように、様々な状況に応じて香りを使用することで人間が本来の能力を発揮できるようになると考えます。VIEでは音楽を使用して、集中やリラックスを促す研究を行っていると思いますが、香りを使用することでも同様の効果を得ることができるのではないかと考えます。 ── 具体的に応用できそうと考えられるような例はありますか? たとえば、自習室に集中力を向上させる香りを発するディフューザーを設置することによって、そこで勉強する人の集中力を向上させるといった取り組みができるのではないかと考えています。 この取り組みを実現するためには、人の集中力に影響を与える香りを突き止めることが重要であるため、私の研究の内容が関連すると考えられます。 ── 嗅覚刺激と認知活動に関する研究が、社会貢献に繋がる良い例ですね。では、このようにご自身の研究が実際に社会に影響を与えるためにはどのような要素が必要だと考えますか? 私の嗅覚刺激と認知活動の研究だけでなく、脳科学研究の内容が社会に影響を与えるためには、社会がその内容を信頼できるような実績や環境を作ることが必要だと考えています。 特にその研究に関連する文献の量や、その技術分野自体が社会にどう見られるかは、脳科学技術の社会実装を目指していく上で重要なポイントになるはずです。 逆に、脳科学自体が社会に広く認知され、その安全性が担保されていけば、今の研究や脳科学の様々な研究もいい方向に進んでいくと考えています。 インタビューの後半では、山田さんの研究者を目指すまでの経緯や学生に向けたメッセージについて伺いました。特に、これから研究の道に進もうと考えている学生さんには必見の内容となっています。ぜひ併せてご覧ください。 後半記事 ▶アニメから生まれた脳への興味:研究者・山田崇暉さんが取り組む研究のルーツ

眠りの質は脳波でわかる!5つの睡眠ステージ解説&モニタリング機器8選

ぐっすり眠ったはずなのに疲れが残っていたり、日中にぼんやりして集中できなかったり――その原因は、睡眠の「質」にあるかもしれません。睡眠は時間だけでなく、脳がどのように休んでいるかが重要です。私たちの脳は眠っている間にも活動しており、その状態は「脳波」として現れています。 この記事では、睡眠中の脳波の変化をもとに、各睡眠段階の特徴や、良質な睡眠を得るためのヒントをわかりやすく解説します。さらに、家庭で使える睡眠モニタリング機器の紹介まで、日々の睡眠を見直すための実用的な情報をお届けします。 睡眠と脳波の基本知識 睡眠は、心身の回復や記憶の定着に重要な生理現象です。その過程で、脳内では特有の電気活動が起こっており、これが「脳波」として記録されます。脳波は睡眠の各段階で異なるパターンを示すため、睡眠の深さや質を科学的に評価するための指標として用いられています。 以下では、まず「脳波」の基礎を簡潔に説明し、次に睡眠が果たす役割、そして脳波と睡眠の密接な関係について解説します。 脳波とは?—電気信号でわかる脳の状態 脳波とは、脳が活動するときに生じるわずかな電気の流れを、頭皮上に設置した電極で記録したものです。電気信号の周波数(Hz)や波形により、「α波(アルファ波:リラックス時、約8~13Hz)」「β波(ベータ波:覚醒時、約13~30Hz)」「θ波(シータ波:まどろみ時、約4~8Hz)」「δ波(デルタ波:深い睡眠時、約0.5~4Hz)」などに分類されます。 脳波についてより詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。 https://mag.viestyle.co.jp/eeg-business/ 睡眠が果たす役割とは?—休息だけでない多面的な効果 睡眠には、体や脳を休める以外にも、重要な生理的・認知的役割があります。 まず、深いノンレム睡眠(ステージ3〜4)中には、成長ホルモンの分泌が活発になります。これは子どもだけでなく大人にとっても重要で、筋肉や臓器、皮膚などの細胞修復や再生を促す働きがあります。また、日中に傷ついた組織や疲労した筋肉の回復も、この時間帯に行われます。 さらに、睡眠中は「免疫の司令塔」ともいえる物質が多く作られ、体を病気から守る力が高まります。この物質は「サイトカイン」と呼ばれ、風邪などのウイルスや細菌と戦うために必要な信号を体内に送る働きがあります。質のよい睡眠をとることで、このサイトカインの分泌が促進され、免疫力が保たれる仕組みになっています。 レム睡眠には、記憶の定着や感情の整理といった、脳のメンテナンス的な役割があります。