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食べ物の好き嫌いに個人差があるのはどうして?

みなさんには、苦手な食べ物がありますか?一つや二つならともかく、「これもダメ」「あれも食べられない」と、幅広い食べ物が苦手な方を見かけることもありますよね。 では、なぜこれほどまでに食べ物の好き嫌いには個人差があるのでしょうか?今回の記事では、「食べ物」をテーマに、その理由を深掘りしていきたいと思います。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm28/ 生まれた赤ちゃんがみんな好きな食べ物とは? 「私はこれしか食べません」「これもあれも食べません」――そんな偏食傾向のある人が、みなさんの周りにも一人や二人はいるのではないでしょうか。このような極端な偏食は、摂食行動として「障害レベル」とも言える場合があります。 栄養面から見ると、食事があまりにも単一化されているのは危険です。栄養の多様性が欠けることで、健康リスクを伴う可能性があります。このような偏食は、単なる「好き嫌い」の域を超え、病的な側面を感じる場合もあります。そして、このような食行動には、生育環境が大きく影響を与えていると言われています。もちろん、生まれつきの傾向として好き嫌いが多少存在するのも事実です。 例えば、生まれたばかりの赤ちゃんに砂糖水、酸っぱい水、苦い水などを与えると、多くの場合、酸味や苦味のあるものに対して強く嫌がる反応を示します。泣き出してしまうことも少なくありません。これは、人間が生まれつき好む味が「甘味」であるためです。スクロース(砂糖などの甘味)がその代表で、苦味や酸味は元々好きではないのです。しかし、成長とともに、私たちの脳は新しい味覚を学習していきます。 例えば、コーヒー牛乳を初めて飲んだときは、その甘さや香り、カロリー感を脳が認識し、少しずつ「おいしい」と感じるようになります。同じように、最初は苦手だった苦いものでも、繰り返し経験することで好きになる場合があります。これは、過去に取り上げたビールの例にも通じる話です。苦味に慣れ親しむのも、脳の学習によるものなのです。 https://open.spotify.com/episode/5We2dEdxvLurNyVY2srJQ8?si=1Bue8IMqSdiFWZmqZOAx3g 生まれつき嫌いとされる苦味のある食べ物も、経験を通じて学習し、食べられるようになっていくものです。この「学習」は、つまり経験の積み重ねとも言えます。「このフレーバーや香りのある食べ物は価値がある」と脳が学習することで、次第に肯定的な感情が生まれ、好きになることが多いのです。 また、赤ちゃんの嗜好にも、母親の食生活が影響を与えるという興味深い話があります。例えば、妊娠中および授乳期にニンジンジュースをよく摂取していた母親の赤ちゃんは、生まれた後、ニンジンの味が含まれる食べ物に対してより興味を示し、好む傾向があるとされています※。このように、妊娠中および初期の授乳期に母親が何を食べていたかが、赤ちゃんの味覚の好みに影響を与える場合もあるのです。 さらに、成長過程で嗜好が変わることもよくあります。子供の頃は苦手だった食べ物が、大人になるにつれて好きになる経験は、多くの人に共通するものです。例えば、酸味の強い蟹酢や苦味のある魚の肝などは、一見とっつきにくい味ですが、これらが「お酒と一緒に食べると価値が増す」という新たな体験を通じて、次第に好きになることがあります。 このような、食べ物と飲み物の相乗効果を「マリアージュ」と呼びます。適切な組み合わせによって、単独では感じられない新たな価値が生まれ、1+1が5にも感じられるような特別な体験ができるのです。 ※出典:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11389286/ ,2024年12月19日参照 好き嫌いの多い子供に美味しくご飯を食べてもらうには? 食の好みは人それぞれで、薄味を好む人もいれば、濃厚な風味を求める人もいます。この違いには、遺伝的な要因や育った環境、特に子どもの頃の家庭での食事経験が深く関係していると考えられています。脳は経験を通じて味覚を学ぶため、幼少期にさまざまな味を体験しなければ、多様な嗜好が育ちにくくなる可能性があります。 たとえば、子どもの好き嫌いに悩む親も多いですが、その克服には「学習」を活用する方法が効果的です。苦手な食材を好きな料理に混ぜて少しずつ慣れさせることで、脳がその風味を「美味しい」と認識しやすくなるのです。コーヒーが苦手な人がコーヒー牛乳をきっかけに慣れるようなプロセスと同じ原理です。 また、香りや見た目が味覚に与える影響も見逃せません。例えば、バニラの香りを嗅ぐと甘さを想像しますが、実際のバニラエッセンスには糖分が含まれていません。それでも「バニラ=甘い」と感じるのは、砂糖やミルクと一緒に摂取した経験が脳に条件付けとして残っているからです。同様に、かき氷のシロップの色が味覚に影響を与えるのも、脳が視覚情報に基づいて味を予測するためです。 このような現象は「クロスモーダル」と呼ばれ、視覚や嗅覚といった感覚が味覚に影響を与えることを指します。香りや見た目、味覚が相互に作用して、私たちの食体験を形成しているのです。この仕組みを理解し活用することで、子どもの好き嫌いを克服する手助けができるでしょう。 