FEATURE

脳の働きから恋愛のメカニズムを探求する:京都大学・藤崎健二さんが語る「恋愛の脳科学」

脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。 本企画は、さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。 今回のインタビューでは、京都大学大学院で「恋愛の脳科学」の研究に取り組まれている藤崎健二さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、藤崎さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview06/ 研究者プロフィール 氏名:藤崎 健二(ふじさき けんじ)所属:京都大学大学院 文学研究科 博士後期課程研究室:阿部研究室研究分野:恋愛、対人認知、fMRI 始まりは身近な感情への興味ーー恋愛感情への関心から脳科学の研究へ ── 現在取り組まれている研究について教えてください。 私は、いわゆる「恋愛の脳科学」というテーマについて研究しています。具体的には、fMRIによって得られた脳活動のデータを解析することで「恋愛関係の構築や維持を支える認知神経メカニズム」の解明を目指して研究を進めています。 ── どのようなきっかけで恋愛と脳の関係に関する研究を始めたのですか? きっかけは、好きな人や恋人に対して抱くときめきや安心感といった特別な情動が、どのような仕組みによって生まれるのかを純粋に知りたいと思ったことでした。また、私は昔から人の行動や認知、感情、そして人格の基盤となる脳に強い関心を抱いてきました。恋愛における特別な思いも、脳の働きによって生み出されていると考え、脳神経科学の視点から恋愛を捉える研究に興味をもちました。そして、恋心や愛情のメカニズムを解明することが、人々のより良い関係を築く手助けになると考え、この研究に取り組むことになりました。 ── 一般的に恋愛感情や恋愛関係の在り方は個人によって異なると考えられますが、研究に取り組まれる上で「恋愛」はどのような感情として定義していますか? 私は、恋愛関係を「他者との親密で排他性を伴う関係」と定義しています。同性の親しい友人関係とは異なり、恋愛関係には親密さに加え、相手と特別なつながりを共有し、注意や感情、時間を相互に優先的に分かち合うという特徴があります。さらに、このような高いコミットメントを伴う関係は、他者との親密・性的な関係を制限する排他性を備えており、それが恋愛関係を規定する重要な要素の一つとされています。 「男女の友情」は脳科学的に実在するのか? ── 具体的に、どのように研究を進められているのか教えてください。 fMRI(機能的磁気共鳴画像法)という脳活動を可視化する技術を用いて、恋人に関する脳内での情報処理について研究しています。特に、報酬や快感に関与する「側坐核」と呼ばれる脳部位の活動に注目して、研究を進めています。 恋愛と脳の関連については、ドーパミンやオキシトシンという脳内伝達物質の話が有名ですが、これらの知見の多くはプレーリーハタネズミという一夫一妻の動物モデルの研究から生まれています。プレーリーハタネズミの研究では、側坐核でのドーパミンやオキシトシンの伝達や、関係の成熟に伴う側坐核の可塑的な変化が、パートナーとのいわゆる一途な絆の形成・維持に重要であることが示されています。同様に、ヒトでも側坐核において、パートナーに関する特別な処理が行われていることを示唆する研究はいくつかありますが、恋人と異性の友人を比較した際の側坐核活動の違いに関する知見は、これまで一貫していませんでした。 従来のfMRI研究では、脳を立体的に分割した「ボクセル」ごとに活動を測定し、特定の領域の平均的な活動の強さを評価する方法が主に用いられてきました。これに対して私の研究では、側坐核内の空間的な活動パターンそのものに着目し、情報処理の特徴をより詳細に捉える解析を行っています。 ── 人間のパートナーへの絆も側坐核で行われていると考え、従来よりも応用的な手法で側坐核の活動を測定したのですね。測定からはどのような結果が得られましたか? 測定と解析の結果から、脳活動パターン上では、異性の友人は恋人よりも同性の友人に類似していること、恋人と異性の友人の脳活動パターンは識別可能なことが判明しました。さらに、恋人に関する情報処理の特別さは交際期間に応じて失われ、次第に異性の友人に近いパターンへと変化する傾向が見られました。 ── では、失恋してしまったときの脳はどのような状態になるのでしょうか? 失恋後の脳は、渇望・苦痛・自己制御がせめぎ合う複雑な状態にあると考えられています。具体的には、報酬系が活性化し、拒絶された相手への強い渇望が持続します。同時に、身体的・情動的な痛みに関わる領域や、感情のコントロールを担う前頭前野も活動を示します。 こうした脳の反応は、薬物依存の離脱症状と非常によく似ているとされます。また、失恋後には抑うつ症状などが現れることもありますが、時間の経過とともに徐々に和らぎ、回復へと向かうことが知られています。 ── 脳活動と実際の恋愛活動は互いに深く影響し合っているのですね。 今後の展望と課題 ── 恋愛関係の科学的な理解は、様々な人間関係の問題に対して影響を与えると考えられますが、藤崎さんはこの成果が社会にどのような影響を与えると考えますか? 恋愛関係の複雑さはこれまで「感覚的」に語られてきた側面が大きいと思いますが、この研究の成果により、なぜパートナーは特別な存在なのか、なぜ時間が経つにつれてパートナーへの思いは移り行くのか、その一端を脳科学的に捉えることができると考えています。 上記の発見は学術分野においては、心理学・社会学・進化心理学といった幅広い分野での議論に新たな証拠を与えますし、社会的には、カップルセラピーなどを通した応用、将来的には恋愛関係に関する一般的理解の推進にもつながるのではないかと期待しています。また、恋愛や結婚は、多くの人の人生に深く関わるテーマであり、関係性の質は心の健康や幸福にも大きく影響します。とりわけ、夫婦関係のあり方は、夫婦自身の幸福だけでなく、子どもの発達にも密接に関係しています。私の研究は、こうした関係の仕組みを脳と心の両面から理解することで、より良い関係づくりを後押しし、人々の豊かな人生に貢献することを目指しています。 ── 今後の研究の方針について教えてください。 恋愛関係のあり方や恋愛スタイルには大きな個人差がありますが、脳の観点からこうした違いに迫る研究はまだ限られています。例えば、恋人との親密な関係を避けがちな人や、過度に不安になって相手を強く求めてしまう人といった愛着スタイルの違いが、脳のどのような働きの違いに由来しているのかを今後明らかにしたいと考えています。 さらに、「恋人に対して何かをしてあげるときと、友人に対して同じことをする場合では、異なる心理的メカニズムが働いているはずだ」という仮説に基づき、恋人への利他的な行動を支える脳のメカニズムの解明についても取り組む予定です。 ── どちらも人々の良好な恋愛関係を支える素敵な研究ですね。 インタビューの後半では、藤崎さんの研究者を目指すまでの経緯や学生に向けたメッセージについて伺いました。特に、これから研究の道に進もうと考えている学生さんには必見の内容となっています。ぜひ併せてご覧ください。 https://mag.viestyle.co.jp/interview06/