具体的には、その日に得た知識や経験を脳内で再構成し、長期記憶へと移行させる過程が進行しているとされます。また、感情に関わる扁桃体や前頭前野の活動が睡眠中に調整され、ストレス反応や情緒の安定にも寄与していること分かっています。 睡眠と脳波の関係性—段階ごとに異なる脳活動 先ほど述べたとおり、睡眠は大きく分けて「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」の2種類に分類されます。ノンレム睡眠は、浅い眠りから深い眠りへと段階的に変化する「ステージ1〜4」に分かれており、それぞれで脳波のパターンも大きく異なります。 たとえば、入眠直後はα波からθ波へと変化し、深くなるにつれてゆっくりとした大きな波(δ波)が多く現れるようになります。このδ波が多いほど、より深い眠りであると考えられます。 一方、レム睡眠では、脳波に速くて不規則な波が現れ、まるで起きているときのような活動状態になります。このとき、身体はぐったりと動かない一方で、脳は非常に活発に働いており、夢を見るのも主にこのタイミングです。 このように、脳波は睡眠の段階を客観的に判断するための重要な手がかりとなります。実際、医療現場では脳波をもとに正常な睡眠かどうかを評価したり、睡眠障害の診断に役立てたりしています。 では、それぞれの睡眠段階でどのような脳波が見られ、どのような特徴があるのかを詳しく見ていきましょう。 各睡眠段階における脳波の特徴 私たちの睡眠は、夜間を通して約90分周期でノンレム睡眠とレム睡眠が繰り返されています。ノンレム睡眠は深さに応じて4つのステージに分類され、それぞれで脳波のパターンが明確に異なります。この脳波の違いを観察することで、睡眠の質や深さを科学的に把握することができます。 ここでは、各ステージにおける脳波の特徴と、それに伴う身体や脳の変化について解説していきます。 ステージ1(入眠直後)—目覚めから眠りへ 入眠直後のステージ1は、覚醒状態から睡眠状態への移行期です。この段階では、脳波はリラックス時に見られる「α波」から、やや遅く小さな「θ波」へと変化していきます。目を閉じて静かにしているときのような状態に近く、まだ浅い眠りです。 この時期には、「頭蓋頂鋭波(とうがいちょうえいは)」という、短くて尖った形の波が脳波に現れることがあります。これは、ちょうど眠りに入り始めた時期に見られることがあるサインのようなもので、「今、眠り始めた」という脳の状態を示唆することがあります。医療現場では、この波と他の脳波の変化を合わせて「入眠したかどうか」を判断する一つの手がかりにしています。 出典:脳波の手習シリーズ(以下同じ) ステージ2(軽い睡眠)—本格的な睡眠の始まり ステージ2は、眠りが少し深まり始めるタイミングで、全体の睡眠時間の中でも最も長い割合を占めます。この段階から、脳は本格的に外の世界とのつながりを減らし、身体も少しずつ休息モードに入ります。 この時期に見られる特徴的な脳波のひとつが、「睡眠紡錘波(すいみんぼうすいは)」です。これは、脳が短い時間だけ集中して活動するような波で、外からの音や光などの刺激をブロックして、眠りを妨げないようにする働きがあります。この仕組みによって、ちょっとした物音では目が覚めにくくなります。 また、「K複合波」と呼ばれる大きな波も現れます。これは、外の刺激に一瞬だけ反応し、そのあとすぐに脳が「今は寝ていて大丈夫」と判断して眠りを維持する反応です。 まだ眠りは浅いものの、このステージをしっかり確保することが、スムーズに深い睡眠へ進むために大切なのです。 ステージ3・4(深い睡眠)—心身を回復させる大切な時間 ステージ3と4は、いわゆる「深い眠り」の段階で、まとめて「徐波睡眠(じょはすいみん)」とも呼ばれます。このとき脳波には、とてもゆっくりで大きな波(δ波=デルタ波)が多く現れるのが特徴です。 このδ波は、脳が静かになっている状態を表しており、脳の活動が一番落ち着いている時間帯です。ステージ3ではこのδ波が少し見られ、ステージ4ではδ波が全体の50%以上になるとされており、より深い眠りと考えられます。 この深い眠りの間に、体内では成長ホルモンが多く分泌され、筋肉や内臓、皮ふなどの細胞が修復されます。また、日中の疲労を回復したり、免疫力を維持したりするためにも、この段階の睡眠は欠かせません。 レム睡眠(REM)—夢を見る脳の活動タイム レム睡眠は、「Rapid Eye Movement(急速眼球運動)」の頭文字をとったもので、眠っているのに目だけが左右にすばやく動いている状態です。