国によって食の好みが異なるのはどうして? 国ごとに食の好みが異なるのは、主に「学習」の違いによるものと考えられます。つまり、子どもの頃に何を食べて育ったかが、その人の味覚の基盤を形作るのです。同時に、それぞれの文化が合理性に基づいた食選択を行ってきた歴史も影響しています。 例えば、辛いものが好まれる国では、カプサイシンという唐辛子に含まれる成分が重要な役割を果たしています。20年ほど前にこの成分が注目され始めましたが、実は辛さを感じる仕組みは「アツい」と感じる温覚と同じです。カプサイシンには抗酸化作用や防腐効果があり、食中毒を防ぐ機能もあるとされています。そのため、特に赤道に近い暑い地域では、食材の保存性を高めるために辛いものが取り入れられ、結果として嗜好の一部となっていったと考えられます。このように、最初は機能的な理由で始まった食文化が、時間とともに嗜好として根付いていくのです。 日本を例に挙げると、海に囲まれた地理的条件から生魚を食べる文化が発展しました。さらに、海藻を食べる文化も東アジア特有とされ、海苔を消化できない国の人々がいるという話もあります。一方で、食材の扱い方や衛生管理の技術によっても食文化は変化します。例えば、生卵は食中毒リスクが高い地域では避けられますが、日本では衛生管理技術の発展により、広く親しまれています。 技術の進歩は、新たな食文化の創造にも寄与します。たとえば、日本酒はかつて酵母を生かしたままだと保存が難しく、生酒を楽しむことは困難でした。しかし、冷蔵輸送技術が普及し、生酒がどこでも飲めるようになったことで、食文化が多様化しました。このように、環境や文化だけでなく、技術も食の好みに影響を与え、多様性を広げています。 食の好みは、自然環境や文化的背景に基づいて発展し、技術の進化によってさらに広がりを見せます。これらが複合的に絡み合い、現在の多様な食文化が形成されているのです。 まとめ 食の好みは、生まれ持った感覚や遺伝的要因だけでなく、子どもの頃の経験や環境、文化、さらに技術の発展によって形成され、多様化していきます。人は学習を通じて味覚を広げ、初めは苦手だったものも、他の価値や経験と結びつけることで好きになっていくことが分かります。 また、国や地域ごとの食文化には、合理性や環境への適応が反映されており、嗜好はその過程で根付いていくものです。さらに、技術の進化が新しい食材や調理法を可能にし、食文化のさらなる多様性を促進しています。 このように、私たちの食体験は、学習、文化、技術が複雑に絡み合って作られているのです。それが、食という普遍的な行為の中に個性や地域性が表れる理由と言えるでしょう。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/5q3FLpWvlrS01TPY7G41xA?si=nzAC4QQnRte2rDBkLP8Ccg 次回 次回のコラムでは、「人はどのような食べ物を美味しそうと感じるのか」についてご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm30

ヒトが共通して「美味しそう」と思う食べ物はどんなもの?

飲食店でメニューを見ていると、美味しそうな料理の写真や説明を目にして、ついつい注文したくなることってありますよね。では、多くの人が見た目だけで「美味しそう」と感じる食べ物とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?今回は、「食べ物」の魅力に迫りながら、その秘密を深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm29/ 食の好みは違っても共通して美味しそうに見える食べ物とは? 「どんな食べ物が美味しそうに見えるのか?」その答えを探るには、私たち人間の進化の歴史に目を向けると、いくつかのヒントが見えてきます。人間の祖先である猿の習性を辿ると、みずみずしい果物や熟した食べ物を「美味しそう」と感じる傾向は、栄養価が高く安全な食材を見分けるための本能的なものだったと考えられます。たとえば、スーパーで真っ赤なイチゴを見たとき、「美味しそう」と感じるのは、そうした本能に基づくものなのです。 さらに、私たちは視覚的にカロリーの多さを感じ取る能力も持っています。効率よくエネルギーを摂取できそうな食べ物を見たとき、脳がそれを「美味しそう」と認識するのです。脂質が多いことを示す視覚的な情報、例えば油が光る揚げたてのポテトや、ラーメンにのった脂身たっぷりのチャーシューなどは、その代表的な例と言えるでしょう。 また、食べ物を美味しそうに見せる科学的な現象として「メイラード反応」が挙げられます。これは、加熱によって糖とアミノ酸が褐色に変化し、香ばしい香りや見た目の美味しさを生み出す反応です。焼き目のついたステーキや、カリカリに焼かれたワッフルのような食べ物が、視覚的に「美味しそう」と感じられるのは、こうした化学反応が理由の一つです。 さらに、私たちは味覚だけでなく「情報」を通じても美味しさを感じる生き物です。例えば、「ミシュランの星付きレストラン」「高級住宅街にあるお店」などの情報は、それ自体が料理の味や価値を高める要素になります。このような「ブランド力」は、純粋な味覚や視覚とは異なる次元で私たちの感覚に働きかけ、美味しさへの期待を膨らませます。 しかし、実際に「美味しい」と感じるものは人それぞれです。