脳の働きから恋愛のメカニズムを探求する:京都大学・藤崎健二さんが語る「恋愛の脳科学」

インタビュー
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脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。

本企画は、さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。

今回のインタビューでは、京都大学大学院で「恋愛の脳科学」の研究に取り組まれている藤崎健二さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、藤崎さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。

研究者プロフィール

氏名:藤崎 健二(ふじさき けんじ)
所属:京都大学大学院 文学研究科 博士後期課程
研究室:阿部研究室
研究分野:恋愛、対人認知、fMRI

始まりは身近な感情への興味ーー恋愛感情への関心から脳科学の研究へ

── 現在取り組まれている研究について教えてください。

私は、いわゆる「恋愛の脳科学」というテーマについて研究しています。具体的には、fMRIによって得られた脳活動のデータを解析することで「恋愛関係の構築や維持を支える認知神経メカニズム」の解明を目指して研究を進めています。

── どのようなきっかけで恋愛と脳の関係に関する研究を始めたのですか?

きっかけは、好きな人や恋人に対して抱くときめきや安心感といった特別な情動が、どのような仕組みによって生まれるのかを純粋に知りたいと思ったことでした。また、私は昔から人の行動や認知、感情、そして人格の基盤となる脳に強い関心を抱いてきました。恋愛における特別な思いも、脳の働きによって生み出されていると考え、脳神経科学の視点から恋愛を捉える研究に興味をもちました。
そして、恋心や愛情のメカニズムを解明することが、人々のより良い関係を築く手助けになると考え、この研究に取り組むことになりました。

── 一般的に恋愛感情や恋愛関係の在り方は個人によって異なると考えられますが、研究に取り組まれる上で「恋愛」はどのような感情として定義していますか?

私は、恋愛関係を「他者との親密で排他性を伴う関係」と定義しています。同性の親しい友人関係とは異なり、恋愛関係には親密さに加え、相手と特別なつながりを共有し、注意や感情、時間を相互に優先的に分かち合うという特徴があります。さらに、このような高いコミットメントを伴う関係は、他者との親密・性的な関係を制限する排他性を備えており、それが恋愛関係を規定する重要な要素の一つとされています。

「男女の友情」は脳科学的に実在するのか?

── 具体的に、どのように研究を進められているのか教えてください。

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)という脳活動を可視化する技術を用いて、恋人に関する脳内での情報処理について研究しています。特に、報酬や快感に関与する「側坐核」と呼ばれる脳部位の活動に注目して、研究を進めています。

恋愛と脳の関連については、ドーパミンやオキシトシンという脳内伝達物質の話が有名ですが、これらの知見の多くはプレーリーハタネズミという一夫一妻の動物モデルの研究から生まれています。プレーリーハタネズミの研究では、側坐核でのドーパミンやオキシトシンの伝達や、関係の成熟に伴う側坐核の可塑的な変化が、パートナーとのいわゆる一途な絆の形成・維持に重要であることが示されています。同様に、ヒトでも側坐核において、パートナーに関する特別な処理が行われていることを示唆する研究はいくつかありますが、恋人と異性の友人を比較した際の側坐核活動の違いに関する知見は、これまで一貫していませんでした。

従来のfMRI研究では、脳を立体的に分割した「ボクセル」ごとに活動を測定し、特定の領域の平均的な活動の強さを評価する方法が主に用いられてきました。これに対して私の研究では、側坐核内の空間的な活動パターンそのものに着目し、情報処理の特徴をより詳細に捉える解析を行っています。

── 人間のパートナーへの絆も側坐核で行われていると考え、従来よりも応用的な手法で側坐核の活動を測定したのですね。測定からはどのような結果が得られましたか?

測定と解析の結果から、脳活動パターン上では、異性の友人は恋人よりも同性の友人に類似していること、恋人と異性の友人の脳活動パターンは識別可能なことが判明しました。さらに、恋人に関する情報処理の特別さは交際期間に応じて失われ、次第に異性の友人に近いパターンへと変化する傾向が見られました。

── では、失恋してしまったときの脳はどのような状態になるのでしょうか?

失恋後の脳は、渇望・苦痛・自己制御がせめぎ合う複雑な状態にあると考えられています。具体的には、報酬系が活性化し、拒絶された相手への強い渇望が持続します。同時に、身体的・情動的な痛みに関わる領域や、感情のコントロールを担う前頭前野も活動を示します。

こうした脳の反応は、薬物依存の離脱症状と非常によく似ているとされます。また、失恋後には抑うつ症状などが現れることもありますが、時間の経過とともに徐々に和らぎ、回復へと向かうことが知られています。

── 脳活動と実際の恋愛活動は互いに深く影響し合っているのですね。

今後の展望と課題

── 恋愛関係の科学的な理解は、様々な人間関係の問題に対して影響を与えると考えられますが、藤崎さんはこの成果が社会にどのような影響を与えると考えますか?

恋愛関係の複雑さはこれまで「感覚的」に語られてきた側面が大きいと思いますが、この研究の成果により、なぜパートナーは特別な存在なのか、なぜ時間が経つにつれてパートナーへの思いは移り行くのか、その一端を脳科学的に捉えることができると考えています。

上記の発見は学術分野においては、心理学・社会学・進化心理学といった幅広い分野での議論に新たな証拠を与えますし、社会的には、カップルセラピーなどを通した応用、将来的には恋愛関係に関する一般的理解の推進にもつながるのではないかと期待しています。

また、恋愛や結婚は、多くの人の人生に深く関わるテーマであり、関係性の質は心の健康や幸福にも大きく影響します。とりわけ、夫婦関係のあり方は、夫婦自身の幸福だけでなく、子どもの発達にも密接に関係しています。私の研究は、こうした関係の仕組みを脳と心の両面から理解することで、より良い関係づくりを後押しし、人々の豊かな人生に貢献することを目指しています。

── 今後の研究の方針について教えてください。

恋愛関係のあり方や恋愛スタイルには大きな個人差がありますが、脳の観点からこうした違いに迫る研究はまだ限られています。例えば、恋人との親密な関係を避けがちな人や、過度に不安になって相手を強く求めてしまう人といった愛着スタイルの違いが、脳のどのような働きの違いに由来しているのかを今後明らかにしたいと考えています。

さらに、「恋人に対して何かをしてあげるときと、友人に対して同じことをする場合では、異なる心理的メカニズムが働いているはずだ」という仮説に基づき、恋人への利他的な行動を支える脳のメカニズムの解明についても取り組む予定です。

── どちらも人々の良好な恋愛関係を支える素敵な研究ですね。

インタビューの後半では、藤崎さんの研究者を目指すまでの経緯や学生に向けたメッセージについて伺いました。
特に、これから研究の道に進もうと考えている学生さんには必見の内容となっています。
ぜひ併せてご覧ください。

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