働く人の幸せが、企業の成長を支える――そんな考え方が、いま多くの企業で当たり前になりつつあります。心と体の健康を大切にする会社は、生産性が高まり、人が辞めにくくなり、ブランドの信頼感も育っていく。コロナ禍で働き方が大きく変わった今、ウェルビーイングをどう実現するかが、企業にとって大きなテーマになっています。
この記事では、最先端の科学やテクノロジーを取り入れた企業の取り組みを通して、これからの時代に求められる「ウェルビーイング経営」の本質と、その始め方をひもといていきます。
ウェルビーイングとは?ビジネスにおける重要性
「ウェルビーイング(Well-being)」という言葉は近年、ビジネスの現場でも広く使われるようになりました。単なる健康や快適さを指すのではなく、心身の状態や人間関係、社会的なつながりまでを含む幅広い概念です。
従業員一人ひとりのウェルビーイングが向上することで、企業の生産性や創造性、組織の持続的な成長にも良い影響を与えると考えられています。まずは、その基本的な考え方を整理してみましょう。
ウェルビーイングの基本概念
ウェルビーイングとは、単に病気がない状態ではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを指します。世界保健機関(WHO)は、「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義しています。現代社会においては、この概念がさらに発展し、仕事や私生活において充実感や幸福感を持ち、自分の可能性を最大限に発揮できる状態を意味するようになりました。
ビジネスの文脈では、従業員のウェルビーイングは、単なる福利厚生の一環ではなく、企業の持続的な成長と競争力を支える重要な経営戦略として捉えられています。従業員が心身ともに健康で、働きがいを感じられる環境を整えることは、個人の生活の質を向上させるだけでなく、企業全体のパフォーマンス向上にも直結するのです。
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企業がウェルビーイングに注目する背景
企業がウェルビーイングに注目する背景には、いくつかの重要な社会的変化があります。
まず、コロナ禍による働き方の劇的な変化が挙げられます。リモートワークの急速な普及により、仕事と私生活の境界が曖昧になり、多くの従業員がワークライフバランスの難しさやメンタルヘルスの課題に直面しました。この状況において、企業は従業員の心身の健康をサポートする必要性を強く認識するようになりました。
また、従業員エンゲージメントと生産性の関連性についての理解も深まっています。ギャラップ社の調査によれば、高いエンゲージメントを持つ従業員は、そうでない従業員と比較して生産性が21%も高いことが示されています。ウェルビーイングを重視した職場環境は、従業員の仕事への熱意と貢献意欲を高め、結果として企業全体の生産性向上につながるのです。
さらに、人材獲得競争の激化も大きな要因です。優秀な人材を確保し、定着させるためには、魅力的な職場環境の提供が不可欠です。日本労働政策研究・研修機構の調査によると、若い世代を中心に「働きがい」や「自己実現」を重視する求職者が増加しており、ウェルビーイングを重視する企業文化は、採用市場での競争力向上と離職率の低下に貢献します。
参照:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
ウェルビーイングを取り入れるメリット

ウェルビーイングを経営に取り入れることは、単なる福利厚生の充実にとどまりません。従業員一人ひとりが心身ともに健やかに働ける環境は、組織全体の活力を生み出し、企業の成長にも直結します。
ここからは、具体的にどのようなメリットがあるのかを見ていきましょう。
従業員の生産性向上
ウェルビーイングの推進がもたらす最も直接的な効果の一つが、従業員の生産性向上です。ストレスや不健康な状態は、集中力の低下、欠勤の増加、意思決定能力の低下などを引き起こします。
厚生労働省の令和4年の労働安全衛生調査によれば、メンタルヘルス不調により1カ月以上の休業または退職をした労働者がいる事業所の割合は13.3%と報告されており、年々増加傾向にあります。 さらに、一般社員の52.6%が勤務中に心身の不調によるパフォーマンス低下を経験しているとの調査結果もあり、メンタルヘルス不調が企業の生産性に大きな影響を及ぼしていることを示しています。
参照:https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r04-46-50_kekka-gaiyo01.pdf
一方、職場でのウェルビーイングプログラムを導入している企業では、従業員のストレスレベルが低下し、活力と創造性が向上することが報告されています。例えば、定期的な休憩時間の確保、柔軟な働き方の導入、職場環境の改善などの取り組みは、従業員の集中力と効率性を高め、結果として業務の質と量の向上につながります。
また、ウェルビーイングを重視する企業文化は、従業員の内発的動機づけを強化します。自分の健康や幸福が尊重されていると感じる従業員は、仕事への意欲が高まり、自発的に業務改善や革新に取り組むようになります。これは特に創造性や問題解決能力が求められる業務において、大きな価値を生み出します。