機械学習で進化するMI-EEG解析──脳波×AIの最新研究まとめ

頭の中で手を握る動作を思い描く──それだけでも、脳は小さな信号を発しています。その微細な脳波を正しく読み取ることで、人は「考え」を機械に伝えることができるかもしれません。 このような仕組みはMotor Imagery EEG(MI-EEG)と呼ばれ、いま世界中の研究者たちが開発競争を繰り広げている分野です。 今回は、MI-EEGの技術の広がりと、その歩みを追った2024年発表の論文 「Enhancing motor imagery EEG signal decoding through machine learning: A systematic review of recent progress」をもとに、近年注目されている機械学習と脳波技術の融合によって、どのように「考えるだけで伝わる世界」が実現に近づいているのかを、わかりやすくお届けします。 MI-EEGの仕組みと課題 MI-EEGとは、ある特定の運動を思い浮かべたときに脳波に現れる、特有の変化=パターンを読み取り、「右手を動かそうとしている」「足を動かそうとしている」といった想像内容を解読する技術です。 この脳波のパターンは、脳の運動をつかさどる領域(運動野)の活動によって生じます。たとえば右手の動きを想像すると、左脳の特定のエリアが反応し、そこに特徴的な脳波の変化が表れます。この変化を検出することで、思い描いた動作を推定し、機器の操作などに応用することができるのです。 ところが、こうしたEEG信号は非常に微弱で、まばたきや筋肉の動きなどのノイズに埋もれやすく、個人差も大きいという厄介な性質があります。そのため、従来の非侵襲的なBCI(Brain-Computer Interface)では、せいぜい「はい・いいえ」といった単純な意思しか読み取れないという限界がありました。 さらに、脳波の出方には人それぞれ違いがあるため、脳波を判別するモデルは利用者ごとに一から調整し直す必要があり、これも実用化における大きな壁のひとつとなっていました。 加えて、脳波は波の強さ(振幅)やリズム(周波数)といった特徴が、時間や体調によって変化する非定常な信号です。必要な脳の信号よりもノイズが目立ってしまうことも多く、信号対雑音比(SNR)が低いという特性も、安定した解析を難しくしていました。 MI-EEG解析における機械学習・深層学習の進化 こうした課題を打破しつつあるのが、近年の機械学習(ML)、とりわけ深層学習(ディープラーニング, DL)の技術です。実は、BCI分野では以前から機械学習によって脳波のパターンを分類する研究が行われてきました。しかしその多くは、EEGデータをモデルで扱うために、「どの周波数帯に注目すべきか」「どの脳の部位が反応しているか」といった特徴を見極めて選び出す作業(特徴抽出)や、それをもとに分類モデルを動かすための細かなパラメータ設定が欠かせませんでした。 これらの工程には、豊富な知識と経験が必要で、システム構築には多くの時間と手間がかかっていたのです。 しかし2017年頃から、状況が大きく変わり始めました。BCI Competition IVやPhysioNetなど、複数の被験者による運動想起タスクの脳波を収録した、大規模なオープンデータセットが次々と公開され、これを活用して高性能な深層学習モデルが脳波解析に本格的に導入されるようになったのです¹。 深層学習の強みは、生の時系列データから自動で意味のある特徴を学習できることにあります。従来は専門家が行っていた周波数帯の選択や空間フィルタの調整といった作業を、モデルが自ら学びながら処理してくれるようになりました。 この技術によって、MI-EEGのように複雑でノイズの多い信号でも、より柔軟かつ高精度に脳波を読み取ることが可能になってきました。 ¹ Hossain, K. M., Islam, M. A., Hossain, S., Nijholt, A., & Ahad, M. A. R. (2023). Status of deep learning for EEG-based brain–computer interface applications. Heliyon, 9(3), e14029. 主な深層学習モデルとMI-EEGへの応用 具体的に、近年のMI-EEGデコーディングで活躍している深層学習モデルや手法には、以下のようなものがあります。 CNN(Convolutional Neural Network:畳み込みニューラルネットワーク) 脳波には、「どの場所の電極で信号が強く出ているか」といった空間的な分布や、「どの周波数の信号が目立つか」といった周波数の特徴が含まれています。こうした情報を自動で見つけ出せるのが、CNNという深層学習モデルです。 このモデルは、もともとは画像認識の分野で活躍してきたモデルで、画像の中から形や模様を見分けるのと同じように、脳波の形や波のリズムを見つけ出せるのが特徴です。 実際、従来用いられていたCSP(共通空間パターン)+LDA(線形判別分析)といった機械学習アプローチに比べ、 CNNベースのモデルは、より柔軟に複雑な脳波パターンを扱うことができ、特にうまく脳波で意思を伝えられなかった被験者でも、分類精度が向上したという報告もあります²。 ² Hameed, I., Khan, D. M., Ahmed, S. M., Aftab, S. S., & Fazal, H. (2022). Classification of motor imagery EEG using deep learning increases performance in inefficient BCI users. PLOS ONE, 17(7), e0268880. RNN(Recurrent Neural Network:再帰型ニューラルネットワーク) 脳波のように「時間とともに変化するデータ」を扱う場面では、RNNという深層学習モデルが使われます。RNNは、過去の情報を記憶しながら現在の情報を処理できるのが特徴です。 たとえば、ある動作を思い描いたとき、脳波には一瞬だけでなく、時間の流れに沿って特徴的な変化が現れます。RNNはこのような時系列のパターンを捉えるのが得意で、「いつ、どんな変化があったか」といった情報を生かして分類を行うことができます。 このおかげで、静止画のような断片ではなく、時間の流れに沿った変化として信号を読み取れるようになり、より安定した分類が可能になりました。 転移学習(Transfer Learning) 転移学習では、あらかじめ多くの脳波データを使って学習させたモデル(ベースモデル)を使い、それを新しい利用者やタスクに合わせて、少ないデータで効率よく調整することができます。 たとえば、「右手を動かす想像」といった共通の脳波パターンをすでに学習済みのモデルがあれば、新しい人の脳波を少しだけ読み込むだけで、その人専用のモデルをすばやく作ることができるのです。 これにより、大量のデータを用意したり、毎回ゼロから学習し直したりする負担を大幅に減らすことができ、特にデータが取りにくい医療・福祉現場などでの活用にも期待が高まっています。 このように機械学習、とりわけ深層学習の導入によって、MI-EEG信号の解読精度は飛躍的に向上しました。実験室レベルでは、頭に装着した電極から得られる脳波だけで「右手」「左手」「両足」など複数種類の運動想像をかなりの精度で分類できるようになってきています。 たとえば、EEGNetというモデルは、とてもコンパクトな構造のCNNとして設計されており、データ量が限られている場面でも、高い精度で動作することが特徴です³。少ない学習データでも安定して使えるように工夫されていて、実際に多くの研究で活用が広がっています。 ³Lawhern, V. J., Solon, A. J., Waytowich, N. R., Gordon, S. M., Hung, C. P., & Lance, B. J. (2018). EEGNet: A Compact Convolutional Network for EEG-based Brain-Computer Interfaces. Journal of Neural Engineering, 15(5), 056013. MI-EEG技術を社会に届けるために乗り越えるべきこと 深層学習によってMI-EEGの解析精度は大きく向上しましたが、それを活用した応用システム(MI-BCI)として実用化するには、まだ乗り越えるべき課題も残されています。 たとえば、装着が簡便な簡易EEGデバイスでは、高性能な研究用システムと比べると信号品質が高くないため、日常利用にはノイズ対策が重要になってきます。またアルゴリズム面では、ユーザーが長時間使っても都度再学習しなくて済むような、高い汎用性や継続的学習の仕組みが求められています。 幸いなことに、こうした課題に対しても研究は進んでおり、脳波データを増強するデータ拡張手法や、異なる個人間でモデルを融通するドメイン適応技術、他の生体信号と組み合わせたハイブリッドBCIなど、様々なアプローチが提案されています。まさに人間の脳と機械をつなぐ架け橋として、MI-EEG技術は機械学習との融合によって日々アップデートされているのです。 近い将来、例えばリハビリテーションの現場で患者さんが頭で思い描くだけでロボットスーツを動かし、運動機能回復を助ける――そんな光景が当たり前になるかもしれません。ブレインテック最前線のMI-EEG×機械学習の進化から、これからも目が離せません。 🧠 編集後記|BrainTech Magazineより MI-EEGと深層学習の組み合わせは、これまで読み取りが難しかった脳の信号をより正確に扱える技術へと押し上げています。 実用化にはまだいくつかのハードルがありますが、個人ごとの違いやノイズの多さを乗り越えるための工夫も進み、MI-EEGは実際に使える技術へと着実に近づいています。 BrainTech Magazineでは、こうした研究の進展とその社会実装への動きを、これからも丁寧に伝えていきます。 📝本記事で紹介した研究論文 Hameed, I., Khan, D. M., Ahmed, S. M., Aftab, S. S., & Fazal, H. (2023). Enhancing motor imagery EEG signal decoding through machine learning: A systematic review of recent progress. Biomedical Signal Processing and Control, 84, 104960.

