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国家戦略としてのニューロテック──国内外の支援・制度を解説

ニューロテック——脳科学とテクノロジーが交差するこの領域は、近年、認知症の予防や精神疾患の治療といった医療応用に加えて、人間の認知機能や感覚の拡張を目指す技術としても、注目を集めています。 この急速な発展の裏には、研究者の飽くなき探究心だけでなく、もう一つの重要な推進力があります。それが「政策」と「資金」です。科学技術の進歩は、それを支える制度と財源なしには持続的な発展が難しく、特にニューロテックのような新興分野では、規制、倫理、産業構造との関係が複雑に絡み合い、民間単独では市場形成までの道のりが険しいのが現実です。そのため、国家戦略や公的資金の投入は、ニューロテックの発展において極めて重要な位置を占めています。 実際に、日本政府は「統合イノベーション戦略」や「ムーンショット型研究開発制度」のもとで、脳科学分野への本格的な投資を開始しています。AMEDやNEDOといった機関が研究費を供給し、地方自治体もスタートアップ支援や実証フィールドの提供に乗り出すなど、支援体制は多層的に広がっています。海外に目を向ければ、米国のBRAIN Initiativeや欧州のHorizon Europeといった国家的取り組みが、脳科学の産業化をけん引しています。 本記事では、こうした国内外の政策・支援制度を整理し、それらがどのようにニューロテックの市場形成に寄与しているのかを紐解いていきます。 参考:経済産業省「行政と連携実績のあるスタートアップ100選 スタートアップとの連携で社会課題の解決を」 国内編|なぜ日本は脳科学に投資するのか? ニューロテックや脳科学関連の技術が花開くには、長期的な研究と制度的な後押しが必要不可欠です。特に日本では、少子高齢化や認知症の急増、精神疾患の増加など、脳に関わる医療・福祉の課題が社会課題と直結しています。この構造的背景こそが、日本が国家戦略として脳科学への投資を強化してきた最大の理由です。 実際、日本ではこれらを支える公的支援体制が段階的に整備されてきました。2008年に文部科学省から始まった「脳科学研究戦略推進プログラム」は、日本の脳科学研究を大きく推進しました。このプログラムの終了後も、脳科学は日本の科学技術基本計画において、常に重点領域として扱われてきました。そして現在、その流れは「統合イノベーション戦略」や「ムーンショット型研究開発制度」、そしてAMEDの「脳とこころの研究推進プログラム」などに引き継がれています。 また、研究資金を実際に分配・執行する実働部隊として、AMED(日本医療研究開発機構)やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)といった機関が存在します。AMEDでは「脳とこころの研究推進プログラム」の名のもと、神経・精神疾患の解明に向けた大型研究が支援されてます。 一方、NEDOでは近年、AI・センシング技術などと連携し、医療・ヘルスケア分野における実用化を目指す技術開発の中で、ニューロテック領域への応用支援も進めています。NEDOの支援は、単なる研究資金提供にとどまらず、実用化や社会実装を意識した企業連携型の事業開発を特徴としており、出口戦略型の支援で、スタートアップから大企業まで幅広いプレイヤーが参画しています。 このように、日本における脳科学支援は、基礎研究・産業応用・社会実装を包括的に支える多層的構造を形成しつつあります。一方で、脳科学領域での実際の事業化・マネタイズにおいては、まだ制度的・倫理的課題が残るのも事実です。それでも、日本政府がなぜ脳科学に投資するのか——その背景には、「超高齢社会」におけるQOL(生活の質)の向上、医療費の抑制、新産業創出という国家的課題があるのです。 ▼こちらの記事もチェック https://mag.viestyle.co.jp/10-perspectives-on-well-being/ 海外編|米・欧・アジアの支援体制 ニューロテックが単なる技術トレンドではなく、国策レベルの戦略領域として位置づけられているのは、日本だけではありません。とりわけ、アメリカ・EU・イスラエル・シンガポールなどの国々では、脳科学や神経技術を未来社会の基盤技術と捉え、明確な政策方針と大規模な資金投入によって、支援の体系化が進められています。 こうした政策の特徴は、基礎研究から臨床応用・産業化までの“ステージ連携”を明確に設計している点にあります。ここでは、代表的な海外の国家的取り組みを紹介していきます。 米国:BRAIN Initiativeに見る長期的な基礎投資モデル 2013年、オバマ政権下で始まったBRAIN Initiative(Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies)は、脳の機能的マップを作成し、神経疾患の治療法開発に活かすことを目的とした国家プロジェクトです。 主導機関は米国国立衛生研究所(NIH)で、当初の10年間で数十億ドル規模の投資が行われ、2023年には「BRAIN Initiative 2.0」へと移行しました。このフェーズでは、データ共有・倫理ガイドライン・標準化の整備も含めた、脳科学インフラの構築にまでスコープが拡張されています。 特筆すべきは、BMI、神経刺激、イメージング技術といった神経工学系技術の研究が豊富に支援対象に含まれている点です。さらに米国国防高等研究計画局(DARPA)も、戦略的にニューロテック領域に投資を続けており、BMIを用いた義手制御や記憶支援技術の開発(Restoring Active Memoryプログラム)が実用段階に入っています。 欧州:EBRAINSと倫理中心の支援設計 EUでは、2013年から10年間にわたって実施された大規模プロジェクト「Human Brain Project(HBP)」が2023年9月に終了しましたが、その成果をもとにEBRAINSという研究基盤インフラが継承されています。 EBRAINSは、神経データの共有プラットフォームであり、ニューロシミュレーションやAI研究との統合を積極的に進める、欧州の脳科学共同体の中核を担っています。 現在のEUにおける脳科学支援は、「Horizon Europe」という研究・イノベーション枠組み(2021–2027)の中で継続されています。ここでは、神経変性疾患の診断・治療、個別化医療、脳とAIの融合といった領域が主要テーマとして採択されています。 