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頑張らなくて大丈夫!ネガティブな感情は、心を休める大事なサイン?

楽しみにしていた予定がいよいよ当日になると、「本当に予約は取れているだろうか?」「体調を崩したりしないかな?」といった不安や心配が、期待感を上回ってしまうことはありませんか? 実は、こうした現象には「トラベルブルー症候群」という名前が付けられることもあるようです。今回は、このようなネガティブな感情が生じる理由や、その対処法について詳しくご紹介していきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm31 感情が湧き出る「文脈」とは? 感情というものは非常にダイナミックで、常に変化の中に存在しています。たとえば、長い間願っていたことが叶ったり、欲しかったものを手に入れたりする過程では、その背景や文脈があってこそ、達成感や喜びが生まれるものです。 一方で、願いが叶わなかった場合には、失望や悲しみ、時には抑うつといった感情が湧き上がります。同様に、不安や恐怖を抱えている状況では、それが現実になったときに痛みや悲しみが生じ、反対に問題が起きなければ安心感へと変わります。このように、私たちの感情は「何を求め、どんな結果を予測し、それがどのように裏切られたか」という文脈によって形作られているのです。 では、「トラベルブルー症候群」の場合はどうでしょうか?旅行を楽しみにしている一方で、「現地で体調を崩したらどうしよう」といった心配が頭をよぎり、その結果、実際に具合が悪くなってしまう――そんな経験をしたことがある人もいるかもしれません。 この現象は、「シロクマ効果」と深い関係があると考えられます。「シロクマのことを考えないでください」と言われるとかえってシロクマのことばかり考えてしまう、という心理現象です。抑えようとすればするほど思考がその対象に向かってしまうという点で、「トラベルブルー症候群」にも通じるものがあります。 また、これは以前の記事でご紹介した「生理中にカップルで喧嘩をしてしまう」「些細なことでイライラしてしまう」といった感情の揺らぎとも関連しています。伝統的な価値観では、感情は理性に従うべきものとされ、感情の高まりはコントロールすべきものと見なされがちです。しかし、実は感情に従うこと自体に意味がある場合も少なくありません。 たとえば、ネガティブな感情がなければ、人は必要以上に頑張り続けてしまうかもしれません。アイドルを応援する人を例に考えてみましょう。推しのために一生懸命働き、収入をつぎ込む生活の中で、ふと「自分はただのオタクで、アイドルとは違う世界の人間だ」と気づく瞬間が訪れることがあります。そのとき、脳は「もう無理をしなくていいんだよ」とサインを送ります。この気づきは、落ち込みや抑うつといったネガティブな感情として表れることがあるのです。 抑うつという感情は、一見ネガティブに思われがちですが、実は「無理をしないで休むべきだ」という脳からの重要なメッセージでもあります。感情には、私たちの行動を調整し、心身のバランスを取る役割があるのです。ネガティブな感情にも意味があり、必要不可欠なものだと捉えることができるのではないでしょうか。 感情にはラベリングをすることが大切! 「大丈夫だよ」「きっとできるよ」といった言葉が、私たちの感情に与える影響は想像以上に大きなものがあります。抑うつの例に関連付けるなら、熱が出たときに「外で遊ぼう」とは思わず、「大人しくしていよう」と体が自然に反応するのと同じように、抑うつもまた「これ以上無理をせず、休もう」というメッセージを送る防御反応の一つと考えられます。 しかし、自分の感情に気づけないと、それがリスクとなることもあります。このような状態は「失感情症(アレキサイミア)」と呼ばれ、自分の感情を適切に認識できないため、精神的な不調を引き起こしやすいとされています。そのため、「今の自分は悲しい」「これは喜びなんだ」といった言葉で感情をラベリングすることが、心のバランスを取る上で重要になります。 この「ラベリング」の効果は、ポジティブな言葉がけにも表れます。一時期話題になった松岡修造さんの日めくりカレンダーが多くの人に支持されたのは、ポジティブな感情を言葉で明確に表現する力があったからかもしれません。「この気持ちは『やる気』なんだ」と名前をつけることで、感情を整理し、制御しやすくなるのです。 これは病気の診断にも似ています。「これは何の病気かわからない」と思うより、「インフルエンザです」と診断されたほうが、不安が軽減されることがあります。感情も同じで、名前をつけることで受け入れやすくなるのです。 また、感情と言葉の関係は文化によっても異なります。たとえば、ドイツ語の「シャーデンフロイデ(Schadenfreude)」は「他人の不幸を喜ぶ感情」を指します。日本語の「人の不幸は蜜の味」に近い意味ですが、ドイツ語では一つの単語として確立されている点が特徴的です。 このように、感情を表現する言葉の有無が、その感情の捉え方を左右することがあります。虹の色の認識にも、言語の影響が関係しています。日本では虹は7色とされていますが、国や文化によっては5色や6色と認識されることもあります。これは、言語によって色の区別の仕方が異なるためです。感情も同様で、文化ごとに名前がつけられるほど、人が認識する感情の種類や幅が変わってくるのです。 言葉は単なるコミュニケーションの手段ではなく、私たちの感情体験そのものを形作る大きな要素となっています。自分の感情を適切にラベリングし、理解することで、より健全な心のバランスを保つことができるのではないでしょうか。 嫌なことに楽しく取り組む方法とは? 苦手意識やネガティブな感情を抱えながらも、それに取り組まざるを得ない場面に直面することがあります。そんな時、少しでもポジティブな感情を持って取り組む方法があれば、助けになるかもしれません。しかし、ネガティブな感情を自覚しつつ無理に進めることは、熱があるのに外で遊ぶようなもので、心身に負担をかけることになりかねません。 