朝起きたとき、「仕事に行きたくない…」と思い悶々としてしまう経験は、誰しも一度はあるのではないでしょうか。特に月曜日の朝や長期休暇明けなど、布団の中で行きたくないな…と出かけるのをためらってしまうこと、ありますよね。
この「行きたくない」という気持ちは、決して怠けや甘えではなく、脳や心のメカニズムに根ざした自然な反応です。今回は、科学的な知見に基づいて、なぜ「仕事や学校に行きたくない」と感じるのか、その気持ちとどう向き合い改善していけるのかを考えてみましょう。
日々のメンタルヘルスやライフバランスを前向きに捉え、ウェルビーイング(幸福な心身の状態)につなげるヒントをお届けします。
「会社に行きたくない」気持ちが生まれる脳・心理のメカニズム

「朝、どうしても職場や学校に行く気が起きない…」そんな状態になる背景には、人間の脳の基本的な働きがあります。人間の脳は本来、快を求め不快を避ける傾向があります。職場でのストレスや嫌な出来事を予期すると、脳はそれを「不快・危険」と判断し、本能的に避けようとするのです。
これは、ストレスを感じたときに体が「危険だ」と判断して、その場から逃れようとする自然な反応とも関係しています。ストレス時にはコルチゾールというホルモンが分泌され、自律神経の働きも変化することで、「行きたくない」「避けたい」という気持ちが強くなるのです1。
また一方で、疲労や脳のエネルギー不足も大きな要因です。「仕事に行きたくない」と感じるとき、脳はしばしばオーバーヒート気味で「脳疲労」を起こしています。現代人は慢性的な睡眠不足や情報過多で脳が疲れていることが多く、脳内のエネルギー源や意欲を司る物質が不足しがちです。その結果、「やる気スイッチ」が押せない状態になってしまうのです。
このように、脳はしばしばストレスから身を守る防衛本能や、脳内物質の不足によって「行きたくない」というブレーキをかけます。決して意志が弱いせいではなく、誰にでも起こりうる脳の反応だと知っておきましょう。「行きたくない」と感じる自分を過度に責める必要はありません。大切なのは、その裏にある脳と心のサインに気づき、上手に対処していくことです。
モチベーションを左右する脳内物質:ドーパミンとセロトニン

「やる気」やモチベーションの正体は何でしょうか?科学的には、脳内物質(神経伝達物質)であるドーパミンやセロトニンが深く関与しています。
やる気とは、脳内で分泌されるドーパミンやセロトニンによってもたらされるものであり、これらが不足したり十分に働かなかったりすると、意欲が湧かなくなります。
ドーパミンは快楽や報酬に反応して出る物質で、集中力や学習意欲にも関与します2。何か楽しい見返りや達成感を得られる見通しがあるとき、私たちの脳はドーパミンを放出して「よし、やってみよう!」という推進力を生み出すのです。
一方、セロトニンは「安定」や「安心感」をもたらす物質で、感情を安定させたり気分を前向きに保ったりする役割があります。セロトニンは、脳内で他の神経伝達物質のバランスを整える指揮者のような存在で、セロトニンが不足すると、不安感や憂鬱感が強まりがちです3。
興味深いことに、最新の脳科学研究では、ドーパミンとセロトニンの相互作用も明らかになっています。たとえば、報酬があってドーパミンが出る状況でも、セロトニンが低下していると十分にやる気が出ないことが分かっています4。逆に、セロトニンがしっかり作用すると、モチベーションが維持され、粘り強く物事に取り組む力が生まれるとも言われます5。つまり「ワクワクする気持ち(ドーパミン)」と「穏やかで前向きな気持ち(セロトニン)」の両方が揃って初めて、安定したやる気が生まれるのです。
脳内物質から見る「仕事に行きたくない」気持ちの正体

では、「仕事に行きたくない」と感じるとき、ドーパミンやセロトニンはどうなっているのでしょうか。
たとえば、疲れていたりストレスで落ち込んでいたりするときは、脳内のセロトニンが不足している可能性があります。セロトニンが足りないと気分が落ち込みやすくなり、「これをやれば楽しいことがある」と頭ではわかっていても、やる気がわいてこなくなることがあります6。
また、朝起きた直後などはドーパミンの分泌がまだ活発でなく、エンジンがかかりにくい時間帯です。そのため、布団の中でじっとしていると、いつまで経っても「やる気ホルモン」が出ないまま、余計に動けなくなってしまいます。
