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香りが脳にもたらす影響を解明する:上智大学・山田崇暉さんが語る「嗅覚刺激と認知活動の関係

脳の仕組みを解明し、人類の可能性を広げる研究分野として注目を集める「脳科学」。私たちVIEでは、この魅力的なテーマに挑む若手研究者に焦点を当て、彼らの研究内容や情熱に迫るインタビュー企画をスタートしました。 本企画は、さまざまな視点から脳科学の最新研究を紹介することで、読者の皆さまに脳の神秘や研究の楽しさをお届けするとともに、新しい視点で脳について考えるきっかけとなることを目指しています。 今回のインタビューでは、上智大学大学院で「嗅覚刺激と認知活動の関係」の研究に取り組まれている山田崇暉さんにお話を伺いました。インタビューの後半では、山田さんのパーソナルストーリーをたっぷりご紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。 研究者プロフィール 氏名:山田 崇暉(やまだ たかき)所属:上智大学大学院 理工学研究科 理工学専攻情報学領域研究室:矢入研究室研究分野:嗅覚刺激、脳情報デコーディング、ワーキングメモリー ゼロから構築した「香りと脳」の研究 ── 現在取り組まれている研究について教えてください。 外界からの刺激や人の心的状態と脳活動の関係を明らかにするため、脳情報デコーディングに関する研究を行っております。具体的には、被験者さんに香り環境下で課題に取り組んでもらい、香りと脳活動の関係を研究しています。 ── 「香り環境下で行う課題」はどのような内容を実施しているのですか? 実験の中である香りを提示して、その香りを嗅ぎながら被験者さんにN-back taskという認知課題に取り組んでもらいます。N-back taskは、画面に一定の間隔で次々に表示される数字を見て、現在表示されている数字がN個前に表示された数字と一致するときに、ボタンを押すなどして応答する認知課題です。 たとえば、3-back taskでは「5」「1」「4」と順に数字が表示されたあと、再び5が表示された場合、それは3つ前の数字と一致するため応答します。一方、それ以外の数字が表示された場合は応答しない、というような課題です。 この課題を行うことによって、被験者の短期記憶能力や集中力をスコア化します。その後、香りを提示した場合と提示しなかった場合の結果を比較することで、提示した香りを嗅ぐことが、タスクのパフォーマンスにどのように影響を与えるかを調べています。 ── 研究テーマを決定したあとはどのような作業から取り掛かったのですか? 私の研究は、誰かの研究を引き継いだものではなく、方針を1から自分で考えて組み立てなければならない内容であったため、まず関連する論文を読み込んで知識をつけるところから始めました。特に匂いと脳の関係が書いてある論文を重点的に読むことで、どのような匂いの提示が認知機能に影響を与えるのかを学びました。 他には、研究室に匂いを使ったマーケティングの研究をしている先輩がいたため、コンタクトを頻繁に取ることで、研究に関するアドバイスをいただきました。 香りで人の潜在能力は引き出せるのか? ── それでは、現在の研究プロセスで直面している課題や障壁について教えてください。 香りを扱う実験を行うため、その香りを被験者の方にしっかりと提示する必要があります。そのため、どのように香りを提示すれば良いかという部分であったり、実験中にその香りを長く持続させる方法だったりを模索しながら行っています。 ── 香りを長く持続させるために、これまでどのような工夫をしてきましたか? まず先行研究を参考にしながら、香料の使用割合を調整しました。 また、被験者の協力を得て予備実験を重ねることで、被験者が香りを確実に認識できる提示方法を検討しました。 加えて、N-backタスク(N = 0,1,2)において各フェーズごとに新たな香料を用意するべきか、それとも同じ香料の使用を継続すべきかを検討し、長時間同じ香料を使用すると香りが弱くなり、感知しにくくなることを考慮して、フェーズごとに香料を新しくする方法を採用しました。 さらに、香りの提示方法として、香料にお湯を注ぐことでより強い香りを発生させる工夫も行いました。 ── どのような成果を期待して研究を進めているのですか? 課題中に香りを提示することで、提示していないときよりも課題の正答率が上昇することや、注意力と関係があるとされている脳波成分「P300」に変化が生じることを期待しながら、実験に取り組んでいます。 社会課題を解決する、そのために必要なこと ── 山田さんの研究の成果は社会や業界にどのような影響を与えると考えますか? リラックスしたい時にはどの香りをかげば良いか、また集中したい時にはどのような香りを嗅げば良いかというように、様々な状況に応じて香りを使用することで人間が本来の能力を発揮できるようになると考えます。VIEでは音楽を使用して、集中やリラックスを促す研究を行っていると思いますが、香りを使用することでも同様の効果を得ることができるのではないかと考えます。 ── 具体的に応用できそうと考えられるような例はありますか? たとえば、自習室に集中力を向上させる香りを発するディフューザーを設置することによって、そこで勉強する人の集中力を向上させるといった取り組みができるのではないかと考えています。 この取り組みを実現するためには、人の集中力に影響を与える香りを突き止めることが重要であるため、私の研究の内容が関連すると考えられます。 ── 嗅覚刺激と認知活動に関する研究が、社会貢献に繋がる良い例ですね。では、このようにご自身の研究が実際に社会に影響を与えるためにはどのような要素が必要だと考えますか? 私の嗅覚刺激と認知活動の研究だけでなく、脳科学研究の内容が社会に影響を与えるためには、社会がその内容を信頼できるような実績や環境を作ることが必要だと考えています。 特にその研究に関連する文献の量や、その技術分野自体が社会にどう見られるかは、脳科学技術の社会実装を目指していく上で重要なポイントになるはずです。 逆に、脳科学自体が社会に広く認知され、その安全性が担保されていけば、今の研究や脳科学の様々な研究もいい方向に進んでいくと考えています。 インタビューの後半では、山田さんの研究者を目指すまでの経緯や学生に向けたメッセージについて伺いました。特に、これから研究の道に進もうと考えている学生さんには必見の内容となっています。ぜひ併せてご覧ください。 後半記事 ▶アニメから生まれた脳への興味:研究者・山田崇暉さんが取り組む研究のルーツ

ニューロテックで実現する9つのウェルビーイング

ウェルビーイング──それは単なる「健康」ではなく、心・身体・社会のつながりすべてが満たされた状態を指します。近年、このウェルビーイングの領域において「ニューロテック(ブレインテック)」が大きな注目を集めています。 脳波や神経の活動を測定・分析し、その情報をフィードバックすることで、ユーザーが自身の心の状態やパフォーマンスをより良く理解し、自己調整を促す技術は、これまで医療や研究に限られてきましたが、今では一般の私たちの生活にも少しずつ取り入れられつつあります。 今回は、私たちの心や体の健康=ウェルビーイングを高めるために、ニューロテックがどのような場面で役に立つのかを、9つのポイントに分けてお伝えします。 1. 精神的ウェルビーイングの向上 メンタルヘルスのケアがますます重視される現代において、自分の心の状態を“見える化”できるニューロテックは、有効なセルフケアツールとして注目を集めています。 たとえばアメリカの「Muse」は、ヘッドバンド型の脳波計と瞑想ガイドアプリを連動させたユニークなデバイスです。ユーザーが瞑想中に呼吸や思考が乱れていると「風の音」でフィードバックが与えられます。 具体的には、心が穏やかで集中している状態では風の音が穏やかになり、雑念が入ったり集中が途切れたりすると風が強まる、という仕組みです。これにより、ユーザーはゲーム感覚で自分のマインドフルネスの状態を把握し、瞑想の習慣化や集中をサポートするように設計されています。 インドの「Neuphony」やイスラエルの「Myndlift」などは、メンタルヘルスクリニックでも使われ始めており、医療と連携した脳波ベースの認知トレーニングも広がっています。 このように、ニューロテックを活用すれば、ストレスや不安を感覚ではなくデータとして理解できるようになります。自分の「今の状態」に気づき、整える習慣をつくることが、精神的ウェルビーイングの第一歩につながるのです。 参考:goodbrain「脳波デバイスmuse2」 2. 認知機能の改善と予防 集中力や記憶力、思考力などの認知機能は、年齢に関わらず私たちの生活に直結する重要な力です。近年、ニューロフィードバックや脳波トレーニングを活用した技術が、認知機能を鍛える手段として注目されています。 具体的には、専用の脳波センサーを装着し、画面上の課題に取り組むことで、集中力や反応速度といった認知機能をトレーニングします。トレーニング中の脳波はリアルタイムで計測され、「今、どれくらい集中できているか」が数値やグラフでフィードバックされるため、自分の脳の状態を意識しながら取り組むことができます。 