五月病対策:新生活の疲れを乗り越えて心も軽やかに

五月病ってなに? 4月は入学や就職など新生活のスタートでワクワクしますよね。しかし、ゴールデンウィーク明け頃になると「なんだかやる気が出ない…」と感じる人が増えてきます。日本ではこの時期に見られる軽い憂うつ症状のことを俗に「五月病」と呼びます。 五月病は、新しい環境に適応できないまま連休を挟んで心身の疲れが出てしまい、気分が落ち込んだり、無気力になったりする状態です。医学的には「適応障害」などと診断されることもあります。症状としては、憂うつな気分ややる気の低下のほか、不安感や焦りが出たり、人によっては不眠、疲労感、食欲不振など体の不調を感じることもあります。 実はこの五月病は、学生から新社会人、ベテランの社会人まで誰にでも起こり得るものです。新年度の緊張が一段落するとホッとしますが、その反動で心にぽっかり穴が空いたように感じたり、長い休み明けで日常に戻るのが億劫になったりすること、ありませんか?それが「五月病」のサインかもしれません。 五月病かな?と思ったら 「もしかして五月病かも」と思ったら、まずは自分の心と体の状態に気付いてあげましょう。「最近なんだか元気が出ないな」「朝起きるのがつらい」といったサインに気づくことが第一歩です。 五月病は一過性のことが多いので、深刻に捉えすぎずに「ああ、今ちょっと疲れているんだな」と受け止めてみてください。自分を責めたり無理に奮い立たせたりする必要はありません。大切なのは、少し肩の力を抜いてリラックスすることです。 五月病の対策あれこれ では、気分が落ち込んでしまったときにどんな対策ができるでしょうか?ここでは、ビジネスパーソンから学生まで誰でも実践できるいくつかのヒントを紹介します。 適度に気分転換をする 勉強や仕事の合間に少し散歩をしたり、好きな音楽を聴いたりしてみましょう。新緑の季節でもありますし、外の空気を吸って軽く体を動かすだけでも、気分がリフレッシュします。趣味の時間をとることもおすすめです。 誰かと話す・つながる 一人で塞ぎ込まずに、信頼できる友人や家族に今の気持ちを話してみましょう。愚痴でも構いません。話すことで心が軽くなることがあります。また、以前の学校の友人や地元の仲間などと、久しぶりに会ってみるのも良い気分転換になります。 生活リズムを整える 夜更かしをせず十分な睡眠をとり、バランスの良い食事を心がけましょう。疲れているときほど基本的な生活習慣が乱れがちですが、実はそういう時こそ生活リズムを整えることが、心身の回復につながります。 逆に、ストレス発散のために暴飲暴食に走るのは逆効果です。お酒やジャンクフードに頼りすぎると、かえって体調を崩したり、後悔したりするので注意してください。 小さな目標を作る 「たまっていたメールの返信を全部片付けたら、自分にご褒美」「授業の後に好きなスイーツを食べる」など、ちょっとした楽しみを用意しておくのも効果的です。大きな目標でなくて構いません。小さな「楽しみ」や「達成感」を積み重ねることで、日々のモチベーションを維持しやすくなります。 必要なら専門家に相談を どうしてもつらいときや自分では対処しきれないと感じるときは、遠慮なく専門家に相談しましょう。学生であればスクールカウンセラーや保健室の先生、社会人であれば産業医や社内の相談窓口を利用するのも一つの手です。プロに話すのは勇気が要るかもしれませんが、心の健康のために恥ずかしがる必要はありません。 心のウェルビーイングとライフバランスを大切に 五月病の対策を考えることは、自分のメンタルヘルス(心の健康)やライフバランスを見直すことにもつながります。最近よく耳にする「ウェルビーイング」とは、心身ともに健康で充実した状態を指します。新生活で頑張ることも大切ですが、同時に自分が心地よく過ごせるバランスを取ることも同じくらい大事です。 今回紹介したように、適度に休息を取ったり人とつながったりすることは、心のウェルビーイングの第一歩です。心の元気が戻れば、新しい環境にも前向きに適応していけるでしょう。学校や仕事も大事ですが、自分自身の心と体はもっと大切にしてくださいね。 まとめ ゴールデンウィーク明けの憂うつ感は、決して珍しいものではありません。誰でも疲れたときはありますし、五月病かな?と思ったら焦らずに、今回紹介したような対策を試してみてください。そうすることで、「なんだ、意外と大丈夫かも」と心が軽くなってくるはずです。無理をしすぎず、自分のペースで日々を過ごすことで、きっと新しい季節を笑顔で乗り越えていけますよ。