企業のブランド価値向上
現代社会において、企業の評価は財務指標だけでなく、社会的責任や従業員への対応も重要な要素となっています。ウェルビーイング経営に積極的に取り組む企業は、「働きやすい企業」「従業員を大切にする企業」というポジティブなブランドイメージを構築することができます。
実際に、「健康経営銘柄」や「ホワイト500」などの認定・表彰制度は、投資家や求職者からの注目を集め、企業価値の向上に寄与しています。東京証券取引所と経済産業省が共同で選定する「健康経営銘柄」に選ばれた企業の多くは、株価パフォーマンスも市場平均を上回る傾向があります。
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さらに、ESG投資(環境・社会・ガバナンスを重視する投資)の拡大により、従業員のウェルビーイングへの取り組みは、投資判断の重要な基準となっています。SDGs(持続可能な開発目標)においても、目標3「すべての人に健康と福祉を」や目標8「働きがいも経済成長も」などに直接関連し、企業の社会的責任として評価される要素となっています。
組織のエンゲージメントとチームワークの強化
ウェルビーイングを重視する職場環境は、従業員間の信頼関係と心理的安全性を高めます。心理的安全性とは、「チーム内で発言や行動をしても、拒絶されたり、罰せられたりするリスクがない」と感じられる状態を指し、Googleの研究チームが高いパフォーマンスを発揮するチームの最も重要な特性として特定したものです。
ウェルビーイングプログラムを通じて、従業員が自分の意見や感情を安心して表現できる雰囲気が醸成されると、オープンなコミュニケーションが促進され、アイデアの共有や建設的な議論が活性化します。これにより、チーム全体の創造性と問題解決能力が向上し、イノベーションが生まれやすくなります。
また、共通の目標に向かって互いをサポートし合う文化は、チームの団結力を高め、協力体制を強化します。リクルートワークス研究所の調査によれば、「職場の人間関係」は仕事の満足度を左右する最も重要な要因の一つであり、良好な人間関係の構築はエンゲージメントの向上に直結します。
参照:https://www.works-i.com/research/report/item/hatarakigai-survey.pdf
ウェルビーイングをビジネスに取り入れる具体的な方法

ウェルビーイングを単なるスローガンで終わらせず、実際の経営や働き方に根付かせるには、組織全体での具体的なアクションが欠かせません。制度の整備だけでなく、日々の職場環境やコミュニケーションのあり方まで見直す必要があります。ここでは、実践につながるポイントをいくつかの視点から紹介していきます。
働きやすく安心できる企業文化をつくる
ウェルビーイングを企業に根付かせるためには、まず経営層のコミットメントと明確なビジョンが不可欠です。トップダウンでウェルビーイングの重要性を発信し、具体的な方針や目標を設定することで、組織全体の意識改革を促進します。
「健康経営」の推進は、その中心的な取り組みとなります。健康経営とは、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。具体的には、健康経営方針の策定、健康課題の把握と対策の実施、効果検証のPDCAサイクルを回すことが重要です。経済産業省の「健康経営優良法人認定制度」などを活用し、外部からの評価も受けながら継続的に改善していくことが望ましいでしょう。
また、専任のウェルビーイング担当者や部署の設置も効果的です。大規模企業では「チーフ・ウェルビーイング・オフィサー(CWO)」を置く例も増えています。専門知識を持った担当者が中心となり、各部門と連携しながら包括的なプログラムを展開することで、一貫性のある取り組みが可能になります。
柔軟な働き方でワークライフバランスを支える
ワークライフバランスの実現は、ウェルビーイング経営の基盤となります。まず、フレックスタイム制度の導入により、従業員が自分のライフスタイルや体調に合わせて働く時間を調整できるようになります。コアタイムを設定しつつも、始業・終業時間の自由度を高めることで、個人の生産性が最も高い時間帯に集中して仕事ができるようになります。
リモートワークやテレワークの活用も重要な施策です。コロナ禍を機に多くの企業が導入したリモートワークですが、パンデミック後も継続的に取り入れることで、通勤時間の削減、家庭との両立、地理的制約からの解放などのメリットが得られます。ただし、孤独感やコミュニケーション不足といった課題もあるため、オフィスワークとのハイブリッド型や、定期的なオンラインミーティングなど、バランスのとれた運用が求められます。
さらに、有給休暇の取得促進や、育児・介護との両立支援制度の充実も欠かせません。「休暇取得目標」の設定や「計画的付与制度」の導入、上司からの積極的な声掛けなどにより、休暇を取りやすい文化を醸成することが重要です。また、時短勤務、在宅勤務、育児・介護休業などの制度を整備し、ライフステージの変化に応じた柔軟な働き方をサポートすることで、長期的な人材確保にもつながります。
心の健康を支える仕組みを導入する