また、加齢に伴う認知機能の低下は現代社会の大きな課題ですが、ニューロフィードバックは高齢者の認知機能維持や軽度認知障害(MCI)の予防的アプローチとしても期待されています。 このようなテクノロジーによる介入の利点は、薬物介入に比べて副作用のリスクが低く、かつ習慣として継続しやすい点にあります。週数回の短時間セッションを継続するだけでも効果が見込まれ、日常生活に取り入れやすいという利便性も支持されています。 3. ストレス管理とリラクゼーション 仕事や生活のプレッシャーによるストレスは、現代人の大きな課題です。そんな中、脳波を活用したストレス管理に注目が集まっています。脳波(特にベータ波やシータ波)は、緊張やリラックスの状態をリアルタイムで可視化できるため、自分の今のこころの状態に気づくことができます。 たとえば、デバイスを装着するだけで脳波の状態を測定し、ユーザーは自分が今どれだけリラックスしているか、あるいはストレスを感じているかを客観的に知ることができます。さらにそのデータに基づいて、デバイスが心地よい音楽を流したり、誘導瞑想の音声を提供したりすることで、より深いリラクゼーションへと導く設計がされています。 忙しい朝の準備中、昼休みのひと息、あるいは寝る前のひとときに、こうしたサポートを活用することで、知らず知らずのうちにたまっていた緊張を認識し、より深いリラクゼーションへの手助けとなるり、心と体のバランスを意識するきっかけが得られます。 4. 睡眠の質の向上 睡眠は、心身のコンディションを整えるうえで欠かせない時間です。そして脳波は、睡眠の質を測る重要な指標のひとつとされています。特に、深い睡眠時に現れるデルタ波や、リラックス状態に見られるアルファ波など、脳内の活動パターンを把握することで、自分の眠れている実感をより正確に捉えることができます。 近年では、頭に軽く装着するだけで脳波を測定できるヘッドバンド型の睡眠トラッカーが普及しており、就寝中の脳波を記録・解析することで、眠りの深さや途中覚醒のタイミングなどが翌朝に可視化されます。 AIによる分析と連動し、日々の睡眠パターンから『この日は早めに休んだ方がいい』『朝のこの時間が最もすっきり起きられる』といった、あなたに合った睡眠のヒントや傾向を基にしたアドバイスを受け取れるサービスも登場しています(例:株式会社S'UIMIN「InSomnograf」)。 このように、単に眠りの状態を知るだけでなく、その質を向上させるためのパーソナルな道筋を示してくれることで、日々の生活におけるパフォーマンス向上と、より豊かなウェルビーイングの実現に貢献しているのです。 5. 個別化されたウェルビーイング支援 脳の反応は、体質や経験、気分によって人それぞれ異なります。ある人にとってリラックスできる音楽が、別の人には逆に不快だったり集中力を妨げたりすることも珍しくありません。だからこそ、個人に最適化されたウェルビーイングのアプローチが求められており、ニューロテックはその実現に大きな力を発揮しています。 たとえば、イヤホン型脳波デバイスを装着して音楽アプリ「VIE Tunes Pro」を聴くと、リアルタイムで「どの音が自分にとってリラックス効果を高めているか」が数値で確認できます。複数の音楽を聴き比べながら脳波の反応を記録し、もっともリラックス状態を引き出すパターンを見つけていくといった使い方も可能です。 これまでのような、一律に良いとされるものを全員に当てはめるのではなく、自分の脳が本当に反応しているものを見つけて取り入れる、そんな「自分に合ったウェルビーイング」を、誰でも簡単に実践できるようになってきました。 参考:VIE「VIE Tunes Pro」 6. 精神的健康への新たな治療法 心の不調に悩む人が増えるなかで、薬だけに頼らないメンタルヘルスケアへの関心が高まっています。そうした中、脳に直接アプローチする非薬物的な手法として、ニューロテックが新しい可能性を提示しています。 たとえば、ニューロフィードバックは、脳波をリアルタイムに可視化しながら、特定の脳の状態(落ち着いている、集中しているなど)を自分自身でコントロールする練習を行う手法です。これは、認知行動療法のように思考や行動に働きかけるのではなく、脳の動きそのものに働きかけるという新しいアプローチです。 また、tDCS(経頭蓋直流刺激)という技術も注目されています。これは、ごく弱い電流を頭部に流すことで、特定の脳領域の活動に変化を与える方法で、不安感の軽減や意欲の向上、睡眠リズムの安定などを目的とした研究や臨床応用が進められています。 特に、抗うつ薬の効果が出にくい人や、副作用に悩む人にとって、こうした脳への直接的なアプローチは新たな選択肢となりつつあります。もちろんすべての人に万能な方法ではありませんが、医療機関と連携しながら、薬物療法と併用する形で導入されるケースも増えてきています。 7. 社会的つながりと協力の促進 「人とつながること」は、心の健康やチームワークの基盤として欠かせません。実はこのつながりの感覚にも、脳が深く関与しています。 近年、注目されているのが「脳の共鳴(シンクロニシティー)」という現象です。これは、複数の人が同じ体験をしているとき──たとえば一緒に音楽を聴いたり、同じ映像を見たりしているとき──に、脳波のパターンが似た形で同期するというものです。脳がシンクロすることで、自然と一体感や共感が生まれ、チームとしての結びつきが強まる可能性が示唆されています。 また、イベントや教育の現場でも、音楽や呼吸・瞑想などを通じて共鳴を促す体験設計が注目されています。脳がつながることで、言葉を超えた理解や安心感が生まれ、これまで以上に協力しやすい関係が築かれるのです。 ニューロテックはこうした見えないつながりを可視化し、人と人との関係性をより豊かにするサポートも担っています。脳の動きに寄り添うことで、チームワークや共感を高める新しいコミュニケーションの形が、少しずつ広がりはじめています。 参考:VIE「VIE、NTT東・NTTデータ・ストーリーライン運営ライフパフォーマンスを 向上させる「Wellness Lounge」をニューロミュージックで拡張」 8. エモーショナルウェルビーイングの改善 私たちの感情は、出来事そのものよりも、脳がそれをどう受け取り、処理するかによって生まれます。不安やイライラ、落ち込みといった感情も、脳内の特定の領域や活動パターンに深く関係していることがわかってきました。 とくに注目されているのが、「音楽×脳」の組み合わせです。音楽はもともと感情を動かす力を持っていますが、そこに脳波の計測が加わることで、よりパーソナルでタイムリーな体験が可能になります。 たとえば、脳波データに基づいて、ユーザーの感情状態に最適な音楽を自動的に選曲し、提供してくれるようなシステムも考えられます。もしユーザーが不安を感じている脳波パターンを示せば、心を落ち着かせるようなゆったりとしたメロディを流したり、集中を促したい時には、適度なテンポの音楽を流したりする、といった具合です。 これにより、私たちは自分の感情の動きを客観的に認識できるだけでなく、能動的に感情の動きを認識し、脳の活動と連動した音楽の力を借りて、感情の自己調整をサポートすることで、より良い心の状態を目指すことができるようになります。 9. 健康データを用いた予防的アプローチ ニューロテックは、「体調を崩してから」ではなく、まだ不調を感じる前の段階で自分の変化に気づくための手段として注目されています。心拍数、睡眠パターン、活動量、脳波といったデータは、今やスマートウォッチやウェアラブル脳波計などを通じて、日常的に取得できる時代になりました。 これらのデータは単なる記録ではなく、自分の体や心の“今”を知るヒントとして活用されています。たとえば、睡眠が浅くなってきたタイミングや、脳の緊張状態が続いている傾向がデータから見えてくれば、「ちょっと休んだ方がいいかも」「寝る時間を見直そう」といった行動のきっかけになります。 さらに、AIによる高度なデータ解析によって、ユーザーのライフスタイルや体質に応じたパーソナライズされたアドバイスが提供されます。自覚症状が現れる前に、小さな異変をキャッチし、生活習慣の改善へと導く──そんな予防のかたちは、日々のコンディション向上に貢献し、長期的な健康維持の一助となることが期待されます。 ニューロテックがひらくウェルビーイング ウェルビーイングは、科学の力で具体的に改善していける時代が来ています。特にニューロテックは、脳や神経系の状態を多角的に可視化し、私たち一人ひとりの“感じ方”や“思考のクセ”、“心と体のバランス”に合ったアプローチを提供してくれる存在です。 未来の自分を整えるために、神経の仕組みから生活を見直すセルフケア──その選択肢は、これからますます広がっていくでしょう。

“脳汁が出る”って本当?脳科学×快感のメカニズムと実用例を徹底解説