音楽を聴いた「喜び」や「安心」が脳波でわかる?──脳が感じる音楽の“気持ち”を読み解く

「音楽を聴くと心が踊る!」そんな経験、きっと誰にでもありますよね。でも、どうして音楽がこれほどまでに私たちの感情を揺さぶるのでしょうか? その謎に、脳波(EEG)を使って迫ろうとする最新のブレインテック研究が登場しました。2024年にIEEEで発表された注目の研究では、音楽を聴いているときの脳波から、その人の感情を4つのカテゴリーに分類するというチャレンジが行われています。 今回は、音楽と脳の意外なつながり、そしてこの研究から見えてくる新しい可能性について、わかりやすくご紹介します。 音楽を聴いているとき、脳では何が起きているのか? 今回紹介するのは、2024年にIEEEで発表された最新研究「EEG-Music Emotion Recognition: Challenge Overview」です。この研究では、音楽を聴いているときの脳波(EEG)に注目し、そこから「喜び」「安心」「悲しみ」「怒り」といった感情を推定することにチャレンジしています。 脳波とは、頭の表面から記録できる微弱な電気信号で、私たちの脳が活動している証のようなものです。音楽を聴いているとき、脳はこの信号を通してさまざまな反応を見せてくれます。 また、音楽は人の感情を強く動かす刺激として知られており、実際に「楽しい」「切ない」「緊張する」など、聴いているだけで気持ちが大きく揺れ動くこともあります。こうした感情の動きが、脳波のパターンにも現れるのではないか――そんな仮説のもと、研究チームは脳波から感情を読み取ることに挑戦しました。 このアプローチは、今までの「表情や心拍から感情を推測する」という方法とは一味違います。というのも、脳波は脳内で直接起こっている活動を捉えるため、音楽による微細な感情の変化もより直接的に反映されるからです。もちろん、脳波自体は非常に微弱でノイズも多く、解析は簡単ではありませんが、ディープラーニングをはじめとする最新の機械学習技術によって、そうした複雑なパターンの解明も少しずつ可能になりつつあります。 好きな曲 vs 初めての曲、脳はどう反応する? この研究では、20代〜30代の被験者34人が参加し、音楽を聴いているときの脳波を記録しました。使われた曲は16曲で、半分は被験者が選んだ“お気に入りの曲”、もう半分は他の人が選んだ“初めて聴く曲”です。慣れた音楽と新しい音楽で脳の反応がどう変わるかも調べています。 音楽を聴いた後には、「どんな気持ちになったか?」を、感情マップ(ジュネーブ感情ホイール)を使って自己申告してもらいました。この回答が、AIにとっての感情の正解になります。 つまり、本人がどう感じたかをラベルとして使うことで、「この脳波は安心のとき」「これは怒りのとき」といったデータをAIに学習させることができます。これが「教師あり学習」と呼ばれる方法です。 これを使って解析した結果、脳波は人によって違いはあるものの、特定の感情に共通する傾向があることが確認されました。 感情の読み取りは本当にできるの? この研究の目的は、脳波から「今、どのような感情を感じているのか?」という問いに答えられるようにすることです。しかし、現時点での精度は約30%程度で、4つの感情カテゴリーの中からランダムに選んだ場合の正答率(25%)をやや上回る水準にとどまっています。 出典:S. Calcagno, S. Carnemolla, I. Kavasidis, S. Palazzo, D. Giordano and C. Spampinato, "EEG-Music Emotion Recognition: Challenge Overview," ICASSP 2025 - 2025 IEEE International Conference on Acoustics, Speech and Signal Processing (ICASSP), Hyderabad, India, 2025, pp. 1-3, doi: 10.1109/ICASSP49660.2025.10888506. とはいえ、これはあくまでもスタート地点です。研究チームはこの結果をもとに、精度をさらに高めるための新たな手法の開発やデータの充実に取り組んでいます。ブレインテックの分野は日々進化しており、次のステップでは、より精度の高い成果が期待されます。 あなたの脳に合わせた音楽療法の実現可能性 注目すべきは、この技術が単なる実験に留まらず、実用面での応用が期待されている点です。たとえば、音楽療法の分野では、患者が音楽を聴いているときの脳波をリアルタイムで解析し、最適な治療法を提案することが可能になるかもしれません。 うつ病や不安障害の治療現場では、音楽を使ったセラピーの効果を脳波で見える化することで、患者ごとに合った曲の選定や、セラピー中の状態把握に役立てられる可能性があります。 また、介護や認知症ケアの現場でも、音楽による感情反応を脳波で捉えることで、患者の状態を見守りながら心を落ち着かせる音楽環境をつくるといった応用も期待されます。将来的には、ウェアラブル脳波計と連動した音楽プレーヤーが登場し、そのときの精神状態に合わせてリラックスできる音楽を自動選曲してくれるようなシステムも考えられます。 🧠 編集後記|BrainTech Magazineより 音楽は私たちの心を大きく揺さぶります。その感動の裏側には、まだ未知の脳波パターンが隠れているかもしれません。IEEEで発表された今回の研究は、そんな“脳が感じる音楽”を読み解こうとする第一歩です。 精度はまだ発展途上ですが、ブレインテックの進化により、音楽療法やメンタルヘルスの分野での応用も現実味を帯びてきています。 この記事が、脳と音楽のつながりに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。今後もブレインテックの面白い話題をお届けしていきますので、お楽しみに! 📝本記事で紹介した研究論文 Calcagno, S., Carnemolla, S., Kavasidis, I., Palazzo, S., Giordano, D., & Spampinato, C. (2024). EEG-Music Emotion Recognition: Challenge Overview. 2024 IEEE International Conference on Acoustics, Speech and Signal Processing (ICASSP).IEEE. https://ieeexplore.ieee.org/document/10888506

