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人間の脳は、食べ物を見ただけでカロリーを計算する!?ダイエットに潜む危険とは?

街を歩くと、周りの人が自分よりも痩せて魅力的に見えたり、脚が細く見えたりして、常にダイエットのことが頭から離れないと感じることはありませんか? このようにダイエットのことばかり考えてしまう心理は、脳科学とも少し関係があります。 今回は、『ダイエットと脳科学』について深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm09/ 痩せたい動機はどこからくる?健康的なダイエットのために注意したいこと 「痩せたい」と感じる動機は、大きく分けて2種類あると言われています。1つ目は健康のため、2つ目は「アピアランス動機」といって「痩せて綺麗になりたい」「今の状態では醜いから痩せなきゃ」という見た目に関する動機です。 ある研究では、アピアランス動機でダイエットに取り組む人は、健康のためにダイエットする人に比べると、やる気が下がりがちになってしまうということが分かっています。 また「綺麗になるために痩せよう」という思いが強くなればなるほど、「自分の体型が本当にこれでいいのか」という、不安が大きくなってしまうことも分かっており、アピアランス動機でダイエットに取り組むことはあまり推奨されていません。健康を目的とする場合には、明確な目標が設定しやすいのに対して、アピアランス動機には数値的な目標がないことも、ダイエットが長続きしない理由の一つかもしれません。 さらに、ダイエットには「恋愛」のテーマで紹介した「蛙化現象」と似た側面があります。「蛙化現象」は、相手の気持ちをコントロールできない不安から生まれる現象です。ダイエットにおいても、食事を制限したり、食べても吐いたりすることで、体重を自分の意志でコントロールしようとする行動が見られます。 しかし、このような行動は摂食障害の症状でもあるため、アピアランスやコントロールのための無理をするダイエットは、健康的であるとは言えません。 お腹が空かなくても食べてしまう!こわい食習慣 ではそもそも、食欲が湧いてくるのはどのような現象なのでしょうか? 食欲にもダイエットの動機と同様にいくつかの種類があり、生きるために必要なカロリーを摂取するための、ホメオスタシス(恒常性)の食欲と、脳の回路が変化することによって、空腹感とは関係ないしに食べ物を食べてしまう「フードアディション(食べ物中毒)」の食欲があります。 脳科学の世界で、人間の行動は2種類に分けることができます。1つは「ゴールディレクティッド(目的思考型)」の行動、もう1つは「ハビチュアル(習慣)」の行動です。前者は目的があって食べ物を食べることを指しますが、後者は何も考えずに自動的に食べ物を口に運んでいくようなものを指します。 「お酒」をテーマとした回では、ネズミがチーズを報酬にレバーを引き続けるようになる、強化学習の話がありました。この段階では、ネズミは「エサをとる」という目的のためにレバーを引いています。そのため、例えば1週間ほど強化学習のトレーニングをしたネズミのエサに、毒を盛ると、「もうお腹が痛くなるからやめよう」とネズミは考えて、次からはレバーを引かなくなります。 しかし、1ヶ月ほどレバーを引くことをトレーニングしているネズミのエサに毒を盛っても、ネズミはレバーを引き続けます。これが習慣です。 「習慣」と聞くと、良い習慣を思い浮かべると思いますが、神経学の世界の「習慣」は、目的がなく、オートマティックでロボットのような、自動的な行動の繰り返しを指します。 ネズミの話は、人間でも同じようなことが言えます。実際の体験談ですが、最初はお腹が空いているときに、マクドナルドの赤と黄色のロゴを見て、「マック食べよう!」とお店に入ります。これを10年ほど繰り返すと、お腹が空いていなくても、気づいたらマクドナルドに入ってポテトを食べている、ということが起きてしまうのです。これが習慣的な食行動です。 食欲減退に効果的な食べ物は? それでは反対に食欲を減退するものはあるのでしょうか?これも最近の研究※で分かったことですが、私たちの脳は、食品を見ただけで、その食品にどれくらいのカロリーがあるのかを計算しています。 つまり、茶色くて油が含まれていそうなものには、私たちの脳は「カロリーがあるから手を伸ばしなさい」と反応するのですが、反対に青い食べ物などには普段見慣れていないため、カロリー計算ができず、報酬にはならないため食欲が湧かないとされています。 ※出典:https://www.cambridge.org/core/services/aop-cambridge-core/content/view/695F08A4DE3E05FFBF9DB36DF25C3768/S0029665112000808a.pdf/div-class-title-food-induced-brain-responses-and-eating-behaviour-div.pdf, 2024年7月11日参照 まとめ 見た目を気にしすぎるような、「アピアランス動機」のダイエットは、不健康になる可能性もあるため、過度なダイエットには気をつけましょう。 また、空腹感があるから食べるのではなく、悪く習慣化されてしまった脳に原因があり、食べ物中毒になって食べてしまうことにも、十分に注意が必要です。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/0ow5D0Ov0mNFyETeP87EXt?si=9ohvK9x1Te67AcjMXJM_BQ 次回 次回のコラムでは、行動経済学に基づいた『ダイエットを継続させる方法』についてご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm11/

効率よく暗記する方法は?「睡眠」と「学習」の関係性は?

寝る前に勉強をすると暗記に効果的である、ということを聞いたことはありませんか?これは、脳科学的に考えると「記憶の定着には睡眠をとることが大切である」と言い換えることができます。 今回は『睡眠と学習の関係性』について深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm08/ 記憶の定着には睡眠が大事!一夜漬けがNGな理由とは? ビールを好きになる脳の仕組み でご紹介したように、私たちの脳は、繋がりのなかったシナプス同士が新しく繋がることで、ビールがだんだん好きになったり、できなかったことができるようになったりします。 このように、起こった新しい変化を維持することを「固着」と呼ぶのですが、固着が起こるのは睡眠の最中です。そのため学習とって睡眠は非常に重要ですが、睡眠の中でも学習において重要な現象が2つあります。 1つは「オフラインパフォーマンスゲイン」です。ここでの「オフライン」は、お風呂に入っていたり、寝ていたりする、勉強している時間以外を指します。このような「オフライン」の状態を勉強の合間に挟むことで、パフォーマンスが向上することを「オフラインパフォーマンスゲイン」と呼びます※1。 私たちの脳には、「ハイパーアムネジア」(アムネジア:amnesia=記憶喪失)と呼ばれる仕組みがあります。これは、一度覚えたことを再び思い起こそうとすることで、頭の中でその記憶が蘇ってきて固着し、さっきまで思い出せなかったことが思い出せるようになる、というものです。この仕組みにおいて、合間に「休む」ということがとても重要です。 よく昔から、良い発想は馬の上や、ベッドの上からなどという、ことわざのようなものがありますが、このようなオフラインの状態というのは、脳科学的にも固着が起きる重要なポイントだったのです。 睡眠と学習において重要な2つの現象のうちの、もう1つは「スタビライゼーション:stabilization=固定化」です。実は何かを学んだ後は「今起きたことは脳にとって大事なものなのか」を脳が考えている状態になります。必要でないものは削除していかないと、容量がいっぱいになってしまうため、覚えたての記憶は、そのような天秤にかけられている不安定な状態にあります。そこで睡眠を挟むことにより、何が起きても忘れないようにする、固定化を図ることができます※2。 睡眠にもさまざまな種類がありますが、「オフラインパフォーマンスゲイン」には、ノンレム睡眠の深い眠りが必要であり、「スタビライゼーション」には、レム睡眠の浅い眠りが大事になってきます。このように、記憶の定着には睡眠が大切になってくるため、テスト前に十分な睡眠をとることには、大きな意味があるのです。 ※1 出典:Offline memory consolidation during waking rest | Nature Reviews Psychology, 2024年7月9日参照 ※2 出典:Consolidating the Effects of Waking and Sleep on Motor-Sequence Learning | Journal of Neuroscience (jneurosci.org), 2024年7月9日参照 効率の良い勉強方法は「自分に合った学習方法」を学ぶこと 睡眠の他にも学び方というのは、「ラーニングストラテジー」といってさまざまなことが言われてきています。 