実は、脳の仕組みとして「やる気が出るから行動する」のではなく、「行動するから、やる気が出る」という順序があることが分かっています7。ドーパミンは、何かしらの行動を始めたときに分泌されやすくなるため、「やる気が出たから動く」のではなく、「動き出すことでやる気が後からついてくる」という仕組みになっています。
この仕組みを活かせば、気分が乗らない朝でも、ちょっとした行動をきっかけにドーパミンが分泌されて、少しずつ気持ちが前向きになっていくのです。
朝の気分とストレスホルモンの関係

朝起きたときの気分の重さには、ホルモンバランスも影響しています。先ほど触れたコルチゾールは、代表的なストレスホルモンですが、実はコルチゾールは本来、朝に分泌がピークになるホルモンです8。
健康なリズムでは、早朝にコルチゾールがぐっと増えて私たちの体と脳を目覚めさせ、日中に向けてエンジンをかける役割を担っています。ところが、強いストレスに晒された状態が続くと、このリズムが乱れてしまいます。
長期的なストレスは、コルチゾールの分泌量を乱高下させ、常に過剰な緊張状態に陥ったり、必要なときにエネルギーを出せなくなったりといった不調を招きます9。慢性的なストレスで朝からコルチゾールが高すぎると、動悸や不安感など「緊張モード」のまま一日をスタートすることになり、「行きたくない…」という気分を一層強めてしまいます。
逆に、朝にコルチゾール分泌が低すぎる場合は、身体がエンジン不調のまま無理に起きることになり、倦怠感ややる気の出なさにつながります。いずれにせよ、ストレスによるホルモンバランスの乱れは朝の気分に大きく影響するのです。
セロトニンと概日リズムが左右する朝のコンディション
一方で、朝の気分を左右するもう一つの鍵が、セロトニンと体内時計です。セロトニンは心の安定を保つうえで欠かせない物質ですが、朝起きて太陽の光を浴びることで分泌が活発になり、脳と体を目覚めさせる役割を果たします10。朝起きて日光を浴びると、網膜からの光刺激が脳に伝わり、セロトニン神経が活性化して分泌が高まります。
しかし冬場で暗かったり、起きてもすぐ室内でスマホを見て、日光を浴びなかったりすると、セロトニンのスイッチが入らず脳がなかなか目覚めません。その結果、なんとなく憂鬱で前向きになれないという状態になります。逆に言えば、朝しっかり光を浴びておくとセロトニンが十分に分泌され、心の安定感や前向きさが高まって「今日も頑張ろう」という気持ちを後押ししてくれるのです。
まとめると、朝の不調の影にはストレスホルモン(コルチゾール)の乱れとセロトニン不足が潜んでいます。そのため、「行きたくない…」という朝ほど、意識的に心身のスイッチを入れる工夫が大切になります。
憂鬱な朝を乗り切るための改善策

「行きたくない」と感じる憂鬱な朝に、少しでも気分を改善するため、日常生活で取り入れられる改善策をいくつか紹介します。どれも簡単なものですが、継続することで脳内物質の働きを整え、気持ちに前向きな変化をもたらしてくれます。
朝一番に光を浴びてリズムを整える
起きたらカーテンを開けて朝日を浴びましょう。天気が悪い日でもなるべく室内を明るくして、5~15分ほど軽く体を動かしてみてください。
朝の散歩は特におすすめで、日の光とリズミカルな歩行によってセロトニンが活性化し、気分や意欲、集中力のスイッチが入ります。朝の光は体内時計のリセットにもなり、寝不足でボーッとする状態を改善してくれます。出勤前に少し早歩きするだけでも効果的です。
「ほんの少し」体を動かす習慣
やる気が出ないときこそ、1分でいいから何か始めてみるのがポイントです。たとえば、布団の中で悶々とするより、思い切ってベッドから出て背伸びをする、カーテンを開けて外の光を浴びるだけでも、気分を切り替えるための立派な一歩になります。
実際、「今日は机の上だけ片付けよう」と思って動き始めたら、徐々にエンジンがかかり、結局部屋全体を掃除できたという経験はありませんか?このように、ほんの少しでも動き出すと脳内でドーパミンが出てきて、気分が少しずつ前向きになり、「もうちょっと頑張ってみようかな」と思えることがよくあります。