思いもよらない幸運が舞い込んだ瞬間、脳が震えるような快感が走った——。そんな“天にも昇るような感覚”を、人はしばしば「脳汁が出た」と表現します。ゲームでレアアイテムを手に入れた瞬間の感情、好きな人に対するときめき、ギャンブルで負け続けた後の大勝ち...。それらすべてに共通するのは、爆発的な幸福感です。 本記事では、「『脳汁が出る』とは何か?」というスラングの意味から、その裏にある脳の仕組み、さらに報酬を利用して作業を効率化するゲーミフィケーションや仕事への応用方法までを徹底解説。「脳汁が出る体験」を理解し、適切に活かすことで、あなたの毎日はもっと刺激的に変わるかもしれません。 脳汁とは?スラングから見る意味と使われ方 「脳汁(のうじる)」という言葉を聞いて、少し抵抗を覚える方もいるかもしれません。この言葉は医学的な用語のようにも聞こえますが、実際にはネットスラングとして誕生し、さまざまな場面で使われるようになった表現です。 ここでは、「脳汁」という言葉の由来や、どのような文脈で使用されているのかを分かりやすく解説していきます。 スラングとしての「脳汁」の由来と変遷 「脳汁」とは、元々は主に2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)やゲーム系掲示板などで広まったスラングです。「あまりの快感や興奮で、脳から汁が出る感覚」という、極めて感覚的で誇張された比喩表現として使われはじめました。 「脳汁」という物質の存在を裏付ける医学的な根拠はありませんが、「最高に気持ちいい状態」や「快楽のピーク」に達した瞬間を端的に表現する言葉として、ネット文化の中で受け入れられていきました。 たとえば、「宝くじが当たって脳汁がドバドバ出た」といった形で使われることが多く、「自分でも制御できないほどの多幸感」や「高まった期待や欲望が一気に満たされる瞬間」を象徴しています。 現代における使用例|ゲーム・ギャンブル・恋愛など 「脳汁」という表現は、今ではさまざまな分野で使われています。特に次のようなシーンでは、SNSや動画配信などでよく見かけます。 ゲーム: レアアイテムを入手したときや攻撃がクリティカルヒットしたときなど、思いがけない報酬が得られた瞬間に「脳汁が出た」と表現されることがあります。たとえば、ガチャで超激レアのキャラクターを引き当てたときなどが典型例です。 ギャンブル: パチンコやスロットで大当たりが出たときにも「脳汁が止まらない」などと表現されることがあります。制御できない興奮が押し寄せてくる状況を象徴的に表しています。 恋愛: 「恋は盲目」とも言われるように、告白が成功した、好きな人と目が合った、などのときに感じる、回りが見えなくなるほどの多幸感も「脳汁が出た」と表現されることがあります。 このように、「脳汁」という言葉は感情の爆発的な高まりを象徴する言葉として定着し、時には「快感中毒」とも結びつく形で語られています。 脳汁が出る仕組み|脳内物質と快楽の関係 「脳汁が出た!」――そんな瞬間、私たちの脳内では複数の“快感物質”が一斉に働いています。 この現象は単なる比喩ではなく、脳の報酬系と呼ばれる神経回路が強く関与しています。ここでは、その効能が「脳汁が出た」と表現されることがある3つの神経伝達物質――ドーパミン、エンドルフィン、フェニルエチルアミンがどのようなはたらきをしているのかについてやさしく解説します。 ドーパミン|“やる気”と“報酬”の引き金を引く まず脳汁の最も象徴的な物質がドーパミンです。ドーパミンは「報酬予測」に反応して分泌される神経伝達物質で、何か良いことが起きそうだと感じた瞬間に脳内で活性化します。 たとえば、ガチャ演出が始まったとき、リーチがかかったとき、恋人からLINEが返ってきたとき――この期待の瞬間にドーパミンは放出され、「高揚感」や「ワクワク感」を生み出します。 この予測→報酬の回路を担うのが「報酬系」と呼ばれる脳領域で、特に側坐核(そくざかく)や腹側被蓋野(ふくそくひがいや)といった部位が中心となってはたらいています。 「ギャンブルで脳汁が出た」というのはまさにドーパミンがたくさん放出された状態と言えるでしょう。 エンドルフィン|脳内麻薬がもたらす“陶酔感” エンドルフィンは、強い痛みやストレスに対抗するために脳内で分泌される「天然の鎮痛物質」で、同時に強烈な快感ももたらします。「ランナーズハイ」や、「限界を超えた達成感」「ライブでの一体感」など、深い陶酔感を伴う体験の背後には、エンドルフィンの存在があります。極度の集中やストレス下でも分泌されるため、「極限下の快楽」において、脳汁のトリガーとして強く作用する物質です。 フェニルエチルアミン(PEA)|恋愛と高揚感のスパーク フェニルエチルアミン(PEA)は、恋愛初期の「ドキドキ」や「ときめき」に深く関わる神経伝達物質です。「恋は脳の覚醒状態」と言われるほど、PEAの分泌は脳内を覚醒させ、集中力や情熱を一時的に爆発させます。一説には、PEAがドーパミンの分泌を促進する働きもあるとされ、恋愛や強い興奮状態ではこの2つが同時に大量に分泌されることで、「脳汁的な快楽」が生まれると考えられています。 ただし、このPEAによる恋愛の興奮は永遠に続くわけではなく、時間の経過とともに減少していくという見解があります。(参考:愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史) 脳汁と中毒性の関係に注意|快感は“設計”できるが“依存”も生まれる これまで紹介してきた神経伝達物質は、私たちに快感や達成感をもたらす「脳のご褒美」です。しかし、特にドーパミンは強い中毒性や習慣性を持つという側面を忘れてはなりません。 この物質が関わる報酬の予測と実現のサイクルが繰り返されることで、私たちは特定の行動を「もっとやりたい」と強く求めるようになります。これがゲーム、SNS、ギャンブルなどの依存症につながる主な要因の一つです。エンドルフィンやPEAも快感をもたらしますが、依存症形成への関わり方はドーパミンとは異なります。 実際、厚生労働省の依存症対策事業でも次のように明記されています: 依存症は、一般的なイメージでは、“本人の心が弱いから”依存症になったんだ、と思われがちですが、依存症の発症は、ドーパミンという脳内にある快楽物質が重要な役割を担っています。アルコールや薬物、ギャンブルなどの物質や行動によって快楽が、得られます。そして、物質や行動が、繰り返されるうちに脳がその刺激に慣れてしまい、より強い刺激を求めるようになります。その結果、物質や行動が、コントロールできなくなってしまう病気なのです。(出典:厚生労働省 福祉・介護依存症対策) また、恋愛初期に分泌されるフェニルエチルアミンにも軽度の依存性があるとされ、「相手からの刺激がないと落ち着かない」「離脱症状のように不安になる」といった状態になることもあります。 脳汁が出る瞬間とは?代表的なシチュエーション7選 「脳汁が出た」と感じる瞬間には、共通する“ある特徴”があります。それは、予測できない報酬が突然訪れたときや、期待を超える喜びに直面したときです。ここでは、そんな脳汁が“ドバッ”と溢れ出るような代表的なシチュエーションを7つ、具体例と共に紹介します。 1. パチンコやスロットの「当たった瞬間」 光と音の演出とともに訪れる予測不能な「当たり」。ここでは報酬への期待感(ドーパミン)が最大化し、さらにリーチ演出中の緊張と結果による解放でエンドルフィンも分泌されます。この二重の快感作用により、まさに“脳汁ドバドバ”状態となります。 2. SNSの「いいね」や通知音 通知音や「いいね」がついた瞬間、他者からの承認という報酬が得られ、ドーパミンが放出されます。特に予測していなかった場合ほどその作用は強く、SNS依存に陥る原因のひとつでもあります。ここではドーパミンが単独で強く働くケースです。 3. ゲームの「レアアイテム獲得」 長時間プレイしてようやく手にしたSSRアイテム。この瞬間には、期待と努力の末に報酬が得られた満足感が押し寄せます。興奮(ドーパミン)と疲労の解放(エンドルフィン)が重なり、極めて強い脳汁反応が生まれます。 4. アイドルの接触イベント 推しとの接触という非日常体験は、恋愛的な高揚感を伴う快感を引き起こします。ドーパミンによる期待感と、PEAによる陶酔・ときめき感情がミックスされ、記憶に残る強い快感となります。 5. 恋愛でのドキドキ体験 相手からのLINE、目が合った瞬間、さりげないボディタッチ、これらは恋愛初期に特有のPEAの作用で生じる強烈な陶酔感を伴います。PEAはドーパミンの放出も誘導し、2重の“脳汁反応”を引き起こします。 6. スポーツ観戦や勝利の瞬間 劇的な逆転勝利や、チームの一体感に包まれた瞬間。強烈な感情の起伏(ドーパミン)と、試合の緊張状態から解放されたときの高揚感(エンドルフィン)が組み合わさり、観客であっても“脳汁が出る”ほどの快感を味わうことができます。 7. サプライズ成功時 誰かを喜ばせることに成功した瞬間には、達成感によるドーパミンの放出と同時に、他者とのつながりによる安心感(セロトニン)、緊張からの解放(エンドルフィン)が作用します。複数の快感物質が同時に働く“脳汁カクテル”状態です。 こうした脳汁体験は、どれも“予想外の報酬”や“他者との関係性”と密接につながっています。ただし、これを求めすぎると、依存的傾向になるリスクもあるので注意が必要です。 ゲーミフィケーション|快楽を支配して圧倒的な成果を 「脳汁」が出るのはゲームや娯楽の世界だけ――そう思っていませんか?実は今、ビジネスの現場でも「脳汁」に着目した取り組みが注目されています。その代表が「ゲーミフィケーション」です。これはゲームの仕組みを仕事や日常の課題解決に応用する手法で、人のやる気・集中力・継続力を劇的に引き出す力があります。