無理に苦手なことに取り組むよりも、得意なことや好きなことを伸ばすために時間を使う方が、より効率的で有意義だと言えます。嫌いなことには必ず「嫌いな理由」があるはずです。その感情を無視せず、きちんと向き合うことが大切ではないでしょうか。そして、「得意なことがあれば、不得意なことがあってもいい」と心から思えるようになることが、気持ちを楽にしてくれるはずです。 人それぞれ個性があり、得意・不得意があるのは当然のことです。無理に嫌いなことに時間を費やすよりも、好きなことにエネルギーを注いで輝いている人の方が、周囲にもポジティブな影響を与えます。何より、自分自身が楽しく充実した時間を過ごせるでしょう。 もちろん、人生の中でどうしても避けられない苦手なことに向き合わなければならない場面もあります。その時は、「完全に克服しなくてもいい」と自分を許しながら、少しずつ取り組む方法を考えてみてはいかがでしょうか。たとえば、小さな成功体験を積み重ねたり、得意なことや好きなことと結びつけて取り組んでみたりすることで、少しずつ前向きな気持ちになれるかもしれません。 最終的に大切なのは、自分らしく輝ける場所や方法を見つけることです。嫌なことを無理に続けるのではなく、好きなことを楽しむ時間を増やすことで、より豊かで充実した人生につながるのではないでしょうか。 まとめ 感情は、期待や予測、そしてその結果とのギャップによって生まれる非常にダイナミックなものです。不安や恐れ、抑うつといったネガティブな感情も、私たちの心身を守るための大切なサインであり、決して無意味なものではありません。こうした感情を無理に抑え込むのではなく、適切にラベリングし、受け入れることで、心のバランスを保ちやすくなります。 また、苦手なことに無理に取り組むよりも、得意なことや好きなことを伸ばすことで、自分らしく輝ける場を見つけることができます。どうしても避けられない苦手なことに向き合う際は、小さな成功体験を積み重ねたり、自分の強みと結びつけたりすることで、少しずつ前向きな気持ちを育てていくことが大切です。 言葉は感情を形作る重要な要素であり、適切な言葉がけや意識の持ち方によって、私たちの心の在り方は大きく変わります。自分の感情と向き合いながら、無理のない方法でポジティブな気持ちを育て、より豊かで充実した人生を目指していきましょう。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/1qJ9DoupiDG3OP20dndZeu?si=1L1dlqKqRIqCcPdRqtVjAw 次回 次回のコラムでは、良好な人間関係において大切な『感情のコントロール』についてご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm33/

女性特有のPMSの症状を薬に頼らず改善する方法とは?

生理前にイライラしたり、感情の起伏が激しくなったりする症状は、「PMS(月経前症候群)」として広く知られています。この女性特有の現象について、脳科学の視点からどのようなメカニズムが解明されているのでしょうか? 今回は特に「感情」に焦点を当て、PMSの背景にある科学的な要素やその影響について掘り下げてみたいと思います。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm30 女性が生涯PMSの症状に悩まされる期間は○年? PMS(月経前症候群)については、現代の医学や脳科学をもってしても、未だそのメカニズムの詳細は解明されていません。この点では発達障害と似ており、症状自体は明確であるものの、その根本的な原因については分からない部分が多いのが現状です。 PMSの代表的な心理的症状として挙げられるのが、気分の落ち込みです。重い症状を持つ場合には、自殺に至るケースもあるほど深刻であり、社会的にも注目すべき課題といえます。このほか、イライラや攻撃性の増加、不安感、パニック発作、やる気の低下など、多岐にわたる心理的影響が報告されています。 心理的な影響に加えて、PMSには身体的な症状も伴います。例えば、ニキビの発生、腹部膨満感(お腹の張り感)、甘いものへの渇望、頭痛などが挙げられます。これらの症状の組み合わせは人によって異なり、その程度も軽度から重度まで幅広いものです。 統計によると、50〜80%の女性が何らかのPMS症状を経験するとされており、特に若い女性に多い傾向があります。その中でも、4つ以上の症状に該当する女性は約35%に達し、一生のうち約7年間もPMSに悩まされると言われています。月経前の2週間から症状が始まると考えると、生理中の不調も含め、多くの女性が1ヶ月のうちわずか1週間程度しか元気に過ごせないのではないか、と感じさせられるほどです。 以前、思考バイアスに関する回で、排卵日に女性の心理や認知に変化が生じるという話を紹介しました。例えば、競争が激しい環境にいると、美しい顔立ちの人や魅力的な人物が不快に感じられることがあるという研究結果もあります※。これは感情が外部の刺激や環境要因に左右されることを示していますが、PMSの場合は、ホルモンの変動が感情や心理状態に直接影響を及ぼしているのです。 このようなホルモンの影響は女性特有のものと思われがちですが、実際には男性にも当てはまります。男性がホルモンバランスを崩すことで、感情的な問題が生じることもあるとされています。 PMSはその症状の多様性と深刻さから、個人だけでなく社会全体での理解と支援が必要です。女性特有の周期的な変化がどのように感情や身体に影響を及ぼすのかを知ることは、性別を問わず重要な課題と言えるでしょう。 ※出典:Fertile women rate other women as uglier | New Scientist, 2024年12月19日参照 PMSを改善させるさまざまな方法とは? PMSの改善策として、ピルや漢方薬が処方されることもありますが、それらが体に合わないと感じる人も少なくありません。