このとき体は力が抜けてリラックスしていますが、脳の中はまるで起きているときのように活発に動いています。 脳波を見ても、この時間帯には速くて不規則な波(主にθ波やベータ波が混在し、覚醒時に似た低振幅・混合周波数のパターン)が現れ、まるで起きているときのような活動状態になります。ただし、身体は眠っているため、覚醒時とは異なり、筋緊張は大きく低下しています。 この時期には、夢を見ることが最も多く、脳は日中に得た情報や経験を整理し、必要な記憶を定着させていると考えられています。また、感情のバランスを保つうえでもレム睡眠は重要です。ストレスや不安などの感情を処理し、心を落ち着ける効果があるとされており、メンタルヘルスとも深く関係していることがわかっています。 このように、各睡眠段階はそれぞれ異なる脳波と生理的特徴を持っており、それらを理解することで、よりよい睡眠を得るための第一歩になります。 脳波から見る「良い睡眠」とは? 睡眠の質は、単に「何時間寝たか」だけで決まるものではありません。重要なのは、眠っている間に「浅い眠り(ステージ1・2)」「深い眠り(ステージ3・4)」「夢を見る眠り(レム睡眠)」といった各段階を、きちんと繰り返しているかどうかです。 脳波を測定することで、睡眠の深さやリズムを客観的に知ることができ、睡眠の質を正しく評価する手がかりになります。 ここでは、脳波を通してわかる「良い睡眠」とは何か、睡眠障害との関係、さらに加齢や生活習慣による変化について解説します。 睡眠サイクルのバランスと健康への影響 良い睡眠とは、ただ長く眠ることではなく、脳が睡眠中に「深い眠り」と「夢を見る眠り(レム睡眠)」をバランスよく繰り返していることが大切です。このリズムが整っていると、心身がしっかり回復し、日中のパフォーマンスにも良い影響を与えます。 脳波を測定すると、睡眠の各段階がどのように経過しているかが明確にわかります。たとえば、深いノンレム睡眠(ステージ3・4)では、大きくてゆっくりしたδ波が多く現れます。この段階が十分にあると、筋肉や臓器が修復され、免疫力も高まるとされています。 一方、レム睡眠が少ない場合は、記憶の整理が不十分になり、感情のバランスも崩れやすくなります。実際、レム睡眠が不足すると「集中できない」「イライラする」といった日中の不調につながることが報告されています。 脳波で見つかる睡眠障害のサイン 脳波のパターンは、睡眠障害の発見にも役立ちます。たとえば、睡眠時無呼吸症候群では、眠っている間に頻繁に覚醒反応が起こり、脳波に短時間の覚醒波が繰り返し出現する症状があります。このような異常パターンを把握することで、隠れた睡眠の問題を早期に発見することが可能です。 また、不眠症の場合は、脳波における入眠までの時間が長かったり、深い睡眠が極端に少ないなどの特徴が見られます。これらの情報は、睡眠障害の治療や生活改善の重要なヒントになります。 年齢や生活習慣によって変わる脳波 年齢を重ねると、深いノンレム睡眠(δ波を多く含む徐波睡眠)が自然と減っていき、浅い眠りが増える傾向にあります。これは、脳の睡眠をつかさどる神経ネットワークの機能が徐々に低下することや、メラトニンなどの睡眠ホルモンの分泌量が減ることが一因と考えられています。 そのため高齢者は、「寝ているはずなのにぐっすり眠れた感じがしない」「夜中に何度も目が覚める」といった睡眠の質の低下を感じやすくなります。 また、夜更かしや強いストレス、生活リズムの乱れも、脳波パターンに悪影響を与えることがわかっています。たとえば、自律神経が乱れると入眠までに時間がかかるようになり、深い睡眠やレム睡眠が減少することがあります。 こうした変化は、一時的であっても睡眠の質を下げ、日中の集中力や免疫力にまで影響を及ぼす可能性があるので注意が必要です。 このように、脳波を通して見ることで、睡眠の質や問題点を見える化することができます。 用途別:睡眠モニタリング機器の紹介 近年、睡眠の質に関心を持つ人が増える中で、脳波をはじめとする生体データを測定する「睡眠モニタリング機器」の利用が広がっています。これらの機器は、医療機関での診断用途だけでなく、一般家庭でも手軽に使える製品が登場しており、自分の睡眠状態を客観的に把握する手助けとなります。 ここでは、脳波測定の方法と代表的な機器の特徴を紹介し、医療現場と家庭での活用例を具体的に見ていきましょう。 