AIが命を救う意思決定を支援する時代──脳波×AIで重症脳損傷治療を

集中治療室で命をつなぐカギとなるのが、脳の状態を見守る「脳波モニタリング」です。近年、この分野にAI(人工知能)が加わり、重症の脳損傷患者のケアが大きく進化しつつあります。 そして、AIがリアルタイムで脳波を解析し、最適な治療を提案する──そんな医療の未来が、すでに現場に届き始めています。 今回は、2025年に発表された最新論文「Using artificial intelligence to optimize anti-seizure treatment and EEG-guided decisions in severe brain injury」をもとに、AIがどのように脳波を読み解き、命を支える医療判断に活かされているのかを紹介します。 見た目では判断できない「脳内の異常」を捉えるAI 脳卒中や外傷などで重度の脳損傷を負い、集中治療室に入っている患者の中には、意識がないように見えても、実際には脳内で危険な発作が進行していることがあります。このような外からは気づきにくい発作を見逃さないために、医療現場では脳波(EEG)のモニタリングが行われています。 特にけいれんを伴わない「非けいれん性発作」は、見た目ではわからず、医師の目をすり抜けてしまうこともあります。連続的に脳波を記録する「cEEG(連続脳波モニタリング)」は、そうした見えない異常を検出するための重要な手段ですが、膨大なデータを一つひとつ人の目で確認するのは現実的ではないため、AIがこの解析で活躍し始めています。 AIは、膨大な脳波データの中から発作の兆候をとらえ、異常を自動で検出します。 たとえば、ある解析方法では、脳波の変化をヒートマップのように色で視覚化します。下図のように、発作が起きている時間帯には、赤やオレンジが帯状に広がり、「炎のようなパターン」として現れます。 出典:Zade Akras, Jin Jing, M. Brandon Westover, Sahar F. Zafar.Using artificial intelligence to optimize anti-seizure treatment and EEG-guided decisions in severe brain injury こうした視覚的な表示によって、医療従事者は数分で1日分の脳波を確認できるようになり、発作の見逃しを減らすだけでなく、専門医以外のスタッフでも初期の異常に気づけるようになることが期待されています。 治療のさじ加減もAIがサポート 抗てんかん薬や鎮静薬は、重症脳損傷の治療において欠かせないものですが、薬が効きすぎると意識の低下や副作用を招き、反対に薬が効かなければ発作が止まりません。このさじ加減は患者ごとに異なるため、個別に調整する必要があります。 本研究では、脳波の反応や薬物の作用をAIが解析することで、「この患者にはどの薬を、どのくらいの量で使うべきか」を医師に提案するという手法が紹介されています。 さらに、脳波の中でも「バースト抑制」と呼ばれる鎮静状態の深さに着目し、AIがそれをリアルタイムで評価することで、過剰な鎮静を避けながら治療を続けるための判断材料も提供されます。このように、AIはデータをもとに治療の最適なポイントをその人ごとに導き出すパートナーとして活躍する可能性があります。 医師の判断を支える、もう一人の目としてのAI AIによる脳波解析は、すでに医療の現場で実用化が進んでいます。見えない発作を捉え、最適な治療を提案し、回復の可能性を探る――それはまさに、「AIが命を救う意思決定を支援する時代」の到来です。 これからの医療において、AIは単なるツールではなく、患者と医療チームをつなぐ新たなパートナーとして期待されています。 🧠 編集後記|BrainTech Magazineより 医療の現場にAIが入ってくると聞くと、どこかSFのように感じるかもしれません。 でも、脳波データを24時間見守り、発作の兆しを即座に伝えてくれるAIは、すでに現場のチームの一員として動き始めています。 人とAIが協力して命を守る、そんな新しい医療のかたちにこれからも注目です。 📝本記事で紹介した研究論文Zade Akras, Jin Jing, M. Brandon Westover, Sahar F. Zafar.Using artificial intelligence to optimize anti-seizure treatment and EEG-guided decisions in severe brain injury Clinical Neurophysiology Practice, Volume 10, 2025. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1878747925000029