PMSは本人がつらいだけでなく、感情のコントロールが難しいため、対人関係にも影響を及ぼしてしまうことがあります。 例えば、生理周期の影響で、1ヶ月に1度はカップル間で大きな喧嘩をしてしまうこともあるかもしれません。男性側は「毎月のことだから何とかしてほしい」と思う一方で、女性も「どうにかしたいけれど難しい」と感じている場合が多く、互いにとってつらい問題です。 では、PMSの症状を少しでも和らげる方法はあるのでしょうか? PMSの原因の一つとして、ホルモンの変動が挙げられます。特にエストロゲンと呼ばれるホルモンが一時的に減少することが症状に関係していると言われており、これを補うホルモン療法が存在します。また、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ薬を用いることで、セロトニンレベルを増やし、症状を軽減できる可能性も指摘されています。 運動やストレスの回避、良質な睡眠を心がけることも、PMSの症状を和らげる上で有効です。運動には気分を前向きにする効果があり、特に生理前に直接効くというより、全体的なメンタルヘルスに良い影響を与えると考えられています。 最近注目されているのは、副作用のない非薬物的な治療法です。中でも音楽療法は興味深いアプローチとして注目されています。人によって効果的な音楽は異なることがありますが、自分に合った音楽を見つけることで、不安の軽減やリラクゼーション効果が得られ、快眠や症状の緩和につながることが示されています※。 PMSは、場合によってはうつ病と同じくらい深刻な影響を与えることがあります。そのため、ホルモン療法や認知行動療法(CBT)のような心理的アプローチを含む治療法のさらなる発展が望まれます。 ピルや漢方、さらには市販薬に頼ることも一つの選択肢ですが、副作用のリスクを考えると、薬に頼らない治療法が重要です。運動や音楽療法など、身近で取り入れやすい方法を試しつつ、自分に合った解決策を見つけることが大切です。特に好きな音楽を楽しむことで、心が落ち着き、より良い睡眠を得られる可能性があるというのは、誰にでも手軽に試せる朗報と言えるでしょう。 ※出典:https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/49406/1/16_89.pdf?utm_source=chatgpt.com, 2024年12月19日参照 まとめ 人間の感情はさまざまな要因で変化しますが、特にホルモンバランスの影響で怒りやすさや落ち込みやすさが生じることは、特に女性にとって大きな課題です。薬物療法が提案される場合もありますが、副作用や体に合わないといった問題から、必ずしも簡単な解決策ではありません。そのため、薬に頼らない改善方法への関心が高まっています。 音楽療法や生活習慣の見直し、さらにはニューロテクノロジーの発展により、感情をより効果的にコントロールできる未来が期待されています。これからも多くの人が自分に適した方法を見つけ、穏やかな心で過ごせる時間が増えることを願います。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/7sYXaDaeBsfddRlYsiBleA?si=_PRt1fgPQ-65BsYI9w2Yxg 次回 次回のコラムでは、ネガティブな感情が生じる理由や、その対処法について詳しくご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm32

食べ物の好き嫌いに個人差があるのはどうして?

みなさんには、苦手な食べ物がありますか?一つや二つならともかく、「これもダメ」「あれも食べられない」と、幅広い食べ物が苦手な方を見かけることもありますよね。 では、なぜこれほどまでに食べ物の好き嫌いには個人差があるのでしょうか?今回の記事では、「食べ物」をテーマに、その理由を深掘りしていきたいと思います。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm28/ 生まれた赤ちゃんがみんな好きな食べ物とは? 「私はこれしか食べません」「これもあれも食べません」――そんな偏食傾向のある人が、みなさんの周りにも一人や二人はいるのではないでしょうか。このような極端な偏食は、摂食行動として「障害レベル」とも言える場合があります。 栄養面から見ると、食事があまりにも単一化されているのは危険です。栄養の多様性が欠けることで、健康リスクを伴う可能性があります。このような偏食は、単なる「好き嫌い」の域を超え、病的な側面を感じる場合もあります。そして、このような食行動には、生育環境が大きく影響を与えていると言われています。もちろん、生まれつきの傾向として好き嫌いが多少存在するのも事実です。 例えば、生まれたばかりの赤ちゃんに砂糖水、酸っぱい水、苦い水などを与えると、多くの場合、酸味や苦味のあるものに対して強く嫌がる反応を示します。泣き出してしまうことも少なくありません。これは、人間が生まれつき好む味が「甘味」であるためです。スクロース(砂糖などの甘味)がその代表で、苦味や酸味は元々好きではないのです。しかし、成長とともに、私たちの脳は新しい味覚を学習していきます。 例えば、コーヒー牛乳を初めて飲んだときは、その甘さや香り、カロリー感を脳が認識し、少しずつ「おいしい」と感じるようになります。同じように、最初は苦手だった苦いものでも、繰り返し経験することで好きになる場合があります。これは、過去に取り上げたビールの例にも通じる話です。苦味に慣れ親しむのも、脳の学習によるものなのです。 https://open.spotify.com/episode/5We2dEdxvLurNyVY2srJQ8?si=1Bue8IMqSdiFWZmqZOAx3g 生まれつき嫌いとされる苦味のある食べ物も、経験を通じて学習し、食べられるようになっていくものです。この「学習」は、つまり経験の積み重ねとも言えます。