例えば、「認知方略」ではリハーサルといって、フラッシュカードのように繰り返し英単語を流していくやり方であったり、自分で覚えたことを要約してみる「精緻化方略」、グラフや絵を書いてみる「体制化方略」などがあります。また「メタ認知方略」といって、自分が何を勉強するかを計画し、どれくらい達成できたかをモニタリングし、できたできなかったを自分で評価して、次の計画に活かすというような方略もあります。 どれが正しいというより、どの方略をどの勉強に使うのが自分にとって最適であるのかを知ることが大切です。それを知る知識が、効率の良い勉強において重要になるのです。 脳波計をつけて記憶の固着を図る!? 最近では、睡眠時の脳波をモニタリングし、記憶の固着をする脳活動が起きているときに、それと同じような脳活動を起こす音を流すだけで、その脳活動を増やして固着の補助をすることも可能になっています※。実際にこのような技術が、一部では商品化されており、私たちの会社 VIE でも挑戦したいと思っています。 まとめ 睡眠は脳が覚えたことを固定化し、翌日以降も忘れないようにするための大事なプロセスです。そのため学ぶことと同じくらい寝ることは大切になります。最近のニューロテクノロジーでは、睡眠中の記憶活動を助けることができるので、「勉強したら脳波計をつけて寝る」というような未来が実現したら面白いですね。 脳波を活用したビジネスについてはこちらの記事でも紹介しています。 https://mag.viestyle.co.jp/eeg-business/ 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/2GHsHGSFh8AWP2tpwlQWUF?si=I3GgiTIoSvm148ueR1n6cw 次回 次回のコラムでは、『ダイエットと脳科学』についてご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm10/

褒め方1つで成績が変わる!?褒められて伸びるかどうかは遺伝子の違い?

効率の良い学習方法や、結果に結びつくのに最適な勉強方法は、常に親も子も模索していると思います。実は「スペース学習」といって、効率の良い勉強方法というものは脳科学的に解明されているのです! 今回は、そのような『勉強の悩みに対する解決策』や、『言語学習とニューロテクノロジーの話』についてご紹介します。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm07/ 同じことをやり続けるのはダメ?効率の良い勉強の仕方! 効率の良い暗記の方法や、勉強の仕方を知りたい人は、大勢いるはずです。個人差はありますが、「声に出しながら文字を書く」というように、マルチモーダルで視覚や聴覚など、あらゆる感覚を研ぎ澄まして覚えていくことは、効率が良いとされています。 また「分散学習」といって、例えば英語の勉強をしたいというときに、ひたすら英語をやるのではなく、途中で数学や古文を挟むなどして、ブロックに分けて取り組むほうが、効率よく勉強できるとも言われています。同じことをやり続けることは、必ずしも効率が良いわけではなく、「スペーシング」「スペース学習」といって、一回やったら間に何か他のことをやる時間を作ることにより、集中力を発揮しながら、効率の良い勉強が期待できます。 褒め方一つで成績が変わる!結果に結びつく褒め方とは? 以前 やる気の引き出し方 で、報酬やご褒美はあまり良いパフォーマンスをもたらさない、ということが示された実験をご紹介しました。しかし、実は悪くないご褒美も中にはあります。 ある実験で、テストで良い結果が出たらご褒美のシールをもらえる群と、テスト勉強をしたらシールをもらえる群に分けたところ、後者の方が明確にテストで良い結果を残したことが分かりました。 どのように頑張れば成績が上がるのか不明確な中で、テストの点がたまたま良かった時に、ご褒美を与えられても、何をしたから良かったのかが分からないままです。 しかし、「インプット・アウトプットアプローチ」といって、勉強をして結果を出す因果関係の中で、その過程を評価することによって、「本を読んだから結果が出せたんだ」「この問題集に取り組めば出来るようになるんだ」というように、成績が上がるための勉強方法が強化されていき、結果としてアウトプットの成績が良くなっていきます。インプットに報酬を与えてやる気を出させれば、しっかりとアウトプットに繋がっていくのです。 