メンタルヘルスケアは、現代の職場において最も重要なウェルビーイング施策の一つです。まず、専門家によるカウンセリングサービスの提供は基本的な支援策となります。社内にカウンセラーを配置するか、外部のEAP(従業員支援プログラム)サービスと契約するなどして、従業員が気軽に相談できる環境を整えましょう。
ストレスチェックの実施と活用も効果的です。法令で義務付けられている50人以上の事業場だけでなく、小規模事業場でも定期的なストレスチェックを実施し、結果を職場環境の改善に活かすことが重要です。個人結果のフィードバックに加えて、部署ごとの集団分析を行い、ストレス要因を特定して対策を講じることで、組織全体のメンタルヘルス向上につながります。
マインドフルネスやレジリエンス(精神的回復力)トレーニングの導入も注目されています。定期的なマインドフルネス瞑想セッションやストレス管理ワークショップを開催することで、従業員自身がストレスに対処する能力を高めることができます。Google社の「Search Inside Yourself」プログラムなど、大手企業でも広く取り入れられている実績のある手法です。
健康的に働ける職場環境を整える
身体的健康は、精神的健康の土台となります。まず、健康的な職場環境の整備が基本です。適切な照明、温度管理、人間工学に基づいた家具の導入、定期的な換気など、職場の物理的環境を整えることで、疲労やストレスの軽減につながります。特に、長時間のデスクワークによる健康リスクを軽減するため、スタンディングデスクの導入や、一定時間ごとに立ち上がるよう促すアラートシステムなどの工夫も効果的です。
社員向けのフィットネスプログラムも重要な施策です。社内ジムの設置、フィットネスクラブとの法人契約、社内スポーツイベントの開催など、従業員が気軽に運動できる機会を提供しましょう。また、ランチタイムウォーキングやオンラインヨガクラスなど、短時間で取り組める活動も効果的です。
健康的な食生活の促進も身体的ウェルビーイングに寄与します。社員食堂でのヘルシーメニューの提供、オフィスでの果物や健康的なスナックの無料提供、栄養セミナーの開催などを通じて、従業員の食習慣改善をサポートすることができます。また、定期的な健康診断の実施と、結果に基づく個別アドバイスの提供も、予防医療の観点から重要です。
テクノロジーでウェルビーイングを可視化・サポート
テクノロジーの進化により、ウェルビーイング施策をより効果的に展開できるようになっています。まず、ウェルビーイングアプリの導入は、個々の従業員に合わせたサポートを提供する手段として注目されています。瞑想アプリ、フィットネストラッカー、睡眠管理アプリなど、目的に応じた多様なアプリを企業が福利厚生として提供することで、従業員は自分のペースでウェルビーイング活動に取り組めます。
AIを活用した健康管理システムも革新的なアプローチです。健康データの分析による個別化された健康アドバイスの提供、AIチャットボットによる24時間メンタルヘルスサポート、予測分析による健康リスクの早期発見など、データサイエンスとAIの力を活用した先進的な取り組みが可能になっています。
さらに、ウェアラブルデバイスの活用も進んでいます。活動量計や心拍数モニターなどのデバイスを従業員に配布し、健康状態の可視化や運動習慣の形成をサポートする企業も増えています。ただし、プライバシーへの配慮が不可欠であり、データ収集と利用については透明性を確保し、個人の同意を得た上で実施することが重要です。
企業の成功事例から学ぶウェルビーイング経営の実践

ウェルビーイング経営は、理想論ではなく、すでに多くの企業が実践し成果をあげている現実的な戦略です。特に先進的な取り組みを行っている企業の事例からは、制度や施策だけでなく、現場に根づかせる工夫や課題との向き合い方まで、多くのヒントを得ることができます。
NECソリューションイノベータの事例
NECソリューションイノベータは、「Well-being経営」を経営戦略の一環と位置づけ、社員の心身の健康、成長、働きがいを支える取り組みを進めています。2024年度からは「健康」「成長」「働きがい」の3つのテーマで個人の価値向上を目指す全社プロジェクトを立ち上げ、部門横断型のワーキンググループを組成。社員の声を反映しながら、産業医や安全衛生委員会とも連携し、実効性のある施策を展開しています。
注目されるのは、同社が自社で開発・運用している「健康ミッションアプリ」の導入です。このアプリは、運動や食事など日々の健康行動を“ミッション”として提示し、社員が楽しみながら生活習慣を改善できる仕組みです。ポイント獲得や仲間とのコミュニケーションを通じて、健康への意識向上と行動変容を促進しています。
さらに、デジタルツールを活用して健康課題を可視化し、対策へとつなげている点も特筆すべきポイントです。例えば、社内調査で明らかになった「運動不足」や「メタボ予備軍の多さ」といった課題に対し、生活習慣改善に向けた施策を重点的に行っています。こうした継続的な取り組みが、社員のウェルビーイング向上と企業の活力につながっています。
参照:https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/csr/society/healthcare.