西麻布の高級焼肉が好みの人もいれば、手軽に楽しめるチェーン店の焼肉が一番と感じる人もいます。「脂質が多そうな見た目」といった共通の傾向はあるものの、食べ物に対する嗜好は驚くほど多様です。この多様性こそが、食べ物の奥深さや魅力を生み出していると言えるでしょう。 生牡蠣を食べるのが怖い!その克服方法とは? 人の食の好みは、幼い頃からの食体験や、多様な味覚を試してきた経験によって形成されます。しかし、その逆もまた真実です。ある出来事がきっかけで好きな食べ物が苦手になってしまうケースも少なくありません。その代表的な例として「生牡蠣」が挙げられるでしょう。 例えば、以前は生牡蠣が大好きだった人でも、一度食中毒を経験してしまうと、それ以来「怖くて食べられない」と感じるようになってしまうことがあります。このような現象は、単なる嗜好の変化ではなく、人間の生存において必要な学習機能の一つといえます。「これを食べたら体調を崩した」と学んだ場合、それを避ける行動を取るのは、生物として自然な防衛本能だからです。一方で、もし何度も身体に合わない食べ物を繰り返し口にするようなことがあれば、それは良くない習慣とも言えます。 とはいえ、「生牡蠣が好きだったのに食べられなくなった」というのは残念なことでもあります。この状況を心理学的に説明するなら、「トラウマ」と言えるでしょう。しかし、このトラウマを克服したい場合、一つの方法として「エクスポージャー療法」が有効であるとされています。 エクスポージャー療法は、恐怖の対象に少しずつ触れていき、それに慣れることで恐怖を解消していく方法です。生牡蠣の場合、再び牡蠣を少しずつ食べて、「お腹を壊さない」という経験を積み重ねることで、牡蠣に対する恐怖心を上書きしていくことができます。具体的には、牡蠣を安全な調理法で試し、「美味しい」と感じる経験を重ねることで、脳の中にある「牡蠣=恐怖」という結びつきを、「牡蠣=大丈夫」「牡蠣=美味しい」と再配線するのです。 ただし、生牡蠣のように食中毒のリスクがある食べ物でこの療法を試すのは慎重に行う必要があります。信頼できる店舗で、安全性が確認された牡蠣を選ぶことが大切です。 エクスポージャー療法の考え方は、以前触れたニューロフィードバックの仕組みにも通じます。ニューロフィードバックでは、例えば、高カロリーな食べ物と「食べたい」という感情の結びつきを弱めることで、ダイエットに役立てる方法を提案しました。この逆のアプローチで、「牡蠣」×「怖い」という感情の結びつきを解き、「牡蠣」×「美味しい」や「安心」といった感情へと再配線することができるのです。 もし特定の食べ物に対する恐怖心があり、それを克服して再び楽しみたいと考えているのであれば、少しずつ自分に合った方法で挑戦してみることが大切です。食の好みやトラウマは脳の学習や感情と深く関わっています。その結びつきを再構築することで、新たな「美味しい体験」を取り戻せる可能性が広がるのです。 ニューロフィードバックについてはこちらの記事でも紹介しています。 https://mag.viestyle.co.jp/neuro_feedback/ 食べ物を美味しく食べるために コロナウイルス感染をきっかけに嗅覚神経に炎症が起き、食べ物の中心的な要素である「香り」を感じられなくなることで、食事の楽しさや味覚そのものが失われるという話を耳にしたことはありませんか? 嗅覚を失うと、食べ物の味が大きく損なわれるだけでなく、食事への興味や楽しみも薄れてしまうことがあります。その影響で、嗅覚が回復した後でも食欲が戻らず、食事量が減ったり、食の好みが大きく変わってしまったりする人もいます。こうした状況に陥った場合、再び「食べることの楽しさ」を取り戻すには、どのようにすれば良いのでしょうか? 嗅覚が戻った後に重要なのは、「再学習」です。さまざまな香りを持つ食べ物を試しながら、「美味しい」という感覚を少しずつ取り戻すことが鍵となります。このような経験の積み重ねが、以前のような食事の楽しみを回復させる第一歩となるでしょう。 食べ物の味が分からなくなり、それが長期間続いてしまうことは、身体的にも精神的にも危険です。例えば、うつ病の主要な症状の一つとして、「食べ物の味が段ボールのように感じる」というものがあります。心の健康が損なわれると、「美味しい」と感じる能力も低下してしまうのです。したがって、食べ物を美味しく感じられる脳の状態を取り戻すトレーニングをすることが、大切になる場合があります。 このトレーニングの一環として有効なのが、日常生活に「ギャップ」を取り入れることです。例えば、運動をして身体を適度に疲れさせたり、意図的にお腹を空かせたりすることで、食事をより美味しく感じることができます。「ギャップ」とは、期待と現実の間に生じる差のことです。これを利用して、普通の食べ物を特別美味しく感じる体験を作り出すことができます。 人間の脳は、期待との誤差によって「価値」を感じるようにできています。これを意識し、「とても美味しいものを食べる」という贅沢なアプローチと、「身体や心をリセットして普通のものを美味しく食べる」というシンプルなアプローチの両方を試すことが、食事を楽しむための鍵になるでしょう。 まとめ 食べ物を美味しく感じる要素として、脂質を含む食材や、メイラード反応による茶色い焼き目など、視覚的に「カロリーが高そう」と判断できるものは、多くの人に共通して「美味しそう」と認識されます。これは人間にとってエネルギー源としてカロリーが必要不可欠であるため、本能的にそう感じるのだと考えられます。