発達障害について2回にわたってお話してきましたが、この分野にはまだ解明されていないことが多くあります。
では、実際にどのような点が未解明で、今後どのようなことを解明していく必要があるのでしょうか。今回も引き続き、発達障害をテーマに、その背景や課題を深掘りしていきます。
前回のコラムはこちらです。
発達障害について解明されていることの現状とは?
発達障害にはまだ多くの未解明な点があり、これが当事者や支援者にとって大きな課題となっています。似た症状を持つ人たちが生きづらさを感じている現状がある一方で、それらの症状がどのようにして生まれ、どんな種類の障害があり、何をすれば改善するのかについては十分に解明されていません。
診断基準に基づき、人との関わり方に問題があり、強いこだわりを持つ場合はASD(自閉スペクトラム症)の特性があるとされ、集中力が続かず授業中に歩き回ってしまう場合はADHD(注意欠如・多動症)の特性があると判断されます。しかし、この診断も一筋縄ではいきません。
例えば、授業中に人の顔の落書きをしてしまう子供について、「注意力が散漫でADHDの気質がある」と解釈する場合もあれば、「人の顔に特別な興味を持つASDの気質がある」と解釈される場合もあります。同じ行動でも判断が分かれるため、発達障害の分類や診断には曖昧さが残ります。
さらに、脳に特徴的なバイオマーカーがあるのかという点についても、いまだ確実な証拠は見つかっていません。「チェックリストに当てはまる人がこの障害」と定義しようとしても、発達障害は複数の特性が併存することが多く、その特有の脳構造を明確にするのは難しい状況です。
薬物療法についても、効果が見られる場合がある一方で、それがどのようなメカニズムで効いているのかは十分に解明されていません。このように、発達障害に関する理解はまだ発展途上にあり、多くの課題が残されています。
治療薬に代わり得るニューロフィードバックとは?
発達障害に関して未解明な点が多い中で、ニューロテクノロジーを活用したアプローチも注目されています。この技術は、従来の薬物療法とは異なり、症状や障害を脳の情報処理の違いとして捉え、それを望ましい方向にトレーニングするという考え方に基づいています。
発達障害の症状や、特異的な脳の情報処理が少しずつ明らかになってきている中、ニューロテクノロジーはこれらにアプローチする可能性を示しています。例えば、ASDにおいては、人の感情を理解することが難しい、表情から感情を読み取ることができないといったコミュニケーションの障害が知られています。このような症状の背景には、脳内の特定のネットワークの機能が関わっていることが分かってきています※。
完全に「治す」ことが目指されるわけではありませんが、ニューロフィードバックや電気刺激を用いることで、コミュニケーション能力に関わる脳の領域を一時的に調整し、人の気持ちを少し理解しやすくしたり、表情を読み取る力を向上させたりすることが可能になる場合があります。これにより、社会性の向上や生活の質の改善が期待されています。
ニューロフィードバックについてはこちらの記事で紹介しています。
また、ADHDに関しては、シータ波やデルタ波といった特定の緩やかな脳波が、定型発達の人と比べて多い傾向があるとされています。このような脳波を調整するニューロフィードバックが提案され、アメリカではFDA(食品医薬品局)によって認可された方法も存在しています。しかし、これが確固たるエビデンスに裏付けられているわけではなく、ADHD特有の脳波パターンが本当に存在するのかについても、まだ議論が続いています。
ニューロテクノロジーは、従来の治療法に代わるものではなく、補完的な手段としての位置づけですが、発達障害の症状への新たな理解や支援の可能性を広げる一歩として、今後の研究と発展が期待されています。
※出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/36/2/36_219/_pdf?utm_source=chatgpt.com, 2024年12月3日参照
お便りコーナー「遅刻をする人と時間を守る人の脳の違いは?」
Q. 時間を守れる人と守れない人は、脳科学的に何か違いはあるのでしょうか?
例えば、次女と主人は5分前行動をするタイプですが、私と長女は時間ギリギリなら良い方で、遅刻気味です。これは性格的な違いなのでしょうか?
A.時間を守れる人と守れない人の違いは、性格の違いと言えますが、神経科学や精神医学の視点から見ると、より深い要因が考えられます。
例えば、時間に遅れがちな人にはADHD(注意欠如・多動症)的な傾向があり、5分前行動を好む人にはASD(自閉スペクトラム症)的な特性が見られることがあります。
遅刻気味の人は、多動的でおおらかさがあり、計画がなくても柔軟に物事を進められるタイプであることが多いです。一方、5分前行動を徹底する人は神経質で、段取りやスケジュールにこだわり、それが崩れるとストレスを感じやすい傾向があります。遅刻気味の人は「なぜそんなに急ぐ必要があるの?」と感じることがあり、逆に時間に厳しい人は「どうしてそんなにのんびりしているの?」と不安を覚えることもあります。この違いは、脳の特性や発達的な違いが現れている可能性があります。
遅刻をしやすい行動の背景には、いくつかの要因があります。まず、ADHDの特性として挙げられるのが、衝動性と注意散漫です。行くべき時間を認識していても、直前になって別のことに気を取られてしまうことが多くあります。例えば、服を選び始めたり、ゴミ捨てを思い立ったりして、時間を過ぎてしまうことがあります。また、幼少期の辛い体験やトラウマが影響している場合もあります。虐待などの経験によって自己を切り離す「乖離」という心理状態が生まれると、約束している自分と今の自分の意識が断絶し、遅刻やドタキャンにつながることがあるのです。
さらに、人間関係の不信感も関係していることがあります。信頼できない相手や場所に対する約束を守ることができず、結果的に遅刻やドタキャンが多くなる場合があります。これに加え、幼少期の環境で「時間を守る」「約束を守る」という社会的規範をあまり厳しく教えられていなかった場合、時間を守ることに対する意識が薄いことも考えられます。
このように、時間を守る行動ひとつをとっても、背後には性格だけではなく、発達特性、過去の経験、育った環境が複雑に絡み合っています。遅刻しやすい人や時間に厳しい人の行動を単なる性格の問題と片付けるのではなく、その背景を理解することで、より良い関係性を築いていくことができるでしょう。
まとめ
発達障害に対するニューロテクノロジーの活用には、既存の薬物療法とは異なる可能性が期待されています。例えば、ASDにおけるコミュニケーションの障害や、ADHDにおける衝動性といった症状について、それらを引き起こしている脳の情報処理を特定し、そのサーキットに働きかけることで改善を図る試みが進んでいます。
ニューロフィードバックのエビデンスは近年増加しており、これまでの薬物療法に代わる新たな介入方法として期待されています。「病気として治療すべきか」という議論は別としても、具体的な困りごとを軽減する手段として、この技術には希望を感じる部分があると言えるでしょう。
しかし、この分野には注意が必要です。科学的な根拠が乏しいニューロフィードバックや怪しい主張が出回る可能性もあります。「脳波を測れば発達障害がわかる!」「アルファ波を増やせば自閉症が治る!」といった宣伝に飛びつきたくなる気持ちも理解できますが、必ずしもそれらに十分なエビデンスがあるわけではありません。慎重な判断が求められます。
それでも、この分野は多くの可能性を秘めており、発達障害を持つ人々の生活をより良くするための道筋を示してくれています。みなさん自身がこの分野の当事者であり、どのような介入やテクノロジーを活用すればお互いが生きやすい社会を築けるのか、一緒に考え、前に進んでいきましょう。
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次回
次回のコラムでは、脳科学的に『恋愛に効果的な食べ物』をご紹介します。