ヒトが共通して「美味しそう」と思う食べ物はどんなもの?

コラム
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飲食店でメニューを見ていると、美味しそうな料理の写真や説明を目にして、ついつい注文したくなることってありますよね。では、多くの人が見た目だけで「美味しそう」と感じる食べ物とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?今回は、「食べ物」の魅力に迫りながら、その秘密を深掘りしていきます。

前回のコラムはこちらです。

食の好みは違っても共通して美味しそうに見える食べ物とは?

「どんな食べ物が美味しそうに見えるのか?」その答えを探るには、私たち人間の進化の歴史に目を向けると、いくつかのヒントが見えてきます。人間の祖先である猿の習性を辿ると、みずみずしい果物や熟した食べ物を「美味しそう」と感じる傾向は、栄養価が高く安全な食材を見分けるための本能的なものだったと考えられます。たとえば、スーパーで真っ赤なイチゴを見たとき、「美味しそう」と感じるのは、そうした本能に基づくものなのです。

さらに、私たちは視覚的にカロリーの多さを感じ取る能力も持っています。効率よくエネルギーを摂取できそうな食べ物を見たとき、脳がそれを「美味しそう」と認識するのです。脂質が多いことを示す視覚的な情報、例えば油が光る揚げたてのポテトや、ラーメンにのった脂身たっぷりのチャーシューなどは、その代表的な例と言えるでしょう。

また、食べ物を美味しそうに見せる科学的な現象として「メイラード反応」が挙げられます。これは、加熱によって糖とアミノ酸が褐色に変化し、香ばしい香りや見た目の美味しさを生み出す反応です。焼き目のついたステーキや、カリカリに焼かれたワッフルのような食べ物が、視覚的に「美味しそう」と感じられるのは、こうした化学反応が理由の一つです。

さらに、私たちは味覚だけでなく「情報」を通じても美味しさを感じる生き物です。例えば、「ミシュランの星付きレストラン」「高級住宅街にあるお店」などの情報は、それ自体が料理の味や価値を高める要素になります。このような「ブランド力」は、純粋な味覚や視覚とは異なる次元で私たちの感覚に働きかけ、美味しさへの期待を膨らませます。

しかし、実際に「美味しい」と感じるものは人それぞれです。西麻布の高級焼肉が好みの人もいれば、手軽に楽しめるチェーン店の焼肉が一番と感じる人もいます。「脂質が多そうな見た目」といった共通の傾向はあるものの、食べ物に対する嗜好は驚くほど多様です。この多様性こそが、食べ物の奥深さや魅力を生み出していると言えるでしょう。

生牡蠣を食べるのが怖い!その克服方法とは?

人の食の好みは、幼い頃からの食体験や、多様な味覚を試してきた経験によって形成されます。しかし、その逆もまた真実です。ある出来事がきっかけで好きな食べ物が苦手になってしまうケースも少なくありません。その代表的な例として「生牡蠣」が挙げられるでしょう。

例えば、以前は生牡蠣が大好きだった人でも、一度食中毒を経験してしまうと、それ以来「怖くて食べられない」と感じるようになってしまうことがあります。このような現象は、単なる嗜好の変化ではなく、人間の生存において必要な学習機能の一つといえます。「これを食べたら体調を崩した」と学んだ場合、それを避ける行動を取るのは、生物として自然な防衛本能だからです。一方で、もし何度も身体に合わない食べ物を繰り返し口にするようなことがあれば、それは良くない習慣とも言えます。

とはいえ、「生牡蠣が好きだったのに食べられなくなった」というのは残念なことでもあります。この状況を心理学的に説明するなら、「トラウマ」と言えるでしょう。しかし、このトラウマを克服したい場合、一つの方法として「エクスポージャー療法」が有効であるとされています。

エクスポージャー療法は、恐怖の対象に少しずつ触れていき、それに慣れることで恐怖を解消していく方法です。生牡蠣の場合、再び牡蠣を少しずつ食べて、「お腹を壊さない」という経験を積み重ねることで、牡蠣に対する恐怖心を上書きしていくことができます。具体的には、牡蠣を安全な調理法で試し、「美味しい」と感じる経験を重ねることで、脳の中にある「牡蠣=恐怖」という結びつきを、「牡蠣=大丈夫」「牡蠣=美味しい」と再配線するのです。