「このフレーバーや香りのある食べ物は価値がある」と脳が学習することで、次第に肯定的な感情が生まれ、好きになることが多いのです。 また、赤ちゃんの嗜好にも、母親の食生活が影響を与えるという興味深い話があります。例えば、妊娠中および授乳期にニンジンジュースをよく摂取していた母親の赤ちゃんは、生まれた後、ニンジンの味が含まれる食べ物に対してより興味を示し、好む傾向があるとされています※。このように、妊娠中および初期の授乳期に母親が何を食べていたかが、赤ちゃんの味覚の好みに影響を与える場合もあるのです。 さらに、成長過程で嗜好が変わることもよくあります。子供の頃は苦手だった食べ物が、大人になるにつれて好きになる経験は、多くの人に共通するものです。例えば、酸味の強い蟹酢や苦味のある魚の肝などは、一見とっつきにくい味ですが、これらが「お酒と一緒に食べると価値が増す」という新たな体験を通じて、次第に好きになることがあります。 このような、食べ物と飲み物の相乗効果を「マリアージュ」と呼びます。適切な組み合わせによって、単独では感じられない新たな価値が生まれ、1+1が5にも感じられるような特別な体験ができるのです。 ※出典:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11389286/ ,2024年12月19日参照 好き嫌いの多い子供に美味しくご飯を食べてもらうには? 食の好みは人それぞれで、薄味を好む人もいれば、濃厚な風味を求める人もいます。この違いには、遺伝的な要因や育った環境、特に子どもの頃の家庭での食事経験が深く関係していると考えられています。脳は経験を通じて味覚を学ぶため、幼少期にさまざまな味を体験しなければ、多様な嗜好が育ちにくくなる可能性があります。 たとえば、子どもの好き嫌いに悩む親も多いですが、その克服には「学習」を活用する方法が効果的です。苦手な食材を好きな料理に混ぜて少しずつ慣れさせることで、脳がその風味を「美味しい」と認識しやすくなるのです。コーヒーが苦手な人がコーヒー牛乳をきっかけに慣れるようなプロセスと同じ原理です。 また、香りや見た目が味覚に与える影響も見逃せません。例えば、バニラの香りを嗅ぐと甘さを想像しますが、実際のバニラエッセンスには糖分が含まれていません。それでも「バニラ=甘い」と感じるのは、砂糖やミルクと一緒に摂取した経験が脳に条件付けとして残っているからです。同様に、かき氷のシロップの色が味覚に影響を与えるのも、脳が視覚情報に基づいて味を予測するためです。 このような現象は「クロスモーダル」と呼ばれ、視覚や嗅覚といった感覚が味覚に影響を与えることを指します。香りや見た目、味覚が相互に作用して、私たちの食体験を形成しているのです。この仕組みを理解し活用することで、子どもの好き嫌いを克服する手助けができるでしょう。 国によって食の好みが異なるのはどうして? 国ごとに食の好みが異なるのは、主に「学習」の違いによるものと考えられます。つまり、子どもの頃に何を食べて育ったかが、その人の味覚の基盤を形作るのです。同時に、それぞれの文化が合理性に基づいた食選択を行ってきた歴史も影響しています。 例えば、辛いものが好まれる国では、カプサイシンという唐辛子に含まれる成分が重要な役割を果たしています。20年ほど前にこの成分が注目され始めましたが、実は辛さを感じる仕組みは「アツい」と感じる温覚と同じです。カプサイシンには抗酸化作用や防腐効果があり、食中毒を防ぐ機能もあるとされています。そのため、特に赤道に近い暑い地域では、食材の保存性を高めるために辛いものが取り入れられ、結果として嗜好の一部となっていったと考えられます。このように、最初は機能的な理由で始まった食文化が、時間とともに嗜好として根付いていくのです。 日本を例に挙げると、海に囲まれた地理的条件から生魚を食べる文化が発展しました。さらに、海藻を食べる文化も東アジア特有とされ、海苔を消化できない国の人々がいるという話もあります。一方で、食材の扱い方や衛生管理の技術によっても食文化は変化します。例えば、生卵は食中毒リスクが高い地域では避けられますが、日本では衛生管理技術の発展により、広く親しまれています。 技術の進歩は、新たな食文化の創造にも寄与します。たとえば、日本酒はかつて酵母を生かしたままだと保存が難しく、生酒を楽しむことは困難でした。しかし、冷蔵輸送技術が普及し、生酒がどこでも飲めるようになったことで、食文化が多様化しました。このように、環境や文化だけでなく、技術も食の好みに影響を与え、多様性を広げています。 食の好みは、自然環境や文化的背景に基づいて発展し、技術の進化によってさらに広がりを見せます。これらが複合的に絡み合い、現在の多様な食文化が形成されているのです。 まとめ 食の好みは、生まれ持った感覚や遺伝的要因だけでなく、子どもの頃の経験や環境、文化、さらに技術の発展によって形成され、多様化していきます。人は学習を通じて味覚を広げ、初めは苦手だったものも、他の価値や経験と結びつけることで好きになっていくことが分かります。 また、国や地域ごとの食文化には、合理性や環境への適応が反映されており、嗜好はその過程で根付いていくものです。さらに、技術の進化が新しい食材や調理法を可能にし、食文化のさらなる多様性を促進しています。 このように、私たちの食体験は、学習、文化、技術が複雑に絡み合って作られているのです。それが、食という普遍的な行為の中に個性や地域性が表れる理由と言えるでしょう。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/5q3FLpWvlrS01TPY7G41xA?si=nzAC4QQnRte2rDBkLP8Ccg 次回 次回のコラムでは、「人はどのような食べ物を美味しそうと感じるのか」についてご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm30

ヒトが共通して「美味しそう」と思う食べ物はどんなもの?

