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脳波

「ゲーム脳」は本当に危険?子どもの脳の発達への影響を徹底解説

2000年代初頭に話題となった「ゲーム脳」という言葉は、今でも保護者や教育現場に強い印象を残しています。しかし、この概念は本当に科学的根拠に基づいているのでしょうか? 本記事では、「ゲーム脳」の定義や提唱の背景から、その真偽をめぐる専門家の見解、さらにゲームとの正しい付き合い方までを幅広く解説します。子どもがゲームとどう関わっていくべきか悩む保護者や教育関係者に向けて、偏りのない情報と実践的なヒントをお届けします。 ゲーム脳とは?言葉の意味と広まった経緯 「ゲーム脳」という言葉を耳にしたことはありますか?この言葉は2002年ごろからメディアで頻繁に取り上げられるようになり、一時期は社会現象とも言えるほど注目を集めました。 しかし、そもそもゲーム脳とはどういう意味なのでしょうか?まずはこの言葉が広まった背景や、その根拠とされている「脳波の変化」について理解していきましょう。 脳波について基本的な情報をより詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。 https://mag.viestyle.co.jp/eeg-business/ ゲーム脳の誕生と広まりの背景 「ゲーム脳」という概念を提唱したのは、森昭雄教授(日本大学文理学部・当時)です。この言葉は、2002年に出版された著書『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版)によって、一般にも広く知られるようになりました。 森氏は著書の中で、テレビゲームを長時間プレイすることで、脳波に変化が生じ、前頭前野の働きが低下すると主張しました。その結果、感情の抑制が難しくなり、キレやすくなる、他人への共感力が低下する、といった影響が現れるとされています。これらの状態を「ゲーム脳」と名付けたのです。 この理論はメディアでも多く取り上げられ、教育や育児の現場に衝撃を与えました。「ゲーム=脳に悪影響を与える」というイメージが社会に広がったのは、この時期が大きな転機となっています。 ゲーム脳が与えるとされる影響 ゲーム脳が与える影響については、特に子どもの発達や情緒面への悪影響が懸念されています。 感情コントロールの低下 ゲーム脳の特徴として最もよく挙げられるのが、「キレやすくなる」という現象です。前頭前野は怒りや衝動を抑制する役割を担っており、その活動が低下すると感情のブレーキが効きにくくなるとされています。 実際、長時間ゲームをする人の中には、「イライラしやすい」「思い通りにならないと怒る」といった自覚を持つケースも多く報告されています。特に子どもの場合、そのような行動は家庭や学校でのトラブルにつながることもあり、注意が必要です。 ただし、ゲームの長時間プレイが前頭前野の活動を直接的かつ永続的に低下させ、それが感情コントロールの低下に繋がるという科学的根拠は、現在も確立されていません。 参考:東京新聞「「ネットやゲームのしすぎ」と「子どものイライラ」の関連性 自分から変わるため、保護者は何ができるか」 集中力・記憶力への影響 ゲーム脳では、集中力や短期記憶の低下も指摘されています。テレビゲーム中は視覚と運動に関する神経が優位に働く一方、思考や記憶に関与する前頭前野の活動が抑制されるといいます。 この状態が長時間・長期間続くことで、考える力や集中力を持続する力が弱くなり、学業や日常生活に支障が出る可能性があると懸念されています。 社会性の欠如 さらに、ゲーム脳が進行すると、人間関係やコミュニケーション能力にも影響が及ぶ可能性があるとされています。前頭前野は「他人の気持ちを理解する」「空気を読む」などの社会性に深く関わる機能を持っています。 そのため、前頭前野の活動が鈍ることで、他人との関係構築が苦手になったり、友だちと遊ぶよりも一人でゲームを選ぶ傾向が強まる場合があります。 科学的根拠は不十分?ゲーム脳に対する専門家の懸念 一方で、「ゲーム脳」という言葉のその科学的な信頼性については、現在も賛否が分かれています。ここでは、脳科学の視点から見たゲーム脳への批判を紹介します。 脳科学から見たゲーム脳への批判 まず、「ゲーム脳」という理論に対して、測定方法や科学的根拠の妥当性を疑問視する声が挙がっています。たとえば、現在広まっている研究には、どのような脳波計を使ってデータを取得したのか、その精度が医学的に信頼できるものであったのかが明記されておらず、検証が難しいという問題があります。 さらに、もし確かな研究データであれば、学術論文として発表されているはずですが、実際には査読付きの論文としての公表はなく、一般向けの書籍のみで紹介されていることも、科学的信頼性を損なう要因とされています。 ゲームが原因とは限らない? また、これまでの研究では家庭環境や対人関係の要素が十分に考慮されておらず、「ゲーム時間が長い子どもに脳機能の低下が見られた」としても、その原因が本当にゲームによるものかどうかは明確でないという指摘もあります。 たとえば、親との会話が少なかったり、引きこもりがちだったりする子どもは、自然とゲーム時間が長くなる傾向があり、これが認知機能に影響している可能性も否定できません。 参考:東洋経済「「ゲーム脳の信憑性」を現役医師が怪しむ理由」 ゲーム脳と子育て:ゲームは本当に子どもに悪いのか? 「ゲーム脳」という言葉が不安を呼ぶ一方で、すべてのテレビゲームが子どもに悪影響を与えるとは限りません。大切なのはそのバランスです。 ゲームには創造性や反射神経を高める効果があるとする研究もあり、必ずしも一面的に否定すべきものではありません。ここでは、子どもの年齢に応じた影響や制限の考え方、国際的なガイドラインを参考に、家庭でできる対応策を紹介します。 年齢ごとの適切な制限 子どもの発達段階によって、ゲームが与える影響は異なります。特に未就学児(0~5歳)は、視覚・聴覚からの刺激に敏感で、東北大学の竹内光准教授、川島隆太教授らの研究では、長時間のゲームプレイは言語発達や社会性の育成に悪影響を与える可能性があると指摘されています。 