特徴的なのは、研究資金の支給にあたり、倫理的・法的・社会的課題(ELSI)を重視している点です。AIやBMIの応用に対しては、国際ガイドラインの整備と並行し、研究段階からの倫理監査が義務化されており、社会的受容性(Social Acceptability)を前提とした支援体制となっています。 イスラエル・シンガポール:国家規模のR&D支援 イスラエルでは、政府主導でニューロテックを含むヘルステック分野への集中的投資が行われており、スタートアップも多数生まれています。特に軍事技術との転用性が高い領域では、脳波ベースの認証技術や、戦闘中の判断力や注意力の変化を測定するシステムの開発が進んでいます。 また、PTSDへの応用も進んでおり、ニューロフィードバックを活用した治療機器が米FDAの承認を受けるなど、臨床現場への実装も始まっています。 一方、シンガポールでは、政府研究機関A*STAR(Agency for Science, Technology and Research)が中核となり、傘下の研究機関を通じて、脳とAI、ニューロエンジニアリング、精神疾患のバイオマーカー探索などの領域で研究助成や共同研究を行っています。ASTARが支援する研究機関は、シンガポール国立大学(NUS)や南洋理工大学(NTU)といった主要大学と共同研究を進め、国立神経科学研究所(NNI)のような医療機関とも協力して、研究成果の臨床応用を加速させています。 制度が技術を育てる時代へ ニューロテックの社会実装には、長期的な研究支援、倫理的なガイドライン、産業化のための制度整備など、技術を超えた多層的な基盤が必要不可欠です。 本記事で見てきたように、日本ではムーンショット型研究開発制度やAMED、自治体レベルのスタートアップ支援など、脳科学やニューロテックを支える政策が段階的に整備されつつあります。一方、海外に目を向けると、米国のBRAIN InitiativeやEUのEBRAINSのように、研究から社会実装、倫理的制度設計までを網羅する包括的な枠組みがすでに機能していることがわかります。 こうした支援体制の根底にあるのは、「制度はインフラである」という認識なのではないでしょうか。道路や電力と同じように、科学技術の進展にも安定した下支えが必要であり、それがなければ個別の技術がどれほど優れていても、社会に根を張ることは難しい状況です。 今後、ニューロテックが医療、教育、産業の各分野に広がっていくなかで問われるのは、単に技術を開発できるかではなく、その技術を受け止める社会的・制度的な器を整備できるかという点にあるでしょう。研究資金の出し方、規制の設計、企業との接続、実証の場の提供──そのすべてが、ニューロテックの未来を決める鍵になります。

ニューロテック(ニューロテクノロジー)とは?ブレインテックとの違いや国内の最新動向を解説

私たちの脳が今どんな状態にあるのか――集中しているのか、疲れているのか、リラックスしているのか。そうした「脳の活動状態」を、脳波や神経活動などのデータを取得・解析することで正確に捉え、社会に活かすのがニューロテックです。 ニューロテックは、脳波や神経活動などのデータを取得・解析し、医療、教育、マーケティングなどさまざまな分野で活用されている注目の技術です。本記事では、ニューロテックとは何か、その基本的な仕組みや日本国内での動向、関連するテクノロジーとの連携までを幅広くわかりやすく解説します。 ニューロテック(ニューロテクノロジー)とは? ニューロテック(ニューロテクノロジー)とは、脳の活動を測定し、そのデータをもとに人の状態を分析・活用する技術の総称です。 人間の脳では、思考や感情、判断などのさまざまな働きが、電気的な信号として神経細胞の間を行き来しています。ニューロテックは、脳波や脳の血流、神経の反応といった情報をセンサーなどで取得し、それを解析することで、脳の状態を「見える化」したり、脳の情報を使って外部機器を制御したりすることを可能にします。 このような技術は、医療やメンタルヘルスの分野はもちろん、教育、スポーツ、マーケティング、UX設計など多くの領域で活用が進んでいます。 ニューロテックの基本的なしくみ ニューロテックの核となるのは、「脳の活動を測定し、それをデータとして活用する」という考え方です。先述した通り、人間の脳では、思考や感情が生まれるときに、神経細胞のあいだで微弱な電気信号がやりとりされています。こうした信号は、たとえば脳波や神経の反応といった形で体の外から捉えることができます。 この信号をセンサーなどの装置で取得し、コンピューターで解析することで、脳の状態を「見える化」したり、その情報を使って外部の機器を操作したりすることが可能になります。 このような仕組みの原点は、古くは20世紀初頭の脳波(EEG)発見にまで遡ります。そして、脳の信号を使って外部機器を操作するブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)の概念や初期の研究が、1970年代に本格的に探求され始めました。 当時は、主に医療やリハビリの現場での活用が中心でした。たとえば、身体の自由がきかない人が、脳の信号を使ってコンピューターや車椅子を操作する、といった応用が模索されてきました。 それから数十年のあいだに、AIやウェアラブルデバイス、クラウド技術の発展により、脳のデータをより手軽に、より正確に、多様な分野でニューロテックを扱えるようになってきました。 ブレインテックとの関係性について 「ニューロテック」という言葉は、最近では「ブレインテック」と呼ばれることもあります。一般的には、「ブレインテック」が脳科学とテクノロジーを組み合わせた技術全般を指す広範な総称として使われる傾向が強く、その中に脳活動の計測や解析といった「ニューロテック」の要素が含まれると理解されています。 より細かく見ると、 ニューロテック:脳から得られる信号をどのようにセンシングし、データ化し、実用的な形に変換するかといった、脳神経科学に基づいた技術的アプローチを中心に取り扱う分野 ブレインテック:ニューロテックを応用した製品やビジネスのことを指す場面が多く、より実用的・産業的な文脈で使われる傾向がある たとえば、脳波を測定するヘッドセットはニューロテックの成果であり、それを活用してメンタルトレーニングサービスを提供する企業は、ブレインテック業界の一部と言えるでしょう。 