ただし、前回も触れたように、食の好みは非常に多様であり、万人が同じものを好むわけではありません。 一方で、好きだった食べ物を嫌いになってしまうケースもあります。例えば、食当たりをきっかけに苦手になる場合、それは学習の一環として自然な反応です。しかし、「本当は食べたいのに苦手」と感じる場合には、再びチャレンジすることで克服できる可能性があります。安全な状況で再び食べる経験を積むことで、恐怖や苦手意識を和らげ、再びその食べ物を楽しめるようになるかもしれません。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/6dGzPKcP1tIjMKe0336ixN?si=OegK7eLMTGKCy_FBxZQbKQ 次回 次回のコラムでは、ニューロテクノロジーに関連した「PMSを改善させるさまざまな方法」をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm31

恋愛に効果的な食べ物とは!?好きな人とのディナーを成功させる秘訣

恋愛の回では、気持ちを伝える方法として「一手間の工夫」が大切だと学びました。 その一例として、好きな人にお菓子を手作りして渡すのは、思いやりが伝わる素敵なアプローチですよね。さらに、そのお菓子が脳科学的に恋愛に効果的な成分を含んでいれば、一層印象深いものになるかもしれません。 そこで今回は、「食べ物」をテーマに、恋愛を後押しする効果が期待できる成分や、それを活かしたお菓子についてご紹介します。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm27/ 恋愛に逆効果な驚きの食べ物とは? 恋愛における食べ物の効果については、直接的に恋愛を促進させるものはあまり研究されていませんが、逆効果になり得る食べ物や要素があることが分かっています。興味深いのは、甘いものが恋愛のロマンチックさを損ねる可能性があるという点です。 ある実験では、「甘いコットン」の匂いを嗅いだ参加者が、架空のパートナーとのロマンチック度を評価する際、無臭のコットンを嗅いだ人に比べて低い評価をつける傾向が見られました。この結果は、甘い匂いという実体験が、記憶にある「パートナーとの甘い時間」の印象を薄めてしまった可能性があると考えられています。このことから、甘い食べ物や香りが恋愛を促進するわけではないことが示唆され、むしろ控えめな甘さやビターな風味を選ぶほうが、関係性を「甘い記憶」として相手に刻みやすいのかもしれません※。 この現象は、「プレイボーイ効果」とも共通する要素があります。プレイボーイ効果とは、男性が非常に魅力的な女性の写真を見た後に、自分のパートナーを見たとき、その容姿が以前より劣って見えてしまい、好意が減少するという現象です。これは、魅力的な刺激が基準点として記憶に残ることで、相対的に現実の評価が下がるためだとされています。 これらの研究から分かるのは、恋愛において感覚的な刺激が相手への印象や関係性に影響を及ぼす可能性があるということです。したがって、恋愛の場面で贈る食べ物や、与える体験の選び方には、少し慎重になるのが良いかもしれません。甘さ控えめのビターなチョコレートや、心地よい香りの飲み物など、過度な感覚刺激を避ける選択が、相手との良好な関係を築く一助になるでしょう。 ※出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/shes/17/1/17_31/_article/-char/ja, 2024年12月3日参照 認知症予防に効く!最新のブレインフードとは? 脳に効果的な「ブレインフード」として注目されているのが「地中海食」です。オリーブ、魚、ナッツといった地中海沿岸の食材には、オメガ3脂肪酸やポリフェノール、DHAが豊富に含まれており、これらは脳の神経を保護し、認知症の予防にもつながるとされています。また、ウコンに含まれるクルクミンも同様の作用があり、カレーを多く食べるインドでは認知症の発症率が低いという研究結果もあります。頭が良くなるかどうかは分かりませんが、神経保護という点では地中海食が有効とされています。 一方、嗜好品として日常的に摂取されるカフェインにも注意が必要です。コーヒーに含まれるカフェインは、脳内の神経細胞に直接作用し、覚醒効果をもたらしますが、継続的に摂取することで慣れが生じ、効果を得るために摂取量が増えていく「負の強化」が起こりやすいとされています。これは、カフェインのレセプターが減少したり、感度が低下するためです。その結果、以前は一杯で満足できたものが、二杯、三杯と量が増えがちになります。同様に、就寝前のお酒も最初は少量で心地よく眠れていたのが、次第に量を増やさないと効果を感じられなくなることがあります。 このようなな作用を防ぐためには、一度摂取を控える期間を設け、身体をリセットすることが大切です。ブレインフードや嗜好品はバランスを意識しながら取り入れることで、より健康的な生活を維持できるでしょう。 何を食べるかよりも、どの順番で食べるかが大事? 食べ物において、「何を食べるか」だけでなく、「誰と」「どこで」「どう食べるか」といった要素が非常に重要です。また、料理をどの順番で食べるかということも、味の印象や満足度を左右します。 例えば、人間は同じものを食べ続けると慣れてしまい、飽きてしまう傾向があります。