小学生以降でも、長時間のプレイは睡眠不足や生活リズムの乱れにつながるリスクがあります。そのため、年齢に応じてルールを明確にし、親が見守ることが重要です。 参考:東北大学「長時間のビデオゲームが小児の広汎な脳領域の発達や 言語性知能に及ぼす悪影響を発見」 ゲーム時間のガイドライン(WHOの基準) 世界保健機関(WHO)は2019年に、子どもの健やかな発達には「座る時間を減らし、もっと身体を動かすこと」が重要だとするガイドラインを発表しました。これは、「To grow up healthy, children need to sit less and play more(健康に育つには、座るより遊ぶことが大切)」という明確なメッセージとともに示されたものです。 このガイドラインでは、5歳未満の身体活動、座りがちな行動、睡眠に焦点を当て、年齢別に以下のようなスクリーンタイムと身体活動の推奨基準が設定されています: 1歳未満: スクリーンタイムは推奨されません。 1~2歳: スクリーンタイムは推奨されませんが、もし行う場合は、保護者と一緒に、質の高い内容を短時間視聴する程度に留めるべきです。 3~4歳: 1日のスクリーンタイムは1時間以内、可能ならさらに短く。 5歳以上: スクリーン時間だけでなく、運動・睡眠とのバランスを考慮して管理することの重要性を強調しています。 さらにWHOは、運動不足や長時間の座位が、肥満・発達の遅れ・睡眠障害などのリスクを高めると警告しています。単に「ゲームを控えさせる」のではなく、「身体を動かす時間を意識的に増やす」ことが、健康な成長を促す上で欠かせないという考え方です。 このような国際的な指針をもとに、保護者が子どものゲーム利用や生活習慣を整えることで、ゲーム脳への過度な不安を避けながら、より前向きな対応につながります。 参考:WHO「To grow up healthy, children need to sit less and play more」 ゲームのメリットとバランスのとれた接し方 「ゲーム脳」という言葉が独り歩きして、「ゲーム=悪」ととらえられがちですが、実はゲームには認知機能や学習意欲を高める側面もあります。 ゲームには、子どもの脳に良い刺激を与えるものも多く、使い方次第で発達を支援するツールにもなります。ここでは、ゲームのメリットと、懸念される「依存」との違いを明確に理解し、健全な付き合い方を考えていきましょう。 認知機能の発達に有益なゲーム 近年の研究では、パズルゲームや脳トレ系ゲーム、戦略系のゲームが、記憶力・空間認知・判断力の向上に貢献する可能性があると示唆されています。たとえば、短時間の脳トレゲームは、前頭前野の活性化に役立つとも言われています。 また、複雑なルールやチームプレイを要するゲームでは、計画力や協調性、問題解決能力が育まれるともされています。つまり、内容と目的によっては、ゲームも立派な学習ツールになり得るのです。 ゲーム依存との違い 一方で注意すべきなのは、「ゲームの活用」と「ゲーム依存」を混同しないことです。依存状態になると、ゲームが生活の中心になり、学業・睡眠・人間関係に深刻な影響を及ぼすようになります。 世界保健機関(WHO)は2018年に、「ゲーム障害(Gaming Disorder)」を国際疾病分類(ICD-11)に正式に収載することを決定し、2022年1月1日に国際的に発行しました。これにより、ゲーム依存は国際的にも「治療が必要な健康問題」として認識されたことになります。 WHOによると、ゲーム障害とは以下のような行動パターンを指します: ゲームに対する制御ができない(やめられない) 日常生活や他の活動よりもゲームを優先してしまう 問題が生じていてもゲームを続けてしまう さらに、これらの行動が12か月以上にわたって続き、家庭・学校・仕事などに著しい支障をきたしている場合に診断されるとされています。 ただし、WHOも強調しているように、すべてのゲーマーがゲーム障害になるわけではありません。実際にこの状態に該当するのは、ゲーム利用者全体の中でもごく一部とされています。 重要なのは、ゲームを禁止するのではなく、日々の生活バランス、家族や友人との関わり、心身の変化に注意する習慣を持つことです。家庭では「いつ・どこで・どのくらい」のルールを明確にし、子どもが自分で調整力を育てていけるようサポートすることが、ゲーム依存を防ぐうえで最も効果的です。 参考:WHO「Gaming disorder」 ゲーム脳を正しく理解して、健全なゲーム環境を 「ゲーム脳」という言葉は不安をあおる側面がありますが、科学的な根拠には限界があり、一面的な判断は禁物です。大切なのは、ゲームのリスクとメリットの両面を理解し、子どもの年齢や個性に応じた使い方を工夫することにあります。 過度な禁止ではなく、家庭でルールを設け、コミュニケーションを重視した健全なゲーム環境を整えることが、トラブルを防ぎ、ゲームを有益なツールに変えるカギとなります。

脳でタイピング?Meta最新研究が示す非侵襲BCIの可能性

スマートフォンを操作せずに、考えたことがそのまま文字になるとしたら────まるでSFのような話ですが、近年この夢に一歩近づく研究が登場しています。Facebook改めMeta社では、2017年頃から「脳でタイピングする」技術開発に意欲を見せてきました1。 そしてついに2025年、Metaの研究チームは非侵襲型ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)で、脳活動からテキストを解読することに成功したと発表しました2。これは、脳に電極を埋め込むことなく、脳波などの信号を使って、頭の中で思い浮かべた文章を読み取ろうとする技術です。 この技術は、コミュニケーションが困難な人々への支援につながる可能性があるほか、将来的には誰もが使える「パーソナルBCI」としての応用も期待されています。この記事では、そんな注目の研究成果をわかりやすくご紹介します。 