ここでは、脳汁=快感のメカニズムを活用して、成果を最大化する実践的なヒントをお伝えします。 人は「快楽」に突き動かされて行動する まず前提として、人間の行動の多くは「苦痛を避け、快を得る」ことに根ざしています。つまり、仕事でも「楽しい」「やりたい」「認められたい」という報酬(快)を用意すれば、自然と行動が引き出されるのです。 この“快感のスイッチ”を入れる鍵が、脳内で分泌される脳汁の正体とも言える、ドーパミンです。ドーパミンは、報酬の予測や達成感によって放出され、「もっとやりたい!」という欲求を生み出します。この仕組みをうまく設計すれば、日々の仕事すら「夢中になれるゲーム」に変わるのです。 成果を生むゲーミフィケーションの実例 ビジネスの現場で“脳汁”を引き出すには、報酬や達成感といった快感刺激を、戦略的に体験設計へ組み込む必要があります。実際、SEGA XDが実践するゲーミフィケーションの数々は、教育、防災、販促、美容といった分野で成果を挙げています。(出典:株式会社セガ エックスディー | ゲーミフィケーションとは) たとえば: 英語学習アプリ「Risdom」:英単語学習にリズムゲームを組み合わせ、繰り返し学習を自然と習慣化。スコアやテンポといったフィードバックが脳を刺激し、継続率の向上に貢献。 防災訓練型謎解き「THE SHELTER」:隕石衝突をテーマにしたストーリーを通じて、防災知識を“チームで挑むゲーム体験”に変換。単なる訓練では得られにくい没入感と記憶定着を実現。 EC販促ゲーム「湖池屋FARM」:箱庭ゲームの中で農作物を育てると、リアルに使えるクーポンが得られる仕組み。遊びと購買体験を融合し、アクティブユーザー数が20%増加。 AI肌診断「肌レコ」:測定結果に応じたフィードバックやケア提案を通じて、ユーザーの継続利用と行動変容をサポート。 これらは単なる「ゲーム風の演出」ではなく、人間の脳の報酬系を刺激する構造的設計であり、モチベーションを持続的に引き出す仕組みとして機能しています。SEGA XDの取り組みは、体験の質を高める“感情の設計”として、ゲーミフィケーションの本質を体現している好例です。 「働きたくなる仕組み」は設計できる 「楽しいからやってしまう」「つい続けてしまう」――これこそが、脳汁をベースにした行動デザインの本質です。単なる義務やノルマで人は動きません。だからこそ、次のような設計がカギになります。 フィードバックを高速化する:即時に「できたね!」という感覚を与えることで、報酬系を刺激 目標を細かく区切る:大きな目標を小さな“クエスト”に分解し、1つひとつ達成感を味わわせる 自分で選べる余白を残す:「自分で選んだ」と感じることで、内発的動機が高まりドーパミンが持続 これらはすべて、「仕事=脳汁が出る体験」へと昇華させる設計戦略なのです。 注意点|脳汁ドリブンな職場が抱えるリスク 一方で、脳汁を過剰に設計してしまうと、以下のような落とし穴もあります: 燃え尽き症候群(ドーパミン疲弊) タスク依存症(やらなければ落ち着かない) 報酬がないと動けない状態(外発動機の弊害) つまり、「気持ちよくなる仕掛け」は一時的な加速剤であって、持続可能性とは別軸です。本質的な目的や価値とのバランスを保つことが、長期的に見て最も効果的な脳汁設計と言えるでしょう。脳汁=快感を味方につければ、仕事はただの義務から「成果が出る喜びの体験」へと変化します。感情を科学し、戦略的に活用する。それが現代のスマートな働き方なのです。 脳汁のコントロール法|快楽と上手に付き合う 「脳汁が出る瞬間」は気持ちよく、やる気や幸福感を高めてくれます。しかし一方で、その快感に依存しすぎると、心身のバランスを崩したり、生活に支障をきたすリスクもあります。このセクションでは、脳汁=快感を敵にせず、うまく味方につけるための“自己マネジメント術を紹介します。 マインドフルネスやメディテーションの活用 まず重要なのは、脳の興奮状態をクールダウンする時間を意識的に作ることです。脳汁体験の直後は、心が高揚して落ち着かない状態になりやすく、判断力や集中力が低下することがあります。そんなときに有効なのがマインドフルネスです。 マインドフルネスは、「今この瞬間の感覚に注意を向ける」ことで、興奮した脳を落ち着けるトレーニングです。たとえば、1日5分だけ呼吸に集中するだけでも、ドーパミンの暴走を緩やかに鎮め、感情の自己制御力を高める効果があることがわかっています。 Googleやメンタルクリニックなどでも導入されており、脳汁に振り回されない心の基盤を築く第一歩となります。 意図的な「報酬設計」でポジティブ習慣を作る 脳汁は「依存」の引き金にもなりますが、逆に言えば“うまく設計すれば習慣化の最強ツール”にもなるということです。 おすすめは、次のような「脳汁習慣化戦略」です: 小さな目標を毎日設定:達成するたびに脳に快感が走り、自然と行動が続きやすくなる ご褒美を明確に設定:仕事を終えたらお気に入りのカフェに行く、など“報酬の予告”をすることでドーパミンを先に刺激 行動ログを記録する:進捗の「見える化」で達成感を可視化し、脳に成功体験を蓄積 こうした仕組みを自分で作ることで、「脳汁に振り回される」のではなく「脳汁を戦略的に活用する」状態に変えていけます。 依存症にならないために知っておくべきこと 最後に重要なのは、“気持ちよさ”は使いすぎると毒になるという認識を持つことです。特に以下のような傾向が見られたら、注意が必要です: 快感がないと落ち着かない(離脱症状) 「もう一回だけ」が止まらない 本来の目的を見失っている(例:勉強そっちのけで報酬だけを求める) 厚生労働省も依存症に関する啓発資料の中で、「脳内の報酬系に過度な刺激が続くと、自発的な行動が困難になるリスクがある」と警鐘を鳴らしています。(出典:厚生労働省 依存症についてもっと知りたい方へ)脳汁の快感は、正しく付き合えば人生の質を上げる“味方”になります。大切なのは、自分で「スイッチを入れる」主導権を持ち、メリハリのある使い方をすることです。 最後に重要なのは、“気持ちよさ”は使いすぎると毒になるという認識を持つことです。特に以下のような傾向が見られたら、注意が必要です: 快感がないと落ち着かない(離脱症状) 「もう一回だけ」が止まらない 本来の目的を見失っている(例:勉強そっちのけで報酬だけを求める) 厚生労働省も依存症に関する啓発資料の中で、「脳内の報酬系に過度な刺激が続くと、自発的な行動が困難になるリスクがある」と警鐘を鳴らしています。(出典:厚生労働省 依存症についてもっと知りたい方へ) 脳汁の快感は、正しく付き合えば人生の質を上げる“味方”になります。大切なのは、自分で「スイッチを入れる」主導権を持ち、メリハリのある使い方をすることです。 まとめ|「脳汁」を理解すると人生がちょっと面白くなる 「脳汁」とは、単なるネットスラングではなく、私たちの脳内で実際に起きている“快感のサイン”でした。ドーパミンを中心とした報酬系の働きにより、興奮や高揚感、達成感が生まれ、それが行動や習慣に影響を与えています。 そして、この「脳汁」が出る瞬間を理解し、うまく活用すればゲームも、仕事も、人生そのものも、もっと楽しく・やる気に満ちたものに変えていけます。 大切なのは、脳汁に振り回されず、コントロールする視点を持つこと。この“脳のご褒美”と上手に付き合えば、あなたの毎日は、ちょっと面白く、ちょっと豊かになるはずです。

私たちはなぜ緊張するのか?:緊張のメカニズムとコントロール方法

私たちが直面するさまざまな大事な場面、たとえば就職活動の面接や人前でのプレゼンテーションでは、多くの人が「緊張」という感情を経験します。 始まる前は準備万端だと思っていても、いざ本番になると言葉がうまく出てこなかったり、手が震えたり、声が震えたり—その不安やプレッシャーはどこから来るのでしょうか?緊張はただの感情の起伏ではなく、体内で高度に調整された生理的な反応によるものだと理解すれば、緊張を乗り越えるためのヒントが見えてくるかも知れません。 この記事では、緊張がなぜ生じるのか、その背後にある脳や体のメカニズムを科学的に解説し、どのようにコントロールすれば緊張を軽減し、パフォーマンスを最大限に引き出せるのかを考えていきます。 人はなぜ緊張する? 緊張は、私たちが心理的なプレッシャーや課題に直面したときに生じる、脳と体が連携して起こす自然な反応です。この反応は、かつて人類が物理的な危険(例えば、野生動物との遭遇)に備えるために獲得した「ストレス反応」と共通のメカニズムに基づいています(1)。 現代では、その仕組みが就職活動や人前での発表といった心理的な場面でも引き起こされ、体が「準備モード」に入ります。 脳内では、扁桃体がストレスや恐怖を感じ取ると、その信号が視床下部に伝わり、「心拍数を上げる」「呼吸を速くする」など、体ををすぐに動かせるように準備する指令が出されます(2)。このように、緊張は本能的な生存本能として、脳と体の間で高度な調整を行っているのです。 現代においても、面接やプレゼンテーション、試験などの「心理的な危険」を感じた際に、脳は同じような反応を引き起こします。このように、私たちが緊張する理由は、単なる心理的な不安ではなく、深い生理的なプロセスに基づいているのです。 体内ではどんなことが起こっているのか?  緊張を感じたとき、私たちの体内でどのような変化が起こるのでしょうか? まず、脳からの指令で体内でホルモンが分泌され、心身を戦闘モードに切り替えます。