中華料理を例にすると、1人で1品を食べ続けると途中で味に飽きてしまうことがありますが、みんなで数品をシェアして食べれば、最後まで美味しく楽しむことができます。このように、人は同じ味に繰り返し触れると、その価値を感じにくくなるため、バリエーションを取り入れることが大切です。 さらに、食事の満足度は「順番」によっても大きく影響を受けます。人間の記憶は、体験の最後の部分に強く残る傾向があり、これを「ピークエンドの法則」や「エンドエンジョイメント」と呼びます。例えば、デートでコース料理を楽しんだ場合、最後に提供されるデザートの味が悪ければ、食事全体の印象も悪くなってしまいます。逆に、最後の料理やデザートが素晴らしいものであれば、食事全体が良い記憶として残ります。 この法則は、恋愛の場面にも応用できます。好きな人にクッキーを渡すとき、同じ味のものを大量に渡すより、異なる味の詰め合わせを用意するほうが、記憶に残るプレゼントになるでしょう。また、デートでは最初の料理で感動を与えるのも大切ですが、特に最後の料理で満足感を与えることが、その人との体験をポジティブに記憶させ、再び一緒に行動する「リピート行動」に繋がります。 「終わりよければすべてよし」という言葉は、脳科学的にも理にかなっています。食事や体験の最後をどう締めくくるかが、その全体の印象を大きく左右するため、特に丁寧に工夫することが重要です。 まとめ 恋愛に効果的な食べ物は明確に分かっていないものの、甘いものより少しビターなものを選んだ方が良いのでは、という研究結果があります。 それに加え、何をあげるか、何を食べるかだけでなく、食べる順番や体験の終わり方も重要です。特に、食事の最後が美味しいもので締めくくられたり、楽しい思い出を作れると、その体験全体がポジティブに記憶されます。 恋愛でも「終わりよければすべてよし」の心構えで、相手に良い印象を残す工夫をしてみてはいかがでしょうか。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/1TpVJ5Itjs06ly86YORL5e?si=r28OFNY_T9CitLuh3MM9yQ 次回 次回のコラムでは、『食べ物の好き嫌い』に関するお話をご紹介します。

遅刻してしまう人と5分前行動をする人の脳の違いとは?

発達障害について2回にわたってお話してきましたが、この分野にはまだ解明されていないことが多くあります。 では、実際にどのような点が未解明で、今後どのようなことを解明していく必要があるのでしょうか。今回も引き続き、発達障害をテーマに、その背景や課題を深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm26/ 発達障害について解明されていることの現状とは? 発達障害にはまだ多くの未解明な点があり、これが当事者や支援者にとって大きな課題となっています。似た症状を持つ人たちが生きづらさを感じている現状がある一方で、それらの症状がどのようにして生まれ、どんな種類の障害があり、何をすれば改善するのかについては十分に解明されていません。 診断基準に基づき、人との関わり方に問題があり、強いこだわりを持つ場合はASD(自閉スペクトラム症)の特性があるとされ、集中力が続かず授業中に歩き回ってしまう場合はADHD(注意欠如・多動症)の特性があると判断されます。しかし、この診断も一筋縄ではいきません。 例えば、授業中に人の顔の落書きをしてしまう子供について、「注意力が散漫でADHDの気質がある」と解釈する場合もあれば、「人の顔に特別な興味を持つASDの気質がある」と解釈される場合もあります。同じ行動でも判断が分かれるため、発達障害の分類や診断には曖昧さが残ります。 さらに、脳に特徴的なバイオマーカーがあるのかという点についても、いまだ確実な証拠は見つかっていません。「チェックリストに当てはまる人がこの障害」と定義しようとしても、発達障害は複数の特性が併存することが多く、その特有の脳構造を明確にするのは難しい状況です。 薬物療法についても、効果が見られる場合がある一方で、それがどのようなメカニズムで効いているのかは十分に解明されていません。このように、発達障害に関する理解はまだ発展途上にあり、多くの課題が残されています。 治療薬に代わり得るニューロフィードバックとは? 発達障害に関して未解明な点が多い中で、ニューロテクノロジーを活用したアプローチも注目されています。この技術は、従来の薬物療法とは異なり、症状や障害を脳の情報処理の違いとして捉え、それを望ましい方向にトレーニングするという考え方に基づいています。 発達障害の症状や、特異的な脳の情報処理が少しずつ明らかになってきている中、ニューロテクノロジーはこれらにアプローチする可能性を示しています。例えば、ASDにおいては、人の感情を理解することが難しい、表情から感情を読み取ることができないといったコミュニケーションの障害が知られています。このような症状の背景には、脳内の特定のネットワークの機能が関わっていることが分かってきています※。 完全に「治す」ことが目指されるわけではありませんが、ニューロフィードバックや電気刺激を用いることで、コミュニケーション能力に関わる脳の領域を一時的に調整し、人の気持ちを少し理解しやすくしたり、表情を読み取る力を向上させたりすることが可能になる場合があります。これにより、社会性の向上や生活の質の改善が期待されています。 