Works Human Intelligenceの取り組み
人事システム開発大手のWorks Human Intelligenceは、自社のHRテクノロジーを活用した先進的なウェルビーイング戦略を展開しています。同社は、従業員の自律的な学習と企業の戦略的な研修を両立させる学習プラットフォーム「COMPANY Learning Platform」を提供しています。
このプラットフォームは、従業員が自らのキャリア目標や個人のニーズに合わせて学習できる環境を提供し、AIによるコンテンツのリコメンド機能や、他の従業員との学習共有機能を備えています。これにより、従業員のモチベーション維持やスキル向上を支援し、組織全体の生産性向上に寄与しています。
さらに、同社は統合人事システム「COMPANY®」を通じて、健康管理システムCarelyとの連携を実現し、人事データと健康データの統合管理を可能にしています。これにより、従業員の健康状態を把握し、適切なサポートを提供することで、ウェルビーイングの向上を図っています。
これらの取り組みを通じて、WHIは従業員のウェルビーイングを重視し、働きやすい環境の整備と個々の成長支援を実現しています。
参照:https://www.works-hi.co.jp/news/20240423
ミイダスのデータ活用事例
タレントマネジメントシステムを提供するミイダスは、「適材適所」をキーワードにしたユニークなウェルビーイング戦略を展開しています。同社は、自社開発のアセスメントツールを全社員に適用し、個々の特性や強みを科学的に分析。その結果を基に、各人の適性に合った業務配置を行うことで、仕事の満足度と生産性の向上を実現しています。
さらに、同社は「組織サーベイ」を導入し、従業員のコンディションを定期的に把握しています。これにより、ストレスやモチベーションの状態を可視化し、適切なフォローアップを行うことで、働きがいのある職場環境の構築に努めています。
これらの取り組みにより、ミイダスは従業員の満足度と生産性の向上を実現し、離職率の低下にも寄与しています。また、これらの実践から得られた知見をもとに、クライアント企業にも適性検査や組織診断のサービスを提供し、適材適所の人材配置を支援しています。
参照:https://corp.miidas.jp/landing/survey
ウェルビーイングビジネスのトレンドと課題

ウェルビーイングは、テクノロジーとの融合が進み、AIやセンシング技術、データ分析を活用したサービスが急速に拡大しています。一方で、プライバシー保護や導入効果の可視化といった課題も浮かび上がっています。本章では、最新のトレンドとあわせて、ウェルビーイングビジネスが直面する課題についても探っていきます。
AIとウェルビーイングの融合
AIは、ウェルビーイングの実現を強力にサポートするテクノロジーとして注目されています。特にビジネスの現場では、社員一人ひとりに合ったサポートを提供する「パーソナライズ化」が求められており、AIの活用はその実現に非常に相性が良いといえます。
例えば、睡眠データと生産性データの相関からパフォーマンスを最大化する休息パターンを提案したり、コミュニケーションデータからチーム内の関係性や心理的安全性を分析したりすることが可能になっています。
スマートオフィスの進化も注目されるトレンドです。IoTセンサーとAIを組み合わせたスマートビルディングシステムは、温度、照明、空気質などを自動的に最適化し、従業員の快適性と生産性を高めます。さらに、位置情報データを活用したスペース最適化や、バイオフィリックデザイン(自然を取り入れた設計)との融合により、より人間中心の職場環境が実現されつつあります。
ウェアラブルデバイスとバイオフィードバックの進化も見逃せません。皮膚温や心拍変動など、ストレスの生理的指標をリアルタイムで測定し、過度なストレス状態を警告するシステムや、VRやARを活用したストレス軽減プログラムなど、テクノロジーを駆使した新たなウェルビーイングソリューションが次々と開発されています。
ESG投資との関係