日本の親は、子どものテストの点数や結果を褒める傾向にありますが、実はテストの点数が上がりそうなことをしているときに、子どもを褒めてあげるのが、一番良いとされています。 また「褒められて伸びるタイプ」と「叱られて伸びるタイプ」というように、2つに分けて考えることもできます。実際、日本人の8割は「褒められて伸びるタイプ」、2割は「叱られて伸びるタイプ」と答えるそうです。 学習をするときに働く、やる気に関わる「ドーパミンニューロン」には、遺伝的な個人差があります。何か物事がうまくいって、報酬がもらえたときに学習が促進するタイプの遺伝子を持っている人と、失敗をしてしまい、罰が来たときに「もうこんなことはやらない!」というように学習が促進するタイプの遺伝子を持つ人がいて、その割合はおよそ 8:2 だそうです。 このように、脳の中でのドーパミンニューロンのタイプは遺伝的に決まるため、「褒められて伸びるタイプ」であるか、「叱られて伸びるタイプ」であるかには個人差があるのです。 また、先ほどの「インプット・アウトプットアプローチ」とも関わってきますが、「あなたは頭がいいね」というように能力を誉められるのと、「勉強をして偉いね」というように努力を誉められるのとでは、後者の方が良い結果を出した、という実験もあります※。これは勉強だけでなく、「可愛いね」と言われるより、「毎日スキンケア頑張っていて偉いね」と言われる方が、もしかしたら、より嬉しく感じ、「もっと自分磨きを頑張ろう」と思えるようになるかもしれません。 このように、褒め方一つで、結果の良し悪しが変わってくるのです。 ※出典:Praise for intelligence can undermine children's motivation and performance. (apa.org), 2024年7月9日参照 「L」と「R」の違いが聞き取れるように!?語学学習の未来 英語や韓国語などの、日本語以外の語学学習に苦労する人は、たくさんいると思います。自分にとっての第一言語を話す時に、「言語中枢」といって、発話に関する脳の部分が働くのですが、第二言語、第三言語を話すときは、その処理の仕方が少し変わってしまいます。これが、第一言語以外の語学を習得する難しさに繋がっています。しかし、ニューロテクノロジーを活用することで効果的に語学学習をおこなうことができる、ということが分かっています。 例えば、言語に関わるような脳の領域に、電極を貼って電気を流すと、外国語学習や単語の記憶力が促進されるということが分かっています※。 また、言語の聞き取りに関しては、私たちの会社VIE の成瀬さんが開発した技術があります。英語の「L」と「R」は、聞き取ることも、発音することも日本人にとっては困難です。しかし、わずかな違いを脳が感知している様子をリアルタイムで画面に映し出し、ニューロフィードバックを行うことによって、何十年も聞き取れなかった「L」と「R」の違いを、聞き取れるような聴覚経路に脳を再配線してあげることが可能になるのです。 また、最近では語学学習に向いている「性格」がある、ということが言われています。人と話すことが好きな「外交性」や、オープンマインドといった「開放性」のような特性を持っている人は、語学の習得が早いことが分かっています。 ニューロフィードバックについてはこちらの記事でも紹介しています。 https://mag.viestyle.co.jp/columm36/ ※出典:Learning of Foreign Language Sounds Boosted by Non-invasive Nerve Stimulation (scitechdaily.com), 2024年7月9日参照 まとめ 学び方には人それぞれの方法がありますが、その方法が適切でないことも多々あります。一つのことに集中した方がいいと思っていても、実は分散した方がよかったり、やる気の出し方も誉め方一つで変わったりするのです。 また最近では、脳に直接アプローチするような刺激や、ニューロフィードバックの力を使って、第二言語の学習を促進する、夢のような学習技術が実現しつつあります。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/6wbqS2XZFerTYCPa6QKlFG?si=2-OFlUTFQ-q0Oi-6-0FkCA 次回 次回のコラムでは、『睡眠と学習の関係性』について脳科学的な視点からご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm09/

お金をあげるのは逆効果!?子どものやる気を出させる教育方法!