研究の概要:非侵襲BCIで脳活動から文字を入力 Meta社の研究論文『Brain-to-Text Decoding: A Non-invasive Approach via Typing』では、Brain2Qwertyと名付けられたAIモデルを使い、脳活動から直接テキストを生成する実験が報告されています。この方法の最大の特徴は「非侵襲的」であることです。 従来、BCIで高精度に脳信号を解読するには、脳に電極を埋め込む手術が必要でした。しかし本研究では、頭皮上の電極で脳の電気信号を計測するEEG(Electroencephalography、脳波計測)や、頭部を覆う装置で脳磁場を測定するMEG(Magnetoencephalography、脳磁気計測)といった、非侵襲的な計測だけで脳内の「タイピング信号」を読み取っています。 実験には35人の健康なボランティアが参加しました。被験者にはまず、画面に表示されたスペイン語の短い文(5〜8語程度)を覚えてもらい、その文をキーボードで入力してもらいます。ただし、入力中は画面に文字が表示されず、自分が何を打っているのかは見えない状態でした。この間の脳活動(EEGやMEG)を記録し、そのデータからAIが入力しようとしている文をどこまで正確に読み取れるかを検証しました。 MEGとEEGでの解読結果──「考えた文章」をどこまで再現できたか? 実験の結果、脳磁気計測(MEG)を使った場合、AIモデル「Brain2Qwerty」は平均で文字の誤り率32%という結果になりました。つまり、全体の約68%の文字を正しく読み取ることができたのです。 さらに、誤り率が19%=約8割の文字を正しく解読できた参加者もおり、そのレベルでは、AIが学習していない新しい文章でも、正確に再現できたと報告されています。 出典:Lévy, J., López-Cózar, C., Sharifian, F., et al. (2025). Brain-to-Text Decoding: A Non-invasive Approach via Typing. arXiv preprint. 、一方、脳波(EEG)だけを使った場合は、文字の誤り率が約30%にとどまり、約70%の文字を正しく読み取ることができました。これは、MEGの精度には及ばないものの、非侵襲BCIとしては非常に高い成果であり、今後の研究の大きな一歩となります。 技術の仕組み:EEGとAIで「タイピングの意思」を読み解く どうやって脳波から文字を当てることができるのか? 一見すると、どのような仕組みでそんなことができるのか、不思議に思う方もいるかもしれません。Brain2Qwertyのポイントは、脳が文字をタイプするときに生じるパターンをAIが学習し、それをもとに入力された文章を推測するしくみにあります。 人がキーボードで文を入力するとき、脳内では「次にどのキーを押すか」といった運動の指令や、思い浮かべた文章を整理し、言葉にするような認知的な処理が行われています。研究チームは、これらの脳信号のわずかな変化を捉えるため、前述のEEGやMEGで0.5秒ごとの脳活動を切り出して解析しました。この信号データを解読するAIモデルがBrain2Qwertyの正体なのです。 Brain2Qwertyの内部は、最新のディープラーニング技術を駆使した3つのモジュールから成ります: 畳み込みニューラルネットワーク(CNN)モジュール :脳波の生データから特徴を抽出し、0.5秒(500ミリ秒)単位の短い時間窓で信号パターンを捉え、脳活動の微細な変化をとらえます。 トランスフォーマーモジュール :タイピング中の脳活動の時間的な変化を分析し、「どの文字が入力されているか」を予測する役割を担います。前後の文脈も同時に捉えられるため、文章全体の流れをふまえた精度の高い予測が可能です。 言語モデルモジュール :スペイン語の文章データで事前学習された文字レベルの言語モデルで、AIが予測した文字列を補正します。直近の9文字分の文脈から次の文字の確率を計算し、トランスフォーマーの予測結果と組み合わせて、自然な文章に整えま。いわば自動スペルチェックのような働きで、脳信号由来の誤認識を言語的な観点から修正してくれます。 このように脳信号処理+深層学習+言語の知識を統合することで、Brain2Qwertyは被験者が頭の中で思い浮かべ、タイピングしている文章を解読することができるのです。 出典:Lévy, J., López-Cózar, C., Sharifian, F., et al. (2025). Brain-to-Text Decoding: A Non-invasive Approach via Typing. arXiv preprint. 面白いことに、研究チームの分析によれば、解読は純粋に指の動き(運動信号)だけに依存しているわけではなく、キーボード配列の影響やタイピングミスといった、頭の中で考えていることや判断のクセも含まれている可能性もあることが分かりました。つまり、脳内で文章を組み立て、キーを押す一連のプロセス全体をモデルが学習しており、単なる運動読み取り以上のことが起きているようなのです。 非侵襲BCIがもたらすコミュニケーション支援 この研究が注目される理由の一つは、言葉や身体を失った人々の新たなコミュニケーション手段につながる可能性です。近年、脳卒中や神経変性疾患で話す力を失った人に対して、脳内に電極を埋め込む侵襲型BCIを使い、文字や音声でのコミュニケーションを取り戻す研究が進んでいます。 たとえば、2021年には脳にセンサーを埋め込んで、頭の中で思い描いた文字を読み取り、1分間に約90文字も入力できたという研究が報告されています3。また2023年には、脳の表面に埋め込んだ皮質電極を通じて、考えた言葉をそのまま音声に変換し、ほぼ普通に話せるレベルの精度で「声を出す」ことに成功した研究も発表されています4。 しかし、こうした最先端のコミュニケーション補助は、センサーや電極を脳に埋め込む手術が必要であり、大きなリスクとコストを伴います。 そこで期待されるのが、非侵襲BCIによるコミュニケーション支援です。今回のMetaの成果は、自動補完や反復による訂正ができれば、80%近い文字精度でも意味の通る文章を伝えることは可能です。