政治家の感情表現に対する脳の反応は、支持の違いでどう変わるのか

テレビで政治家が涙ながらに訴える姿を見て、皆さんはどう感じるでしょうか?それが自分の支持する政治家なら胸を打たれるかもしれません。しかし、反対に支持しない政党の政治家であれば「何を大げさな…」と冷めた目で見てしまうのではないでしょうか。

現代の政治をめぐる意見の違いの中で、相手陣営の感情に共感しづらいと感じることは珍しくありません。では、政治的な立場が異なる相手の感情は、なぜ理解しづらく感じられるのでしょうか。その答えの一端を探るべく、脳科学者たちは脳波(EEG)によって人々の無意識の反応を調べる実験を行いました。

結果は驚くべきもので、私たちの脳は自分が支持しない政治家(=政治的アウトグループ)の感情に対して、支持する政治家以上に強い無意識反応を示していたのです。

政治家の表情に対して、脳はどう反応しているのか

この研究では、オランダの研究チームが47名の参加者を対象に実験を行いました。各参加者には、「自分が支持する政党の政治家」(与党・野党は問わず個人の支持政党)と「支持していない政党の政治家」、さらに比較対象として「政治と無関係の一般人」の、それぞれ顔の表情映像を見てもらいました。

映像では人物が無表情から笑顔あるいは怒りの表情へと約2秒かけて変化します(neutral→happy/angryの動的モーフィング映像)。被験者は画面に集中しつつ、頭皮上に装着した電極で脳波を記録されました。映像を見ている間の脳波データから、表情が現れたときに脳波の強度がどのように変化したかを分析します。

具体的には、静止顔の間と表情変化の間での脳波パワー比(対数変換)をとり、表情によって脳波パワーがどれだけ低下したか(事象関連脱同期: ERD)を指標としました。脳がある周波数帯で活発に活動するとその周波数の脳波パワーが下がるため、ERDが大きいほどその周波数帯が強く反応したことを意味します。本研究では特にμ(ミュー)波α(アルファ)波という2種類の脳波に注目し、それぞれのERDの大きさを比較しました。

ミュー波が映す共感バイアス

まずμ波とは、脳が「誰かの動きや感情を理解しようとするとき」に変化する脳波です。自分が手を動かすときだけでなく、他人が何かをしているのを見ているだけでも反応することから、しばしば「他人を自分のことのように理解する仕組み」と関係していると考えられています。

実際、誰かが物をつかむ様子や、表情を変える場面を見ると、μ波の強さは弱まります。この変化は μ波ERD と呼ばれ、「脳がその人の行動や感情を積極的に処理しているサイン」と捉えられています。つまり、μ波ERDが大きいほど、脳が相手の状態を“読み取ろうとしている”と考えられます。

そこで研究チームは、「自分が支持している政党の政治家の方が、感情的にも近い存在なのだから、その表情にはより共感的な脳反応が出るだろう」と仮説を立てました。

ところが、実際のデータはこの予想を裏切るものでした。参加者の脳は、支持していない政党の政治家の表情を見たときのほうが、μ波がより大きく低下していたのです(図1)。

特にその差が大きかったのは、怒った表情を見せた場面でした。支持しない政治家が怒っているとき、参加者の脳は、支持する政治家の場合よりも強く反応していたのです。

これは、「身内により共感している」というよりも、むしろ“自分と対立する相手の感情だからこそ、脳が強く反応している”と解釈できます。

言い換えるなら、私たちの脳は、安心できる身内の感情よりも、予測しにくく、注意を向ける必要のある相手の感情に対して、より多くの処理資源を割いている可能性がある、ということです。

図1: 支持する/しない政治家に対するμ波・α波応答の違い

では、なぜ自分と立場の異なる政治家の感情に対して、脳はこれほど強く反応したのでしょうか。

研究者たちは、その理由として「理解の難しさ」を挙げています。自分と考え方や立場が似ている相手の感情は、ある程度予測できます。しかし、支持していない政治家の感情は、「なぜそう感じているのか」「次に何をしそうなのか」が分かりにくい存在です。

そのため脳は、そうした相手の感情を読み取ろうとするとき、より多くのエネルギーを使って情報処理をしている可能性があります。言い換えれば、似ていない他者を理解するには、脳が余計に働く必要があるということです。