具体的には、ストレスホルモンであるコルチゾールとアドレナリンが分泌され、心拍数や血圧が急激に上昇します(1)。 アドレナリンは体を迅速に動かせるようにし、血糖値を上げ、筋肉にエネルギーを供給します。これにより、瞬時にエネルギーが筋肉や脳に供給され、体が危険に対応する準備が整います。心拍数や呼吸数が増加することで、体は素早く反応できる状態になります(3)。 このように、体内の血流は消化器官から筋肉や脳に優先的に送られ、消化機能などは一時的に抑制されます。これらの生理的な反応は、目の前の課題やプレッシャーに適応するために、私たちの体を準備させる大切なしくみです。緊張を不快なものと感じることもありますが、実際には危険に備えて体が準備してくれているのです。 どんな形で緊張は体に現れるのか?  緊張が体に現すサインは非常に明確です。たとえば、緊張すると心拍数が増加し、胸がドキドキと高鳴ることがあります。さらに、手や足が冷たく感じたり、震えたりすることがあります。これは、緊張時に体が筋肉や脳に血液を優先的に送るため、末端の血流が減少するからです(4)。 また、胃の不快感も緊張が体に現れる典型的なサインです。交感神経が活発になり、先述した通り消化機能が一時的に抑制されるため、胃が痛くなったり、重く感じたりします。これは、体が「戦闘準備」に入るため、消化活動が後回しにされているからです。 これらの身体的サインを理解することで、緊張の症状が現れた際に、それは体が行っている準備作業であることを認識すれば、冷静に対処することができるようになります。 なぜ緊張がパフォーマンスに影響を与えるのか? 緊張がパフォーマンスに悪影響を与える原因の一つは、脳内で起こる認知機能の一時的な低下です。これは、体が「緊急事態だ」と判断し、脳のリソースを「考えること」よりも「すぐに動くこと」に集中させているからです。 緊張が高まると、脳の感情を司る扁桃体が強く反応し、心身を「緊急事態」に対応させようとします。その結果、冷静な思考や計画を担う前頭前皮質の働きが一時的に低下し、記憶や判断力が鈍ることがあります(5)。これは、脳が今、目の前にある「緊急事態」に対処するため、思考のリソースを別の場所に集中させているためです。 また、判断力が鈍ることで、普段ならすぐにできる判断が遅れてしまい、誤った決断を下すこともあります。緊張が強いと、冷静な判断を下すことが難しくなり、パフォーマンスに悪影響を与えることがあるのです。 脳科学の視点から見る緊張のコントロール方法  緊張をコントロールするためには、脳の働きや体の反応を理解し、それに適切に対処する方法を学ぶことが効果的です。ここでは、脳科学に基づいた緊張のコントロール方法をいくつかご紹介します。 認知の再構築 緊張や不安を感じるとき、私たちの脳はしばしばネガティブな思考にとらわれます。たとえば、プレゼンの前に「失敗したらどうしよう」「うまくいかないかもしれない」といった思考が頭をよぎることがあります。このようなネガティブな思考は、脳の扁桃体を活性化させ、過剰なストレス反応を引き起こす原因となります。 認知行動療法(CBT)は、私たちが抱える不安や問題を、考え方と行動の両面から見つめ直し、建設的に解決していくための心理療法です(1)。たとえば、「失敗するかも」といったネガティブな思考をより現実的なものに置き換えるだけでなく、実際に少しずつ行動に移してみることで、「案外大丈夫だった」という成功体験を積み重ね、不安を乗り越えていきます。 このようにポジティブに捉え直すことで、脳は冷静になり、心が落ち着き、過度な緊張感を減少させることができます。 アファメーション ポジティブな言葉を自分にかけることは、脳の働きを前向きな方向に向け、冷静さを取り戻すのに役立ちます。これにより、自分に自信がつき、結果として目標達成へのモチベーションが高まることで、ドーパミン分泌につながる可能性もあります。 深呼吸 深呼吸やリラクゼーション法も非常に効果的です。深呼吸をすることで、緊張により活発化されていた交感神経が抑制され、反対に抑制されていた副交感神経が活性化します。その結果、上昇していた心拍数や血圧が安定し、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌も減少します(6)。前頭前皮質を含む脳の各部位にも十分に血流が流れるようになり、リラックスした状態が作られ、緊張を和らげることができます。 イメージトレーニング イメージトレーニングは、成功するシーンを事前にイメージすることで、脳がその状況を実際に経験したかのように反応させるテクニックです(5)。この方法は、高いパフォーマンスが求められる場面でよく使われます。特に緊張が高い状況で効果的で、スポーツ選手が試合前に行うように、プレゼンや面接の前に自分が成功しているシーンを描くことで、緊張をやわらげ、パフォーマンスを向上させることにつながります。 実際に試してみる 行動実験を通じて、緊張や不安が実際には過剰なものであることを確認する方法もあります。緊張しているときに、「もし失敗したらどうしよう」と思うことがありますが、実際にその状況を体験してみることで、自分の不安を検証し、考えていたような怖いことは起きないかもと実感できます(7)。 プレゼンテーションを事前に人前で練習し、フィードバックをもらうことで、自己評価を修正し、不安を軽減することができます。このような行動実験を繰り返すことで、自信を高め、緊張を減らすことにつながるがかも知れません。 自分のパターンを知ることから始めよう 緊張は完全に避けることはできませんが、その仕組みを理解し、適切に対処することで、むしろパフォーマンスを高めるためのエネルギーに変えることができます。ここまでは脳や身体が緊張にどう反応するか、そしてそれをどのように調整すればよいのかを科学的に解説してきました。ここからは、これらの知識をもとに「自分の状況」にどう活かすかを考え、実際の行動に繋げるための具体的なガイドラインを紹介していきます。 まず大切なのは、自分が「どのような場面で緊張しやすいのか」を明確にすることです。たとえば、プレゼン、試験、初対面の会話、上司との会話など、緊張を感じやすい状況は人それぞれ異なります。日常の中で緊張を感じた場面を3つほど思い出してみましょう。 次に、その場面で自分がどんな反応をしているのかを考えてみましょう。緊張すると手が震える、心拍が速くなる、頭が真っ白になる、お腹が痛くなるなど、身体的・心理的な反応が現れます。これ前述したように、ごく自然な生理的反応です。どのようなサインが自分に表れるかを把握することで、適切な対処法を選びやすくなります。 その上で、前章で紹介した緊張管理法の中から、自分に合いそうな方法を選んでみましょう。たとえば、イメージトレーニングや深呼吸、ポジティブな自己対話などは、場面によって効果が異なります。プレゼンの前には成功のイメージを頭の中で描く、面接の前には「自分は準備してきたから大丈夫」と自分に言い聞かせる、など、具体的な対処法を場面に応じて使い分けてみましょう。 こうした方法を組み合わせ、自分なりの「緊張対策ルーティン」を作ることも非常に有効です。たとえば、本番の30分前に軽いストレッチやウォーキングを行い、15分前にイメージトレーニングをし、直前には深呼吸と自分へのポジティブな声がけを取り入れるといったように、流れを決めておくことで本番前の不安を大幅に軽減できます。 そして、実際に試した後、振り返ってみましょう。緊張を感じる場面で選んだ方法を使ってみて、「何が効果的だったか」や「うまくいかなかった点は何か」を記録し、次に活かしましょう。日常の中で実際に使ってみることで、自分に合った対処法が見えてきます。緊張は敵ではなく、自分の力を引き出すための信号なのだと捉え直すことができれば、それは確かな武器にすることができるでしょう。 Dhabhar FS. The short-term stress response - Mother nature's mechanism for enhancing protection and performance under conditions of threat, challenge, and opportunity. Front Neuroendocrinol. 2018 Apr;49:175-192. doi: 10.1016/j.yfrne.2018.03.004. Epub 2018 Mar 26. PMID: 29596867; PMCID: PMC5964013. Schmidt NB, Richey JA, Zvolensky MJ, Maner JK. Exploring human freeze responses to a threat stressor. J Behav Ther Exp Psychiatry. 2008 Sep;39(3):292-304. doi: 10.1016/j.jbtep.2007.08.002. Epub 2007 Aug 12. PMID: 17880916; PMCID: PMC2489204. Hoehn-Saric R, McLeod DR. Anxiety and arousal: physiological changes and their perception. J Affect Disord. 