実際、外科手術は難しい高齢のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者や重度の麻痺患者にとって、脳に傷をつけないコミュニケーションBCIは、人生を変える可能性を秘めています。 今回のBrain2Qwertyはまだ研究段階ですが、将来的にこれを応用した装置が開発されれば、声や動きが失われた人々に再び言葉を取り戻す手段を提供できるかもしれません。 🧠 編集後記|BrainTech Magazineより 脳からの信号を読み取り、言葉として再構成する──かつて困難とされてきた課題に、非侵襲の手法で挑んだ今回の研究は、今後のBCI開発に向けた貴重な一歩となりました。まだ実用化には距離があるものの、これまで見えにくかった脳とテクノロジーの接点が、確かに輪郭を持ちはじめています。 📝 本記事で紹介した研究論文 Lévy, J., López-Cózar, C., Sharifian, F., et al. (2025). Brain-to-Text Decoding: A Non-invasive Approach via Typing. arXiv preprint.

自分の“好き”に従い研究の道へ:『恋愛の脳科学』研究者・藤崎健二さんの背景と原点

今回は、京都大学大学院で「恋愛の脳科学」の研究に取り組まれている藤崎さんにお話を伺いました。インタビューの前半では、藤崎さんの研究に至るまでの背景やこれまでの研究成果などについて詳しくご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview05/ インタビューの後半では、藤崎さんのパーソナルストーリーに焦点を当て、幼少期の生活や現在の趣味、研究に関するエピソードなどについて伺いました。 研究者プロフィール 氏名:藤崎 健二(ふじさき けんじ)所属:京都大学大学院 文学研究科 博士後期課程研究室:阿部研究室研究分野:恋愛、対人認知、fMRI 就職か進学かーー背中を押したのは自身の経験と一冊の本 ── まずは改めて簡単に自己紹介をお願いします。 現在は京都大学大学院文学研究科に所属し、研究に取り組んでいます。学部時代は慶應義塾大学理工学部で、脳波や心拍などの生理指標の解析に取り組んでいました。その後、恋愛関係の維持や構築を支える脳の仕組みについて深く研究したいと思い、大学院から京都大学に進学しました。 ── 大学院への進学はいつから考え始めましたか? 大学3回生の冬頃から、大学院への進学を考え始めました。元々は大学卒業後に就職するつもりでしたが、就職活動を進める中で、自分の心の声に従って好きなことや楽しいと思えることを仕事にしたいと思うようになりました。そんなとき、学部時代に図書館で偶然手に取ったのが『人はなぜ恋に落ちるのか?: 恋と愛情と性欲の脳科学』という一冊でした。恋愛の脳研究を専門にする第一人者の研究に触れたことで、昔から関心のあった「恋愛のしくみ」について本格的に研究したいという気持ちが強まり、大学院進学を決めました。 ── 始めは研究者になることは考えていなかったのですね。研究テーマの根幹となる、恋愛のメカニズムへの関心はどういった経緯でもつようになったのでしょうか。 自分自身の恋愛経験が大きかったと思います。これまでの人生の中で、特定の相手に強く惹かれる経験を通じて、恋愛がもたらす多幸感や心の揺れ動きは、日常で経験する感情とは質的に異なる、非常に特別なものだと実感しました。そうした体験から、なぜ恋愛はこれほどまでに人の感情や行動に強く影響を与えるのか、その背景にある脳の働きについて関心を持つようになりました。 ── ご自身の経験が研究へのモチベーションだったのですね。元々考えていた進路を変更する上で、苦労されたことはありますか? 周りの友人のほとんどが大手企業の就職を目指す中で、別の道を選ぶのは不安もあり、勇気が要る決断でした。そんな中、幸いにも同じように研究の道を志す先輩方が身近にいて、その存在が自分の背中を押してくれました。 人生のモットーはイチロー選手への憧れから ── 子供のころは脳科学以外にどのようなことに興味を持っていましたか? 小さい頃から、生き物に強い興味がありました。幼稚園の頃は昆虫が好きで、「昆虫博士」と呼ばれていたこともあります。小学生になると犬を家に迎え、高校時代には海外の爬虫類などを飼育していました。今でもいろんな動物が好きですが、犬が1番愛おしいです。 ── 様々な生き物に関心をもち続けた半生だったのですね。子供のころからの興味が現在まで続いているとのことですが、他にも今の自分に影響を与えた出来事や影響を受けた人物はいますか? はい、元メジャーリーガーのイチロー選手から大きな影響を受けました。小学校から中学3年生まで野球を続けていたこともあり、当時からイチロー選手は馴染みのある存在でした。あるとき、読書感想文のために彼に関する本を読んだことをきっかけに、その生き方や考え方に深く共感し、自分も彼のように信念を持って道を切り開いていける人になりたいと思うようになりました。 ── 具体的にはイチロー選手のどのような姿に影響を受けたのでしょうか? 好きなことを徹底して追求する姿勢に、強く影響を受けました。イチロー選手が野球という好きなことに出会い、誰よりも打ち込んできたからこそ、あれだけの成果を残せたのだと思っています。その姿勢は、「好きなことや楽しいと感じられることを大切にしたい」という、私自身の価値観の原点となっており、大学院進学を決める上でも大きな指針になりました。 また、直面する課題に対して原因の仮説を立て、検証し、改善へとつなげていくというイチロー選手の姿勢にも強く惹かれました。単に努力するのではなく、常に思考を巡らせながら自分を高めていくその在り方に、深い知性と探究心を感じました。 とはいえ、「修学旅行でも握力トレーニングを終えるまでは友達と遊ばなかった」という彼のストイックさについては尊敬しつつも、自分にはまだ難しいと思ってしまいます(笑) 研究は楽しい!ーーこれからの研究者に伝えたいこと ── 普段はどのように過ごされているのですか? 