ニューロフィードバックについてはこちらの記事で紹介しています。 https://mag.viestyle.co.jp/neuro_feedback/ また、ADHDに関しては、シータ波やデルタ波といった特定の緩やかな脳波が、定型発達の人と比べて多い傾向があるとされています。このような脳波を調整するニューロフィードバックが提案され、アメリカではFDA(食品医薬品局)によって認可された方法も存在しています。しかし、これが確固たるエビデンスに裏付けられているわけではなく、ADHD特有の脳波パターンが本当に存在するのかについても、まだ議論が続いています。 ニューロテクノロジーは、従来の治療法に代わるものではなく、補完的な手段としての位置づけですが、発達障害の症状への新たな理解や支援の可能性を広げる一歩として、今後の研究と発展が期待されています。 ※出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/36/2/36_219/_pdf?utm_source=chatgpt.com, 2024年12月3日参照 お便りコーナー「遅刻をする人と時間を守る人の脳の違いは?」 Q. 時間を守れる人と守れない人は、脳科学的に何か違いはあるのでしょうか?例えば、次女と主人は5分前行動をするタイプですが、私と長女は時間ギリギリなら良い方で、遅刻気味です。これは性格的な違いなのでしょうか? A.時間を守れる人と守れない人の違いは、性格の違いと言えますが、神経科学や精神医学の視点から見ると、より深い要因が考えられます。 例えば、時間に遅れがちな人にはADHD(注意欠如・多動症)的な傾向があり、5分前行動を好む人にはASD(自閉スペクトラム症)的な特性が見られることがあります。 遅刻気味の人は、多動的でおおらかさがあり、計画がなくても柔軟に物事を進められるタイプであることが多いです。一方、5分前行動を徹底する人は神経質で、段取りやスケジュールにこだわり、それが崩れるとストレスを感じやすい傾向があります。遅刻気味の人は「なぜそんなに急ぐ必要があるの?」と感じることがあり、逆に時間に厳しい人は「どうしてそんなにのんびりしているの?」と不安を覚えることもあります。この違いは、脳の特性や発達的な違いが現れている可能性があります。 遅刻をしやすい行動の背景には、いくつかの要因があります。まず、ADHDの特性として挙げられるのが、衝動性と注意散漫です。行くべき時間を認識していても、直前になって別のことに気を取られてしまうことが多くあります。例えば、服を選び始めたり、ゴミ捨てを思い立ったりして、時間を過ぎてしまうことがあります。また、幼少期の辛い体験やトラウマが影響している場合もあります。虐待などの経験によって自己を切り離す「乖離」という心理状態が生まれると、約束している自分と今の自分の意識が断絶し、遅刻やドタキャンにつながることがあるのです。 さらに、人間関係の不信感も関係していることがあります。信頼できない相手や場所に対する約束を守ることができず、結果的に遅刻やドタキャンが多くなる場合があります。これに加え、幼少期の環境で「時間を守る」「約束を守る」という社会的規範をあまり厳しく教えられていなかった場合、時間を守ることに対する意識が薄いことも考えられます。 このように、時間を守る行動ひとつをとっても、背後には性格だけではなく、発達特性、過去の経験、育った環境が複雑に絡み合っています。遅刻しやすい人や時間に厳しい人の行動を単なる性格の問題と片付けるのではなく、その背景を理解することで、より良い関係性を築いていくことができるでしょう。 まとめ 発達障害に対するニューロテクノロジーの活用には、既存の薬物療法とは異なる可能性が期待されています。例えば、ASDにおけるコミュニケーションの障害や、ADHDにおける衝動性といった症状について、それらを引き起こしている脳の情報処理を特定し、そのサーキットに働きかけることで改善を図る試みが進んでいます。 ニューロフィードバックのエビデンスは近年増加しており、これまでの薬物療法に代わる新たな介入方法として期待されています。「病気として治療すべきか」という議論は別としても、具体的な困りごとを軽減する手段として、この技術には希望を感じる部分があると言えるでしょう。 しかし、この分野には注意が必要です。科学的な根拠が乏しいニューロフィードバックや怪しい主張が出回る可能性もあります。「脳波を測れば発達障害がわかる!」「アルファ波を増やせば自閉症が治る!」といった宣伝に飛びつきたくなる気持ちも理解できますが、必ずしもそれらに十分なエビデンスがあるわけではありません。慎重な判断が求められます。 それでも、この分野は多くの可能性を秘めており、発達障害を持つ人々の生活をより良くするための道筋を示してくれています。みなさん自身がこの分野の当事者であり、どのような介入やテクノロジーを活用すればお互いが生きやすい社会を築けるのか、一緒に考え、前に進んでいきましょう。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/50XcJtTBXjwL2idGpMjqPV?si=9Mo01NmqTSabe0YOEgAfew 次回 次回のコラムでは、脳科学的に『恋愛に効果的な食べ物』をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm28

大人になってから発達障害に気づくのはどうして?