ブレインテックについてより詳しく知りたい方はこちらもご覧ください: https://mag.viestyle.co.jp/braintech/#toc3 なぜ今、ニューロテックが注目されているのか ニューロテックは決して新しい概念ではありませんが、ここ数年で急速に注目度が高まっています。その背景には、技術面の飛躍的な進化と、社会課題に対する新しいアプローチへの期待という2つの大きな要因があります。 AIやBCIの進化 ニューロテックの発展を支えている大きな要因のひとつが、人工知能(AI)やブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)といった周辺技術の進化です。 以前は、脳波を読み取るだけでも高度な専門機器や知識が必要でしたが、現在では小型で低コストな脳波センサーや、高性能な信号処理アルゴリズムが登場し、一般向け製品やサービスにも応用される段階に入りつつあります。 特にAIの進歩により、脳から取得したデータをリアルタイムに解析し、「集中しているか」「ストレスを感じているか」といった人の内面状態を高精度で推定できるようになってきたことは、ニューロテックの実用性を大きく押し上げています。 これにより、医療や教育だけでなく、マーケティングやUX設計など、より広範なビジネス領域への展開が可能になっています。 高齢化社会とメンタルヘルス ニューロテックが社会的にも注目されている背景には、高齢化やメンタルヘルスといった現代的な課題があります。 たとえば、認知症の早期発見や予防、うつ症状の兆候検出など、脳の状態をデータとして把握できることは、従来の問診や観察に頼っていた医療にとって大きな進化となり得ます。 また、働き方の多様化やストレスの増加といった現代のビジネス環境においても、従業員の集中力や疲労レベルを可視化して働き方を最適化するなど、ニューロテックの導入は実践的な課題解決につながる手段として期待されています。 これらの社会的ニーズに応える形で、今後もニューロテックの重要性はさらに高まっていくと考えられます。 日本におけるニューロテックの現状と企業の取り組み ニューロテック分野は世界的に注目を集めていますが、日本国内でもその研究や実用化に向けた動きが徐々に活発になっています。特にここ数年は、スタートアップを中心に脳波や神経データを活用した製品やサービスの開発が進んでおり、大学や自治体、企業との連携によって社会実装に向けた取り組みも広がっています。 ここでは、国内でニューロテックに取り組む企業の事例と、国・大学・民間が連携する支援体制の動向について見ていきましょう。 国内企業によるニューロテックの取り組み 日本国内では、AIや脳科学を専門とする企業が中心となり、ニューロテック技術の研究・開発を進めています。代表的な企業のひとつが株式会社アラヤです。アラヤは、独自開発のNeuroAI技術を活用し、脳科学や生体センシングに基づいたニューロテック領域の研究開発を推進しています。脳波やMRIによる脳データの取得だけでなく、心拍・呼吸・発汗などの生理的データも組み合わせて解析し、企業や研究機関の製品開発等を支援しています。 もうひとつ注目すべき企業が株式会社NeU(ニュー)です。NeUは東北大学と日立ハイテクのジョイントベンチャーとして設立され、NeUの取り組みは、研究や開発の初期段階にとどまらず、製品デザインやユーザーインターフェース(UI)の評価、広告クリエイティブの効果測定といった実用フェーズにまで広がっています。 そのほかにも、脳波を使ったメンタルトレーニングアプリを開発するスタートアップや、睡眠や感情状態をモニタリングできるデバイスを開発する企業など、多様なプレイヤーが現れつつあります。 参考: アラヤHP NeU HP 産官学が連携するニューロテック推進の動き 日本におけるニューロテックの研究・開発は、企業による取り組みに加えて、国の制度や研究機関による支援のもと、産官学連携によって進められています。 たとえば、内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」では、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)に関する脳科学研究が推進されています。ムーンショット目標1では、脳波などを用いた非侵襲型BMI技術の開発に取り組んでおり、運動機能に着目した脳機能アルゴリズムの開発などが行われています。 また、日本医療研究開発機構(AMED)も、医療分野における脳科学研究を支援しています。たとえば、AMED設立後の2015年からは「脳とこころの健康に関する研究開発」として、2018年からの「戦略的国際脳科学研究推進プロジェクト」などを通じて、ニューロテックの研究・開発が行われてきました。 このように、日本国内では多様な機関や制度が連携し、ニューロテックの基盤となる脳科学研究の推進が進められています。 参考: 内閣府HP「ムーンショット目標」 日本医療研究開発機構「脳科学研究戦略推進プログラム(脳プロ)」 ニューロテックとAI・XR・IoTの連携 ニューロテックは、他の先端技術と組み合わせることで、その可能性をさらに広げています。特に、人工知能(AI)、拡張現実(XR)、モノのインターネット(IoT)との融合は、医療、教育、産業など多岐にわたる分野で新たな応用を生み出しています。 AIとの融合がもたらす可能性 AIは、ニューロテックの分野で重要な役割を果たしています。たとえば、脳波や神経活動のデータをAIが解析することで、認知機能の状態を評価したり、神経疾患の診断や治療法の開発に貢献することが可能です。 また、AIを活用したブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)は、ユーザーの脳信号をリアルタイムで解析し、外部デバイスの制御を可能にするなど、リハビリテーションや支援技術の分野でも活用が進んでいます。 XRやIoTとの相乗効果 XR(拡張現実)とIoT(モノのインターネット)も、ニューロテックとの連携により新たな可能性を示しています。XR技術を活用することで、ユーザーは仮想空間での体験を通じて脳活動を刺激し、学習やトレーニングの効果を高めることができます。また、IoTデバイスと連携することで、脳波データや生体情報をリアルタイムで収集・解析し、個人の状態に応じたフィードバックを提供することが可能になります。 これらの技術の融合により、ニューロテックはより実用的で効果的なソリューションを提供できるようになっており、今後の発展が期待されています。 