食べ物の好き嫌いに個人差があるのはどうして?

コラム
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みなさんには、苦手な食べ物がありますか?一つや二つならともかく、「これもダメ」「あれも食べられない」と、幅広い食べ物が苦手な方を見かけることもありますよね。

では、なぜこれほどまでに食べ物の好き嫌いには個人差があるのでしょうか?今回の記事では、「食べ物」をテーマに、その理由を深掘りしていきたいと思います。

前回のコラムはこちらです。

生まれた赤ちゃんがみんな好きな食べ物とは?

「私はこれしか食べません」「これもあれも食べません」――そんな偏食傾向のある人が、みなさんの周りにも一人や二人はいるのではないでしょうか。このような極端な偏食は、摂食行動として「障害レベル」とも言える場合があります。

栄養面から見ると、食事があまりにも単一化されているのは危険です。栄養の多様性が欠けることで、健康リスクを伴う可能性があります。このような偏食は、単なる「好き嫌い」の域を超え、病的な側面を感じる場合もあります。そして、このような食行動には、生育環境が大きく影響を与えていると言われています。もちろん、生まれつきの傾向として好き嫌いが多少存在するのも事実です。

例えば、生まれたばかりの赤ちゃんに砂糖水、酸っぱい水、苦い水などを与えると、多くの場合、酸味や苦味のあるものに対して強く嫌がる反応を示します。泣き出してしまうことも少なくありません。これは、人間が生まれつき好む味が「甘味」であるためです。スクロース(砂糖などの甘味)がその代表で、苦味や酸味は元々好きではないのです。しかし、成長とともに、私たちの脳は新しい味覚を学習していきます。

例えば、コーヒー牛乳を初めて飲んだときは、その甘さや香り、カロリー感を脳が認識し、少しずつ「おいしい」と感じるようになります。同じように、最初は苦手だった苦いものでも、繰り返し経験することで好きになる場合があります。これは、過去に取り上げたビールの例にも通じる話です。苦味に慣れ親しむのも、脳の学習によるものなのです。

生まれつき嫌いとされる苦味のある食べ物も、経験を通じて学習し、食べられるようになっていくものです。この「学習」は、つまり経験の積み重ねとも言えます。「このフレーバーや香りのある食べ物は価値がある」と脳が学習することで、次第に肯定的な感情が生まれ、好きになることが多いのです。

また、赤ちゃんの嗜好にも、母親の食生活が影響を与えるという興味深い話があります。例えば、妊娠中および授乳期にニンジンジュースをよく摂取していた母親の赤ちゃんは、生まれた後、ニンジンの味が含まれる食べ物に対してより興味を示し、好む傾向があるとされています。このように、妊娠中および初期の授乳期に母親が何を食べていたかが、赤ちゃんの味覚の好みに影響を与える場合もあるのです。

さらに、成長過程で嗜好が変わることもよくあります。子供の頃は苦手だった食べ物が、大人になるにつれて好きになる経験は、多くの人に共通するものです。例えば、酸味の強い蟹酢や苦味のある魚の肝などは、一見とっつきにくい味ですが、これらが「お酒と一緒に食べると価値が増す」という新たな体験を通じて、次第に好きになることがあります。

このような、食べ物と飲み物の相乗効果を「マリアージュ」と呼びます。適切な組み合わせによって、単独では感じられない新たな価値が生まれ、1+1が5にも感じられるような特別な体験ができるのです。

※出典:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11389286/ ,2024年12月19日参照

好き嫌いの多い子供に美味しくご飯を食べてもらうには?