ポイントは、ハードルを下げて「これならできる」と思える小さなタスクから始めることです。「通勤のバッグを持って玄関まで行くだけ」「まずデスクに座ってみる」など、自分に「動いたら意外とできた」という成功体験を与えてあげましょう。そうすることで脳が徐々にウォーミングアップし、重い腰が上がりやすくなります。
深呼吸やマインドフルネスで不安をリセット
朝、心がザワザワしていると感じたら、呼吸に意識を向ける簡単な瞑想を試してみてください。椅子に座ったままでも構いません。ゆっくり「スーッ」と息を吸い、「ハーッ」と吐く深呼吸を繰り返すと、副交感神経が優位になって緊張が和らぎます。
実は、マインドフルネス瞑想はストレスホルモンであるコルチゾールを下げる効果も報告されています。数分間の呼吸瞑想でも心が落ち着き、過剰な不安やモヤモヤをリセットできるでしょう。
マインドフルネス瞑想について詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。
質の良い睡眠を確保する
当たり前に思えるかもしれませんが、睡眠は最強の脳メンテナンスです。睡眠不足が続くと脳の働きが落ちるだけでなく、セロトニンやドーパミンの分泌・生成にも悪影響が及びます。
米国の研究では「6時間以下の睡眠を2週間続けると、徹夜明けと同程度に認知機能が低下する」と報告されています。現代の働き盛り世代では、慢性的に6時間未満しか眠れていない人も多く、それでは日中にやる気が出ないのも当然と言えます。
「どうしても朝からやる気が出ない…」と感じるときこそ、前夜の睡眠時間や質を見直してみましょう。しっかり眠れていればセロトニン神経がリフレッシュされ、朝の心のエンジンがかかりやすくなります。就寝前のスマホや深酒を避け、リラックスできる環境で十分な睡眠をとることが、翌朝の自分への投資になります。
小さな楽しみ・ご褒美を用意する
人間は、「これを乗り越えたら楽しいことが待っている」と思えると、意外に頑張れるものです。月曜のランチはお気に入りの店に行く、仕事帰りにコンビニでデザートを買う、勉強の合間に好きな音楽を聴く――そんな小さなご褒美を自分に計画しておきましょう。
これは脳の報酬系を刺激し、ドーパミンの分泌を促す効果があります。「これを終えたら◯◯しよう!」と考えるだけでも脳内で少しドーパミンが出て、億劫な気持ちが和らぎます。楽しい予定は週の真ん中や木曜夜などにも分散させると、常に次の楽しみが視界に入って、モチベーション維持に役立ちます。
これらの改善策は、日々の積み重ねが確実に心と脳を整えてくれます。自分に合いそうなものからぜひ試してみてください。
仕事とプライベートのバランスを見直す
最後に、ライフバランスの大切さに触れておきましょう。どうしても「仕事に行きたくない」日が続くとき、もしかすると仕事量や職場環境がオーバーヒート気味で、心身が休息を必要としているサインかもしれません。
真面目な人ほど責任感から無理を重ねてしまいがちですが、休息やリラックスは決して怠けではなく、脳を回復させるために必要不可欠な時間です。ずっとアクセルを踏みっぱなしでは車が壊れてしまうように、人の脳もオンとオフのメリハリがなければ燃え尽きてしまいます。
仕事や勉強の合間に趣味や運動の時間を持ったり、意識的に有給休暇やリフレッシュの日を作ったりすることは、長い目で見ればむしろ生産性と創造性を高めてくれるでしょう。
また、人間関係や職場環境のストレスが原因で行きたくない場合は、信頼できる同僚や友人に相談したり、必要なら専門家の助けを借りることも大切です。問題を一人で抱え込んで心が限界になる前に、周囲と気持ちをシェアすることで、解決の糸口が見つかることもあります。心と体の健康あってこその仕事・勉強ですから、自分のペースでバランスを取り戻すことに遠慮はいりません。
前向きなウェルビーイングへの一歩
「仕事に行きたくない」と感じるのは、人間なら当たり前の心の反応です。しかし、そのまま何もせずにいるとストレスは蓄積し、心身の不調につながりかねません。だからこそ、本稿で述べたような脳科学・心理学の知見をヒントに、自分の心とうまく付き合う工夫を取り入れてみてください。
朝の過ごし方を少し変えてみる、小さな行動を積み重ねてみる、十分な休息を確保する――そうした一つ一つの実践が、あなたの脳内物質のバランスを整え、気持ちを軽く前向きにしてくれるはずです。
