「頭の中で考えただけでメールが送れる」
そんなSFのような世界が、ついに現実味を帯びてきました。最新のブレインテック研究では、非侵襲の脳波(EEG)データから自然な文章を復元するAIモデルが開発され、注目を集めています。
脳波から“文章”を読み解く:非侵襲BCIのブレイクスルー
脳波から人の意思を読み取る「ブレイン・コンピュータ・インタフェース(BCI)」の研究は、これまでにも義手の制御や簡単な選択肢の選別といった形で応用されてきました。しかし、「文章」を再構成する試みは、まさに次元が異なるチャレンジです。
従来の非侵襲的なBCIでは、脳波の信号が微弱でノイズも多く、せいぜい「はい・いいえ」レベルの意思しか識別できませんでした。文章のような連続的かつ複雑な情報を読み取るには、高度なアルゴリズムと深層学習の力が不可欠だったのです。
注目の研究:HGRUとMRAMによる「脳波から文章生成」

2025年1月に学術誌『Engineering Applications of Artificial Intelligence』に掲載された論文「Decoding text from electroencephalography signals: A novel Hierarchical Gated Recurrent Unit with Masked Residual Attention Mechanism」では、中国・電子科技大学の研究チーム(Qiupu Chenら)が、脳波(EEG)から自然な文章を直接生成するAIモデルを発表しました。
このモデルの何より驚くべき点は、単なる脳波のラベリングではなく、脳活動から直接「文章そのもの」を出力する点にあります。まさに“頭で考えたこと”が、画面に文字として現れる時代の到来を感じさせます。
どうやって脳波が「文章」になるのか?
このモデルは、複数の時間スケールで脳波データを処理する「階層型GRU構造」を採用しています。これにより、文章の意味を理解するうえで重要な、文脈や過去の情報を保持しながら、整った文として出力することが可能になります。
さらに、脳波データの中から特に意味のある信号に注目するために、「アテンション機構」と呼ばれる仕組みが使われています。これはAIが入力データの中で“どこを見るべきか”を判断する技術で、ノイズを抑えつつ、重要な部分にしっかりと焦点を当てる役割を果たします。
そして出力されるテキストは、あらかじめ言語の構造を学習しているAI(例:BARTなど)とも連携されており、自然な文法や語順で表現されます。
つまり、脳波を読み取るだけでなく、それを“言語として訳す”ところまでを一気に担う、まさに脳波の翻訳者のようなシステムなのです。
どこまで“思考”を再現できるのか?
もちろん、現時点では完全な「心の読解」はできません。とはいえ今回の研究では、非侵襲で得られる脳波データから、意味の通る文章を構成できるレベルにまで精度が向上しており、これは非常に大きな進展といえます。
従来のようにあらかじめ決められた選択肢を識別するだけでなく、より柔軟で自然な表現の再構成が可能になったことで、脳波によるコミュニケーションのあり方そのものに新たな可能性が生まれました。
話せない人の“声”になるテクノロジー
この技術が進化すれば、話すことができないALS患者や脳卒中患者が、自分の意思を「文章」で伝える手段になる可能性があります。さらに、脳に電極を埋め込むことなく、EEGキャップを使うだけで実現できる未来が近づいているのです。
また、将来的には、ARやVR空間での“思考だけで操作するUI”としての応用も期待されており、「脳波でLINEを送る」「手を使わずにドキュメントを書く」といった未来も、そう遠くないかもしれません。
研究の意義:脳とAIの共進化
この研究は、脳科学とAI技術の融合が、いかに強力な可能性を秘めているかを象徴しています。今後も、脳波解析技術の精度向上、大規模データによるモデルの汎用化、そしてリアルタイム処理の実現などが進めば、“思考と機械”をつなぐインターフェースとしてのBCIは、私たちの生活を大きく変える存在になるでしょう。
🧠 編集後記|BrainTech Magazineより
今回ご紹介した研究は、非侵襲で自然文を復元するというブレインテックの最前線を示すものです。SFで描かれた「思考で操作する世界」は、いま現実になりつつあります。VIEでは、こうした最先端の技術と社会実装の橋渡しを目指して、今後も注目研究を随時ご紹介していきます。
📝本記事で紹介した研究論文
Chen, Q. et al. (2025). Decoding text from electroencephalography signals: A novel Hierarchical Gated Recurrent Unit with Masked Residual Attention Mechanism.
Engineering Applications of Artificial Intelligence, Volume 129, January 2025.