BCI / BMIについてより詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください: https://mag.viestyle.co.jp/brain-machine-interface/ ニューロマーケティングへの応用 ニューロテックは、医療や教育だけでなく、マーケティング分野でも注目されています。その代表的な応用が「ニューロマーケティング」です。 ニューロマーケティングとは、脳波や視線、表情などの生体データをもとに、消費者の無意識の反応を解析し、広告やパッケージ、店頭レイアウトの改善などに活かす手法のことです。 脳の状態を客観的に測定できるニューロテックの特性は、従来のアンケートやインタビューでは拾いきれなかった「本音」を可視化するうえで、大きな価値を発揮しています。 ニューロマーケティングについてより詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください: https://mag.viestyle.co.jp/neuromarketing/ これからの時代におけるニューロテックの役割 ニューロテックは、脳の状態をリアルタイムで「見える化」し、その情報をさまざまな分野に応用する技術です。医療や教育、マーケティングから、日常生活の質の向上まで、その可能性は広がり続けています。 技術的には、AIやBCI、XR、IoTとの連携が進み、脳とテクノロジーがより深くつながる社会が現実のものとなりつつあります。また、日本国内でも企業・大学・行政が連携し、社会実装に向けた取り組みが加速しています。 脳の理解と活用を深めるニューロテックは、単なるテクノロジーではなく、人間のあり方や社会の構造そのものを変えていく鍵になるかもしれません。今後の進展に注目が集まります。

「ゲーム脳」は本当に危険?子どもの脳の発達への影響を徹底解説

2000年代初頭に話題となった「ゲーム脳」という言葉は、今でも保護者や教育現場に強い印象を残しています。しかし、この概念は本当に科学的根拠に基づいているのでしょうか? 本記事では、「ゲーム脳」の定義や提唱の背景から、その真偽をめぐる専門家の見解、さらにゲームとの正しい付き合い方までを幅広く解説します。子どもがゲームとどう関わっていくべきか悩む保護者や教育関係者に向けて、偏りのない情報と実践的なヒントをお届けします。 ゲーム脳とは?言葉の意味と広まった経緯 「ゲーム脳」という言葉を耳にしたことはありますか?この言葉は2002年ごろからメディアで頻繁に取り上げられるようになり、一時期は社会現象とも言えるほど注目を集めました。 しかし、そもそもゲーム脳とはどういう意味なのでしょうか?まずはこの言葉が広まった背景や、その根拠とされている「脳波の変化」について理解していきましょう。 脳波について基本的な情報をより詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。 https://mag.viestyle.co.jp/eeg-business/ ゲーム脳の誕生と広まりの背景 「ゲーム脳」という概念を提唱したのは、森昭雄教授(日本大学文理学部・当時)です。この言葉は、2002年に出版された著書『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版)によって、一般にも広く知られるようになりました。 森氏は著書の中で、テレビゲームを長時間プレイすることで、脳波に変化が生じ、前頭前野の働きが低下すると主張しました。その結果、感情の抑制が難しくなり、キレやすくなる、他人への共感力が低下する、といった影響が現れるとされています。これらの状態を「ゲーム脳」と名付けたのです。 この理論はメディアでも多く取り上げられ、教育や育児の現場に衝撃を与えました。「ゲーム=脳に悪影響を与える」というイメージが社会に広がったのは、この時期が大きな転機となっています。 ゲーム脳が与えるとされる影響 ゲーム脳が与える影響については、特に子どもの発達や情緒面への悪影響が懸念されています。 感情コントロールの低下 ゲーム脳の特徴として最もよく挙げられるのが、「キレやすくなる」という現象です。前頭前野は怒りや衝動を抑制する役割を担っており、その活動が低下すると感情のブレーキが効きにくくなるとされています。 実際、長時間ゲームをする人の中には、「イライラしやすい」「思い通りにならないと怒る」といった自覚を持つケースも多く報告されています。特に子どもの場合、そのような行動は家庭や学校でのトラブルにつながることもあり、注意が必要です。 ただし、ゲームの長時間プレイが前頭前野の活動を直接的かつ永続的に低下させ、それが感情コントロールの低下に繋がるという科学的根拠は、現在も確立されていません。 参考:東京新聞「「ネットやゲームのしすぎ」と「子どものイライラ」の関連性 自分から変わるため、保護者は何ができるか」 集中力・記憶力への影響 ゲーム脳では、集中力や短期記憶の低下も指摘されています。テレビゲーム中は視覚と運動に関する神経が優位に働く一方、思考や記憶に関与する前頭前野の活動が抑制されるといいます。 この状態が長時間・長期間続くことで、考える力や集中力を持続する力が弱くなり、学業や日常生活に支障が出る可能性があると懸念されています。 社会性の欠如 さらに、ゲーム脳が進行すると、人間関係やコミュニケーション能力にも影響が及ぶ可能性があるとされています。前頭前野は「他人の気持ちを理解する」「空気を読む」などの社会性に深く関わる機能を持っています。 そのため、前頭前野の活動が鈍ることで、他人との関係構築が苦手になったり、友だちと遊ぶよりも一人でゲームを選ぶ傾向が強まる場合があります。 科学的根拠は不十分?ゲーム脳に対する専門家の懸念 一方で、「ゲーム脳」という言葉のその科学的な信頼性については、現在も賛否が分かれています。ここでは、脳科学の視点から見たゲーム脳への批判を紹介します。 脳科学から見たゲーム脳への批判 まず、「ゲーム脳」という理論に対して、測定方法や科学的根拠の妥当性を疑問視する声が挙がっています。たとえば、現在広まっている研究には、どのような脳波計を使ってデータを取得したのか、その精度が医学的に信頼できるものであったのかが明記されておらず、検証が難しいという問題があります。 