現在、日本では5人に1人が、うつ病などのメンタルヘルスの不調に悩んでいると言われています。こうした人々に共通する特徴のひとつに、完璧主義であり、非常に優秀である点が挙げられます。高い理想を掲げ、それに向けて努力を惜しまない一方で、その過程で心が疲れ切ってしまうことが多いのです。
今回は、社会問題化しつつあるメンタルヘルスの問題について深掘りしていきます。
前回のコラムはこちらです。
メンタルヘルスに問題を抱える人は優秀な人が多い?
みなさんは「醜形恐怖症」という言葉を耳にしたことがありますか? これは、自分の顔や体に対して過度に否定的な認識を持ち、自分の欠点ばかりが気になってしまうことで、精神的な苦痛を引き起こすメンタルヘルスの不調の一種です。自分の外見に対するゆがんだ自己評価が原因となり、日常生活にも大きな影響を与えることがあります。
この症状を抱える人々を調査すると、完璧主義であり、非常に優秀な人が多いという傾向があることがわかっています※。彼らは学業や仕事においても非常に高い成果を上げることが多いようです。摂食障害のある人々にも似た傾向が見られ、理想を追求するあまり、過度に努力し続けた結果として発症することが少なくありません。
現在、日本では5人に1人が何らかのメンタルヘルスの不調に直面しているとされています。では、なぜ職場や社会において、こうした症状がなくならないのでしょうか? その原因について、詳しく掘り下げていきます。
※出典:大学生における身体醜形懸念に対する完全主義の影響 (jst.go.jp), 2024年10月16日参照
「おいしいごはんが食べられますように」からみる日本の社会問題
2022年に芥川賞を受賞した高瀬隼子さんの「おいしいごはんが食べられますように」という本を、みなさんは読んだことがあるでしょうか?少しネタバレになりますが、この本はメンタルヘルスに問題を抱えた女の子の話です。
その子は会社で、周りがどんなに忙しくても、絶対に定時で帰ることができます。「早く帰っていいからね」「難しい仕事はやらなくていいよ」と上司から言われているのです。
しかし、その状況に周りの人々はモヤモヤした感情を募らせていきます。その女の子も、自分だけ早く帰ることに罪悪感を感じているため、家に帰ってケーキを作り、それを会社に持ってきて配ったりしています。しかし、周囲の人々は「こんなに難しいケーキが焼けるなら、仕事をしてほしい」と思い、その感情が次第にエスカレートしていき、ケーキを女の子の机に捨てるなど、さまざまな事件が起きていきます。
この本では、メンタルヘルスに問題を抱えた人に対して過剰に多様性を受け入れる対応が、かえって分断を生んでしまう状況が描かれています。
メンタルヘルスで悩んでいる本人はとても辛い思いをしていますが、心の中で起きている問題のため、外部の人にはその不調が理解されにくいです。メンタルヘルスの不調は、外からは見えない点が他の病気と大きく異なる部分です。
例えば、風邪を引いたり骨折したりした場合は、その症状が目に見えてわかるため、「かわいそう」と思いやすいですが、メンタルの症状は理解することが困難です。周りからは「可愛いのにどうして?」「痩せてるからいいじゃん」と思えても、自分ではそう思えず、お互いに理解し合えないところが、メンタルヘルス特有の課題のように感じます。
鬱は甘え?分断を生む「スティグマ」とは
「鬱は甘え」という言葉を聞いたことがありますか?メンタルヘルスを理解しようとしていても、心の中では「甘えではないか?」と周囲の人々や本人が感じてしまうことがあるようです。
なぜメンタルがそのように思われてしまうのか、様々な要因が考えられています。
1つには、メンタルヘルスの問題は目に見えないため、自己責任論になりやすいという点があります。見た目には分からないため理解されにくく、周囲からだけでなく本人も「メンタルの不調は自分の甘えだ」「歪んだ自己認識による自己責任だ」と感じてしまいます。このような現象を「スティグマ」と呼びます。
スティグマが存在することで、周囲の人々が本人に期待しなくなり、難しい仕事を与えなくなったり、本人も「自分は問題を抱えている」と感じ過ぎてしまい、その結果として能力が下がってしまうことがあります。それでは、メンタルヘルスに不調を抱えた人は本当に何もできなくなってしまうのでしょうか。この点については、次回のコラムでご紹介したいと思います。
まとめ
鬱や双極性障害など、さまざまなメンタルヘルスに関わる疾患は、非常に身近な存在になってきています。日本でも5人に1人が人生の中で関わることになる問題であり、みなさん自身や周りの人々がそのような課題に直面する可能性は大いにあります。
しかし、これほど当たり前の存在であるにもかかわらず、メンタルの問題はいまだに分断を生み出してしまいます。見た目には分からないという点や、メンタルヘルスへの理解不足から、本人の甘えや自己責任論に結びつけられがちなのです。このようなスティグマが存在することで、本人も自信を失い、悪循環に陥ることがあります。
メンタルヘルスへの理解と支援が広がることが重要であり、スティグマをなくし、誰もが適切なケアを受けられる社会を目指すことが大切です。
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次回
次回のコラムでは、精神医学の知見から『メンタル不調』についてさらに深堀していきます。