食の好みは人それぞれで、薄味を好む人もいれば、濃厚な風味を求める人もいます。この違いには、遺伝的な要因や育った環境、特に子どもの頃の家庭での食事経験が深く関係していると考えられています。脳は経験を通じて味覚を学ぶため、幼少期にさまざまな味を体験しなければ、多様な嗜好が育ちにくくなる可能性があります。

たとえば、子どもの好き嫌いに悩む親も多いですが、その克服には「学習」を活用する方法が効果的です。苦手な食材を好きな料理に混ぜて少しずつ慣れさせることで、脳がその風味を「美味しい」と認識しやすくなるのです。コーヒーが苦手な人がコーヒー牛乳をきっかけに慣れるようなプロセスと同じ原理です。

また、香りや見た目が味覚に与える影響も見逃せません。例えば、バニラの香りを嗅ぐと甘さを想像しますが、実際のバニラエッセンスには糖分が含まれていません。それでも「バニラ=甘い」と感じるのは、砂糖やミルクと一緒に摂取した経験が脳に条件付けとして残っているからです。同様に、かき氷のシロップの色が味覚に影響を与えるのも、脳が視覚情報に基づいて味を予測するためです。

このような現象は「クロスモーダル」と呼ばれ、視覚や嗅覚といった感覚が味覚に影響を与えることを指します。香りや見た目、味覚が相互に作用して、私たちの食体験を形成しているのです。この仕組みを理解し活用することで、子どもの好き嫌いを克服する手助けができるでしょう。

国によって食の好みが異なるのはどうして?

国ごとに食の好みが異なるのは、主に「学習」の違いによるものと考えられます。つまり、子どもの頃に何を食べて育ったかが、その人の味覚の基盤を形作るのです。同時に、それぞれの文化が合理性に基づいた食選択を行ってきた歴史も影響しています。

例えば、辛いものが好まれる国では、カプサイシンという唐辛子に含まれる成分が重要な役割を果たしています。20年ほど前にこの成分が注目され始めましたが、実は辛さを感じる仕組みは「アツい」と感じる温覚と同じです。カプサイシンには抗酸化作用や防腐効果があり、食中毒を防ぐ機能もあるとされています。そのため、特に赤道に近い暑い地域では、食材の保存性を高めるために辛いものが取り入れられ、結果として嗜好の一部となっていったと考えられます。このように、最初は機能的な理由で始まった食文化が、時間とともに嗜好として根付いていくのです。

日本を例に挙げると、海に囲まれた地理的条件から生魚を食べる文化が発展しました。さらに、海藻を食べる文化も東アジア特有とされ、海苔を消化できない国の人々がいるという話もあります。一方で、食材の扱い方や衛生管理の技術によっても食文化は変化します。例えば、生卵は食中毒リスクが高い地域では避けられますが、日本では衛生管理技術の発展により、広く親しまれています。

技術の進歩は、新たな食文化の創造にも寄与します。たとえば、日本酒はかつて酵母を生かしたままだと保存が難しく、生酒を楽しむことは困難でした。しかし、冷蔵輸送技術が普及し、生酒がどこでも飲めるようになったことで、食文化が多様化しました。このように、環境や文化だけでなく、技術も食の好みに影響を与え、多様性を広げています。

食の好みは、自然環境や文化的背景に基づいて発展し、技術の進化によってさらに広がりを見せます。これらが複合的に絡み合い、現在の多様な食文化が形成されているのです。

まとめ

食の好みは、生まれ持った感覚や遺伝的要因だけでなく、子どもの頃の経験や環境、文化、さらに技術の発展によって形成され、多様化していきます。人は学習を通じて味覚を広げ、初めは苦手だったものも、他の価値や経験と結びつけることで好きになっていくことが分かります。

また、国や地域ごとの食文化には、合理性や環境への適応が反映されており、嗜好はその過程で根付いていくものです。さらに、技術の進化が新しい食材や調理法を可能にし、食文化のさらなる多様性を促進しています。

このように、私たちの食体験は、学習、文化、技術が複雑に絡み合って作られているのです。それが、食という普遍的な行為の中に個性や地域性が表れる理由と言えるでしょう。

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次回

次回のコラムでは、「人はどのような食べ物を美味しそうと感じるのか」についてご紹介します。

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