2000 Dec;61(3):217-24. doi: 10.1016/s0165-0327(00)00339-6. PMID: 11163423 Ghasemi, F., Beversdorf, D. Q., & Herman, K. C. (2024). Stress and stress responses: A narrative literature review from physiological mechanisms to intervention approaches. Journal of Pacific Rim Psychology, 18. https://doi.org/10.1177/18344909241289222 (Original work published 2024) Merz CJ, Wolf OT. How stress hormones shape memories of fear and anxiety in humans. Neurosci Biobehav Rev. 2022 Nov;142:104901. doi: 10.1016/j.neubiorev.2022.104901. Epub 2022 Oct 10. PMID: 36228925. James KA, Stromin JI, Steenkamp N, Combrinck MI. Understanding the relationships between physiological and psychosocial stress, cortisol and cognition. Front Endocrinol (Lausanne). 2023 Mar 6;14:1085950. doi: 10.3389/fendo.2023.1085950. PMID: 36950689; PMCID: PMC10025564. Shao, R., Man, I.S.C., Yau, SY. et al. The interplay of acute cortisol response and trait affectivity in associating with stress resilience. Nat. Mental Health 1, 114–123 (2023). https://doi.org/10.1038/s44220-023-00016-0

たった10分の瞑想で脳が変わる?EEGがとらえた、脳深部のリアルな変化

瞑想は古くから心の安定やストレス軽減に効果があるとされ、近年では科学的な研究も進んできました。不安や抑うつの軽減など、メンタルヘルスへのポジティブな影響が報告されており、その効果の裏には脳の活動の変化が関係していることも示唆されています。 では、実際に瞑想中の脳では何が起きているのでしょうか?最新の研究では、感情や記憶に関わる脳深部領域の活動に注目し、瞑想が脳に与えるリアルな変化を明らかにしています。 瞑想は脳に何をもたらすのか? 「瞑想すると脳が良い方向に変化するらしい」とは聞くものの、具体的に脳の中で何が起きているのかは、まだ十分に解明されていません。特に、感情や記憶をつかさどる脳の深部(大脳辺縁系と呼ばれる領域、例:扁桃体・海馬)での神経活動については、不明な点が多く残されていました。なぜなら通常の脳波計測(頭に電極をつける頭皮上のEEG)では、そうした深部の信号をとらえるのが難しいからです。 こうした背景のもと、米国マウントサイナイ医科大学などの研究チームが2025年に発表したのが、「瞑想が扁桃体と海馬の脳活動に与える影響」を直接観察した研究です(Maher et al., 2025)。この研究では最新のニューロテック(ブレインテック)を活用し、脳深部の電気活動をリアルタイムで記録することに成功しました。 埋め込みデバイスで脳深部を測る新アプローチ 深部の脳活動を測定するために、研究チームが活用したのが応答性神経刺激システム(RNSデバイス)と呼ばれる埋め込み型医療機器です。RNSデバイスは本来、難治性てんかんの発作を検知して脳に電気刺激を送るために、頭蓋内に埋め込まれる医療機器です。加えてこの装置には、脳の深部の活動(頭蓋内脳波:iEEG)を長期間にわたって記録・保存できる機能も備わっています。 今回の研究では、薬剤抵抗性てんかん(薬による治療では発作のコントロールが難しいタイプのてんかん)を持つ患者さん8名に、すでにRNSデバイスが治療目的で埋め込まれている状況を活かし、その記録機能を研究に応用しました。このアプローチにより、人が瞑想している最中の扁桃体・海馬の活動を直接モニターできたのです。 出典:Maher et al., 2025 従来の頭皮上脳波(EEG)では信号が頭蓋骨で減衰しノイズも多いため、深部の細かな活動までは捉えられません。一方、頭の中に電極があるRNSでは高品質な深部脳波データが取得できます。さらにRNSなら埋め込み式なので、瞑想中も参加者が自由に動ける(リラックスした姿勢で瞑想できる)という利点もあります。この装置の利点を活かし、研究チームはこれまで技術的に困難とされてきた扁桃体・海馬の神経活動の計測に取り組みました。 実験の方法:瞑想中のリアルな脳波を記録 対象となった8名はいずれも成人のてんかん患者ですが、瞑想経験はほとんどないビギナーでした。参加者はまず、5分間の音声によるリラクゼーション誘導を実施し、瞑想前の基準状態(ベースライン)を計測しました。その後、音声ガイド付きで10分間の慈悲の瞑想(LKM)を行ってもらいました。 慈悲の瞑想(Loving-Kindness Meditation ; LKM)とは、自分自身や他者の幸福を祈る思考に意識を集中させるタイプの瞑想法です。怒りや不安といったネガティブな感情を和らげ、思いやりやつながりの感覚を育む効果があるとされており、近年ではストレス軽減や感情を整えるための手段として世界中で注目を集めています。 この瞑想セッション終了後、参加者には「どれだけ深く瞑想状態に入れたか」を自己評価してもらいました。 実験は、病院内の一室を落ち着いた雰囲気に整えるなど、参加者が安心して瞑想に集中できるよう工夫された環境で行われました。こうして記録された瞑想中の脳波データを、瞑想前のリラックス状態(ベースライン)と比較することで、瞑想が脳にどのような変化をもたらすのかを調べました。 出典:Maher et al., 2025 研究の結果:感情と記憶に関わる領域で観察された2つの変化 解析の結果、瞑想開始前と比較して脳波の周波数構成に明らかな変化が見られました。具体的には、扁桃体と海馬において高周波ガンマ波(γ波:この研究では30〜55Hzと定義)の活動が有意に増加した一方で、中周波数帯の「ベータ波」(β波:13〜30Hz帯)については、短い時間だけリズムを刻む「ベータバースト」と呼ばれる活動の持続時間が短くなり、全体的にこの帯域の脳活動が落ち着いていたことが明らかになりました。 このガンマ波増強&ベータ波抑制のパターンは、扁桃体と海馬の両領域で共通して観測されています。興味深いのは、これらの脳の領域が不安やうつなどの気分障害と深く関係していることです。さらに、今回注目されたベータ波やガンマ波も、こうした心の状態と関連する脳波として知られています。たとえば、ストレスや不安の強いときにはベータ波が高まりやすく、逆に幸福感や前向きな気持ちを抱いているときにはガンマ波が増えるという報告もあります。 なお今回注目されたのは、ガンマ波やベータ波といった「特定のリズム(=周期的な成分)」の変化でした。一方で、脳波全体の背景的な活動(非周期的成分)は、瞑想の前後でほとんど変化が見られなかったと報告されています。これは、瞑想中の脳では、全体の活動ベースラインが大きく変わるのではなく、特定の脳波リズムが選択的に変化していたことを示唆しています。 出典:Maher et al., 2025 考察:見えてきた瞑想の意義と新たな可能性 「たった一度の短い瞑想でも、脳の深部にこれほどの変化が生まれる」――この事実は、瞑想が持つ可能性をあらためて感じさせます。扁桃体・海馬といった領域は本来、意識的に制御しにくい部分ですが、瞑想という非侵襲で誰でも実践可能な行為によって、その活動パターンを変えられるかもしれないのです。 これは言い換えれば、瞑想が脳のニューロモデュレーション(神経調節)手段となり得ることを示しています。しかも瞑想は、薬や特別な機器を使わない安全で手軽な方法です。そのため、もしうまく取り入れることができれば、記憶力や感情のコントロールをサポートする、低コストで実践しやすいアプローチとして注目されるかもしれません。 期待される一方で、まだ明らかでない点も 一方で、この研究には注意すべき点もあります。第一に被験者が8名と少人数であり、全員がてんかん患者という特殊なグループだったため、健常者や一般集団にそのまま当てはまるかは慎重な評価が必要です。 第二に、観察したのは一回限りの短期的な効果であり、瞑想を継続的に練習した場合に脳活動がどう変化していくか、あるいは今回の効果が持続するのかまでは分からないという点です。さらに、今回は音声ガイドに従った誘導瞑想でしたが、自己流の瞑想や他の種類の瞑想(マインドフルネス呼吸瞑想など)でも同様の効果が得られるのかは不明です。 