研究活動が生活のほとんどを占めています。その他には、研究室のリサーチアシスタント業務や、学部時代にアルバイトとして勤めていた会社からの委託業務などに取り組んでいます。 ── 研究やその関連活動が生活の一部となっているのですね。息抜きとして何か取り組んでいることはありますか? 今は料理にハマっています。昔から美味しい料理が好きで、学部時代は服と食べ物にバイト代を費やしていました。しかし、3年前に東京から京都に引っ越したことで美味しいお店と出会う頻度が減ってしまったので、節約も兼ねて自分で料理をするようになりました。最近はお肉やチーズの燻製料理にハマっています。 ── 最後に、これから同じ領域に挑戦してみたい学生や若い研究者に向けて、メッセージをお願いします。 研究に興味がある方には、「研究は楽しい!」ということをお伝えしたいです。アカデミアには自分の興味関心を探究できる世界が広がっており、大変なことも多いですが、この道を選んで本当に良かったと思っています。 少しでも関心がある方は、ぜひ勇気を出して、実際に研究をしている方の話を聞いてみることをおすすめします。近い分野でご活躍されている研究者の方々とは、研究に関する議論を深めたり、将来的に共同研究を行うなどのかたちでつながりを持てれば幸いです。 NeuroTech Magazineでは、ブレインテック関連の記事を中心にウェルビーイングや若手研究者へのインタビュー記事を投稿しています。また、インタビューに協力していただける研究者を随時募集しています。 応募はこちらから → info@vie.style

機械学習で進化するMI-EEG解析──脳波×AIの最新研究まとめ

頭の中で手を握る動作を思い描く──それだけでも、脳は小さな信号を発しています。その微細な脳波を正しく読み取ることで、人は「考え」を機械に伝えることができるかもしれません。 このような仕組みはMotor Imagery EEG(MI-EEG)と呼ばれ、いま世界中の研究者たちが開発競争を繰り広げている分野です。 今回は、MI-EEGの技術の広がりと、その歩みを追った2024年発表の論文 「Enhancing motor imagery EEG signal decoding through machine learning: A systematic review of recent progress」をもとに、近年注目されている機械学習と脳波技術の融合によって、どのように「考えるだけで伝わる世界」が実現に近づいているのかを、わかりやすくお届けします。 MI-EEGの仕組みと課題 MI-EEGとは、ある特定の運動を思い浮かべたときに脳波に現れる、特有の変化=パターンを読み取り、「右手を動かそうとしている」「足を動かそうとしている」といった想像内容を解読する技術です。 この脳波のパターンは、脳の運動をつかさどる領域(運動野)の活動によって生じます。たとえば右手の動きを想像すると、左脳の特定のエリアが反応し、そこに特徴的な脳波の変化が表れます。この変化を検出することで、思い描いた動作を推定し、機器の操作などに応用することができるのです。 ところが、こうしたEEG信号は非常に微弱で、まばたきや筋肉の動きなどのノイズに埋もれやすく、個人差も大きいという厄介な性質があります。そのため、従来の非侵襲的なBCI(Brain-Computer Interface)では、せいぜい「はい・いいえ」といった単純な意思しか読み取れないという限界がありました。 さらに、脳波の出方には人それぞれ違いがあるため、脳波を判別するモデルは利用者ごとに一から調整し直す必要があり、これも実用化における大きな壁のひとつとなっていました。 加えて、脳波は波の強さ(振幅)やリズム(周波数)といった特徴が、時間や体調によって変化する非定常な信号です。必要な脳の信号よりもノイズが目立ってしまうことも多く、信号対雑音比(SNR)が低いという特性も、安定した解析を難しくしていました。 MI-EEG解析における機械学習・深層学習の進化 こうした課題を打破しつつあるのが、近年の機械学習(ML)、とりわけ深層学習(ディープラーニング, DL)の技術です。実は、BCI分野では以前から機械学習によって脳波のパターンを分類する研究が行われてきました。しかしその多くは、EEGデータをモデルで扱うために、「どの周波数帯に注目すべきか」「どの脳の部位が反応しているか」といった特徴を見極めて選び出す作業(特徴抽出)や、それをもとに分類モデルを動かすための細かなパラメータ設定が欠かせませんでした。 これらの工程には、豊富な知識と経験が必要で、システム構築には多くの時間と手間がかかっていたのです。 しかし2017年頃から、状況が大きく変わり始めました。BCI Competition IVやPhysioNetなど、複数の被験者による運動想起タスクの脳波を収録した、大規模なオープンデータセットが次々と公開され、これを活用して高性能な深層学習モデルが脳波解析に本格的に導入されるようになったのです¹。 深層学習の強みは、生の時系列データから自動で意味のある特徴を学習できることにあります。従来は専門家が行っていた周波数帯の選択や空間フィルタの調整といった作業を、モデルが自ら学びながら処理してくれるようになりました。 この技術によって、MI-EEGのように複雑でノイズの多い信号でも、より柔軟かつ高精度に脳波を読み取ることが可能になってきました。 ¹ Hossain, K. M., Islam, M. A., Hossain, S., Nijholt, A., & Ahad, M. A. R. (2023). Status of deep learning for EEG-based brain–computer interface applications. Heliyon, 9(3), e14029. 主な深層学習モデルとMI-EEGへの応用 具体的に、近年のMI-EEGデコーディングで活躍している深層学習モデルや手法には、以下のようなものがあります。 