発達障害は、社会に出てから自分がそうなのではないかと気づき始める人が多いと言われています。子供の頃にはその症状が目立ちにくかったり、周囲に隠されがちだったりするため、早期に自覚することが難しいようです。 では、なぜ子供の頃は、自分が発達障害の症状を持っていることに気づきにくいのでしょうか? 今回も「発達障害」をテーマに、その背景について深掘りしていきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm25/ 子供の頃は隠されている発達障害 子供の頃に発達障害に気づきにくい大きな理由として、周囲の大人たち、特に母親や担任教師の存在が大きく関係しています。 小学生の頃、忘れ物が多い子供には母親が次の日の準備を手伝ってくれたり、宿題を忘れやすい子供には担任の先生が声をかけてくれたりと、周囲のサポートによって日常生活が成り立つことが少なくありません。そのため、たとえ発達障害の傾向があったとしても、それが表面化しにくくなるのです。 しかし、中学生になると環境は一変します。母親からは「中学生なんだから、自分でしっかりしなさい」と言われ、例えば朝は自力で起きる必要が出てきます。また、小学校のように一日中同じ担任の先生が見守るわけではなく、教科ごとに担当の先生が変わるため、サポートの手が届きにくくなります。 このように、周囲の支援が減り、自立を求められる場面が増えると、生きづらさを感じ始めることが多くなります。そして、その段階で初めて「もしかして自分は発達障害かもしれない」と気づく人が少なくないのです。 発達障害は本当に治療しないといけない病気? 発達障害への対策として、すべてが「治療」を必要とするわけではありません。しかし、本人が困りごとを抱えている場合には対症療法が有効です。治療法は主に薬物療法と非薬物療法に分けられます。 薬物療法では、ASD(自閉スペクトラム症)に精神病薬を使用したり、睡眠リズムを整える薬を処方することがあります。社会性向上が期待されるホルモン「オキシトシン」の投与も新しい選択肢として注目されています※。一方、非薬物療法では音楽療法や認知行動療法、行動療法などが用いられ、特性に合わせた支援を行います。 ただし、治療が必須ではないケースも多く、周囲の支援があるだけで十分に生活できることもあります。ここで重要なのが、発達障害をどう捉えるかです。医学モデルでは「治すべきもの」とされますが、社会モデルでは「社会の仕組みに課題がある」とし、環境整備の必要性を強調します。 発達障害を持つ人が生きやすい社会をつくるには、周囲の柔軟な対応が欠かせません。例えば、忘れ物が多い友人のために充電器を多めに持つなどの小さな工夫で、お互いの関係が円滑になることがあります。このように、多様な特性を受け入れる仕組みを整えることで、誰もが過ごしやすい社会を目指せるのではないでしょうか。 ※出典:https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/__icsFiles/afieldfile/2019/07/03/release_20131219.pdf, 2024年12月3日参照 さまざまな人を受け入れる社会作りのために 発達障害の中でも、ASD(自閉スペクトラム症)を持つ人の中には感覚過敏の症状を持つ人がいます。例えば、くすぐりに敏感だったり、少しの音でも反応してしまったりするなど、気が散りやすい特徴が挙げられます。 そのような人たちには、職場で遮音性の高い部屋を用意したり、電気のちらつきやエアコンの音を抑えるなどの環境調整が有効です。このような配慮により、集中力が高まり、パフォーマンスの向上が期待できます。「薬で治してください」と求めるのではなく、特性に合った環境を整えることも重要です。 また、ASDの人は抽象的な言葉を理解しにくい場合があります。例えば、「お風呂見てきて」と言われたとき、湯船の水位を確認するのではなく、お風呂場を見るだけで終わってしまうことがあります。このような特性を持つ人に対しては、職場の上司や同僚が具体的でわかりやすい指示を出すことが大切です。「これをこうしてほしい」と明確に伝えることで、スムーズなコミュニケーションが取れるようになります。 一方、ADHDを持つ人をサポートする方法としては、リマインダーアプリなどの活用が挙げられます。「何時何分にここを出発しよう」といった通知を繰り返し出してくれるアプリは、スケジュール管理が苦手な人にとって大きな助けになります。このような技術を活用し、不得意な部分を補える環境を整えていくことで、より生きやすい社会を築けるのではないでしょうか。 発達障害を持つ人ができる取り組みとして、自分の特性を理解し、「どこまでできるか」「どこからサポートが必要か」を把握することが重要です。例えば、遅刻しがちな人はリマインダーアプリを設定したり、友人に「遅れるかもしれないから連絡してほしい」と頼んだりして工夫を重ねることができます。 一方で、周囲の人も偏見を持たず、当事者の特性を理解しながら協力することが求められます。当事者は自分の症状を理由に開き直らず、周囲の人は一方的な先入観を持たず、お互いに努力し合える関係を築くことが理想です。そのような相互理解と支援が広がれば、誰もが生きやすい社会になるでしょう。 まとめ 今回、大人の発達障害について取り上げました。発達障害は、基本的に小児期にその特性が現れるものです。ただ、子供の頃は母親や担任の先生のサポートによってうまく隠され、生きづらさを感じることが少なかった場合でも、大学生や社会人として自立が求められる段階で困難が表面化し、「大人の発達障害」として認識されるケースが多いと考えられています。 こうした人たちが生きやすくなるための方法として、薬物療法や認知行動療法といった非薬物療法を受ける選択肢があります。しかし、それだけではなく、環境を整える取り組みも重要です。例えば、感覚過敏がある人には音や光の刺激を抑えた環境を用意すること、時間管理や段取りが苦手な人にはスケジュール管理アプリを活用してもらうことなどが効果的です。 発達障害を持つ人が快適に暮らせる社会をつくるためには、当事者に「病気だから治すべき」と一方的に求めるのではなく、周囲もその特性に合わせた環境を整え、支援していくことが大切です。お互いが理解し合い、協力することで、誰もが生きやすい社会を目指していけるのではないでしょうか。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/4s0WDnkQ5TYZGuAmZiaPi0?si=nDs807SWRTenTCMVG1gu3w 次回 次回のコラムでは、『発達障害とニューロテクノロジー』に関するお話をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm27