さらに、もし確かな研究データであれば、学術論文として発表されているはずですが、実際には査読付きの論文としての公表はなく、一般向けの書籍のみで紹介されていることも、科学的信頼性を損なう要因とされています。 ゲームが原因とは限らない? また、これまでの研究では家庭環境や対人関係の要素が十分に考慮されておらず、「ゲーム時間が長い子どもに脳機能の低下が見られた」としても、その原因が本当にゲームによるものかどうかは明確でないという指摘もあります。 たとえば、親との会話が少なかったり、引きこもりがちだったりする子どもは、自然とゲーム時間が長くなる傾向があり、これが認知機能に影響している可能性も否定できません。 参考:東洋経済「「ゲーム脳の信憑性」を現役医師が怪しむ理由」 ゲーム脳と子育て:ゲームは本当に子どもに悪いのか? 「ゲーム脳」という言葉が不安を呼ぶ一方で、すべてのテレビゲームが子どもに悪影響を与えるとは限りません。大切なのはそのバランスです。 ゲームには創造性や反射神経を高める効果があるとする研究もあり、必ずしも一面的に否定すべきものではありません。ここでは、子どもの年齢に応じた影響や制限の考え方、国際的なガイドラインを参考に、家庭でできる対応策を紹介します。 年齢ごとの適切な制限 子どもの発達段階によって、ゲームが与える影響は異なります。特に未就学児(0~5歳)は、視覚・聴覚からの刺激に敏感で、東北大学の竹内光准教授、川島隆太教授らの研究では、長時間のゲームプレイは言語発達や社会性の育成に悪影響を与える可能性があると指摘されています。 小学生以降でも、長時間のプレイは睡眠不足や生活リズムの乱れにつながるリスクがあります。そのため、年齢に応じてルールを明確にし、親が見守ることが重要です。 参考:東北大学「長時間のビデオゲームが小児の広汎な脳領域の発達や 言語性知能に及ぼす悪影響を発見」 ゲーム時間のガイドライン(WHOの基準) 世界保健機関(WHO)は2019年に、子どもの健やかな発達には「座る時間を減らし、もっと身体を動かすこと」が重要だとするガイドラインを発表しました。これは、「To grow up healthy, children need to sit less and play more(健康に育つには、座るより遊ぶことが大切)」という明確なメッセージとともに示されたものです。 このガイドラインでは、5歳未満の身体活動、座りがちな行動、睡眠に焦点を当て、年齢別に以下のようなスクリーンタイムと身体活動の推奨基準が設定されています: 1歳未満: スクリーンタイムは推奨されません。 1~2歳: スクリーンタイムは推奨されませんが、もし行う場合は、保護者と一緒に、質の高い内容を短時間視聴する程度に留めるべきです。 3~4歳: 1日のスクリーンタイムは1時間以内、可能ならさらに短く。 5歳以上: スクリーン時間だけでなく、運動・睡眠とのバランスを考慮して管理することの重要性を強調しています。 さらにWHOは、運動不足や長時間の座位が、肥満・発達の遅れ・睡眠障害などのリスクを高めると警告しています。単に「ゲームを控えさせる」のではなく、「身体を動かす時間を意識的に増やす」ことが、健康な成長を促す上で欠かせないという考え方です。 このような国際的な指針をもとに、保護者が子どものゲーム利用や生活習慣を整えることで、ゲーム脳への過度な不安を避けながら、より前向きな対応につながります。 参考:WHO「To grow up healthy, children need to sit less and play more」 ゲームのメリットとバランスのとれた接し方 「ゲーム脳」という言葉が独り歩きして、「ゲーム=悪」ととらえられがちですが、実はゲームには認知機能や学習意欲を高める側面もあります。 ゲームには、子どもの脳に良い刺激を与えるものも多く、使い方次第で発達を支援するツールにもなります。ここでは、ゲームのメリットと、懸念される「依存」との違いを明確に理解し、健全な付き合い方を考えていきましょう。 認知機能の発達に有益なゲーム 近年の研究では、パズルゲームや脳トレ系ゲーム、戦略系のゲームが、記憶力・空間認知・判断力の向上に貢献する可能性があると示唆されています。たとえば、短時間の脳トレゲームは、前頭前野の活性化に役立つとも言われています。 また、複雑なルールやチームプレイを要するゲームでは、計画力や協調性、問題解決能力が育まれるともされています。つまり、内容と目的によっては、ゲームも立派な学習ツールになり得るのです。 ゲーム依存との違い 一方で注意すべきなのは、「ゲームの活用」と「ゲーム依存」を混同しないことです。依存状態になると、ゲームが生活の中心になり、学業・睡眠・人間関係に深刻な影響を及ぼすようになります。 世界保健機関(WHO)は2018年に、「ゲーム障害(Gaming Disorder)」を国際疾病分類(ICD-11)に正式に収載することを決定し、2022年1月1日に国際的に発行しました。これにより、ゲーム依存は国際的にも「治療が必要な健康問題」として認識されたことになります。 WHOによると、ゲーム障害とは以下のような行動パターンを指します: ゲームに対する制御ができない(やめられない) 日常生活や他の活動よりもゲームを優先してしまう 問題が生じていてもゲームを続けてしまう さらに、これらの行動が12か月以上にわたって続き、家庭・学校・仕事などに著しい支障をきたしている場合に診断されるとされています。 ただし、WHOも強調しているように、すべてのゲーマーがゲーム障害になるわけではありません。実際にこの状態に該当するのは、ゲーム利用者全体の中でもごく一部とされています。 重要なのは、ゲームを禁止するのではなく、日々の生活バランス、家族や友人との関わり、心身の変化に注意する習慣を持つことです。家庭では「いつ・どこで・どのくらい」のルールを明確にし、子どもが自分で調整力を育てていけるようサポートすることが、ゲーム依存を防ぐうえで最も効果的です。 参考:WHO「Gaming disorder」 ゲーム脳を正しく理解して、健全なゲーム環境を 「ゲーム脳」という言葉は不安をあおる側面がありますが、科学的な根拠には限界があり、一面的な判断は禁物です。大切なのは、ゲームのリスクとメリットの両面を理解し、子どもの年齢や個性に応じた使い方を工夫することにあります。 過度な禁止ではなく、家庭でルールを設け、コミュニケーションを重視した健全なゲーム環境を整えることが、トラブルを防ぎ、ゲームを有益なツールに変えるカギとなります。

季節の変わり目、気づかぬうちに心が疲れていませんか?