CNN(Convolutional Neural Network:畳み込みニューラルネットワーク) 脳波には、「どの場所の電極で信号が強く出ているか」といった空間的な分布や、「どの周波数の信号が目立つか」といった周波数の特徴が含まれています。こうした情報を自動で見つけ出せるのが、CNNという深層学習モデルです。 このモデルは、もともとは画像認識の分野で活躍してきたモデルで、画像の中から形や模様を見分けるのと同じように、脳波の形や波のリズムを見つけ出せるのが特徴です。 実際、従来用いられていたCSP(共通空間パターン)+LDA(線形判別分析)といった機械学習アプローチに比べ、 CNNベースのモデルは、より柔軟に複雑な脳波パターンを扱うことができ、特にうまく脳波で意思を伝えられなかった被験者でも、分類精度が向上したという報告もあります²。 ² Hameed, I., Khan, D. M., Ahmed, S. M., Aftab, S. S., & Fazal, H. (2022). Classification of motor imagery EEG using deep learning increases performance in inefficient BCI users. PLOS ONE, 17(7), e0268880. RNN(Recurrent Neural Network:再帰型ニューラルネットワーク) 脳波のように「時間とともに変化するデータ」を扱う場面では、RNNという深層学習モデルが使われます。RNNは、過去の情報を記憶しながら現在の情報を処理できるのが特徴です。 たとえば、ある動作を思い描いたとき、脳波には一瞬だけでなく、時間の流れに沿って特徴的な変化が現れます。RNNはこのような時系列のパターンを捉えるのが得意で、「いつ、どんな変化があったか」といった情報を生かして分類を行うことができます。 このおかげで、静止画のような断片ではなく、時間の流れに沿った変化として信号を読み取れるようになり、より安定した分類が可能になりました。 転移学習(Transfer Learning) 転移学習では、あらかじめ多くの脳波データを使って学習させたモデル(ベースモデル)を使い、それを新しい利用者やタスクに合わせて、少ないデータで効率よく調整することができます。 たとえば、「右手を動かす想像」といった共通の脳波パターンをすでに学習済みのモデルがあれば、新しい人の脳波を少しだけ読み込むだけで、その人専用のモデルをすばやく作ることができるのです。 これにより、大量のデータを用意したり、毎回ゼロから学習し直したりする負担を大幅に減らすことができ、特にデータが取りにくい医療・福祉現場などでの活用にも期待が高まっています。 このように機械学習、とりわけ深層学習の導入によって、MI-EEG信号の解読精度は飛躍的に向上しました。実験室レベルでは、頭に装着した電極から得られる脳波だけで「右手」「左手」「両足」など複数種類の運動想像をかなりの精度で分類できるようになってきています。 たとえば、EEGNetというモデルは、とてもコンパクトな構造のCNNとして設計されており、データ量が限られている場面でも、高い精度で動作することが特徴です³。少ない学習データでも安定して使えるように工夫されていて、実際に多くの研究で活用が広がっています。 ³Lawhern, V. J., Solon, A. J., Waytowich, N. R., Gordon, S. M., Hung, C. P., & Lance, B. J. (2018). EEGNet: A Compact Convolutional Network for EEG-based Brain-Computer Interfaces. Journal of Neural Engineering, 15(5), 056013. MI-EEG技術を社会に届けるために乗り越えるべきこと 深層学習によってMI-EEGの解析精度は大きく向上しましたが、それを活用した応用システム(MI-BCI)として実用化するには、まだ乗り越えるべき課題も残されています。 たとえば、装着が簡便な簡易EEGデバイスでは、高性能な研究用システムと比べると信号品質が高くないため、日常利用にはノイズ対策が重要になってきます。またアルゴリズム面では、ユーザーが長時間使っても都度再学習しなくて済むような、高い汎用性や継続的学習の仕組みが求められています。 幸いなことに、こうした課題に対しても研究は進んでおり、脳波データを増強するデータ拡張手法や、異なる個人間でモデルを融通するドメイン適応技術、他の生体信号と組み合わせたハイブリッドBCIなど、様々なアプローチが提案されています。まさに人間の脳と機械をつなぐ架け橋として、MI-EEG技術は機械学習との融合によって日々アップデートされているのです。 近い将来、例えばリハビリテーションの現場で患者さんが頭で思い描くだけでロボットスーツを動かし、運動機能回復を助ける――そんな光景が当たり前になるかもしれません。ニューロテック最前線のMI-EEG×機械学習の進化から、これからも目が離せません。 🧠 編集後記|BrainTech Magazineより MI-EEGと深層学習の組み合わせは、これまで読み取りが難しかった脳の信号をより正確に扱える技術へと押し上げています。 実用化にはまだいくつかのハードルがありますが、個人ごとの違いやノイズの多さを乗り越えるための工夫も進み、MI-EEGは実際に使える技術へと着実に近づいています。 BrainTech Magazineでは、こうした研究の進展とその社会実装への動きを、これからも丁寧に伝えていきます。 📝本記事で紹介した研究論文 Hameed, I., Khan, D. M., Ahmed, S. M., Aftab, S. S., & Fazal, H. (2023). Enhancing motor imagery EEG signal decoding through machine learning: A systematic review of recent progress. Biomedical Signal Processing and Control, 84, 104960.

