生理前にイライラしたり、感情の起伏が激しくなったりする症状は、「PMS(月経前症候群)」として広く知られています。この女性特有の現象について、脳科学の視点からどのようなメカニズムが解明されているのでしょうか?
今回は特に「感情」に焦点を当て、PMSの背景にある科学的な要素やその影響について掘り下げてみたいと思います。
前回のコラムはこちらです。
女性が生涯PMSの症状に悩まされる期間は○年?
PMS(月経前症候群)については、現代の医学や脳科学をもってしても、未だそのメカニズムの詳細は解明されていません。この点では発達障害と似ており、症状自体は明確であるものの、その根本的な原因については分からない部分が多いのが現状です。
PMSの代表的な心理的症状として挙げられるのが、気分の落ち込みです。重い症状を持つ場合には、自殺に至るケースもあるほど深刻であり、社会的にも注目すべき課題といえます。このほか、イライラや攻撃性の増加、不安感、パニック発作、やる気の低下など、多岐にわたる心理的影響が報告されています。
心理的な影響に加えて、PMSには身体的な症状も伴います。例えば、ニキビの発生、腹部膨満感(お腹の張り感)、甘いものへの渇望、頭痛などが挙げられます。これらの症状の組み合わせは人によって異なり、その程度も軽度から重度まで幅広いものです。
統計によると、50〜80%の女性が何らかのPMS症状を経験するとされており、特に若い女性に多い傾向があります。その中でも、4つ以上の症状に該当する女性は約35%に達し、一生のうち約7年間もPMSに悩まされると言われています。月経前の2週間から症状が始まると考えると、生理中の不調も含め、多くの女性が1ヶ月のうちわずか1週間程度しか元気に過ごせないのではないか、と感じさせられるほどです。
以前、思考バイアスに関する回で、排卵日に女性の心理や認知に変化が生じるという話を紹介しました。例えば、競争が激しい環境にいると、美しい顔立ちの人や魅力的な人物が不快に感じられることがあるという研究結果もあります※。これは感情が外部の刺激や環境要因に左右されることを示していますが、PMSの場合は、ホルモンの変動が感情や心理状態に直接影響を及ぼしているのです。
このようなホルモンの影響は女性特有のものと思われがちですが、実際には男性にも当てはまります。男性がホルモンバランスを崩すことで、感情的な問題が生じることもあるとされています。
PMSはその症状の多様性と深刻さから、個人だけでなく社会全体での理解と支援が必要です。女性特有の周期的な変化がどのように感情や身体に影響を及ぼすのかを知ることは、性別を問わず重要な課題と言えるでしょう。
※出典:Fertile women rate other women as uglier | New Scientist, 2024年12月19日参照
PMSを改善させるさまざまな方法とは?
PMSの改善策として、ピルや漢方薬が処方されることもありますが、それらが体に合わないと感じる人も少なくありません。PMSは本人がつらいだけでなく、感情のコントロールが難しいため、対人関係にも影響を及ぼしてしまうことがあります。
例えば、生理周期の影響で、1ヶ月に1度はカップル間で大きな喧嘩をしてしまうこともあるかもしれません。男性側は「毎月のことだから何とかしてほしい」と思う一方で、女性も「どうにかしたいけれど難しい」と感じている場合が多く、互いにとってつらい問題です。
では、PMSの症状を少しでも和らげる方法はあるのでしょうか?
PMSの原因の一つとして、ホルモンの変動が挙げられます。特にエストロゲンと呼ばれるホルモンが一時的に減少することが症状に関係していると言われており、これを補うホルモン療法が存在します。また、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ薬を用いることで、セロトニンレベルを増やし、症状を軽減できる可能性も指摘されています。
運動やストレスの回避、良質な睡眠を心がけることも、PMSの症状を和らげる上で有効です。運動には気分を前向きにする効果があり、特に生理前に直接効くというより、全体的なメンタルヘルスに良い影響を与えると考えられています。
最近注目されているのは、副作用のない非薬物的な治療法です。中でも音楽療法は興味深いアプローチとして注目されています。人によって効果的な音楽は異なることがありますが、自分に合った音楽を見つけることで、不安の軽減やリラクゼーション効果が得られ、快眠や症状の緩和につながることが示されています※。
PMSは、場合によってはうつ病と同じくらい深刻な影響を与えることがあります。そのため、ホルモン療法や認知行動療法(CBT)のような心理的アプローチを含む治療法のさらなる発展が望まれます。
ピルや漢方、さらには市販薬に頼ることも一つの選択肢ですが、副作用のリスクを考えると、薬に頼らない治療法が重要です。運動や音楽療法など、身近で取り入れやすい方法を試しつつ、自分に合った解決策を見つけることが大切です。特に好きな音楽を楽しむことで、心が落ち着き、より良い睡眠を得られる可能性があるというのは、誰にでも手軽に試せる朗報と言えるでしょう。
※出典:https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/49406/1/16_89.pdf?utm_source=chatgpt.com, 2024年12月19日参照
まとめ
人間の感情はさまざまな要因で変化しますが、特にホルモンバランスの影響で怒りやすさや落ち込みやすさが生じることは、特に女性にとって大きな課題です。薬物療法が提案される場合もありますが、副作用や体に合わないといった問題から、必ずしも簡単な解決策ではありません。そのため、薬に頼らない改善方法への関心が高まっています。
音楽療法や生活習慣の見直し、さらにはニューロテクノロジーの発展により、感情をより効果的にコントロールできる未来が期待されています。これからも多くの人が自分に適した方法を見つけ、穏やかな心で過ごせる時間が増えることを願います。
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