みなさんの「やる気」はどこから生まれますか?「お金がもらえるから」「楽しい予定が待っているから」など、さまざまあると思います。「やる気」「モチベーション」は、その行動のパフォーマンスや成果に繋がってきます。 今回は『やる気の持ち方』や、『やる気の出ない時の対処法』について深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm06/ どうしてもやる気が起きないときの心の持ち方とは? もうすぐテストがあるのに、どうしてもやる気が起きない...そんな経験はありませんか?「5分だけでもいいから、机に向かってみることが大切」なんていうことも、よく耳にしますよね。実はこれ、脳科学的にも正しいと言えることなのです。 例えば「卒論を完成させる」という目標は、あまりにも壮大すぎてやる気を喪失してしまいます。しかし「1ページだけでも本を読もう」という目標に変えてみると、「ちょっとやるかぁ」と気持ちも前向きになってくるはずです。このように、小さな成功の積み重ねがモチベーションや生産性を大きく向上させることがわかっています※。 完璧なゴールを思い描くことも大切ですが、遠い未来のことに価値を持って行動できる人は、とても少ないのです。何もしない状態でいることは、脳にとってとても居心地の良いもので、何かを始める、動き出すことは、脳にとてもコストがかかります。 そのため卒論の例では、とりあえず名前と学籍番号を書いてみる、というような小さなことから始めてみると、モードが切り替わって書き進められたりします。 ※出典:The Power of Small Wins (hbr.org), 2024年7月9日参照 やる気はどこから生まれるの? 「1時間勉強したら、好きなアイドルの動画を1本見よう!」というように、物事の動機と報酬は、切っても切り離せない関係にあります。このようにやる気というものは、何かご褒美があると生まれやすいという風に考えられています。 しかし、例えばバイトを選ぶときには、時給が高い方がやる気が出そうと思われることが多いのですが、実はそうではないことがわかっています。 ある研究で、「あなたのやる気が出ることはなんですか?」と尋ねたものがあります。その答えは、「お金をもらうと頑張れます!」というように、金銭的インセンティブを挙げる人と、「褒められたりすれば頑張れます」と言う人に分かれるそうです。 しかし面白いことに、前者のように「お金をもらえたら頑張れる」と言う人にボーナスを与えても、実際にパフォーマンスが全く上がっていませんでした※。つまり自己申告の「やる気が出る」というのと、「生産性が上がる」というのは、別物だということが、この実験の結果からわかったのです。 またお金の報酬があることによって、パフォーマンスが悪くなる場合があることもわかっています。簡単な問題解決力を問う問題で、「この問題が解けたらお金をあげる」と言われると、問題の正答率が低くなってしまうという結果が出た実験もあります。 お金がもらえるからといって、必ずしもやる気が出て、良い成績を残せるとは限らないようです。反対に、セルフインセンティブと言って、「これを頑張ったらケーキ食べよう!」と言うようにご褒美を与えていくものは、良いパフォーマンスを生み出しやすいと言われています。 ※出典:Does the size of rewards influence performance in cognitively demanding tasks? | PLOS ONE, 2024年7月9日参照 子どものやる気を伸ばす教育の方法 子どもに勉強を頑張ってもらうために、「何番以内に入ったらお小遣いを増やしてあげる」と言う教育は、アンダーマイニング効果といって、子どもが「お金をもらわないと勉強しなくなる」ようになってしまうこともあります。元々は自分の意志でやっていたものも、外発的な報酬がもらえると、それを目的に行動するようになってしまうのです。 勉強のパフォーマンスが発揮されやすいモチベーションとしては、「内発的な動機」が大切になってきます。