音楽を聴いた「喜び」や「安心」が脳波でわかる?──脳が感じる音楽の“気持ち”を読み解く

「音楽を聴くと心が踊る!」そんな経験、きっと誰にでもありますよね。でも、どうして音楽がこれほどまでに私たちの感情を揺さぶるのでしょうか? その謎に、脳波(EEG)を使って迫ろうとする最新のブレインテック研究が登場しました。2024年にIEEEで発表された注目の研究では、音楽を聴いているときの脳波から、その人の感情を4つのカテゴリーに分類するというチャレンジが行われています。 今回は、音楽と脳の意外なつながり、そしてこの研究から見えてくる新しい可能性について、わかりやすくご紹介します。 音楽を聴いているとき、脳では何が起きているのか? 今回紹介するのは、2024年にIEEEで発表された最新研究「EEG-Music Emotion Recognition: Challenge Overview」です。この研究では、音楽を聴いているときの脳波(EEG)に注目し、そこから「喜び」「安心」「悲しみ」「怒り」といった感情を推定することにチャレンジしています。 脳波とは、頭の表面から記録できる微弱な電気信号で、私たちの脳が活動している証のようなものです。音楽を聴いているとき、脳はこの信号を通してさまざまな反応を見せてくれます。 また、音楽は人の感情を強く動かす刺激として知られており、実際に「楽しい」「切ない」「緊張する」など、聴いているだけで気持ちが大きく揺れ動くこともあります。こうした感情の動きが、脳波のパターンにも現れるのではないか――そんな仮説のもと、研究チームは脳波から感情を読み取ることに挑戦しました。 このアプローチは、今までの「表情や心拍から感情を推測する」という方法とは一味違います。というのも、脳波は脳内で直接起こっている活動を捉えるため、音楽による微細な感情の変化もより直接的に反映されるからです。もちろん、脳波自体は非常に微弱でノイズも多く、解析は簡単ではありませんが、ディープラーニングをはじめとする最新の機械学習技術によって、そうした複雑なパターンの解明も少しずつ可能になりつつあります。 好きな曲 vs 初めての曲、脳はどう反応する? この研究では、20代〜30代の被験者34人が参加し、音楽を聴いているときの脳波を記録しました。使われた曲は16曲で、半分は被験者が選んだ“お気に入りの曲”、もう半分は他の人が選んだ“初めて聴く曲”です。慣れた音楽と新しい音楽で脳の反応がどう変わるかも調べています。 音楽を聴いた後には、「どんな気持ちになったか?」を、感情マップ(ジュネーブ感情ホイール)を使って自己申告してもらいました。この回答が、AIにとっての感情の正解になります。 つまり、本人がどう感じたかをラベルとして使うことで、「この脳波は安心のとき」「これは怒りのとき」といったデータをAIに学習させることができます。これが「教師あり学習」と呼ばれる方法です。 これを使って解析した結果、脳波は人によって違いはあるものの、特定の感情に共通する傾向があることが確認されました。 感情の読み取りは本当にできるの? この研究の目的は、脳波から「今、どのような感情を感じているのか?」という問いに答えられるようにすることです。しかし、現時点での精度は約30%程度で、4つの感情カテゴリーの中からランダムに選んだ場合の正答率(25%)をやや上回る水準にとどまっています。 出典:S. Calcagno, S. Carnemolla, I. Kavasidis, S. Palazzo, D. Giordano and C. Spampinato, "EEG-Music Emotion Recognition: Challenge Overview," ICASSP 2025 - 2025 IEEE International Conference on Acoustics, Speech and Signal Processing (ICASSP), Hyderabad, India, 2025, pp. 1-3, doi: 10.1109/ICASSP49660.2025.10888506. とはいえ、これはあくまでもスタート地点です。研究チームはこの結果をもとに、精度をさらに高めるための新たな手法の開発やデータの充実に取り組んでいます。ブレインテックの分野は日々進化しており、次のステップでは、より精度の高い成果が期待されます。 あなたの脳に合わせた音楽療法の実現可能性 注目すべきは、この技術が単なる実験に留まらず、実用面での応用が期待されている点です。たとえば、音楽療法の分野では、患者が音楽を聴いているときの脳波をリアルタイムで解析し、最適な治療法を提案することが可能になるかもしれません。 うつ病や不安障害の治療現場では、音楽を使ったセラピーの効果を脳波で見える化することで、患者ごとに合った曲の選定や、セラピー中の状態把握に役立てられる可能性があります。 また、介護や認知症ケアの現場でも、音楽による感情反応を脳波で捉えることで、患者の状態を見守りながら心を落ち着かせる音楽環境をつくるといった応用も期待されます。将来的には、ウェアラブル脳波計と連動した音楽プレーヤーが登場し、そのときの精神状態に合わせてリラックスできる音楽を自動選曲してくれるようなシステムも考えられます。 🧠 編集後記|BrainTech Magazineより 音楽は私たちの心を大きく揺さぶります。その感動の裏側には、まだ未知の脳波パターンが隠れているかもしれません。IEEEで発表された今回の研究は、そんな“脳が感じる音楽”を読み解こうとする第一歩です。 精度はまだ発展途上ですが、ブレインテックの進化により、音楽療法やメンタルヘルスの分野での応用も現実味を帯びてきています。 この記事が、脳と音楽のつながりに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。今後もブレインテックの面白い話題をお届けしていきますので、お楽しみに! 📝本記事で紹介した研究論文 Calcagno, S., Carnemolla, S., Kavasidis, I., Palazzo, S., Giordano, D., & Spampinato, C. (2024). EEG-Music Emotion Recognition: Challenge Overview. 2024 IEEE International Conference on Acoustics, Speech and Signal Processing (ICASSP).IEEE. https://ieeexplore.ieee.org/document/10888506