これらの点を踏まえ、研究チームも「今回の研究はあくまで基礎的な第一歩」であり、更なる検証が必要と述べています。 おわりに:誰かに話したくなる研究のポイント 瞑想と一口に言っても様々な流派がありますが、今回の研究から得られた学びをいくつかまとめてみましょう。 初心者の短時間瞑想でも脳深部が変化する: たった10分程度の瞑想でも、扁桃体と海馬という脳の奥深くの領域で脳波パターンの変化が観測されました。これは「経験がなくても脳は応えてくれる」という希望を感じるポイントです。 ガンマ波アップ&ベータ波ダウン:ポジティブな情動や集中との関連が報告されている高周波のガンマ波が増え、ストレスや不安との関連が指摘される中周波数帯の「ベータ波」が減少する方向に変わりました。この波形パターンは、今回の研究結果から、瞑想が気分を安定させる効果をもたらす可能性を示唆していると解釈できます。 脳内デバイスで明らかになった新事実:埋め込み型のRNSデバイスによる頭蓋内記録という最新技術のおかげで、これまで計測が難しかった脳深部のリアルな活動を捉えることができました。 日常に活かせる瞑想の可能性:瞑想をうまく生活に取り入れれば、記憶力アップやストレス対処など日常生活の質向上につながるかもしれません。 専門的な脳科学のトピックでありながら、「なるほど、瞑想って脳にも良さそうだ」と思わせてくれる今回の研究。 忙しさやストレスに追われる日常の中で、自分と静かに向き合う瞑想という行為が、実は脳のコンディションを整えるフィットネスになっているのかもしれません。 今回紹介した論文📖 Maher, C., Tortolero, L., Jun, S., Alagapan, S., Wang, Y., Zhang, Y., ... & Saez, I. (2025). Intracranial substrates of meditation-induced neuromodulation in the amygdala and hippocampus. Proceedings of the National Academy of Sciences, 121(28), e2401618121.  https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2409423122

眠りの質は脳波でわかる!5つの睡眠ステージ解説&モニタリング機器8選

ぐっすり眠ったはずなのに疲れが残っていたり、日中にぼんやりして集中できなかったり――その原因は、睡眠の「質」にあるかもしれません。睡眠は時間だけでなく、脳がどのように休んでいるかが重要です。私たちの脳は眠っている間にも活動しており、その状態は「脳波」として現れています。 この記事では、睡眠中の脳波の変化をもとに、各睡眠段階の特徴や、良質な睡眠を得るためのヒントをわかりやすく解説します。さらに、家庭で使える睡眠モニタリング機器の紹介まで、日々の睡眠を見直すための実用的な情報をお届けします。 睡眠と脳波の基本知識 睡眠は、心身の回復や記憶の定着に重要な生理現象です。その過程で、脳内では特有の電気活動が起こっており、これが「脳波」として記録されます。脳波は睡眠の各段階で異なるパターンを示すため、睡眠の深さや質を科学的に評価するための指標として用いられています。 以下では、まず「脳波」の基礎を簡潔に説明し、次に睡眠が果たす役割、そして脳波と睡眠の密接な関係について解説します。 脳波とは?—電気信号でわかる脳の状態 脳波とは、脳が活動するときに生じるわずかな電気の流れを、頭皮上に設置した電極で記録したものです。電気信号の周波数(Hz)や波形により、「α波(アルファ波:リラックス時、約8~13Hz)」「β波(ベータ波:覚醒時、約13~30Hz)」「θ波(シータ波:まどろみ時、約4~8Hz)」「δ波(デルタ波:深い睡眠時、約0.5~4Hz)」などに分類されます。 脳波についてより詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。 https://mag.viestyle.co.jp/eeg-business/ 睡眠が果たす役割とは?—休息だけでない多面的な効果 睡眠には、体や脳を休める以外にも、重要な生理的・認知的役割があります。 まず、深いノンレム睡眠(ステージ3〜4)中には、成長ホルモンの分泌が活発になります。これは子どもだけでなく大人にとっても重要で、筋肉や臓器、皮膚などの細胞修復や再生を促す働きがあります。また、日中に傷ついた組織や疲労した筋肉の回復も、この時間帯に行われます。 さらに、睡眠中は「免疫の司令塔」ともいえる物質が多く作られ、体を病気から守る力が高まります。この物質は「サイトカイン」と呼ばれ、風邪などのウイルスや細菌と戦うために必要な信号を体内に送る働きがあります。質のよい睡眠をとることで、このサイトカインの分泌が促進され、免疫力が保たれる仕組みになっています。 レム睡眠には、記憶の定着や感情の整理といった、脳のメンテナンス的な役割があります。具体的には、その日に得た知識や経験を脳内で再構成し、長期記憶へと移行させる過程が進行しているとされます。また、感情に関わる扁桃体や前頭前野の活動が睡眠中に調整され、ストレス反応や情緒の安定にも寄与していること分かっています。 睡眠と脳波の関係性—段階ごとに異なる脳活動 先ほど述べたとおり、睡眠は大きく分けて「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」の2種類に分類されます。ノンレム睡眠は、浅い眠りから深い眠りへと段階的に変化する「ステージ1〜4」に分かれており、それぞれで脳波のパターンも大きく異なります。 たとえば、入眠直後はα波からθ波へと変化し、深くなるにつれてゆっくりとした大きな波(δ波)が多く現れるようになります。このδ波が多いほど、より深い眠りであると考えられます。 一方、レム睡眠では、脳波に速くて不規則な波が現れ、まるで起きているときのような活動状態になります。このとき、身体はぐったりと動かない一方で、脳は非常に活発に働いており、夢を見るのも主にこのタイミングです。 このように、脳波は睡眠の段階を客観的に判断するための重要な手がかりとなります。実際、医療現場では脳波をもとに正常な睡眠かどうかを評価したり、睡眠障害の診断に役立てたりしています。 では、それぞれの睡眠段階でどのような脳波が見られ、どのような特徴があるのかを詳しく見ていきましょう。 各睡眠段階における脳波の特徴 私たちの睡眠は、夜間を通して約90分周期でノンレム睡眠とレム睡眠が繰り返されています。ノンレム睡眠は深さに応じて4つのステージに分類され、それぞれで脳波のパターンが明確に異なります。この脳波の違いを観察することで、睡眠の質や深さを科学的に把握することができます。 ここでは、各ステージにおける脳波の特徴と、それに伴う身体や脳の変化について解説していきます。 ステージ1(入眠直後)—目覚めから眠りへ 入眠直後のステージ1は、覚醒状態から睡眠状態への移行期です。この段階では、脳波はリラックス時に見られる「α波」から、やや遅く小さな「θ波」へと変化していきます。目を閉じて静かにしているときのような状態に近く、まだ浅い眠りです。 この時期には、「頭蓋頂鋭波(とうがいちょうえいは)」という、短くて尖った形の波が脳波に現れることがあります。これは、ちょうど眠りに入り始めた時期に見られることがあるサインのようなもので、「今、眠り始めた」という脳の状態を示唆することがあります。医療現場では、この波と他の脳波の変化を合わせて「入眠したかどうか」を判断する一つの手がかりにしています。 出典:脳波の手習シリーズ(以下同じ) ステージ2(軽い睡眠)—本格的な睡眠の始まり ステージ2は、眠りが少し深まり始めるタイミングで、全体の睡眠時間の中でも最も長い割合を占めます。この段階から、脳は本格的に外の世界とのつながりを減らし、身体も少しずつ休息モードに入ります。 この時期に見られる特徴的な脳波のひとつが、「睡眠紡錘波(すいみんぼうすいは)」です。これは、脳が短い時間だけ集中して活動するような波で、外からの音や光などの刺激をブロックして、眠りを妨げないようにする働きがあります。この仕組みによって、ちょっとした物音では目が覚めにくくなります。 また、「K複合波」と呼ばれる大きな波も現れます。これは、外の刺激に一瞬だけ反応し、そのあとすぐに脳が「今は寝ていて大丈夫」と判断して眠りを維持する反応です。 まだ眠りは浅いものの、このステージをしっかり確保することが、スムーズに深い睡眠へ進むために大切なのです。 ステージ3・4(深い睡眠)—心身を回復させる大切な時間 ステージ3と4は、いわゆる「深い眠り」の段階で、まとめて「徐波睡眠(じょはすいみん)」とも呼ばれます。このとき脳波には、とてもゆっくりで大きな波(δ波=デルタ波)が多く現れるのが特徴です。 このδ波は、脳が静かになっている状態を表しており、脳の活動が一番落ち着いている時間帯です。ステージ3ではこのδ波が少し見られ、ステージ4ではδ波が全体の50%以上になるとされており、より深い眠りと考えられます。 この深い眠りの間に、体内では成長ホルモンが多く分泌され、筋肉や内臓、皮ふなどの細胞が修復されます。