ここ数年、SNSやメディア、さらには芸能人の告白などを通じて、ADHD(注意欠陥・多動性障害)について話題にする人が増えています。日常生活でも「それ、ADHDじゃない?」というような会話を耳にする機会が増えてきたのではないでしょうか。
ADHDは注意力の欠如や多動性、衝動性が特徴の発達障害の一つですが、なぜ最近になってこうした話題が急増しているのでしょうか?
今回は「発達障害」に焦点を当て、社会での認識がどのように変化しているのか、また、その背景に何があるのかを深掘りしていきたいと思います。
前回のコラムはこちらです。
最近ADHDの人は増えたの?
アメリカの医学会が作成したDSM(精神疾患の診断マニュアル)は、精神疾患や発達障害を理解し支援するうえで大きな役割を果たしています。弊社の最高脳科学責任者である茨木も、このマニュアルの作成に関わった人たちと話す機会があり、「このような診断基準が普及することで、『私ADHDだから仕方ない!』と、自分の症状を理由に行動を正当化する人が増えるのではないか」と質問したことがあります。
彼らの返答は、「その懸念は理解できるが、まずは疾患についての啓蒙が必要だった」とのことでした。ADHDのような発達障害に関する症状が昔からあったにもかかわらず、それを障害として理解し、サポートが必要な人として社会が認識してこなかった歴史があります。そのため、まずは障害の存在を広く知ってもらうことが重要だった、という考え方です。診断基準が普及することは、そのような障害を抱えた人々への理解と支援の拡充に役立ってきたのです。
しかし一方で、ADHDという名前が一般化しすぎると、それがアイデンティティの中心になりすぎるリスクもあるといいます。たとえば、ADHDの人がドタキャンや遅刻を繰り返し、「ADHDだから仕方ない」と言い訳にしてしまうことがあるかもしれません。ある専門医も「それだけで許されてしまうのは、治療者としては複雑な気持ちになる」と語っていました。
自分の症状をアイデンティティの核としてしまうと、本人も周りも苦しくなってしまう場合があります。適切なサポートと理解を得るためには、障害や特性を受け止めつつも、それに依存せず、少しずつ対処法を模索する姿勢が大切かもしれません。
原因の究明が難しい発達障害
他の臓器とは異なり、脳の特徴や障害は非常に複雑で、診断や理解が難しい面があります。
たとえば、「咳が出る」という症状には、コロナ感染や喉への異物の侵入など、さまざまな原因が考えられます。この場合、診断では「咳がある」とだけ言うのではなく、「ウイルス感染ですね」「インフルエンザですね」と具体的な原因を特定し、咳止めなどの対症療法と並行して、原因そのものへの治療を行います。
しかし、発達障害などの精神分野では、こうした原因の究明が非常に難しく、現在もそのメカニズムは明確にわかっていません。症状としては、自閉症やアスペルガー症候群、ディスレクシア(読字障害)といった分類が存在しますが、これらはあくまで「症状」として捉えられます。日本の医学会もアメリカのDSM(精神疾患の診断マニュアル)を基に診断基準を設けており、その基準に該当する症状があれば、診断名がつけられる仕組みになっています。
そのため、現状では発達障害に対して根本的な治療はなく、症状を緩和する対症療法が主な手段です。また、これが「個性」や「性格」とどのように異なるのかについても、まだ曖昧な部分が多くあります。遺伝や脳機能の違いがある程度解明されつつありますが、なぜそのような違いが生まれるのか、その根本原因は脳の構造や発達の違いに関連しているとされながらも、性格や個性とどう線引きできるかは、非常に難しいテーマです。
ADHDの診断基準を作成した医師たちは、「ADHDを個性とは言わないものの、一種の『体質』のようなもの」と表現していました。これは、本人が望んでその特性を持つわけではない一方で、ある程度自分で対処する努力も可能であるという意味です。どんなに理解されるべき特性であっても、それを理由に責任を回避したり、開き直る態度は周囲との関係を損なう可能性があります。そのため、「体質」としての特性と向き合いながら、自分なりの工夫をすることが大切であり、発達障害の理解においてもこの姿勢が重要かもしれません。
まとめ
発達障害は、脳機能の発達に関連する問題であり、主に自閉症、アスペルガー症候群、ADHD、学習障害などが含まれます。臨床の現場では、特に子どもの問題として診断・支援が行われる分野です。
発達障害は、遺伝的な要因や脳の器質的・機能的な違いに起因する症状として捉えられていますが、その診断には、具体的な症状に基づいたチェックリストが用いられています。そのため、ADHDとアスペルガー症候群が併存するように、複数の症状が同時に見られるケースも少なくありません。こうした併存が発達障害や精神分野の特徴であり、診断の難しさにもつながっています。
最近では発達障害を公表する人も増え、理解は広がりつつありますが、症状の捉え方や治療の必要性についてはまだ社会的なコンセンサスが十分に形成されていない部分があります。障害という呼称がつけられているのも、その複雑さゆえかもしれません。
発達障害は時に「体質」に近い側面もあり、本人や周囲がその特徴を受け止める姿勢が求められます。本人が開き直ることも、周囲が無理解であることもお互いに生きづらさを生むため、共存と理解の時代が求められていると感じます。
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次回
次回のコラムでは、『大人の発達障害』についてご紹介します。