脳疾患の原因を追究する:トロント大学・堀口桜子さんが語る「正確な脳波計測技術」
脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。
本企画は、さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。
今回のインタビューでは、カナダのトロント大学で「頭皮で測定される脳波と皮質内の脳波の違い」について研究されている堀口桜子さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、堀口さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。
研究者プロフィール
氏名:堀口 桜子(ほりぐち さくらこ)
所属:トロント大学 物理学科 生物物理学専攻
研究室:CAMH, Temerty Centre for Therapeutic Brain Intervention Neurophysiology Team
研究分野:計算論的神経科学、EEG、信号源推定(source localization)
測定された脳波から真の脳活動を探る技術
現在取り組まれている研究について教えてください。
私の研究テーマは、脳波データを用いた脳活動の解析です。具体的には、頭皮で測定したEEG信号から脳皮質で発生した信号活動を推定することに焦点を当てています。
EEG信号と脳皮質での活動の差異を推定するために、どのような手法を用いているのですか?
私の研究では、皮質の電気活動をより正確に再現するために、ソースローカライゼーション(source localization)という技術を使用しています。この技術では、脳内の電気活動が頭皮上でどのようなEEG信号を生じさせるかを数理モデルで表現し、実際に計測されたEEGとの誤差を最小にするように逆算することで、統計的に脳のどの部位がそのEEGを発生させたかを推定しています。
この方法を用いることで、脳波の信号がどの部位から発生しているかを特定することや、脳内で起こる様々な異常な活動を捉えることができると考えています。
EEG信号と脳皮質での活動には、どのような違いがあるのでしょうか?
脳波(EEG)は、脳の表面(脳皮質)で生じた電気活動が頭皮まで伝わってくる信号です。しかし、この伝わる過程で、ボリュームコンダクション(volume conduction)という現象によって、信号が弱まってしまったり、周囲に広がり、他の信号と混ざり合ってしまいます。そのため、実際に信号が発生した部位とは異なる位置で信号が記録されてしまうことがあります。つまり、頭皮で測定されるEEG信号は、脳の皮質で起こっている活動場所やパターンを正確に反映していない可能性があるのです。
このテーマを選んだきっかけや理由を教えてください。
兼ねてから脳のはたらきに対して興味をもっていたことと、研究成果が多様な脳疾患の分析に応用可能であることに魅力を感じたことから、このテーマを選びました。
加えて、脳波解析の技術に対する知見を深めることで、私の研究室が所属する研究センターの他のプロジェクトと連携できるのではないかと考えたこともこのテーマを選んだ理由の一つです。
この研究を通じて、研究室で行われている統合失調症やうつ病、依存症などの脳にかかわる疾患の診断や治療法の開発に携わることができる技術の開発に貢献することを目標にしています。
研究者ならば一度は感じる不安、それを乗り越えるためには
実験では被験者がどのような状態のときの脳波を測定するのですか?
実験に携わった数はまだあまり多くありませんが、主に健常者を対象に、タスクを行ったときの脳波とタスクを行うことを想像したときの脳波の測定を行っています。
たとえば、指を曲げたときに発生する脳波と指を曲げることを考えたときに発生する脳波を計測して、同じ脳波が見られるかといった実験を行っていました。
研究プロセスを進める上で、困難に感じたことはありますか?
現在の研究プロセスで直面している課題の一つは、自分が抱く疑問に対して明確な答えがまだないことに対する不安です。
大学の課題の物理の問題を解いているときとは異なり、脳の研究では調べてもすぐに全ての疑問が解決しないことが多く、「自分が進んでいる方向性は正しいのだろうか?」「これは何かに繋がるのだろうか?」といった不安が常にありました。
その不安とはどのように向き合ったのですか?
研究室の修士の先輩に相談したところ、この不安は研究者ならば誰もが一度は感じる悩みであるということを教えていただいたことで、研究には新しいことを常に学べる楽しさと、それに伴う不確実性がつきものだと受け入れることができました。
また、この不安を払拭するためには研究分野に関連する参考文献をたくさん読んで、知識を深めなければならないということも教わりました。
取り組んでいるテーマが新しい分野であったり、他の人が目を向けていないトピックである場合、直接自分の研究に関連する参考文献が見つからないこともあります。しかし、そのような場合でも、少しでも関連がある文献を探し、幅広い知識を蓄えることで不安は少しずつ解消できるそうです。
これからは、たくさんの論文を読み、さまざまな方々の話を聞き、異なる分野に触れることで、多くの知識を吸収し、研究を深めていきたいと思っています。
様々な人に支えられた経験を活かして
これからどのように研究活動に取り組みたいと考えていますか?
自分の研究が他のプロジェクトにどのような影響を与えるかを考えつつ、様々な人と意見交換をしながら研究を進めたいと考えています。
私一人の知識だけでは、脳や物理に関する視点からしか研究を進めることができませんが、他分野を専門とする人の意見を取り入れることで、これまでにない新しいアプローチを見つけられると考えています。だからこそ、他の人との関わりを大切にし、自分の枠を超えていきたいと思っています。
また自分のプロジェクト以外の活動として、現在、大学で女子学生の理系進学を支援するメンターの役割を担っています。
私が研究の道に進むことができたのは、周りの人のサポートがあったからこそだと感じているので、今度は自分がこれから研究の道に進もうとする学生の背中を押したいと考えています。
そして願わくば、脳に関心をもってくれる人が増えて欲しいと思っています。
今後の活動に対する意気込みを教えてください。
現在研究に関しては、まだ明確な成果が出せていません。しかし、研究室に配属されてから最先端の研究に間近で触れることができ、研究に真摯に向き合う教授や多くの修士・博士学生と知り合うことができたことは、自分にとって非常にありがたく、実りのある経験となりました。
また、次々と新しいアイディアが議論され、プロジェクトが立ち上げられる現場にメンバーとして参加できたことは、脳に対する魅力を再認識するきっかけとなりました。
この一年間研究活動を通して得た経験をもとに、今後も脳に関わる道を進んでいきたいと強く感じています。
インタビューの後半では、堀口さんの研究者を目指すまでの経緯や学生に向けたメッセージについて伺いました。
特に、現在進路決定に悩んでいる学生さんは必見の内容となっています。
ぜひ併せてご覧ください。
WRITER
NeuroTech Magazine編集部
BrainTech Magazine編集部のアカウントです。
運営するVIE株式会社は、「Live Connected, Feel the Life~」をミッションに、ニューロテクノロジーとエンターテイメントで、感性に満ちた豊かな社会をつくることをサポートするプロダクトを創造することで、ウェルビーイングに貢献し、さらに、脳神経に関わる未来の医療ICT・デジタルセラピューティクスの発展にも寄与していきます。
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