飲食店でメニューを見ていると、美味しそうな料理の写真や説明を目にして、ついつい注文したくなることってありますよね。では、多くの人が見た目だけで「美味しそう」と感じる食べ物とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?今回は、「食べ物」の魅力に迫りながら、その秘密を深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm29/ 食の好みは違っても共通して美味しそうに見える食べ物とは? 「どんな食べ物が美味しそうに見えるのか?」その答えを探るには、私たち人間の進化の歴史に目を向けると、いくつかのヒントが見えてきます。人間の祖先である猿の習性を辿ると、みずみずしい果物や熟した食べ物を「美味しそう」と感じる傾向は、栄養価が高く安全な食材を見分けるための本能的なものだったと考えられます。たとえば、スーパーで真っ赤なイチゴを見たとき、「美味しそう」と感じるのは、そうした本能に基づくものなのです。 さらに、私たちは視覚的にカロリーの多さを感じ取る能力も持っています。効率よくエネルギーを摂取できそうな食べ物を見たとき、脳がそれを「美味しそう」と認識するのです。脂質が多いことを示す視覚的な情報、例えば油が光る揚げたてのポテトや、ラーメンにのった脂身たっぷりのチャーシューなどは、その代表的な例と言えるでしょう。 また、食べ物を美味しそうに見せる科学的な現象として「メイラード反応」が挙げられます。これは、加熱によって糖とアミノ酸が褐色に変化し、香ばしい香りや見た目の美味しさを生み出す反応です。焼き目のついたステーキや、カリカリに焼かれたワッフルのような食べ物が、視覚的に「美味しそう」と感じられるのは、こうした化学反応が理由の一つです。 さらに、私たちは味覚だけでなく「情報」を通じても美味しさを感じる生き物です。例えば、「ミシュランの星付きレストラン」「高級住宅街にあるお店」などの情報は、それ自体が料理の味や価値を高める要素になります。このような「ブランド力」は、純粋な味覚や視覚とは異なる次元で私たちの感覚に働きかけ、美味しさへの期待を膨らませます。 しかし、実際に「美味しい」と感じるものは人それぞれです。西麻布の高級焼肉が好みの人もいれば、手軽に楽しめるチェーン店の焼肉が一番と感じる人もいます。「脂質が多そうな見た目」といった共通の傾向はあるものの、食べ物に対する嗜好は驚くほど多様です。この多様性こそが、食べ物の奥深さや魅力を生み出していると言えるでしょう。 生牡蠣を食べるのが怖い!その克服方法とは? 人の食の好みは、幼い頃からの食体験や、多様な味覚を試してきた経験によって形成されます。しかし、その逆もまた真実です。ある出来事がきっかけで好きな食べ物が苦手になってしまうケースも少なくありません。その代表的な例として「生牡蠣」が挙げられるでしょう。 例えば、以前は生牡蠣が大好きだった人でも、一度食中毒を経験してしまうと、それ以来「怖くて食べられない」と感じるようになってしまうことがあります。このような現象は、単なる嗜好の変化ではなく、人間の生存において必要な学習機能の一つといえます。「これを食べたら体調を崩した」と学んだ場合、それを避ける行動を取るのは、生物として自然な防衛本能だからです。一方で、もし何度も身体に合わない食べ物を繰り返し口にするようなことがあれば、それは良くない習慣とも言えます。 とはいえ、「生牡蠣が好きだったのに食べられなくなった」というのは残念なことでもあります。この状況を心理学的に説明するなら、「トラウマ」と言えるでしょう。しかし、このトラウマを克服したい場合、一つの方法として「エクスポージャー療法」が有効であるとされています。 エクスポージャー療法は、恐怖の対象に少しずつ触れていき、それに慣れることで恐怖を解消していく方法です。生牡蠣の場合、再び牡蠣を少しずつ食べて、「お腹を壊さない」という経験を積み重ねることで、牡蠣に対する恐怖心を上書きしていくことができます。具体的には、牡蠣を安全な調理法で試し、「美味しい」と感じる経験を重ねることで、脳の中にある「牡蠣=恐怖」という結びつきを、「牡蠣=大丈夫」「牡蠣=美味しい」と再配線するのです。 ただし、生牡蠣のように食中毒のリスクがある食べ物でこの療法を試すのは慎重に行う必要があります。信頼できる店舗で、安全性が確認された牡蠣を選ぶことが大切です。 エクスポージャー療法の考え方は、以前触れたニューロフィードバックの仕組みにも通じます。ニューロフィードバックでは、例えば、高カロリーな食べ物と「食べたい」という感情の結びつきを弱めることで、ダイエットに役立てる方法を提案しました。この逆のアプローチで、「牡蠣」×「怖い」という感情の結びつきを解き、「牡蠣」×「美味しい」や「安心」といった感情へと再配線することができるのです。 もし特定の食べ物に対する恐怖心があり、それを克服して再び楽しみたいと考えているのであれば、少しずつ自分に合った方法で挑戦してみることが大切です。食の好みやトラウマは脳の学習や感情と深く関わっています。その結びつきを再構築することで、新たな「美味しい体験」を取り戻せる可能性が広がるのです。 ニューロフィードバックについてはこちらの記事でも紹介しています。 https://mag.viestyle.co.jp/neuro_feedback/ 食べ物を美味しく食べるために コロナウイルス感染をきっかけに嗅覚神経に炎症が起き、食べ物の中心的な要素である「香り」を感じられなくなることで、食事の楽しさや味覚そのものが失われるという話を耳にしたことはありませんか? 嗅覚を失うと、食べ物の味が大きく損なわれるだけでなく、食事への興味や楽しみも薄れてしまうことがあります。その影響で、嗅覚が回復した後でも食欲が戻らず、食事量が減ったり、食の好みが大きく変わってしまったりする人もいます。こうした状況に陥った場合、再び「食べることの楽しさ」を取り戻すには、どのようにすれば良いのでしょうか? 嗅覚が戻った後に重要なのは、「再学習」です。