AIが命を救う意思決定を支援する時代──脳波×AIで重症脳損傷治療を

集中治療室で命をつなぐカギとなるのが、脳の状態を見守る「脳波モニタリング」です。近年、この分野にAI(人工知能)が加わり、重症の脳損傷患者のケアが大きく進化しつつあります。 そして、AIがリアルタイムで脳波を解析し、最適な治療を提案する──そんな医療の未来が、すでに現場に届き始めています。 今回は、2025年に発表された最新論文「Using artificial intelligence to optimize anti-seizure treatment and EEG-guided decisions in severe brain injury」をもとに、AIがどのように脳波を読み解き、命を支える医療判断に活かされているのかを紹介します。 見た目では判断できない「脳内の異常」を捉えるAI 脳卒中や外傷などで重度の脳損傷を負い、集中治療室に入っている患者の中には、意識がないように見えても、実際には脳内で危険な発作が進行していることがあります。このような外からは気づきにくい発作を見逃さないために、医療現場では脳波(EEG)のモニタリングが行われています。 特にけいれんを伴わない「非けいれん性発作」は、見た目ではわからず、医師の目をすり抜けてしまうこともあります。連続的に脳波を記録する「cEEG(連続脳波モニタリング)」は、そうした見えない異常を検出するための重要な手段ですが、膨大なデータを一つひとつ人の目で確認するのは現実的ではないため、AIがこの解析で活躍し始めています。 AIは、膨大な脳波データの中から発作の兆候をとらえ、異常を自動で検出します。 たとえば、ある解析方法では、脳波の変化をヒートマップのように色で視覚化します。下図のように、発作が起きている時間帯には、赤やオレンジが帯状に広がり、「炎のようなパターン」として現れます。 出典:Zade Akras, Jin Jing, M. Brandon Westover, Sahar F. Zafar.Using artificial intelligence to optimize anti-seizure treatment and EEG-guided decisions in severe brain injury こうした視覚的な表示によって、医療従事者は数分で1日分の脳波を確認できるようになり、発作の見逃しを減らすだけでなく、専門医以外のスタッフでも初期の異常に気づけるようになることが期待されています。 治療のさじ加減もAIがサポート 抗てんかん薬や鎮静薬は、重症脳損傷の治療において欠かせないものですが、薬が効きすぎると意識の低下や副作用を招き、反対に薬が効かなければ発作が止まりません。このさじ加減は患者ごとに異なるため、個別に調整する必要があります。 本研究では、脳波の反応や薬物の作用をAIが解析することで、「この患者にはどの薬を、どのくらいの量で使うべきか」を医師に提案するという手法が紹介されています。 さらに、脳波の中でも「バースト抑制」と呼ばれる鎮静状態の深さに着目し、AIがそれをリアルタイムで評価することで、過剰な鎮静を避けながら治療を続けるための判断材料も提供されます。このように、AIはデータをもとに治療の最適なポイントをその人ごとに導き出すパートナーとして活躍する可能性があります。 医師の判断を支える、もう一人の目としてのAI AIによる脳波解析は、すでに医療の現場で実用化が進んでいます。見えない発作を捉え、最適な治療を提案し、回復の可能性を探る――それはまさに、「AIが命を救う意思決定を支援する時代」の到来です。 これからの医療において、AIは単なるツールではなく、患者と医療チームをつなぐ新たなパートナーとして期待されています。 🧠 編集後記|BrainTech Magazineより 医療の現場にAIが入ってくると聞くと、どこかSFのように感じるかもしれません。 でも、脳波データを24時間見守り、発作の兆しを即座に伝えてくれるAIは、すでに現場のチームの一員として動き始めています。 人とAIが協力して命を守る、そんな新しい医療のかたちにこれからも注目です。 📝本記事で紹介した研究論文Zade Akras, Jin Jing, M. Brandon Westover, Sahar F. Zafar.Using artificial intelligence to optimize anti-seizure treatment and EEG-guided decisions in severe brain injury Clinical Neurophysiology Practice, Volume 10, 2025. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1878747925000029

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