心理的安全性を高める職場づくり|企業の取り組み事例10選を紹介

「安心して話せる」「間違いや反対意見を言っても否定されない」――そんな職場の空気が、チームの力を最大限に引き出す鍵になると言われています。注目を集める「心理的安全性」は、単なる理念ではなく、日々の行動や制度設計によって育まれる文化です。 本記事では、実際に心理的安全性の向上に取り組み、成果をあげている企業の具体的な事例を10社分紹介します。上司の関わり方、評価制度、対話の場づくりなど、今すぐ実践できるヒントを豊富にまとめました。 自社の組織づくりに取り入れられる工夫が、きっと見つかるはずです。 心理的安全性とは?職場に求められる「安心して話せる環境」 職場のチームワークや生産性を高めるうえで、近年多くの企業が注目しているのが「心理的安全性」です。マネジメントや組織開発の分野でも取り上げられる機会が増えており、持続可能で健全な職場づくりには欠かせない概念となりつつあります。 この章では、「心理的安全性とは何か?」という基本から、その重要性、組織にもたらす効果までをわかりやすく紹介します。 心理的安全性の定義と注目されている背景 「心理的安全性(Psychological Safety)」とは、自分の意見や気持ちを安心して表現できる職場の状態を意味します。1999年にハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が提唱し、近年ではGoogleの大規模な社内調査「プロジェクト・アリストテレス」によって、その重要性が広く知られるようになりました。 プロジェクト・アリストテレスでは、「成果を出すチームに共通する要素は何か?」を分析し、その結果、最も重要なのが「心理的安全性」であると結論づけられました。どれだけ優秀なメンバーが揃っていても、発言しにくい雰囲気の中では、創造性やチームワークが十分に発揮されないことが分かったのです。 心理的安全性が高いチームでは、メンバーが失敗を恐れずに意見を出し合い、互いを尊重する文化が根付いています。そうした関係性があるからこそ、情報共有やアイデアの発信が活発になり、チームの成長にもつながっていきます。 心理的安全性がもたらす3つのメリット 心理的安全性が高い職場には、次のようなメリットがあります。 離職率の低下:安心して働ける職場では、人が辞めにくくなります 創造性・イノベーションの向上:自由な発言が、新しいアイデアのきっかけになります エンゲージメントの向上:信頼関係が深まり、仕事への意欲や自発性が高まります これらのメリットだけでなく、「心理的安全性」そのものについてさらに深く理解したい方は、こちらの記事も参考にしてみてください:👉 心理的安全性を高める4つの因子とその実践方法 心理的安全性を高める企業の取り組み事例10選 心理的安全性を高める取り組みは、業種や企業規模を問わず注目されています。ここでは、実際に社内文化の改善やチームの活性化に成功した企業の事例を紹介します。どの事例も、大小さまざまな組織で再現可能なヒントに満ちています。 1. カヤック|評価の「見える化」とフィードバック文化の定着 カヤックでは、全社員の360度評価を社内で完全公開するというユニークな制度を導入しています。360度評価とは、上司だけでなく同僚や部下など、さまざまな立場の人から意見をもらう多面的な評価手法で、個人の強みや課題をより客観的に把握することができます。 同社では、半期ごとの自己評価に対して、同職種の社員がコメントをつける仕組みで、過去の記録も全社員が閲覧可能です。これにより、誰がどのように評価されているかをオープンに共有し、透明性と信頼感を育んでいます。 また、社員同士が毎月ランダムにマッチングされ、良い点(スマイル)と改善点(コブシ)をコメントし合う取り組みも実施しており、直接の業務を知らない相手とのやりとりでも、公開されている評価を参考にフィードバックを行います。 「書かないこと」が最もネガティブに捉えられる文化の中で、社員は率直な意見を歓迎し、対話を通じて互いの成長を支える風土が根づいています。 参考:リクルートマネジメントソリューションズ 特集「組織の成果や学びにつながる心理的安全性のあり方」 2. メルカリ|ピアボーナス「mertip」で感謝が飛び交う職場に メルカリでは、社員同士がリアルタイムで感謝や賞賛を贈り合えるピアボーナス制度「mertip(メルチップ)」を導入しています。この制度はSlackや専用Webフォームを通じて簡単に贈ることができ、感謝の気持ちとともに少額のインセンティブも付与される仕組みです。 もともと社内には、Thanksカードを贈る「All for One賞」という文化がありましたが、mertipにより拠点や部署を超えた日常的・即時的なコミュニケーションがさらに活性化し、導入後の社内アンケートでは満足度87%と高い評価を得ています。 社員からは「感謝が見える形になったことで、他部署との連携がしやすくなった」「お互いに見てもらえていると実感できる」という声もあり、心理的安全性の土台となる信頼と相互理解の強化に大きく貢献しています。 参考:mercan 公式HP「贈りあえるピアボーナス(成果給)制度『mertip(メルチップ)』を導入しました。」 3. ねぎしフードサービス|店舗同士のつながりと1on1で信頼関係を構築 飲食店「牛たん とろろ 麦めし ねぎし」を展開するねぎしフードサービスでは、過去に起きた“店舗に従業員が誰も出社しない”という出来事を機に、企業ビジョンを売上重視から「人中心の永続性」へと転換しました。 この方針転換以降、同社は従業員との信頼関係を深めるためのさまざまな取り組みを実施しています。たとえば、同地域内に似た形態の店舗を複数出店することで、店舗間の交流を活発化させました。また、アルバイトを含めた定期的なミーティングでは、立場に関係なく発言しやすい場づくりが徹底されています。 さらに、独自の人材育成プログラム「100ステッププログラム」や、店長とスタッフの月1回の1on1ミーティングを通して、個人の成長や課題を丁寧にサポートし、多様な人材が安心して働けるよう、外国人アルバイト向けの研修制度も整備されています。 こうした施策の積み重ねにより、従業員満足度は65%から85%に大きく向上しました。 参考:ねぎしフードサービス 公式Youtube「100年企業への人財共育と風土づくり|牛たん とろろ 麦めし ねぎし」 4. 三菱電機モビリティ|自分たちから始める対話型の風土改革 三菱電機モビリティ株式会社では、設立当初から心理的安全性の向上を重視し、全社員が主体となって取り組む風土改革を推進しています。 同社が掲げるテーマは「自分たちから始める風土改革」。