また、日中の疲労を回復したり、免疫力を維持したりするためにも、この段階の睡眠は欠かせません。 レム睡眠(REM)—夢を見る脳の活動タイム レム睡眠は、「Rapid Eye Movement(急速眼球運動)」の頭文字をとったもので、眠っているのに目だけが左右にすばやく動いている状態です。このとき体は力が抜けてリラックスしていますが、脳の中はまるで起きているときのように活発に動いています。 脳波を見ても、この時間帯には速くて不規則な波(主にθ波やベータ波が混在し、覚醒時に似た低振幅・混合周波数のパターン)が現れ、まるで起きているときのような活動状態になります。ただし、身体は眠っているため、覚醒時とは異なり、筋緊張は大きく低下しています。 この時期には、夢を見ることが最も多く、脳は日中に得た情報や経験を整理し、必要な記憶を定着させていると考えられています。また、感情のバランスを保つうえでもレム睡眠は重要です。ストレスや不安などの感情を処理し、心を落ち着ける効果があるとされており、メンタルヘルスとも深く関係していることがわかっています。 このように、各睡眠段階はそれぞれ異なる脳波と生理的特徴を持っており、それらを理解することで、よりよい睡眠を得るための第一歩になります。 脳波から見る「良い睡眠」とは? 睡眠の質は、単に「何時間寝たか」だけで決まるものではありません。重要なのは、眠っている間に「浅い眠り(ステージ1・2)」「深い眠り(ステージ3・4)」「夢を見る眠り(レム睡眠)」といった各段階を、きちんと繰り返しているかどうかです。 脳波を測定することで、睡眠の深さやリズムを客観的に知ることができ、睡眠の質を正しく評価する手がかりになります。 ここでは、脳波を通してわかる「良い睡眠」とは何か、睡眠障害との関係、さらに加齢や生活習慣による変化について解説します。 睡眠サイクルのバランスと健康への影響 良い睡眠とは、ただ長く眠ることではなく、脳が睡眠中に「深い眠り」と「夢を見る眠り(レム睡眠)」をバランスよく繰り返していることが大切です。このリズムが整っていると、心身がしっかり回復し、日中のパフォーマンスにも良い影響を与えます。 脳波を測定すると、睡眠の各段階がどのように経過しているかが明確にわかります。たとえば、深いノンレム睡眠(ステージ3・4)では、大きくてゆっくりしたδ波が多く現れます。この段階が十分にあると、筋肉や臓器が修復され、免疫力も高まるとされています。 一方、レム睡眠が少ない場合は、記憶の整理が不十分になり、感情のバランスも崩れやすくなります。実際、レム睡眠が不足すると「集中できない」「イライラする」といった日中の不調につながることが報告されています。 脳波で見つかる睡眠障害のサイン 脳波のパターンは、睡眠障害の発見にも役立ちます。たとえば、睡眠時無呼吸症候群では、眠っている間に頻繁に覚醒反応が起こり、脳波に短時間の覚醒波が繰り返し出現する症状があります。このような異常パターンを把握することで、隠れた睡眠の問題を早期に発見することが可能です。 また、不眠症の場合は、脳波における入眠までの時間が長かったり、深い睡眠が極端に少ないなどの特徴が見られます。これらの情報は、睡眠障害の治療や生活改善の重要なヒントになります。 年齢や生活習慣によって変わる脳波 年齢を重ねると、深いノンレム睡眠(δ波を多く含む徐波睡眠)が自然と減っていき、浅い眠りが増える傾向にあります。これは、脳の睡眠をつかさどる神経ネットワークの機能が徐々に低下することや、メラトニンなどの睡眠ホルモンの分泌量が減ることが一因と考えられています。 そのため高齢者は、「寝ているはずなのにぐっすり眠れた感じがしない」「夜中に何度も目が覚める」といった睡眠の質の低下を感じやすくなります。 また、夜更かしや強いストレス、生活リズムの乱れも、脳波パターンに悪影響を与えることがわかっています。たとえば、自律神経が乱れると入眠までに時間がかかるようになり、深い睡眠やレム睡眠が減少することがあります。 こうした変化は、一時的であっても睡眠の質を下げ、日中の集中力や免疫力にまで影響を及ぼす可能性があるので注意が必要です。 このように、脳波を通して見ることで、睡眠の質や問題点を見える化することができます。 用途別:睡眠モニタリング機器の紹介 近年、睡眠の質に関心を持つ人が増える中で、脳波をはじめとする生体データを測定する「睡眠モニタリング機器」の利用が広がっています。これらの機器は、医療機関での診断用途だけでなく、一般家庭でも手軽に使える製品が登場しており、自分の睡眠状態を客観的に把握する手助けとなります。 ここでは、脳波測定の方法と代表的な機器の特徴を紹介し、医療現場と家庭での活用例を具体的に見ていきましょう。 医療用の脳波測定機器—正確な診断を支える「PSG検査」 医療機関では、終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG:Polysomnography)が標準的な脳波測定法として使われています。PSGは、「脳波計(EEG)」「心電図」「筋電図」「呼吸センサー」など複数の生体信号を同時に測定し、総合的に睡眠の状態を分析します。 このPSG検査を支える製品としては、日本光電のLSシリーズや、フィリップスのAliceシリーズ、ブレインラボのSomnoStarなど、様々なメーカーが専門の機器を提供しています。 これらの機器は、睡眠時無呼吸症候群、不眠症、ナルコレプシーといった睡眠障害の専門的な診断において不可欠な役割を担っており、患者さんの正確な診断と適切な治療方針の決定に大きく貢献しています。 家庭用の脳波測定デバイス—自宅でもできる「脳波スキャン」 近年では、専門的な医療機関に行かずとも、自宅で手軽に脳波を測定できる簡易デバイスが登場しています。これらのデバイスは、自身の睡眠パターンや脳活動をより深く理解したいという一般の方々のニーズに応えるものです。 その代表例として挙げられるのが、InteraXon社の「Muse S」です。このデバイスは、ヘッドバンド型の簡易EEG(脳波)センサーを搭載しており、スマートフォンと連携させることで、脳波データをリアルタイムで視覚化できます。 もう一つ注目すべきデバイスが、S'UIMIN(スイミン)が提供する「InSomnograf(インソムノグラフ)」です。これは、筑波大学との共同開発によって生まれた、自宅で利用可能な高い精度で脳波を測定できる睡眠脳波測定サービスです。(※医療機関での精密検査であるPSGとは異なり、診断を目的としたものではありませんが、自宅で手軽に睡眠状態を把握するのに役立ちます。) 詳細な睡眠グラフや睡眠ステージ(覚醒、レム睡眠、ノンレム睡眠の各段階)の分析結果をレポートとして提供し、専門家によるアドバイスや、睡眠トラブルのリスク評価も行われるため、より客観的かつ詳細に自身の睡眠状態を把握し、改善に繋げたいと考える方々に適しています。 これらの家庭用脳波測定デバイスは、専門的な医療検査を受けるほどではないものの、自身の睡眠や脳の状態をより深く把握し、改善に役立てたいと考えている方々にとって、非常に有用なツールとなっています。 スマートウォッチ・非接触型デバイス—手軽に使える睡眠モニター より手軽に日々の睡眠をモニタリングしたいというニーズに応えるため、スマートウォッチや非接触型のデバイスも広く普及しています。これらは、専門的な医療機器とは異なり、日々の睡眠習慣を手軽に可視化し、生活改善に役立てることを目的としています。 スマートウォッチタイプの代表的な製品には、Fitbit Sense、Apple Watch Series、そしてGarmin Venu 3などがあります。これらのデバイスは、搭載されたセンサー(主に心拍センサーや加速度センサー)を通じて、心拍変動や体の動きを継続的に計測します。そのデータをもとに、ユーザーの睡眠時間や、おおまかな睡眠ステージ(浅い睡眠、深い睡眠、レム睡眠)を自動で推定し、専用アプリで分かりやすく表示します。 一方で、非接触型デバイスとして注目されているのが、WithingsのSleepです。このデバイスは、薄いシート状になっており、マットレスの下に敷くだけで機能します。就寝すると自動的に心拍、呼吸、体動を感知し、これらの生体情報から睡眠の質を分析。専用アプリを通じて、毎日の睡眠スコアや詳細な睡眠サイクルを提供します。 こうした製品を使うことで、「自分はちゃんと眠れているのか?」という気づきを得ることができ、睡眠を見直すきっかけになります。忙しい毎日でも、こうしたツールを取り入れることで、健康的な生活習慣を意識しやすくなるのが大きなメリットです。 睡眠と脳波の関係を理解して、質の良い眠りへ 「睡眠」と「脳波」は密接に関係しており、脳波を観察することで睡眠の深さや質を科学的に把握することができます。各睡眠段階にはそれぞれ異なる脳波の特徴があり、深い眠りやレム睡眠がバランスよく現れることが、心身の健康にとって非常に重要です。 近年では、医療機関だけでなく家庭でも睡眠の状態を確認できるモニタリング機器が増えており、自分の睡眠を見直す良いきっかけになります。質の高い睡眠は、日々のパフォーマンス向上や病気の予防にもつながります。まずは自分の睡眠状態を知ることから始めてみましょう。

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