私たちは日常生活の中で多くの選択を行います。例えば、虫が光に引き寄せられて飛んでいくような単純な反応とは異なり、人間の意思決定は複雑で、単純な反射ではありません。
同じ選択肢であっても、その時々の状況や環境によって適切な判断をし、対応を変える必要があります。このため、人間の選択行動は一対一の対応ができないことが多く、状況に応じて柔軟に判断する能力が求められます。
今回は、そんな人間の意思決定について深掘りしていこうと思います。
前回のコラムはこちらです。
右脳と左脳で信じる宗教が違う!?
意思決定というものは、「これが来たらこう動く」というような、一対一の対応ではなく、脳の中で色々な選択をして決めていくものです。しかし、日常の選択の中には「なんとなく、これがいいから決めた」ということも多いのではないでしょうか。この「なんとなく」は、一見しっかりと判断していない、適当な感じがしてしまいますが、実際はそうでもないのです。
恋愛の回でも、好きだから選んだのではなく、選んだから相手を好きになるという話がありましたが、選んだ本人は意識的に好きになっているのではなく、気づかないうちに相手を好きになっていました。
就職活動の面接でも、「私はこういう人間で、このような経験があって、こういうことがしたいから御社を希望します」というような言い回しが是とされていますが、本当の「正しい意思決定」とは一体どんなものなのでしょうか?
みなさんは「スプリットブレイン」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
昔、癲癇(てんかん)という脳の慢性疾患で、痙攣などの症状を起こしてしまう人たちに対して、右脳と左脳を繋ぐ脳梁(のうりょう)を切る治療法がありました。それにより、癲癇の症状は治るのですが、右脳と左脳が分断されてしまうため、両者の対話・連携が取れなくなってしまいます。
実際の患者例であったのが、「将来の夢は何ですか?」という質問をして、右手だと「私は大工になりたい」と書くのですが、左手で書くと「私はカーレーサーになりたい」というように、全く異なる職業を書いてしまう人がいたそうです。
このように意思決定は、同じ脳の中でも、複数の選択肢が存在していることもあるのです。その人が本当になりたい職業は何なのか、どちらが正しい意思決定なのか、どちらも同じ脳の中でその人が確かに持っている意思であるため、その答えはわかりません。
正しい選択肢を選ぶためには直感が大切?
アメリカの神経科学者ベンジャミン・リベットの研究によると、人間が意識的に意思を持つと感じるよりも前に、脳の活動が既に始まっていることが示されています。実際、現代の脳計測技術により、人間の行動は数秒前から脳の動きで予測できることがわかっています※1。
つまり、意識的な決断が行われると感じる瞬間は、脳の無意識的な活動の結果に過ぎない可能性があるということです。これにより、必ずしも人間がすべての行動を意識的にコントロールしているとは限らないと考えられます。
何となくで決めるのが悪く、意識的に熟慮して決めることが正しいと思われがちですが、実はそれほど意識の役割は大きいものではないのかもしれません。
無意識の優位性について述べた有名な論文のひとつに、アポ・ディークステルフースの「無意識思考理論」※2があります。この論文では、意識と無意識による判断の結果を比較し、どちらがより優れた判断を下せるかを調査した結果が示されています。
具体的には、複雑な選択肢を提示された被験者を、意識的に熟考して決断を下すグループと、無意識に判断を委ねるグループに分けて比較しました。結果として、無意識に頼ったグループは、意識的に長時間考えたグループよりも優れた選択をすることがありました。
この結果をもとに、ディークステルフースは、無意識の思考が特に複雑な問題において効果的であると結論づけています。ただし、この優位性は複雑な選択肢が絡む場合に限られ、単純な問題では意識的な判断が有効であることも強調しています。
テストで何度も見直した結果、最初の答えが正しかったという経験がある方も多いのではないでしょうか。これは無意識的な判断が意外と正確なことを示す一例かもしれません。
※1 出典:Decision-making May Be Surprisingly Unconscious Activity | ScienceDaily, 2024年10月2日参照
※2 出典:What the Science Actually Says About Unconscious Decision Making | The MIT Press Reader, 2024年10月2日参照
正しい意思決定とは?
意識に基づいて判断することだけが、正しい結果に至るわけではないようで、それは商品選びだけではなく、カップルのパートナー選びでも同じことが言えるようです。
「あなたは今の彼氏をどう思っていて、2人の関係をどのように感じていますか?」というように、意識で評価させるテストと、彼氏の顔の写真が出てきて、そのあと次々に出てくる「ポジティブ」「ネガティブ」というような単語を、素早く選ばせる無意識的なテストがあります※。
そのテストの4年後、テストを受けたカップルを再び調査したところ、意識下で評価が高かったカップルよりも、無意識下で評価の高かったカップルの方が、2人の関係性がよく、カップルが長続きしていたことが分かりました。意識で感じる相性よりも、無意識なところで未来の二人の関係性を予測できるという面白い実験です。
※出典:Do you really love your valentine? How to analyze unconscious negative feelings toward our partners | Department of Psychology (cornell.edu), 2024年10月2日参照
まとめ
人間の意思決定は、動物のように一対一の対応ではなく、状況や選択肢に応じて複雑な計算をして、判断を下します。
意識的に下す判断は、正しいと感じてしまいがちですが、実はそれほど「正しい意思決定」というわけではなく、無意識で選択したものが、より優れた結果を招くこともあるのです。
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次回
次回のコラムでは、『意思決定における思考バイアス』についてご紹介します。