人から報酬をもらえるからやるのではなく、「自分が楽しいからやる」「これができるようになると嬉しいからやる」というような内発的動機を持つ傾向にある人は、学業成績だけでなく、運動能力や仕事、さらには年収も高い傾向にあると言われています。 しかし、そうは言っても自分からやる気を出すことは、なかなか難しいことです。子どものやる気を引き出してあげるためには、「自律性」と言って、「何をやるか」「いつやるか」「どのくらいやるのか」を自ら選択させる、裁量をあげることが大切だとされています。 また個人差はありますが、「自分がもっと学んで成長していきたい」というような思考や目的意識を持っている人は、やる気も出しやすいと言われています。 まとめ やる気には、お金やご褒美をもらうからやる外発的なものと、自分が楽しいからやる内発的なものの2種類があります。直感的には、お金やご褒美をあげれば、人はやる気を出して頑張れると思われがちですが、実は頑張れなかったり、成績が上がるわけではなく、むしろ悪い影響が出てしまうこともあります。 内発的な動機を持つことは難しいですが、そのような動機を持っている人は、パフォーマンスが良かったり、社会で成功しやすいことが多いのです。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/0AwufjF1ibX29HCGQbzdo3?si=k8QIlqI4Q-Oum2WIRyfH6w 次回 次回のコラムでは、脳科学的に解明された『成績が上がる褒め方』をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm08/

恋心は脳が生み出す幻想だった?/好きな人と関係性を持続させる方法とは?

人を好きになるという気持ちは、脳の「書き込み」技術によって簡単に操作できてしまうと言われています。 それを利用して好きな人との関係性を持続させることができたり、告白を高確率で成功させることができたり?恋愛とニューロテクノロジーの掛け合わせは、より良い人間関係を築くヒントになるかもしれません。 今回は脳科学の観点から、『好きな人と関係性を持続させる方法』についてご紹介します。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm05/ 人を好きになるのは脳の幻想!?恋愛に応用できるニューロフィードバック ニューロテクノロジーとは、お酒とニューロテクノロジー で紹介したように、脳の情報を「読み取る」ことや、脳に情報を「書き込む」技術のことです。 そして、人を好きになるというのは脳の幻想でもあり、それを証明する次のような実験があります。 Aさんに100人の男性の写真を見せ、10点満点で点数をつけてもらいます。そして好きでも嫌いでもない、中間の5点をつけた男性の後に、緑色の丸い図形の画像を見せます。そこでAさんは「この丸の図形を大きくしてください」と言われます。Aさんには知らせていませんが、実はこの丸い図形は、Aさんが好印象を持った男性を見た時の脳活動が現れると、大きくなる仕組みになっています。 そして、Aさんは5点の男性の写真を見た後に、いろいろなことを考えながら、工夫して丸を大きくする努力をし続けていくと、最初は5点の評価を下した男性に対して、より高い評価をするようになっていきます。 つまり、「書き込み」の技術=ニューロフィードバックにより、人を好きになる気持ちはコントロールできてしまうのです。 そのような観点で言えば、相手の趣味の話などを一緒にすることは、相手が「好き」と感じているフィールドに自分も立つことであり、相手に好印象を持たれやすいのかもしれません。 これをそのまま事業化すると倫理的な問題にも繋がってしまいますが、例えば「幸せ」を感じにくくなってしまった熟年夫婦が、ニューロフィードバックでトレーニングをすることで、出会った頃のような夫婦仲を取り戻す、というようなことが可能になるかもしれませんね。 