その実現に向けて、役職や部門を越えて対話を行う全社参加型ワークショップ「変革フェスティバル」を開催しています。この場では、社員一人ひとりが自身の「ありたい姿」を言語化し、本音で意見を交わすことで、現場ごとの心理的安全性に関する課題も自然と浮き彫りになっています。 こうした取り組みにより、「対話する文化」が少しずつ根づき始めており、社員が変革を“自分ごと”としてとらえる意識が社内に広がっています。 この活動は、心理的安全性AWARD2024にも選出されるなど、社外からも高く評価されています。 参考:三菱電機モビリティ株式会社 プレスリリース「「心理的安全性AWARD2024」において最高評価の「PLATINUM RINGを受賞」 5. ZOZOテクノロジーズ|情報の“見える化”でデジタル心理的安全性 ZOZOグループの技術部門を担うZOZOテクノロジーズでは、心理的安全性を“イノベーションの前提条件”と位置づけ、デジタル環境下での信頼構築に本格的に取り組んでいます。 以前は、Slack上にプライベートチャンネルやDMが乱立し、情報の流れが不透明になっていたことから、社員同士の助け合いや本音の発信がしづらい状況が続いていました。そこで、まず着手したのが情報のオープン化と構造化です。 SlackのプライベートチャンネルとDMの原則禁止、チャンネルの命名ルール制定、月1回の「棚卸しデー」の導入により、誰がどこで何を話しているかが見える状態を整備しました。また、経営会議の議事録も原則公開とし、トップ自らオープンな姿勢を示すことで、全社的な信頼醸成につなげています。 参考:BUSINESS INSIDER「DM禁止、原則オープン、ZOZOテクノロジーズが「デジタル心理的安全性」のためにやったこと」 6. 電通総研|全社と現場の両軸で築く心理的安全性の土台 電通総研では、心理的安全性を育むために、全社と部署の両面から取り組みを進めています。同性・事実婚パートナーを配偶者として認める制度や、多様な働き方を支援する仕組み、心身の健康を支える施策などを通じて、エンゲージメント向上の土台づくりを強化しています。 現場レベルでは、人と組織に関するサービスを担うHCM(Human Capital Management)事業部が中心となり、部署横断チーム「WST」を結成しました。WSTでは、社員アンケートをもとに、「縦割りの関係」や「相互理解の不足」などの課題を洗い出し、趣味をテーマにした投稿「タグトーーク!」、懇親会、新入社員紹介動画などの取り組みを実施しました。 こうした活動が社内外で評価され、OpenWork「若手社員がおすすめする企業ランキング」1位(2024年)にも選出されました。 参考:電通総研 人事ソリューションサイト「事例から学ぶ「風通しのいい職場」の条件と心理的安全性」 7. 三井住友海上火災保険|柔軟で対話の多い働き方 三井住友海上火災保険のCXマーケティング戦略部では、従来のように順を追って計画通りに進める仕事の進め方から、チームで話し合いながら柔軟に進行できる新しいスタイルへと切り替えました。社外の研修を通じてその考え方を学んだことで、企画・データ分析・実行・改善の流れが大幅にスピードアップし、従来3か月以上かかっていた施策が、1か月以内で実現できるようになりました。 日々の業務では、朝の短いミーティングで全員が進捗や悩みを共有し合っています。これにより、職種や立場を超えて声をかけ合う機会が増え、誰でも自由に意見を言いやすい空気が生まれました。以前は会話が少なく孤独を感じることもありましたが、今では自然と助け合う場面が増え、チームの一体感が高まっています。 こうした変化を通じて、心理的安全性が高まったと多くのメンバーが実感しています。 参考:scrumic.japan HP「三井住友海上火災様 セミナー受講インタビュー」 8. LIFULL|対話を促す仕組みで心理的安全性を向上 株式会社LIFULLでは、社員が安心して意見や感情を表現できる心理的安全性の確保を重視しています。全社ガイドラインで「敬意をもって意志を伝え、決定には全力を尽くす」と明文化し、率直な対話を前提とした組織文化の浸透を図っています。 現場レベルでは、1on1ミーティングの定期実施や「コミュニケーションデイ」の設定により、チーム内での対話機会を確保しています。また、チームビルディングやオンボーディング施策も工夫されており、新入社員が早期に安心して働ける環境づくりがおこなわれています。さらに、社員一人あたりに設定されたコミュニケーション予算を活用し、会食やイベントによる交流も活性化しています。 部門を越えた関係性を築くために、サークル活動支援やピザパーティ、バースデーパーティの開催といった施策も実施し、こうした制度と風土の両輪により、社員同士の相互理解が深まり、自然と心理的安全性が高まる職場が実現されています。 参考:LIFULL HP「チームへの投資」 9. NTTコミュニケーションズ|全社横断の対話型アプローチ NTTコミュニケーションズでは、NTTドコモ、NTTコムウェアとのグループ再編に伴う組織変化を背景に、社員のエンゲージメントスコアが低下傾向にあることに危機感を抱き、2023年秋から「Go Together Next Stage」を掲げた組織開発プロジェクトを始動しました。150名以上の社員で構成された「組織開発ワーキンググループ(WG)」が中心となり、透明性、つながり、対話、挑戦、価値観の共有といった5つの目標を掲げ、心理的安全性を軸とした職場づくりに取り組んでいます。 初期段階では、役員によるセミナーや組織長向けのワークショップを通じて、心理的安全性の理解促進とアクション宣言を実施し、その後、部門単位でワークショップを展開し、現場レベルでの具体的な行動計画に落とし込んでいます。 また、有志社員が中心となって進める「ワクワクプロジェクト」や、マネジャー層向けの研修「Manager Meetup」など、上下の垣根を越えた対話の機会も増加し、今後は、社員一人ひとりの行動に結びつくハンドブックの作成や、ツール活用による職場づくりを通じて、心理的安全性をより深く組織に根づかせていく方針です。 参考:docomo business HP「NTT Com流組織開発~全社横断の組織づくりの本質に迫る!第2回「心理的安全性で変わる職場 NTT Com流組織開発の歩みとは?」」 10. トリプルバリュー|全員が挑戦しやすい職場づくり 株式会社トリプルバリューでは、社員一人ひとりが安心して意見を伝え、互いに尊重し合いながら挑戦できる職場環境づくりに取り組んでいます。その姿勢が高く評価され、2024年の「心理的安全性AWARD」において、最上位のゴールドリング賞を受賞しました。 