発達障害の人口は急増した?ADHDという言葉が拡まった理由

ここ数年、SNSやメディア、さらには芸能人の告白などを通じて、ADHD(注意欠陥・多動性障害)について話題にする人が増えています。日常生活でも「それ、ADHDじゃない?」というような会話を耳にする機会が増えてきたのではないでしょうか。 ADHDは注意力の欠如や多動性、衝動性が特徴の発達障害の一つですが、なぜ最近になってこうした話題が急増しているのでしょうか? 今回は「発達障害」に焦点を当て、社会での認識がどのように変化しているのか、また、その背景に何があるのかを深掘りしていきたいと思います。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm24/ 最近ADHDの人は増えたの? アメリカの医学会が作成したDSM(精神疾患の診断マニュアル)は、精神疾患や発達障害を理解し支援するうえで大きな役割を果たしています。弊社の最高脳科学責任者である茨木も、このマニュアルの作成に関わった人たちと話す機会があり、「このような診断基準が普及することで、『私ADHDだから仕方ない!』と、自分の症状を理由に行動を正当化する人が増えるのではないか」と質問したことがあります。 彼らの返答は、「その懸念は理解できるが、まずは疾患についての啓蒙が必要だった」とのことでした。ADHDのような発達障害に関する症状が昔からあったにもかかわらず、それを障害として理解し、サポートが必要な人として社会が認識してこなかった歴史があります。そのため、まずは障害の存在を広く知ってもらうことが重要だった、という考え方です。診断基準が普及することは、そのような障害を抱えた人々への理解と支援の拡充に役立ってきたのです。 しかし一方で、ADHDという名前が一般化しすぎると、それがアイデンティティの中心になりすぎるリスクもあるといいます。たとえば、ADHDの人がドタキャンや遅刻を繰り返し、「ADHDだから仕方ない」と言い訳にしてしまうことがあるかもしれません。ある専門医も「それだけで許されてしまうのは、治療者としては複雑な気持ちになる」と語っていました。 自分の症状をアイデンティティの核としてしまうと、本人も周りも苦しくなってしまう場合があります。適切なサポートと理解を得るためには、障害や特性を受け止めつつも、それに依存せず、少しずつ対処法を模索する姿勢が大切かもしれません。 原因の究明が難しい発達障害 他の臓器とは異なり、脳の特徴や障害は非常に複雑で、診断や理解が難しい面があります。 たとえば、「咳が出る」という症状には、コロナ感染や喉への異物の侵入など、さまざまな原因が考えられます。この場合、診断では「咳がある」とだけ言うのではなく、「ウイルス感染ですね」「インフルエンザですね」と具体的な原因を特定し、咳止めなどの対症療法と並行して、原因そのものへの治療を行います。 しかし、発達障害などの精神分野では、こうした原因の究明が非常に難しく、現在もそのメカニズムは明確にわかっていません。症状としては、自閉症やアスペルガー症候群、ディスレクシア(読字障害)といった分類が存在しますが、これらはあくまで「症状」として捉えられます。日本の医学会もアメリカのDSM(精神疾患の診断マニュアル)を基に診断基準を設けており、その基準に該当する症状があれば、診断名がつけられる仕組みになっています。 そのため、現状では発達障害に対して根本的な治療はなく、症状を緩和する対症療法が主な手段です。また、これが「個性」や「性格」とどのように異なるのかについても、まだ曖昧な部分が多くあります。遺伝や脳機能の違いがある程度解明されつつありますが、なぜそのような違いが生まれるのか、その根本原因は脳の構造や発達の違いに関連しているとされながらも、性格や個性とどう線引きできるかは、非常に難しいテーマです。 ADHDの診断基準を作成した医師たちは、「ADHDを個性とは言わないものの、一種の『体質』のようなもの」と表現していました。これは、本人が望んでその特性を持つわけではない一方で、ある程度自分で対処する努力も可能であるという意味です。どんなに理解されるべき特性であっても、それを理由に責任を回避したり、開き直る態度は周囲との関係を損なう可能性があります。そのため、「体質」としての特性と向き合いながら、自分なりの工夫をすることが大切であり、発達障害の理解においてもこの姿勢が重要かもしれません。 まとめ 発達障害は、脳機能の発達に関連する問題であり、主に自閉症、アスペルガー症候群、ADHD、学習障害などが含まれます。臨床の現場では、特に子どもの問題として診断・支援が行われる分野です。 発達障害は、遺伝的な要因や脳の器質的・機能的な違いに起因する症状として捉えられていますが、その診断には、具体的な症状に基づいたチェックリストが用いられています。そのため、ADHDとアスペルガー症候群が併存するように、複数の症状が同時に見られるケースも少なくありません。こうした併存が発達障害や精神分野の特徴であり、診断の難しさにもつながっています。 最近では発達障害を公表する人も増え、理解は広がりつつありますが、症状の捉え方や治療の必要性についてはまだ社会的なコンセンサスが十分に形成されていない部分があります。障害という呼称がつけられているのも、その複雑さゆえかもしれません。 発達障害は時に「体質」に近い側面もあり、本人や周囲がその特徴を受け止める姿勢が求められます。本人が開き直ることも、周囲が無理解であることもお互いに生きづらさを生むため、共存と理解の時代が求められていると感じます。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/4EMtlXBnZua3vbBgkQIHZw?si=udtZBim-S6efq3TyHi5sRA

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