世の中からメンタルヘルスの不調が無くならないのはどうして?
メンタルの課題は、周囲からなかなか理解されにくいものです。本人は周りが思っているほど容易に自分をコントロールすることができません。 では、そのような問題を抱えている人たちは、本当に「かわいそうで弱い人たち」なのでしょうか? 今回は、進化論的な話も交えながら、精神医学の知見について紹介していきます。 前回のコラムはこちらです。 https://mag.viestyle.co.jp/columm19/ メンタルヘルスは遺伝的な問題? メンタルヘルスの問題を抱える人々にとって、自分の内面と周りからの見え方のズレは非常に辛いものです。 例えば、悩みを抱えながらも少しでも自分を好きでいられるように良い写真をSNSに載せると、「承認欲求の塊だ」「可愛いって言ってもらいたいだけなんでしょ」と批判されてしまうことがあります。 しかし前回もご紹介したように、メンタルヘルスの問題では、自己責任論を唱えられることが多いのですが、本人たちが好きで醜形恐怖症や摂食障害になっているかと言ったら、きっと違うと思います。 そのようなメンタルの問題は、性別や遺伝などの、私たちにはどうしようもできない生物学的なところで、抱えることが多いと分かっています。それこそメンタルの問題は女性のほうが発症しやすいのが事実です※。 女性として生まれたというだけで、発症しやすいことを自己責任論にしてしまうのは、少し違う気がしますよね。鬱でいうと、セロトニン関連の調節遺伝子が発症に関わっています。もちろん遺伝子だけで、メンタルヘルスの問題を語れるわけではありませんが、遺伝子も好きで選んで生まれてきたわけではないため、自己責任論は考えるべきところが多そうです。 また遺伝だけでなく、発症の一つの原因として環境も考えられます。ネグレクトや虐待などの、幼い頃のストレス経験があったりすると、メンタルヘルスの課題に直面しやすいと言われています。子どもは、決して自ら選んだわけではありません。メンタルヘルスを自己責任論にすることは、辛辣であると感じます。 ジェネティックな要因や環境要因など、本人が選べないところでメンタルの問題を抱えてしまうことは間違いなく存在します。本人が好き好んで甘えているわけではないという理解が、メンタルヘルスの問題に対する適切な対応の第一歩となるでしょう。 ※出典:Utilising quantitative methods to study the intersectionality of multiple social disadvantages in women with common mental disorders: a systematic review | International Journal for Equity in Health | Full Text (biomedcentral.com), 2024年10月16日参照 メンタルヘルスの問題は、人類の進化にとって重要なこと 以前、感謝やバイアスが進化の過程でどのように残ってきたのかについて紹介しましたが、一部の人々にとって生きにくさを生み出してしまっているメンタルの不調は、なぜ進化の過程で残ってきたのでしょうか? 大前提として、進化の過程でセレクションが起こる際、人間の幸せを最大化するようには進化の仕組みは作られていません。実は、人間の脳が高度に発達していくことと、メンタルヘルスの問題に直面することには関連があると考えられています。 ある研究によると、双極性障害の遺伝子を持つ人々は、持たない人々と比較して、言語能力や創造性が高いことが示されています※。特に、創造的な職業に従事する人々と精神疾患の間には、共通の遺伝的変異が存在することが明らかにされました。これにより、精神疾患と創造性が遺伝的に関連している可能性が支持されています。もちろん発症してしまうことで、その能力が一時的に落ちてしまうことはありますが、社交性の高さも評価されているのです。 また、前回もご紹介したように、メンタルの課題を抱えた人は、完璧主義傾向も高く、メンタル不調に陥るリスクは高いけれど、学業成績や認知能力が高いということが分かっています。 また、優秀な人ほど「インポスター症候群」と呼ばれる、自分の実力を認められず、まるで周囲を騙しているような感覚に陥る問題に直面しやすい傾向があります。対人スキルが非常に高い人に多く見られ、たとえば、元Facebookの最高執行責任者であるシェリル・サンドバーグもこの症状を抱えていたことで知られています。 このような課題を抱えている人々は、弱くてかわいそうな人ではなく、むしろ優秀で仕事ができる人々であることが多いです。彼らは完璧主義であり、努力家であるためにメンタルの問題を抱えやすいのです。 ※出典:New study finds proof that creativity and mental illness are genetically linked (sciencenordic.com), 2024年10月16日参照 まとめ メンタルヘルスの課題は、自己責任論に帰されがちですが、実際には自分の選択で避けることのできない遺伝的要因や生育環境の影響が大きいです。 また、そのような人たちは、優秀な人が多いというのが科学的に分かっています。日本人の5人に1人がメンタルヘルスの問題を抱えている現状が進化の過程で淘汰されずに残っているのは、これらの特性が人間や社会にとって有益な側面を持っているからです。 自信がないからこそ努力をし、努力しても結果が伴わないことで病んでしまう。このような苦しみがあるからこそ努力できる特性は、生き残るために必要な形質だったのです。メンタルの苦しみは人間の進化の一部であり、知的能力や社交性が高い人々が生き残る過程で、その裏にある心の脆さも一緒に残っているのです。 しかし、それをすべて受け入れるべきだというわけではなく、メンタルヘルスの課題から逃れるための手段や方法を探していくことは、私たちにとって非常に重要です。 🎙ポッドキャスト番組情報 日常生活の素朴な悩みや疑問を脳科学の視点で解明していく番組です。横丁のようにあらゆるジャンルの疑問を取り上げ、脳科学と組み合わせてゆるっと深掘りしていき、お酒のツマミになるような話を聴くことができます。 番組名:ニューロ横丁〜酒のツマミになる脳の話〜 パーソナリティー:茨木 拓也(VIE 株式会社 最高脳科学責任者)/平野 清花 https://open.spotify.com/episode/0DgOla9hehV0eC0ARmP2vU?si=RJWDwAzVTOSfC672L5BRTw 次回 次回のコラムでは、『メンタル不調を克服する方法』をご紹介します。 https://mag.viestyle.co.jp/columm21/