毎日の積み重ねがより良いメンタル状態(ウェルビーイング)を育みます。心が元気であれば、仕事や勉強にも徐々に意欲が湧き、パフォーマンスも向上していくでしょう。自分を責めすぎず、今日できる小さな一歩から焦らずに取り組むうちに、「行きたくない」朝が減り、「ちょっとなら頑張れるかも」と思える日が増えてくるかもしれません。
あなたのペースで、心と体のバランスを取り戻し、充実した毎日へとつなげていきましょう。ゆっくりであっても、その一歩一歩が未来の自分を楽にしてくれると信じて、今日を乗り切ってみませんか? 😊
- Nike公式サイト「研究者に聞く、瞑想とマインドフルネスエクササイズのメリット」
↩︎ - Salamone, J. D., & Correa, M. (2012). The mysterious motivational functions of mesolimbic dopamine. Neuron, 76(3), 470–485. ↩︎
- Albert, P. R., Vahid-Ansari, F., & Luckhart, C. (2014). Serotonin–prefrontal cortical circuitry in anxiety and depression. Frontiers in Neuroscience, 8, 76.
↩︎ - Fischer, A. G., & Ullsperger, M. (2017). An Update on the Role of Serotonin and its Interplay with Dopamine in the Modulation of Reward, Mood, and Cognition. Frontiers in Human Neuroscience, 11, 484. ↩︎
- Lottem, E., Banerjee, D., Vertechi, P., Sarra, D., Lohuis, M. N. O., & Mainen, Z. F. (2018). Activation of serotonin neurons promotes active persistence in a probabilistic foraging task. Nature Communications, 9(1), 1006. ↩︎
- Sumiyoshi, T., Kunugi, H., & Nakagome, K. (2014). Serotonin and dopamine receptors in motivational and cognitive disturbances of schizophrenia. Frontiers in Neuroscience, 8, 395. ↩︎
- Simpson, E. H., & Balsam, P. D. (2016). The behavioral neuroscience of motivation: An overview of concepts, measures, and translational applications. Current Topics in Behavioral Neurosciences, 27, 1–12. ↩︎
- Adam, E. K., Quinn, M. E., Tavernier, R., McQuillan, M. T., Dahlke, K. A., & Gilbert, K. E. (2017). Diurnal cortisol slopes and mental and physical health outcomes: A systematic review and meta-analysis. Psychoneuroendocrinology, 83, 25–41. ↩︎
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- Lambert, G. W., Reid, C., Kaye, D. M., Jennings, G. L., & Esler, M. D. (2002). Effect of sunlight and season on serotonin turnover in the brain. The Lancet, 360(9348), 1840–1842. ↩︎