進路に悩んだ日々:研究者・堀口さんの興味を引き出した出会い
今回は、カナダのトロント大学で「頭皮で測定される脳波と皮質内の脳波の違い」について研究されている堀口さんにお話を伺いました。インタビューの前半では、堀口さんの研究に至るまでの背景やこれまでの研究成果などについて詳しくご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。
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脳疾患の原因を追究する:トロント大学・堀口桜子さんが語る「正確な脳波計測技術」
今回のインタビューの後半では、堀口さんのパーソナルストーリーに焦点を当て、大学での生活や現在の趣味、研究活動に関するエピソードなどについて伺いました。
研究者プロフィール
氏名:堀口 桜子(ほりぐち さくらこ)
所属:トロント大学 物理学科 生物物理学専攻
研究室:CAMH, Temerty Centre for Therapeutic Brain Intervention Neurophysiology Team
研究分野:計算論的神経科学、EEG、信号源推定(source localization)
脳疾患の理解を目指して:一冊の本がもたらした脳への興味
まずは改めて簡単に自己紹介をお願いします。
現在、カナダのトロント大学の学部4年生で、物理学科に所属しています。専攻は生物物理学で、物理学の原理や法則を用いて体の中で起こる現象を理解する方法を学んでいます。また、今年からトロント大学のCAMH(Center for Addiction and Mental Health)にて研究学生をしています。
取り組んでいる研究のテーマは「脳波データを用いた脳活動の解析」です。具体的には、頭皮で測定したEEG信号と脳皮質での活動との関係を探ることに焦点を当てています。
脳に関心をもつようになったきっかけについて教えてください。
中学生のときに読んだマーティン・ピストリウスさんの『Ghost Boy』という一冊が、脳に興味をもつきっかけとなりました。この本では、全身が動かず言葉も話せないのに意識ははっきりしている『閉じ込め症候群』を患った著者が、周囲に自分の思いを伝えられないもどかしさの中で過ごした壮絶な闘病の日々と、そこからの回復の過程が描かれています。
この本を読んだ当時、脳や神経の損傷によって引き起こされるさまざまな症状に対して恐怖を感じると同時に、脳が私たちの身体と心を司る中心であることを強く実感し、その複雑さと精緻さに大きな魅力を感じました。
また、祖父がアルツハイマー病を患い、症状が進行していく様子を身近で見ていたことも脳に関心を抱くきっかけとなりました。脳疾患を患った祖父が、かつて当たり前のようにできていたことが徐々にできなくなるだけでなく、性格が次第に荒れていき、周囲との関係性にも変化が生じる様子を目の当たりにし、脳の病気が本人だけでなく家族や周囲の人々にも深い影響を及ぼすものだということを実感しました。
それから、こうした問題に苦しむ人を少しでも減らすにはどうすればよいのかと考えるようになり、脳や神経に関連する疾患について調べていくうちに、現在の研究にたどり着きました。
大学の授業や研究活動以外に脳科学に関わる機会はありましたか?
高校3年生のときに、脳波を使って脳震盪を診断するというプロジェクトに関わりました。当時は新型コロナウイルスの流行により、対面で脳波を測定することができなかったため、プロジェクトは計画立案の段階で終了してしまいましたが、そこで初めて脳波の存在を目の当たりにしました。
大学入学後は、脳波関連技術を用いたロボットサークルに所属して、ニューロテック分野のコンペティションに参加したり、脳波や他の生体情報から集中度をはかるアプリを開発しようとしていました。
自分の興味を引き出してくれた高校の先生
大学入学以前に進路を決定する上で悩んだことはありますか?
高校以前は、明確にやりたいことが見つからず、そのことに悩んでいました。先ほどお伝えした通り、中学生のときに脳に対する漠然とした興味はもっていたのですが、その時点では進路決定に影響するほどではありませんでした。
そのため、高校1年生時点での文理選択では、自分の選択肢を狭めたくないという思いから理系を選択していました。
どのようにしてその悩みを乗り越え、現在の進路に至ったのですか?
高校時代、先生が私の興味を引き出してくれたことで、「もっと学びたい」と思える分野に出会うことができました。たとえば、私が関心をもっていた分野を専攻している卒業生を紹介してくださったり、先ほどの脳波から脳震盪を診断するプロジェクトの立ち上げをサポートしてくださったりしました。
先生が私の関心を深めるために積極的に協力してくださったおかげで、将来について日常的に、しかも自分ごととして考える時間を多く持つことができました。
さらに、興味のある授業を履修していくなかで、改めて理系の進路で脳科学に関わっていきたいという思いが強まり、現在の進路を選択しました。
高校の先生との関わりを通じて、ご自身の興味の種を芽吹かせることができたのですね。
将来の不安はキックボクシングで吹き飛ばす
現在ハマっている趣味はありますか?
もともと読書とドラマ鑑賞が好きで、2年ほど前からはキックボクシングとムエタイにハマっています。
キックボクシングとムエタイはどのような経緯で始めたのですか?
キックボクシングは、母が家の近くにキックボクシングジムを見つけて、一緒に行こうと誘ってくれたことがきっかけで始めました。しかし、カナダではキックボクシングジムが見つからなかったため、代わりに同じように足を使った運動ができるムエタイを始めました。
ムエタイやキックボクシングを始めて、ご自身にプラスの影響はありましたか?
体を動かして、目の前のことに集中しなければならない時間を取るようになったことで、将来への不安を感じづらくなりました。
もともと、将来のことを考えて一日中悩み過ぎてしまうことが多かったのですが、昼からムエタイのジムに通うことで、頭をまっさらにして気持ちを切り替えるルーティンを作れるようになりました。
運動を通じて未来への不安を取り払う習慣を身につけられたのですね。それでは最後に、これから同じ領域に挑戦してみたい学生や若い研究者に向けて、メッセージをお願いします。
私の脳への興味が、偶然読んだ一冊の本がきっかけで始まったように、自分の興味のタネにいつ、どこで巡り合うことができるのかはわかりません。現在進路に迷っている人には、ぜひ常にアンテナを立てて、様々な可能性を視野に入れる柔軟性を大切にして欲しいと思います。
私も自分に舞い込むいろいろな機会を逃さないよう、毎日コツコツ努力することをこれからも大切にしていきます。
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WRITER
NeuroTech Magazine編集部
BrainTech Magazine編集部のアカウントです。
運営するVIE株式会社は、「Live Connected, Feel the Life~」をミッションに、ニューロテクノロジーとエンターテイメントで、感性に満ちた豊かな社会をつくることをサポートするプロダクトを創造することで、ウェルビーイングに貢献し、さらに、脳神経に関わる未来の医療ICT・デジタルセラピューティクスの発展にも寄与していきます。
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