医療用の脳波測定機器—正確な診断を支える「PSG検査」 医療機関では、終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG:Polysomnography)が標準的な脳波測定法として使われています。PSGは、「脳波計(EEG)」「心電図」「筋電図」「呼吸センサー」など複数の生体信号を同時に測定し、総合的に睡眠の状態を分析します。 このPSG検査を支える製品としては、日本光電のLSシリーズや、フィリップスのAliceシリーズ、ブレインラボのSomnoStarなど、様々なメーカーが専門の機器を提供しています。 これらの機器は、睡眠時無呼吸症候群、不眠症、ナルコレプシーといった睡眠障害の専門的な診断において不可欠な役割を担っており、患者さんの正確な診断と適切な治療方針の決定に大きく貢献しています。 家庭用の脳波測定デバイス—自宅でもできる「脳波スキャン」 近年では、専門的な医療機関に行かずとも、自宅で手軽に脳波を測定できる簡易デバイスが登場しています。これらのデバイスは、自身の睡眠パターンや脳活動をより深く理解したいという一般の方々のニーズに応えるものです。 その代表例として挙げられるのが、InteraXon社の「Muse S」です。このデバイスは、ヘッドバンド型の簡易EEG(脳波)センサーを搭載しており、スマートフォンと連携させることで、脳波データをリアルタイムで視覚化できます。 もう一つ注目すべきデバイスが、S'UIMIN(スイミン)が提供する「InSomnograf(インソムノグラフ)」です。これは、筑波大学との共同開発によって生まれた、自宅で利用可能な高い精度で脳波を測定できる睡眠脳波測定サービスです。(※医療機関での精密検査であるPSGとは異なり、診断を目的としたものではありませんが、自宅で手軽に睡眠状態を把握するのに役立ちます。) 詳細な睡眠グラフや睡眠ステージ(覚醒、レム睡眠、ノンレム睡眠の各段階)の分析結果をレポートとして提供し、専門家によるアドバイスや、睡眠トラブルのリスク評価も行われるため、より客観的かつ詳細に自身の睡眠状態を把握し、改善に繋げたいと考える方々に適しています。 これらの家庭用脳波測定デバイスは、専門的な医療検査を受けるほどではないものの、自身の睡眠や脳の状態をより深く把握し、改善に役立てたいと考えている方々にとって、非常に有用なツールとなっています。 スマートウォッチ・非接触型デバイス—手軽に使える睡眠モニター より手軽に日々の睡眠をモニタリングしたいというニーズに応えるため、スマートウォッチや非接触型のデバイスも広く普及しています。これらは、専門的な医療機器とは異なり、日々の睡眠習慣を手軽に可視化し、生活改善に役立てることを目的としています。 スマートウォッチタイプの代表的な製品には、Fitbit Sense、Apple Watch Series、そしてGarmin Venu 3などがあります。これらのデバイスは、搭載されたセンサー(主に心拍センサーや加速度センサー)を通じて、心拍変動や体の動きを継続的に計測します。そのデータをもとに、ユーザーの睡眠時間や、おおまかな睡眠ステージ(浅い睡眠、深い睡眠、レム睡眠)を自動で推定し、専用アプリで分かりやすく表示します。 一方で、非接触型デバイスとして注目されているのが、WithingsのSleepです。このデバイスは、薄いシート状になっており、マットレスの下に敷くだけで機能します。就寝すると自動的に心拍、呼吸、体動を感知し、これらの生体情報から睡眠の質を分析。専用アプリを通じて、毎日の睡眠スコアや詳細な睡眠サイクルを提供します。 こうした製品を使うことで、「自分はちゃんと眠れているのか?」という気づきを得ることができ、睡眠を見直すきっかけになります。忙しい毎日でも、こうしたツールを取り入れることで、健康的な生活習慣を意識しやすくなるのが大きなメリットです。 睡眠と脳波の関係を理解して、質の良い眠りへ 「睡眠」と「脳波」は密接に関係しており、脳波を観察することで睡眠の深さや質を科学的に把握することができます。各睡眠段階にはそれぞれ異なる脳波の特徴があり、深い眠りやレム睡眠がバランスよく現れることが、心身の健康にとって非常に重要です。 近年では、医療機関だけでなく家庭でも睡眠の状態を確認できるモニタリング機器が増えており、自分の睡眠を見直す良いきっかけになります。質の高い睡眠は、日々のパフォーマンス向上や病気の予防にもつながります。まずは自分の睡眠状態を知ることから始めてみましょう。

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