同社では、自社開発のエンゲージメントカードや社内イベントを通じて、自由に話し合える空気づくりを推進しています。また、育児中のパート社員が働きやすいよう、出勤日数や時間を自由に選べる柔軟な勤務制度を整備し、互いに助け合える働き方を実現しています。 さらに、役割に応じて「Chief Flower Officer(オフィスの花を管理・演出する責任者)」などユニークな肩書きを設定し、個人の強みを活かして活躍できる機会を提供しており、こうした数々の取り組みにより、社内では自発的に新しいプロジェクトが次々と立ち上がり、心理的安全性の高い風土が企業の成長エンジンとして機能しています。 参考:トリプルバリュー HP「心理的安全性の高い場づくりに取り組むチームを讃える「心理的安全性AWARD2024」にて、トリプルバリューがゴールドリングを受賞」 事例から見える心理的安全性を高める共通の工夫とは ここでは、これまでに紹介した事例をもとに、特に多くの組織に共通していた実践ポイントを4つに整理して紹介します。 共通ポイント1:上司の関わり方が空気をつくる 多くの企業が、上司の「聴く力」や「対話の姿勢」の重要性を認識し、マネジメント層への研修や働きかけを行っています。たとえば、三井住友海上火災保険では傾聴スキルの強化を通じて、相談しやすい関係性を築きました。NTTコミュニケーションズでは、幹部や組織長による心理的安全性に関するアクション宣言が、現場の対話文化を後押ししています。 このように、上司が対話の姿勢を示すことは、職場全体の心理的安全性の土台づくりにつながります。 共通ポイント2:定期的な1on1・チーム対話の「場」を設ける LIFULLやねぎしフードサービスのように、定期的な1on1やチームでのコミュニケーションデイを設けている事例も多数見られました。短時間でも顔を合わせて話す時間を持つことで、日常の悩みや違和感を共有しやすくなり、安心して働ける空気感が醸成されています。 このように、日常的な対話の機会を仕組みとして取り入れることが、関係性の強化に直結しています。 共通ポイント3:評価制度に「安心して話す」行動を組み込む カヤックのように、360度評価を全社員に公開する制度を導入している企業では、「本音で話すこと」そのものが組織にとっての価値として明確に位置づけられています。また、三菱電機モビリティのように、対話の質そのものを風土改善のKPIと捉える動きも見られました。 このように、評価制度に対話の視点を組み込むことで、安心して発言できる文化が根づきやすくなります。 共通ポイント4:「可視化」や「感謝」を通じて心理的障壁を取り除く Slackチャンネルの見える化(ZOZOテクノロジーズ)やピアボーナス制度(メルカリ、Chatwork)のように、行動や感謝の気持ちを「見える化」する仕組みも心理的安全性の向上に寄与しています。Uniposのような仕組みを通じて「ありがとう」が飛び交う職場では、信頼とつながりが自然と育まれます。 このように、目に見えるかたちで感謝や貢献を共有することが、心理的な壁を和らげる鍵になります。 心理的安全性の取り組みを自社で始めるには? 心理的安全性の取り組みを始めるには、いきなり全社的な改革に着手するのではなく、小さな一歩から始めることが成功のカギです。ここでは、取り組みを自社でスタートするための基本ステップを3つご紹介します。 まずは小さなチームから始めてみる 最初から全社での導入を目指すよりも、3〜5人ほどの少人数チームや一部門単位での導入が現実的です。たとえば、週1回「10分間の1on1ミーティング」を設けて、上司が部下に「最近どう?」と気軽に声をかけるだけでも、安心して話せる雰囲気づくりが始まります。 また、「週に1回、30分の雑談ランチを設定」「朝礼でありがとうを一言伝える時間を作る」など、業務の中で無理なくできる工夫から試してみましょう。小さな成功体験が積み重なれば、他のチームへの波及も自然と起こります。 導入目的を明確にし、施策をカスタマイズ 施策を考える前に、「なぜ取り組むのか」を明確にすることが重要です。たとえば「メンバーの発言量が少ない」「離職が続いている」「部署間の壁が厚い」といった課題があるなら、それに合った施策を設計する必要があります。 具体的には、発言しやすい雰囲気を作りたい場合は「ファシリテーション研修」や「発言しやすい会議ルールの整備」、信頼関係を深めたいなら「月1のチームビルディング」「シャッフルランチ」などが有効です。会社に合ったちょうどよい方法を見つけて、小さく試しながら柔軟に見直していくのがポイントです。 効果測定の仕組みもセットで考える 施策をやりっぱなしにせず、「現場で実感されているか?」を確認する仕組みも大切です。たとえば、施策の前後に3問程度の簡易アンケート(例:「自分の意見を言いやすくなったと思う」「上司に相談しやすいと感じる」など)を実施したり、1on1のあとに「今日の話しやすさはどうだった?」と3段階でフィードバックをもらう方法があります。 無料で使えるGoogleフォームや社内チャット(Slack、Teams)で手軽に実施できるため、初期コストはほとんどかかりません。アンケート結果をもとに、必要があれば微調整しながら続けていくことで、現場の信頼感と取り組みへの納得感も高まります。 誰でも実践できる、心理的安全な職場づくり 心理的安全性のある職場は、特別なリーダーシップや大規模な制度改革がなければ実現できない、というものではありません。多くの成功事例が示すように、誰もが実践できる工夫の積み重ねが、安心して話せる空気を育てていきます。 上司の聴く姿勢、日常的な1on1、フィードバックの可視化、小さな「ありがとう」の言葉――これらは、どんな組織でも今日から取り入れられる行動ばかりです。 大切なのは、小さく始めて、継続しながら改善していくこと。心理的安全性は、「文化」として育てることで、チームにも事業にも確かな変化をもたらします。

1 5 6 7 8 9 23

Ready to work together?

CONTACT

ニューロテクノロジーで新たな可能性を
一緒に探求しませんか?

ウェアラブル脳波計測デバイスや、
ニューロミュージックに関心をお持ちの方、
そして共同研究や事業提携にご興味のある
企業様、研究機関様からの
お問い合わせをお待ちしております。

Ready to work together?

CONTACT

ニューロテクノロジーで新たな可能性を
一緒に探求しませんか?

ウェアラブル脳波計測デバイスや、
ニューロミュージックに関心をお持ちの方、
そして共同研究や事業提携にご興味のある
企業様、研究機関様からの
お問い合わせをお待ちしております。