「なんとなく気分が乗らない」「寝ても疲れが取れない」──そんな5月の不調、もしかすると季節のせいかもしれません。昼間は汗ばむのに朝晩は冷え込み、気づけば体調も気分も不安定。新年度の疲れも重なりやすいこの時期、私たちの心と体は、知らず知らずのうちに季節の揺らぎに影響を受けています。 なぜ季節の変わり目に心が揺れるのか? 脳科学の視点で見ると、私たちの脳は季節や気温、日照時間の変化にとても敏感です。特に関係が深いのが「セロトニン」と呼ばれる神経伝達物質です。これは「幸せホルモン」とも呼ばれ、心の安定や意欲に大きな役割を果たします。 日照時間が短くなると、セロトニンをはじめとする神経伝達物質のバランスや概日リズムに影響が生じ、気分の落ち込みや疲労感が増しやすくなることがわかっています1。秋から冬にかけて憂うつな気分になる「季節性情動障害(SAD)」がその典型です。 また、気温や湿度の変化は、自律神経のバランスを乱す要因にもなります。特に現代人は、冷暖房や不規則な生活リズムで、体温調節がスムーズに行われにくい状態になりがちです。これが、だるさや頭痛、集中力の低下といった症状として表れることがあります。 小さな変化に「気づく」ことがウェルビーイングへの第一歩 こうした季節の影響を完全に避けることはできませんが、「自分ちょっと調子が落ちてるかも」と気づくことが、メンタルヘルスを守るうえでとても大切です。 人間の脳は、自分の感情や身体状態に気づく力──いわゆる内受容感覚(interoception)が高まると、ストレス対処能力も向上することが知られています2。これは、マインドフルネスや呼吸法、軽い運動などによって鍛えることができます。 つまり、季節の変わり目こそ、自分の「今」に目を向け、ほんの少し立ち止まってみるタイミングなのです。 マインドフルネスとメンタルヘルスの関係についてさらに知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。 https://mag.viestyle.co.jp/mindfulness-depression/ 季節の「揺らぎ」を味方にする3つのコツ 1. 日光を浴びる時間を意識する セロトニンの分泌を促すために、朝の光を浴びることは効果的です。10〜15分、外を歩くだけでもOK。これは睡眠ホルモン「メラトニン」のリズム調整にもつながり、夜の眠りが深くなることもわかっています。 2. 無理に「完璧」を目指さない 体調も気分も、日によって波があるのは自然なことです。今日はちょっとペースを落としてみよう、という柔軟さも大切です。ライフバランスを保つうえでは、仕事も休息も「やるべきこと」ではなく、「選べること」にしていく意識がカギになります。 3. 心を落ち着けるルーティンをつくる 脳は、心地よい繰り返しの中で安定感を得ます。お気に入りの音楽をかけてコーヒーを淹れる、寝る前に深呼吸を3回する──そんな小さなルールが、季節の不安定さを和らげてくれるのです。 季節を感じることは、心を整えること 季節の変わり目に感じる心のゆらぎは、ある意味で自然な現象です。それは、私たちの脳や体がちゃんと自然のリズムに反応している証拠でもあります。 最近では、季節の変化に対するストレス感受性を個人ごとに測る研究も進められており、パーソナライズされたメンタルケアの開発にもつながっています3。 最後に──ウェルビーイングは「揺らぎ」に寄り添うことから ウェルビーイングとは、いつも元気でハイパフォーマンスでいることではありません。調子のいい日も、ちょっとつらい日も、自分自身の状態に丁寧に寄り添ってあげられるかどうかが重要です。 季節の変わり目こそ、そんなセルフケアの感度を上げるチャンスです。大きな変化を起こす必要はありません。まずは朝の光を浴びる、少し立ち止まって深呼吸してみる──そこから、私たちの脳と心は少しずつ、季節に寄り添う準備を始めてくれるのです。

「朝、起きられない」は脳のSOS?──現代人の睡眠とメンタルヘルスを見直す