さまざまな香りを持つ食べ物を試しながら、「美味しい」という感覚を少しずつ取り戻すことが鍵となります。このような経験の積み重ねが、以前のような食事の楽しみを回復させる第一歩となるでしょう。 食べ物の味が分からなくなり、それが長期間続いてしまうことは、身体的にも精神的にも危険です。例えば、うつ病の主要な症状の一つとして、「食べ物の味が段ボールのように感じる」というものがあります。心の健康が損なわれると、「美味しい」と感じる能力も低下してしまうのです。したがって、食べ物を美味しく感じられる脳の状態を取り戻すトレーニングをすることが、大切になる場合があります。 このトレーニングの一環として有効なのが、日常生活に「ギャップ」を取り入れることです。例えば、運動をして身体を適度に疲れさせたり、意図的にお腹を空かせたりすることで、食事をより美味しく感じることができます。「ギャップ」とは、期待と現実の間に生じる差のことです。これを利用して、普通の食べ物を特別美味しく感じる体験を作り出すことができます。 人間の脳は、期待との誤差によって「価値」を感じるようにできています。これを意識し、「とても美味しいものを食べる」という贅沢なアプローチと、「身体や心をリセットして普通のものを美味しく食べる」というシンプルなアプローチの両方を試すことが、食事を楽しむための鍵になるでしょう。 まとめ 食べ物を美味しく感じる要素として、脂質を含む食材や、メイラード反応による茶色い焼き目など、視覚的に「カロリーが高そう」と判断できるものは、多くの人に共通して「美味しそう」と認識されます。これは人間にとってエネルギー源としてカロリーが必要不可欠であるため、本能的にそう感じるのだと考えられます。ただし、前回も触れたように、食の好みは非常に多様であり、万人が同じものを好むわけではありません。 一方で、好きだった食べ物を嫌いになってしまうケースもあります。例えば、食当たりをきっかけに苦手になる場合、それは学習の一環として自然な反応です。しかし、「本当は食べたいのに苦手」と感じる場合には、再びチャレンジすることで克服できる可能性があります。安全な状況で再び食べる経験を積むことで、恐怖や苦手意識を和らげ、再びその食べ物を楽しめるようになるかもしれません。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/6dGzPKcP1tIjMKe0336ixN?si=OegK7eLMTGKCy_FBxZQbKQ 次回 次回のコラムでは、ニューロテクノロジーに関連した「PMSを改善させるさまざまな方法」をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm31

恋愛に効果的な食べ物とは!?好きな人とのディナーを成功させる秘訣

恋愛の回では、気持ちを伝える方法として「一手間の工夫」が大切だと学びました。 その一例として、好きな人にお菓子を手作りして渡すのは、思いやりが伝わる素敵なアプローチですよね。さらに、そのお菓子が脳科学的に恋愛に効果的な成分を含んでいれば、一層印象深いものになるかもしれません。 そこで今回は、「食べ物」をテーマに、恋愛を後押しする効果が期待できる成分や、それを活かしたお菓子についてご紹介します。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm27/ 恋愛に逆効果な驚きの食べ物とは? 恋愛における食べ物の効果については、直接的に恋愛を促進させるものはあまり研究されていませんが、逆効果になり得る食べ物や要素があることが分かっています。興味深いのは、甘いものが恋愛のロマンチックさを損ねる可能性があるという点です。 ある実験では、「甘いコットン」の匂いを嗅いだ参加者が、架空のパートナーとのロマンチック度を評価する際、無臭のコットンを嗅いだ人に比べて低い評価をつける傾向が見られました。この結果は、甘い匂いという実体験が、記憶にある「パートナーとの甘い時間」の印象を薄めてしまった可能性があると考えられています。このことから、甘い食べ物や香りが恋愛を促進するわけではないことが示唆され、むしろ控えめな甘さやビターな風味を選ぶほうが、関係性を「甘い記憶」として相手に刻みやすいのかもしれません※。 この現象は、「プレイボーイ効果」とも共通する要素があります。プレイボーイ効果とは、男性が非常に魅力的な女性の写真を見た後に、自分のパートナーを見たとき、その容姿が以前より劣って見えてしまい、好意が減少するという現象です。これは、魅力的な刺激が基準点として記憶に残ることで、相対的に現実の評価が下がるためだとされています。 これらの研究から分かるのは、恋愛において感覚的な刺激が相手への印象や関係性に影響を及ぼす可能性があるということです。したがって、恋愛の場面で贈る食べ物や、与える体験の選び方には、少し慎重になるのが良いかもしれません。甘さ控えめのビターなチョコレートや、心地よい香りの飲み物など、過度な感覚刺激を避ける選択が、相手との良好な関係を築く一助になるでしょう。 ※出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/shes/17/1/17_31/_article/-char/ja, 2024年12月3日参照 認知症予防に効く!最新のブレインフードとは? 脳に効果的な「ブレインフード」として注目されているのが「地中海食」です。オリーブ、魚、ナッツといった地中海沿岸の食材には、オメガ3脂肪酸やポリフェノール、DHAが豊富に含まれており、これらは脳の神経を保護し、認知症の予防にもつながるとされています。また、ウコンに含まれるクルクミンも同様の作用があり、カレーを多く食べるインドでは認知症の発症率が低いという研究結果もあります。頭が良くなるかどうかは分かりませんが、神経保護という点では地中海食が有効とされています。 一方、嗜好品として日常的に摂取されるカフェインにも注意が必要です。