ここで重要なのは、μ波が必ずしも「共感」そのものを表しているわけではない、という点です。近年の研究では、ミラーネットワークは単に相手に共感するための仕組みというより、相手の行動や感情を把握し、どう対応すべきかを判断するための仕組みだと考えられています。

今回の結果も、「相手に優しく寄り添っている」というより、『この相手はどう動くのか?』『何を考えているのか?』と脳が注意深く状況を読み取っている状態を反映しているのかもしれません。

つまり、脳が強く反応したからといって、それは必ずしも好意や共感を意味するわけではなく、警戒や理解のための“フル稼働”である可能性がある、ということです。

アルファ波が示す注目の偏り

一方、α(アルファ)波は、「どこに注意を向けているか」を映し出す脳波として知られています。人がリラックスしているときには強く現れますが、何かをじっと見たり、気になるものに意識が向いた瞬間に弱まるという特徴があります。

とくに、目で見た情報に注意を向けると、後頭部で記録されるα波が下がります。この変化(α波ERD)は、脳がその対象に注意を集中させているサインと考えられています。

そこで研究チームは、政治家の表情を見ているときにα波がどれだけ変化するかを調べました。つまりこの分析では、「参加者が無意識のうちに、どの政治家の表情により注意を向けていたのか」を、脳波から読み取ろうとしたのです。

α波についても、結果の傾向はμ波とよく似ていました。参加者の脳は、支持していない政治家の表情に対して、より強く反応していたのです。α波が大きく低下したということは、その表情に無意識の注意が強く向けられていたことを意味します。

とくに興味深かったのは、支持していない政治家が笑顔を見せた場面でした。対立する政治家が嬉しそうにしているとき、参加者の脳ではα波が大きく下がり、ほかの条件よりも強い注意が向けられていました。

同じ「笑顔」でも、支持している政治家の場合には、ここまで強い反応は見られませんでした。つまり脳は、「好きな政治家の笑顔」よりも、「あまり好ましく思っていない政治家の笑顔」に、より強く引きつけられていたのです。

研究チームはこの結果を、「意外性」という観点から説明しています。普段あまり好意的に見ていない相手がポジティブな感情を示すと、脳は「なぜ今、嬉しそうなのか?」「何が起きているのか?」と、つい注意を向けてしまうのではないか、というわけです。

このように、私たちの脳は、相手の怒りに対して警戒するだけでなく、予想外の喜びに対しても敏感に反応していることが示されました。

おわりに:感情処理を脳から考える

今回の研究は、「なぜ相手の感情が理解できないのか?」という問いに対し、脳の働きという新たな視点から答えを提供してくれます。私たちの脳は自分と反対の立場にいる人の感情を、文字通り異なるモードで処理していることが示唆されました。

相手に共感しようと努力しているつもりでも、脳波レベルではすでにバイアスがかかっている可能性があるのです。政治的な対立が深まるとき、相手の言動にどうしても共感できず「冷たい反応」をしてしまう──そんな経験は誰しもあるでしょう。しかし、それは決して「心が狭い」からではなく、人間の脳に備わった無意識のメカニズムなのかもしれません。

とはいえ、この無意識のギャップを知ることは重要です。相手の感情を理解し対話を深めるには、まず自分の脳が陥りがちなクセに気付くことが第一歩でしょう。たとえば、次にニュースで自分が嫌いな政治家が悔し涙を流しているのを見たら、「ああ、今自分の脳はこの人に共感しづらい状態なんだな」と一呼吸置いてみる。そうすることで、少し違った見方ができるかもしれません。脳科学の知見が、政治的分断を乗り越えるヒントになる日が来ることを願いたいですね。

今回紹介した論文
Neural responses to emotional displays by politicians: differential mu and alpha suppression patterns in response to in-party and out-party leaders. Maaike D. Homan et al. (2025年3月11日公開, Scientific Reports 誌)
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-025-92898-6

WRITER

Sayaka Hirano

Sayaka Hirano

NeuroTech Magazineの編集長を担当しています。
ブレインテックとウェルビーイングの最新情報を、専門的な視点だけでなく、日常にも役立つ形でわかりやすく紹介していきます。脳科学に初めて触れる方から、上級者まで、幅広く楽しんでもらえる記事を目指しています。

一覧ページへ戻る