「アラームを何度止めても起きられない」「ベッドから出るのが億劫」──そんな朝のつらさ、誰しも一度は経験があるのではないでしょうか。けれど、それが毎日続いているなら、単なる「夜型生活」や「気合い不足」では済まないかもしれません。 実は、朝起きられない背景には脳の疲労や睡眠の質の低下、そしてメンタルヘルスの不調が関係していることが近年の研究で明らかになってきました。睡眠不足や慢性的なストレスが、脳内の前頭前皮質(意思決定ややる気を司る領域)の活動を低下させ、朝の起き上がるという行動自体を困難にする可能性があるのです。 なぜ「眠ったはずなのに疲れが取れない」のか 睡眠の質を決めるのは、単なる睡眠時間ではありません。2012年に重要な発見が報告されて以来、その機能が注目されている、脳内の老廃物を排出する「グリンパティック系」と呼ばれる脳の掃除機構は、深いノンレム睡眠の間に活性化することが知られています。 たとえば、2024年に発表された研究では、このグリンパティック系の機能がノルエピネフリンという神経伝達物質によって調整されることが新たに確認されました1。この作用がうまく働かないと、起きた瞬間から脳がどんよりしたままになってしまいます。 また、現代人は就寝直前までスマホを見たり、SNSで刺激を受けたりすることで、交感神経が優位なまま眠りに入ってしまうことも多くあります。その結果、浅い眠りになり、睡眠の回復力が損なわれるのです。 睡眠と脳波について、さらに詳しく知りたい方は以下の記事も参考にしてください。 https://mag.viestyle.co.jp/sleep-through-brainwaves/ 脳が「目覚める」ための3つのアクション では、どうすれば「起きられる朝」を取り戻せるのでしょうか? 脳科学と心理学の観点から、すぐに実践できる3つのアクションをご紹介します。 1. 朝日を浴びる 目覚めたらまずカーテンを開け、朝日を浴びましょう。光が目に入ることで、体内時計をつかさどる「視交叉上核」が刺激され、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が抑制されるとともに、覚醒に関わる神経系の活動が高まります2。これが自然な目覚めのスイッチになるのです。 2. 起きた直後に軽いストレッチを 寝たまま深呼吸→ゆっくり手足を伸ばす→起き上がって肩回し、といった簡単な動作だけでも、血行を促進し、脳に「活動モードだよ」と伝える効果があります。運動は、気分を高める様々な神経伝達物質(ドーパミンやエンドルフィンなど)の活動に良い影響を与えることが知られており、これが朝の心地よさにもつながります3。 3. やさしい朝習慣を取り入れる たとえば、好きな音楽を流す、温かい飲み物を飲む、アロマを焚くなど、「自分にとって心地よい刺激」を朝に取り入れることで、脳が「今日も頑張ろう」と前向きになれる土台ができます。こうした小さな工夫が、朝の気分を大きく左右します。 「朝起きられない」は、ライフバランスを見直すチャンス 朝起きられない日々が続くのは、生活リズムや働き方そのものが、自分の脳や身体に合っていないサインかもしれません。最近では、「睡眠の質を高めることで心身のバランスを整える」というスリープウェルネスの考え方が広がりつつあります。たとえば、自分の体内時計(クロノタイプ)に合わせた生活リズムの見直しや、働き方の柔軟化がその一例です。 欧州の一部企業では、フレックスタイム制度の活用により、社員が自身の生活リズムに合わせて始業時間を選べるようにしたり、「シエスタ(昼寝)制度」を導入したりするなど、社員の自然なリズムを尊重する動きが出てきています。 日本でも、「睡眠改善を通じて生産性を上げる」ことを目的とした健康経営の取り組みが、徐々に広がりつつあります。自分の脳と身体の声をきちんと聞くこと、それが結果としてパフォーマンス向上にもつながるのです。 おわりに──無理して起きるより、「整えて起きる」を 朝、起きられないとき、「自分はダメだ」と思わずに「もしかしたら脳が休息を必要としているのかも」と一歩立ち止まることも大切です。 脳科学とウェルビーイングの視点から見れば、朝のコンディションは気合いではなく、整える工夫で変えられます。今日の朝がうまくいかなかったとしても、明日の朝を少しだけ気持ちよく迎えるためのヒントは、たくさんあります。 朝の過ごし方を見直すことは、メンタルヘルスとライフバランスを整える第一歩です。少しずつ、自分に合った「整える朝」を探してみてはいかがでしょうか?