コーヒーに含まれるカフェインは、脳内の神経細胞に直接作用し、覚醒効果をもたらしますが、継続的に摂取することで慣れが生じ、効果を得るために摂取量が増えていく「負の強化」が起こりやすいとされています。これは、カフェインのレセプターが減少したり、感度が低下するためです。その結果、以前は一杯で満足できたものが、二杯、三杯と量が増えがちになります。同様に、就寝前のお酒も最初は少量で心地よく眠れていたのが、次第に量を増やさないと効果を感じられなくなることがあります。 このようなな作用を防ぐためには、一度摂取を控える期間を設け、身体をリセットすることが大切です。ブレインフードや嗜好品はバランスを意識しながら取り入れることで、より健康的な生活を維持できるでしょう。 何を食べるかよりも、どの順番で食べるかが大事? 食べ物において、「何を食べるか」だけでなく、「誰と」「どこで」「どう食べるか」といった要素が非常に重要です。また、料理をどの順番で食べるかということも、味の印象や満足度を左右します。 例えば、人間は同じものを食べ続けると慣れてしまい、飽きてしまう傾向があります。中華料理を例にすると、1人で1品を食べ続けると途中で味に飽きてしまうことがありますが、みんなで数品をシェアして食べれば、最後まで美味しく楽しむことができます。このように、人は同じ味に繰り返し触れると、その価値を感じにくくなるため、バリエーションを取り入れることが大切です。 さらに、食事の満足度は「順番」によっても大きく影響を受けます。人間の記憶は、体験の最後の部分に強く残る傾向があり、これを「ピークエンドの法則」や「エンドエンジョイメント」と呼びます。例えば、デートでコース料理を楽しんだ場合、最後に提供されるデザートの味が悪ければ、食事全体の印象も悪くなってしまいます。逆に、最後の料理やデザートが素晴らしいものであれば、食事全体が良い記憶として残ります。 この法則は、恋愛の場面にも応用できます。好きな人にクッキーを渡すとき、同じ味のものを大量に渡すより、異なる味の詰め合わせを用意するほうが、記憶に残るプレゼントになるでしょう。また、デートでは最初の料理で感動を与えるのも大切ですが、特に最後の料理で満足感を与えることが、その人との体験をポジティブに記憶させ、再び一緒に行動する「リピート行動」に繋がります。 「終わりよければすべてよし」という言葉は、脳科学的にも理にかなっています。食事や体験の最後をどう締めくくるかが、その全体の印象を大きく左右するため、特に丁寧に工夫することが重要です。 まとめ 恋愛に効果的な食べ物は明確に分かっていないものの、甘いものより少しビターなものを選んだ方が良いのでは、という研究結果があります。 それに加え、何をあげるか、何を食べるかだけでなく、食べる順番や体験の終わり方も重要です。特に、食事の最後が美味しいもので締めくくられたり、楽しい思い出を作れると、その体験全体がポジティブに記憶されます。 恋愛でも「終わりよければすべてよし」の心構えで、相手に良い印象を残す工夫をしてみてはいかがでしょうか。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/1TpVJ5Itjs06ly86YORL5e?si=r28OFNY_T9CitLuh3MM9yQ 次回 次回のコラムでは、『食べ物の好き嫌い』に関するお話をご紹介します。

遅刻してしまう人と5分前行動をする人の脳の違いとは?

発達障害について2回にわたってお話してきましたが、この分野にはまだ解明されていないことが多くあります。 では、実際にどのような点が未解明で、今後どのようなことを解明していく必要があるのでしょうか。今回も引き続き、発達障害をテーマに、その背景や課題を深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm26/ 発達障害について解明されていることの現状とは? 発達障害にはまだ多くの未解明な点があり、これが当事者や支援者にとって大きな課題となっています。似た症状を持つ人たちが生きづらさを感じている現状がある一方で、それらの症状がどのようにして生まれ、どんな種類の障害があり、何をすれば改善するのかについては十分に解明されていません。 診断基準に基づき、人との関わり方に問題があり、強いこだわりを持つ場合はASD(自閉スペクトラム症)の特性があるとされ、集中力が続かず授業中に歩き回ってしまう場合はADHD(注意欠如・多動症)の特性があると判断されます。しかし、この診断も一筋縄ではいきません。 例えば、授業中に人の顔の落書きをしてしまう子供について、「注意力が散漫でADHDの気質がある」と解釈する場合もあれば、「人の顔に特別な興味を持つASDの気質がある」と解釈される場合もあります。同じ行動でも判断が分かれるため、発達障害の分類や診断には曖昧さが残ります。 さらに、脳に特徴的なバイオマーカーがあるのかという点についても、いまだ確実な証拠は見つかっていません。「チェックリストに当てはまる人がこの障害」と定義しようとしても、発達障害は複数の特性が併存することが多く、その特有の脳構造を明確にするのは難しい状況です。 薬物療法についても、効果が見られる場合がある一方で、それがどのようなメカニズムで効いているのかは十分に解明されていません。このように、発達障害に関する理解はまだ発展途上にあり、多くの課題が残されています。 治療薬に代わり得るニューロフィードバックとは? 発達障害に関して未解明な点が多い中で、ニューロテクノロジーを活用したアプローチも注目されています。この技術は、従来の薬物療法とは異なり、症状や障害を脳の情報処理の違いとして捉え、それを望ましい方向にトレーニングするという考え方に基づいています。 発達障害の症状や、特異的な脳の情報処理が少しずつ明らかになってきている中、ニューロテクノロジーはこれらにアプローチする可能性を示しています。例えば、ASDにおいては、人の感情を理解することが難しい、表情から感情を読み取ることができないといったコミュニケーションの障害が知られています。