https://mag.viestyle.co.jp/braintech/ 告白を高確率で成功させるには?感謝の仕方一つで相手に好まれる? 勇気を出して告白をするのであれば、必ず成功させたいものですよね。「確実に告白を成功させる」というような脳科学の研究はまだ進んでいませんが、「お互いを好きになる」というところにヒントはあるかもしれません。 実は感謝をし合う人たちは、お互いを好きになりやすかったり、恋愛が持続しやすかったりすると言われています。そして、感謝の仕方にも気をつけられることがあります。 例えば、プレゼントをもらったときに、「私のためにこんなに高いものをありがとう」「時間をかけて選んでくれてありがとう」というような、コストに対する感謝を述べるのではなく、自分のニーズに応えるプレゼントをしてくれた「応答性」に感謝を述べることが効果的だと言われています。 「これ超欲しかったやつなの!ありがとう!」「ちょうどなくて困っていたんだよね、ありがとう!」というような「応答性」を確認し合えると、お互いを好きになりやすくなる傾向があります。 そのため、相手にプレゼントを贈るときは、相手のニーズをリサーチすることや、反対にプレゼントを受け取るときには、自分のニーズにあっていることを感謝することが効果的であると言えます。 カップルで長く付き合いを続けるために効果的なことは? 付き合う前からも大事なことですが、付き合ってからは、より相手の立場に立つことや、第三者的な視点に立つことは大切です。人間にとって「相手がどういう世界を持っているのか」という考えを持つことは難しく、どうしてもセルフィッシュになりがちです。相手の立場を考えるスキルを持つことはとても重要なことなのです。 カップルの関係性に関して、こんな実験があります。カップルが喧嘩をしたときに、「その喧嘩を第三者が見ると、どのように思うだろうか」「その喧嘩を自分が第三者的な視点で見ようとしたときに、何(感情など)がそれを妨げているか」を考えるトレーニングをしてもらいます。 この実験では、2人の関係性の中で第三者的な視点を持つことを意識すると、カップル同士の関係性がよくなるという結果が出ています。第三者的な視点を持つことは、人間関係の形成に良い結果をもたらすのです※。 しかし、第三者の視点に立つということは、容易なことではありません。そこで、最近ではニューロフィードバックの力を使って、第三者の視点に立つ訓練ができるようにもなっています。 私たちの会社 VIE では、このように「物の見方を変える」トレーニングを行うことによって、人間関係や社会生活がよくなるような事業を行うことができたら面白いと思っています。 ※出典:Finkel et al., 2013: Taking a third party perspective when dealing with marital conflicts improved marital satisfaction among couples over a year (wiseinterventions.org), 2024年7月5日参照 まとめ 恋心は脳の生み出す幻想にすぎないため、ニューロフィードバックで変えることができてしまいます。また、恋愛の形成や維持のためには、相手に感謝をすることや、相手の立場になり、思いやりの心を持つこと、第三者的な視点を持つことが大切です。そのようなトレーニングには、ニューロフィードバックが効果的かもしれません。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/0sThoyps6GsgPZ7Cxpa9gW?si=ULmLc7_kTpS_4eMlgZr7vw 次回 次回のコラムでは、脳科学の研究に基づいた『こどものやる気を引き出す方法』をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm07/

付き合って幸せなのは一瞬!?/好きじゃない人も付き合うと好きになる?