ただし、生牡蠣のように食中毒のリスクがある食べ物でこの療法を試すのは慎重に行う必要があります。信頼できる店舗で、安全性が確認された牡蠣を選ぶことが大切です。

エクスポージャー療法の考え方は、以前触れたニューロフィードバックの仕組みにも通じます。ニューロフィードバックでは、例えば、高カロリーな食べ物と「食べたい」という感情の結びつきを弱めることで、ダイエットに役立てる方法を提案しました。この逆のアプローチで、「牡蠣」×「怖い」という感情の結びつきを解き、「牡蠣」×「美味しい」や「安心」といった感情へと再配線することができるのです。

もし特定の食べ物に対する恐怖心があり、それを克服して再び楽しみたいと考えているのであれば、少しずつ自分に合った方法で挑戦してみることが大切です。食の好みやトラウマは脳の学習や感情と深く関わっています。その結びつきを再構築することで、新たな「美味しい体験」を取り戻せる可能性が広がるのです。

ニューロフィードバックについてはこちらの記事でも紹介しています。

食べ物を美味しく食べるために

コロナウイルス感染をきっかけに嗅覚神経に炎症が起き、食べ物の中心的な要素である「香り」を感じられなくなることで、食事の楽しさや味覚そのものが失われるという話を耳にしたことはありませんか?

嗅覚を失うと、食べ物の味が大きく損なわれるだけでなく、食事への興味や楽しみも薄れてしまうことがあります。その影響で、嗅覚が回復した後でも食欲が戻らず、食事量が減ったり、食の好みが大きく変わってしまったりする人もいます。こうした状況に陥った場合、再び「食べることの楽しさ」を取り戻すには、どのようにすれば良いのでしょうか?

嗅覚が戻った後に重要なのは、「再学習」です。さまざまな香りを持つ食べ物を試しながら、「美味しい」という感覚を少しずつ取り戻すことが鍵となります。このような経験の積み重ねが、以前のような食事の楽しみを回復させる第一歩となるでしょう。

食べ物の味が分からなくなり、それが長期間続いてしまうことは、身体的にも精神的にも危険です。例えば、うつ病の主要な症状の一つとして、「食べ物の味が段ボールのように感じる」というものがあります。心の健康が損なわれると、「美味しい」と感じる能力も低下してしまうのです。したがって、食べ物を美味しく感じられる脳の状態を取り戻すトレーニングをすることが、大切になる場合があります。

このトレーニングの一環として有効なのが、日常生活に「ギャップ」を取り入れることです。例えば、運動をして身体を適度に疲れさせたり、意図的にお腹を空かせたりすることで、食事をより美味しく感じることができます。「ギャップ」とは、期待と現実の間に生じる差のことです。これを利用して、普通の食べ物を特別美味しく感じる体験を作り出すことができます。

人間の脳は、期待との誤差によって「価値」を感じるようにできています。これを意識し、「とても美味しいものを食べる」という贅沢なアプローチと、「身体や心をリセットして普通のものを美味しく食べる」というシンプルなアプローチの両方を試すことが、食事を楽しむための鍵になるでしょう。

まとめ

食べ物を美味しく感じる要素として、脂質を含む食材や、メイラード反応による茶色い焼き目など、視覚的に「カロリーが高そう」と判断できるものは、多くの人に共通して「美味しそう」と認識されます。これは人間にとってエネルギー源としてカロリーが必要不可欠であるため、本能的にそう感じるのだと考えられます。ただし、前回も触れたように、食の好みは非常に多様であり、万人が同じものを好むわけではありません。

一方で、好きだった食べ物を嫌いになってしまうケースもあります。例えば、食当たりをきっかけに苦手になる場合、それは学習の一環として自然な反応です。しかし、「本当は食べたいのに苦手」と感じる場合には、再びチャレンジすることで克服できる可能性があります。安全な状況で再び食べる経験を積むことで、恐怖や苦手意識を和らげ、再びその食べ物を楽しめるようになるかもしれません。

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