このような症状の背景には、脳内の特定のネットワークの機能が関わっていることが分かってきています※。 完全に「治す」ことが目指されるわけではありませんが、ニューロフィードバックや電気刺激を用いることで、コミュニケーション能力に関わる脳の領域を一時的に調整し、人の気持ちを少し理解しやすくしたり、表情を読み取る力を向上させたりすることが可能になる場合があります。これにより、社会性の向上や生活の質の改善が期待されています。 ニューロフィードバックについてはこちらの記事で紹介しています。 https://mag.viestyle.co.jp/neuro_feedback/ また、ADHDに関しては、シータ波やデルタ波といった特定の緩やかな脳波が、定型発達の人と比べて多い傾向があるとされています。このような脳波を調整するニューロフィードバックが提案され、アメリカではFDA(食品医薬品局)によって認可された方法も存在しています。しかし、これが確固たるエビデンスに裏付けられているわけではなく、ADHD特有の脳波パターンが本当に存在するのかについても、まだ議論が続いています。 ニューロテクノロジーは、従来の治療法に代わるものではなく、補完的な手段としての位置づけですが、発達障害の症状への新たな理解や支援の可能性を広げる一歩として、今後の研究と発展が期待されています。 ※出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/36/2/36_219/_pdf?utm_source=chatgpt.com, 2024年12月3日参照 お便りコーナー「遅刻をする人と時間を守る人の脳の違いは?」 Q. 時間を守れる人と守れない人は、脳科学的に何か違いはあるのでしょうか?例えば、次女と主人は5分前行動をするタイプですが、私と長女は時間ギリギリなら良い方で、遅刻気味です。これは性格的な違いなのでしょうか? A.時間を守れる人と守れない人の違いは、性格の違いと言えますが、神経科学や精神医学の視点から見ると、より深い要因が考えられます。 例えば、時間に遅れがちな人にはADHD(注意欠如・多動症)的な傾向があり、5分前行動を好む人にはASD(自閉スペクトラム症)的な特性が見られることがあります。 遅刻気味の人は、多動的でおおらかさがあり、計画がなくても柔軟に物事を進められるタイプであることが多いです。一方、5分前行動を徹底する人は神経質で、段取りやスケジュールにこだわり、それが崩れるとストレスを感じやすい傾向があります。遅刻気味の人は「なぜそんなに急ぐ必要があるの?」と感じることがあり、逆に時間に厳しい人は「どうしてそんなにのんびりしているの?」と不安を覚えることもあります。この違いは、脳の特性や発達的な違いが現れている可能性があります。 遅刻をしやすい行動の背景には、いくつかの要因があります。まず、ADHDの特性として挙げられるのが、衝動性と注意散漫です。行くべき時間を認識していても、直前になって別のことに気を取られてしまうことが多くあります。例えば、服を選び始めたり、ゴミ捨てを思い立ったりして、時間を過ぎてしまうことがあります。また、幼少期の辛い体験やトラウマが影響している場合もあります。虐待などの経験によって自己を切り離す「乖離」という心理状態が生まれると、約束している自分と今の自分の意識が断絶し、遅刻やドタキャンにつながることがあるのです。 さらに、人間関係の不信感も関係していることがあります。信頼できない相手や場所に対する約束を守ることができず、結果的に遅刻やドタキャンが多くなる場合があります。これに加え、幼少期の環境で「時間を守る」「約束を守る」という社会的規範をあまり厳しく教えられていなかった場合、時間を守ることに対する意識が薄いことも考えられます。 このように、時間を守る行動ひとつをとっても、背後には性格だけではなく、発達特性、過去の経験、育った環境が複雑に絡み合っています。遅刻しやすい人や時間に厳しい人の行動を単なる性格の問題と片付けるのではなく、その背景を理解することで、より良い関係性を築いていくことができるでしょう。 まとめ 発達障害に対するニューロテクノロジーの活用には、既存の薬物療法とは異なる可能性が期待されています。例えば、ASDにおけるコミュニケーションの障害や、ADHDにおける衝動性といった症状について、それらを引き起こしている脳の情報処理を特定し、そのサーキットに働きかけることで改善を図る試みが進んでいます。 ニューロフィードバックのエビデンスは近年増加しており、これまでの薬物療法に代わる新たな介入方法として期待されています。「病気として治療すべきか」という議論は別としても、具体的な困りごとを軽減する手段として、この技術には希望を感じる部分があると言えるでしょう。 しかし、この分野には注意が必要です。科学的な根拠が乏しいニューロフィードバックや怪しい主張が出回る可能性もあります。「脳波を測れば発達障害がわかる!」「アルファ波を増やせば自閉症が治る!」といった宣伝に飛びつきたくなる気持ちも理解できますが、必ずしもそれらに十分なエビデンスがあるわけではありません。慎重な判断が求められます。 それでも、この分野は多くの可能性を秘めており、発達障害を持つ人々の生活をより良くするための道筋を示してくれています。みなさん自身がこの分野の当事者であり、どのような介入やテクノロジーを活用すればお互いが生きやすい社会を築けるのか、一緒に考え、前に進んでいきましょう。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/50XcJtTBXjwL2idGpMjqPV?si=9Mo01NmqTSabe0YOEgAfew 次回 次回のコラムでは、脳科学的に『恋愛に効果的な食べ物』をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm28

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