ウェルビーイング市場拡大の背景──働き方と暮らしを変える次世代テクノロジー

世界的に注目を集める「ウェルビーイング市場」。その拡大の背景には、消費者の価値観の変化や企業の取り組み姿勢の変化、そしてテクノロジーの急速な進化があります。 本稿では、こうした要素がどのように絡み合い、ウェルビーイングという概念が経営や社会の中心へと進化してきたのかを解説していきます。 「モノよりコト」── 消費者の価値観の変化が市場を動かす ウェルビーイング市場が拡大してきた背景を考える上で、まず見逃せないのが消費者の価値観の変化です。 これまで、健康といえば「病気にならないこと」と捉えられることが一般的でした。しかし、パンデミックによって生活や働き方が大きく揺らぎ、心の安定や自分らしさ、人とのつながりといった「多面的な幸福」への関心が急速に高まりました。 特にZ世代では、「モノを持つこと」より「体験」や「心地よさ」を重視する傾向が強まっています。2025年3月に18〜29歳の男女を対象に実施された、ReBear合同会社とOshicocoによる合同調査では、最も高額だった支出として「旅行・レジャー」や「推し活」が上位を占め、住宅や車は下位に来る結果となりました。 出典:株式会社Oshicoco「【Z世代の常識】モノ消費からコト消費へ!ReBearとOshicocoが「決済手段と消費行動の多様化」について合同調査を実施」 調査対象の半数以上が「体験型消費にお金をかけたい」と答えており、コト消費志向がより顕著になっています。 こうした価値観の変化を背景に、「睡眠の質を測る」「マインドフルネスを習慣化する」「脳や心を整える」といったサービスへの関心が高まり、ウェルビーイング関連市場の成長を後押ししています。 参考:株式会社Oshicoco「【Z世代の常識】モノ消費からコト消費へ!ReBearとOshicocoが「決済手段と消費行動の多様化」について合同調査を実施」 福利厚生から経営戦略へ──変化するウェルビーイングの位置づけ 続いて注目すべきは、企業によるウェルビーイングへの取り組みが大きく変化している点です。 かつてのウェルビーイング施策は、社員の健康診断やメンタルヘルス講座といった、いわば福利厚生の一環として実施されていました。しかし、長時間労働やメンタル不調による離職、労働生産性の低下といった課題が顕在化する中で、社員の心身の健康状態が企業活動全体に大きな影響を与えることが明らかになってきました。 その結果、現在では社員の健康は単なる自己管理の問題ではなく、企業のパフォーマンスや競争力を左右する「経営資源」として捉えられるようになり、ウェルビーイングは戦略的な取り組みへと進化してきています。 たとえば、Googleでは、社員の集中力やストレス軽減を重視したオフィス環境の設計を進めるほか、マインドフルネスプログラム「Search Inside Yourself」を導入することで、心の健康と生産性の両立を図っています。 また、Microsoft Japanでは、社員の働き方を可視化する「Microsoft Viva Insights」を活用し、会議時間の最適化や作業負荷の分析を行うことで、ウェルビーイングの向上とパフォーマンス改善に取り組んでいます。 このように、社員の心身の状態を可視化し、働く環境や制度に活かす取り組みは、従来の福利厚生の枠を超えて、経営全体に組み込まれる戦略的な施策へと変化しています。こうした動きは、「健康経営」として注目され、企業価値の向上にもつながると期待されています。 健康経営についてより詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。 https://mag.viestyle.co.jp/health-and-productivity-management/ 脳や心の状態を「見える化」するテクノロジーの力 ウェルビーイング市場が拡大する中で、テクノロジーの進化が与える影響も見逃せません。 脳波センサーやバイタルデータ解析、AIによるストレス推定など、ニューロテクノロジーの進化は、これまで曖昧だった「こころの状態」を定量的に把握することを可能にしました。 たとえば、集中力が高まる音環境や、リラックスに適した照明条件をAIやセンシング技術が提案するサービスも登場しています。 VIE株式会社が開発した「VIE Tunes Pro」では、“なりたい状態の音楽”を選曲することで、集中やリラックスといった状態を、同社が脳科学的なアプローチに基づいて開発した音楽(ニューロミュージック)からサポートする体験が可能です。さらに、その時の集中度やリラックス度を、脳波計を用いて数値化し、自身のパフォーマンスの最適化に活かすことができます。 このような脳の状態に応じた音環境のパーソナライズは、働く時間や休息の質を高める新たなアプローチとして注目されています。 また、アイリスオーヤマは、働き方改革の一環として、オフィスにおける照明環境の最適化に取り組んでいます。同社の東京アンテナオフィスでは、色温度を変化させるLED照明を導入し、時間帯や業務内容に応じて照明の色や明るさを調整することで、社員の集中力やリラックス効果の向上を図っています。 このように、脳や感覚に寄り添った環境づくりを支えるテクノロジーの進化が、日常の中でのウェルビーイング実践を後押ししています。 今後は、こうした“パーソナライズド・ウェルビーイング”の需要がさらに高まり、業種や世代を問わず活用の場が広がると見られています。 参考:アイリスオーヤマHP「働く人のウェルネスを高めるWELL認証とは?」 「脳と心」の市場は社会インフラに進化するか ここまで見てきたように、脳や心の状態を可視化するテクノロジーは、個人のウェルビーイング向上だけでなく、企業の経営戦略や教育・福祉の現場にも活用され始めています。 かつては医療や研究の専門領域だった「脳と心」に関するデータが、いまや日常の中で活かされる時代へと移り変わりつつあり、脳科学やニューロテクノロジーの進展が、人々の暮らしそのものを支えるインフラとしての役割を担い始めているのです。 たとえば、集中しやすい空間設計や、ストレスに気づく仕組み、孤立を防ぐ見守りなど、生活のあらゆる場面で「脳と心の状態に応じた支援」が組み込まれていく未来は、決して遠くないかもしれません。 それは、単にテクノロジーの導入を進めるということではなく、「人がよりよく生きる」ための社会設計の一部として、脳と心に向き合う姿勢が問われる時代が来ているとも言えます。 脳と心の市場が社会の基盤に組み込まれていく──。その兆しはすでにあちこちに現れており、今後のウェルビーイングのあり方を考えるうえで、避けては通れないテーマとなっていくでしょう。 まとめ:今、ウェルビーイングは「選ばれる理由」になる ウェルビーイング市場拡大の背景を読み解くと、私たちの生き方や働き方、そして何を大切にするかという価値観が、これまでとは大きく変わり始めていることが見えてきます。 企業にとっては、従業員の定着や採用力、ブランド価値向上に直結する要素として、ウェルビーイングの本質的な取り組みが求められています。テクノロジーを活用し、「自分の状態を知り、整える」ことが可能になった今、私たちの暮らしと仕事の質は大きく変わろうとしています。 次回は、ウェルビーイングの推進を支える具体的な国・自治体の支援体制に焦点を当てていきます。

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