ESG投資とは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の視点から企業を評価し、投資先を選定する手法です。こうした投資が広がるなかで、従業員のウェルビーイングへの取り組みは、企業価値評価の重要な指標として確立されつつあります。GPIFをはじめとする大手機関投資家は、ESG評価において「人的資本」の重要性を強調しており、従業員の健康管理や働き方改革への取り組みを投資判断の材料としています。
特に、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)と呼ばれる国際的な団体が策定したフレームワークでは、業種ごとに企業が開示すべきサステナビリティ関連の情報が明確に定められています。SASB基準は、投資家が企業の非財務情報を比較・評価するための指標として世界的に注目されており、その中で「人的資本」に関する項目の重要性も高まっています。具体的には、従業員エンゲージメントスコア、健康関連指標、多様性・包摂性の状況などが評価対象となっています。
企業側も、統合報告書やサステナビリティレポートでウェルビーイングへの取り組みを積極的に開示するようになっており、「健康経営銘柄」などの認定・表彰制度とも連動して、投資家とのエンゲージメント向上につなげています。今後は、ウェルビーイング指標と財務パフォーマンスの相関性に関する研究も進み、より精緻な企業価値評価が可能になると予想されます。
今後の課題と展望
日本企業におけるウェルビーイング経営の導入には、いくつかの課題が存在します。まず、短期的な成果主義と長期的なウェルビーイング投資のバランスをどう取るかという問題があります。ウェルビーイングへの投資は、即効性よりも中長期的なリターンが大きいため、経営判断の時間軸をどう設定するかが重要です。
また、日本特有の組織文化や慣行との調和も課題です。「過剰な同調圧力」「暗黙のルール」「属人的な評価」などの特性を持つ日本の職場文化の中で、個人の多様性やウェルビーイングを尊重する文化をいかに根付かせるかが鍵となります。特に、管理職層の意識改革と行動変容が重要であり、マネジメント研修や評価制度の見直しが必要です。
今後、企業が取り組むべきポイントとしては、以下の3点が挙げられます。
- データドリブンアプローチの強化: 健康データ、勤怠データ、エンゲージメントデータなどを統合的に分析し、ウェルビーイング施策の効果検証と最適化を継続的に行うことが重要です。
- パーパスとウェルビーイングの連携: 企業のパーパス(存在意義)と従業員個人のパーパスを結びつけることで、より深いレベルでのエンゲージメントを実現します。「なぜ働くのか」という根本的な問いに対する答えがウェルビーイングの土台となります。
- レジリエンスの構築: 不確実性の高い環境において、組織と個人の両方がストレスや変化に適応し、回復する力を高めることが重要です。メンタルヘルスケアと並行して、変化に対応する能力の開発にも注力すべきでしょう。
ウェルビーイング経営で企業を成長させるために

ウェルビーイングとビジネスの関係は、もはや「あれば良い」という付加的なものではなく、持続的な企業成長のための必須要素となっています。本記事で見てきたように、従業員の心身の健康と幸福感は、生産性向上、イノベーション創出、人材確保・定着など、直接的なビジネス成果に結びついています。
企業の事例からも明らかなように、データに基づいた科学的アプローチと経営戦略としての一貫した取り組みが成功の鍵となります。また、AIやデジタルツールの活用、ESG投資との連動など、ウェルビーイング経営の手法は今後さらに進化していくでしょう。
これからの企業には、単なる制度や施策の導入にとどまらず、組織文化そのものをウェルビーイング志向に転換していくことが求められます。「人」を中心に据えた経営が、結果として企業の持続的な競争力と社会的価値の向上につながるのです。
ウェルビーイング経営は特別なものではなく、これからのビジネスの標準となっていきます。今こそ、自社のウェルビーイング戦略を見直し、従業員と企業がともに成長できる好循環を生み出す時です。未来の働き方に向けて、一人ひとりの幸福と組織の成功を同時に実現する経営へと舵を切りましょう。