恋愛をしている人は、どこか幸せそうな空気をまとっていますよね。実際に恋愛は幸福度(ウェルビーイング)を高めるのに、最も関連性が高いことが証明されています。しかし、脳科学的に「人の幸せは長くは続かない」ということも事実です。 今回は、人を好きになることに関連した『幸福や恋愛の必要性』について深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm04/ 永遠に続く幸せはない!?パートナーがいると幸せの基準は上がっていく! 彼氏や彼女がいる人は、シングルの人よりも幸せに見えることがありませんか? ある研究では、結婚している人は独身の人よりも幸福度が高いことが確認されています※。人との繋がりは「社会的資本」などと言われることがありますが、パートナーがいて孤独でないということは、私たちの脳にとって幸福度を上げることと結びついていると証明されているのです。  しかし、実際にパートナーと付き合っていく中で、幸せに満ち溢れた感情は長くは続きません。逆を言うと、パートナーと別れてしまった後の悲しみや不安といった、ネガティブな感情もずっと続くわけではありません。 人間の脳が、どのようにして幸せを感じ取るのか、さまざまな研究がおこなわれている中で、「プレディクションエラー仮説」というものが一番有力だとされています。これは、「私たちが何を幸せに感じるかは、自分の脳が予測していることと、実際に起きることとの間のギャップによる」というものです。 例えば、同じ「100万円を貰える」としても、1,000万円貰えると思っていたのに100万円を貰うのと、10万円貰えると思っていたのに100万円を貰うのとでは、後者の方が喜びは大きいはずです。前者のように、予測との誤差がネガティブになると悲しい、反対に予測との誤差がポジティブになると嬉しいというように、脳が予測していたものとは異なるエラーが、幸せに関連していると言われています。 ここで重要なのは、私たち人間は一度経験すると、脳の予測が変わってしまうということです。 恋愛でいうと、片思いをしているときに「あの人と付き合えたら幸せだろうな」と考えるとします。実際に付き合ってみると、自分が予測していたよりも楽しいことがたくさんあり、最初は幸せを感じます。しかし、付き合い続けるにつれて、予測(恋愛においては理想)も高まっていくため、それ以上のものでないと幸せを感じなくなってしまいます。その理由は単純で、プレディクションエラー(予測誤差)が生じなくなるからです。 これは恋愛だけではなく、「収入」などに関しても同じ現象が起こると言われています。 脳は学習をしていく臓器であるため、一度経験をすると幸せの基準は高まり、その基準を超えないと「幸せ」というものを感じなくなってしまいます。そのため、恋愛に関わらず、人の幸せは長くは続かないと言われているのです。 ※出典:結婚と幸福:サーベイ (jst.go.jp), 2024年9月6日参照 脳の機能を高めるためには恋愛が大切? 学習をしながら予測の精度を高めていくことは、脳の大事な機能ですが、恋愛をすることは、予測の力を伸ばすことにも繋がると言われています。 ある実験※では、自分のパートナーが痛めつけられている姿を見るのと、知らない人が痛めつけられている姿を見るのとでは、前者の方が脳が共感を示し、自分も同じように痛い思いをしているときの脳活動が生じることがわかっています。 この共感は予測力と同様に、より愛が深まっていくと、より相手に起きていることが自分の身に起きているように感じやすいとされています。 「相手にこういうことが起きたら、こういう感情になるだろう」ということを、脳が予測しているから起こる共感であり、その予測は愛の深まりとも関連していると考えられています。 ※出典:(PDF) Empathy for Pain Involves the Affective But Not Sensory Components of Pain (researchgate.net), 2024年7月5日参照 付き合ったら好きになる?人を好きになる瞬間とは? 「人を好きになるのに理由はいらない」なんて言葉を、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。「背が高いから」「顔が好みだから」というような、明確な要素があって人を好きになることもあるかもしれませんが、その反対で「付き合ってみたら、ここが好きになった」というようなことも多いのではないか、とされています。 例えば、同じくらい好きな異性2人のうち、どちらか一方を選んで付き合った場合、付き合った人への好感度は上がり、選ばなかった人への好感度は下がることがわかっています。 これは、選んだという事実だけで、「この人には価値がある」というように脳が学習するためです。前回 脳科学で蛙化現象を克服で紹介した、「サワーグレープス」(=手の届かないもの) に対して自分の中で価値を下げてしまう現象と似ていますね。 まとめ 恋愛をすることやパートナーがいるということは、幸せに関係しているといえます。しかし、脳の予測は変化していくため、永遠の幸福というものはありません。良いことがあれば脳が予測する期待値も高まり、その期待値を超えなければ幸せにはなれないのです。そのような脳の学習機能があるからこそ、相手の気持ちを学んでいくことができます。 また、好きだから愛が深まることもあるかもしれませんが、「付き合ったから」や「選んだから」という「行動」が先にあって、後から「好き」という感情が湧き上がってくることもあります。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/64mTTxnETNfLi3nq1N29g9?si=IhynE8n5RT2SGI4KR0Kscw 次回 次回のコラムでは、脳科学の視点から『好きな人と関係を持続させるコツ』についてご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm06/

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